KAAT×サンプル「グッド・デス・バイブレーション考」松井周|人間が人間の価値を試されるときが来た

もっと情けないほうがいいんじゃないかなって

──“船出”の儀式については、松井さんの中で何か具体的なイメージがあるのでしょうか?

松井周

海に流すということがみんなの中にどういうふうに残っていくのか、どうしたら死者が“神様に捧げられた”と思えるのかを考えているんですが、現時点ではまだ迷っています。と言うのも、慣習にそのまま従っていくことが1つの美しさだと見せることに、どうしても発想がいかないし、抵抗があって。むしろもっと情けないほうがいいんじゃないかなと。

──となると「楢山節考」とはだいぶ違うほうへお話が進んでいきそうですね。もしかしたら新しいコミュニティが生まれてしまうかもしれないですし。

そうそう、そういう可能性だってある。と思い始めたのは、実は僕の父と母が脳梗塞になり、今までやってきた仕事ができなくなってしまったんですが、そうなったあとの彼らはどうなるかということを考えていて。生きる目的がまずは「今までの仕事に戻れるようにリハビリしましょう」ってことになるのかもしれないけど、でも戻らない場合もあるわけです。すると生きる目的が、もともと持っていたものからどんどんずれていく。でもまた新しい目的を立てて、それに向かって生きていくことはできないだろうかと思っていて。なので、「楢山節考」のおりんのように(社会的な役割を終えたら)“最後は死んで神様になりました”って結論に、なんとか抵抗したいと思ってるんです。それこそ新しいコミュニティが生まれるとかね、それでもいいんじゃないかなって。

──そう伺えば伺うほど、戸川純さん演じるツルオの存在が重要になってきますね。ツルオはかつてのポップスターで、洗脳禁止法により歌が自主規制されるようになって失業し、“メス化”します。病気でもあり、早く捨てられたいと願っていますが、松井さんの中ではどのような人物というイメージですか?

ツルオの人生は波乱万丈で、一時期は大スターだったのに去勢されて島流しに遭うみたいな状態になってしまう。そうやって自分の仕事からもずれ、性からもずれ、身体も不自由になり、家父長という家族の中心の役割からもずれていく。

──「楢山節考」のおりんは貧しい村の古い慣習に従って、死を前にあがいたりせず、“楢山詣り=死”を自然に受け入れようとしますが、ツルオはおりんに比べるともう少し人間味があると言うか、捨てられることを望みつつも葛藤しているような印象を受けます。

松井周

おりんさんはあまりにもよくできていると言うか、楢山詣りのために丈夫な歯も自ら砕くくらい、そのことに一心でちょっと人間離れしている。もちろんそれはそれで面白いんですけど、もうちょっと迷いがあったりだらしなかったりする、“おとっちゃん”と呼びたくなるような間抜けな部分をツルオでは出したいなと思ってます。

──戸川さんにオファーする段階から、そういった構想は持っていらしたんですか?

そこまではないですね。稽古していくうちに戸川さんを見ながら、戸川さんのこういうところをもっと伸ばしたいと思い始めて。だから稽古しながら書いている部分は、だんだん戸川さんに寄っていってると思います(笑)。

──戸川さんは12年ぶりの舞台出演となります。今回、戸川さんにオファーされたのはなぜですか?

やっぱり存在感ですね。僕は戸川さんを、歌からではなく「刑事ヨロシク」というテレビドラマで先に知って、戸川さんがほかの出演者とアドリブかっていうような掛け合いをしてるのを見て、お腹を抱えて笑ってたんです。そのことを今でも強烈に覚えていて。もちろん、自分の作品でも使っているくらい戸川さんの曲も好きで、「諦念プシガンガ」なんかはちょっと人の視点じゃないと言うか、“一塊の肉の塊と思って人間を食べていいのよ”って言ってるところなんか人間離れしてると思うんですけど(笑)。ただツルオが元ポップスターという設定は、戸川さんに合わせたわけじゃなく最初に決めていました。キャスティングの際、まさか戸川さんは受けてくれないだろうと思ってはいたんですが、やっぱり一番手が届かないと思う人にオファーしてみようとご連絡したところ、「ちょっと興味がある」と言っていただいて。実際にお会いしたときに、戸川さんがこの役はどういう格好をしてて、どういう人物なのかなどいろいろ聞いてくださって、最終的にいいお返事をいただきました。

今の戸川さんがすごくかわいい

──社会的立場を失ったツルオは、男性から女性に“転性”します。これまでも松井作品ではセクシャリティについてたびたび書かれていますが、“転性”については慎重に描かれていた印象があります。本作ではその一線を超えて、さらに先のテーマへと進んでいきますね。

松井周

そうですね。でもそれができたのは、戸川さんという存在の大きさが後押ししてくれた部分が大きいです。戸川さんの昔のイメージは僕にもありますが、実際にお会いする中で、年齢を経てきた今の戸川さんがすごくかわいいと思っていて。でも女性だけのイメージじゃなく、強さも持っていて、その感じを使いたいなと思っています。それと、物語の進行につれてツルオが少女っぽくなるというか、年齢を遡るように可愛らしくなっていく、というふうに作ってみたいなと思っています。

──それは気になります。戸川さん以外のキャストは若手がそろいました。サンプル劇団員だった野津あおいさん、サンプル「離陸」にも出演した稲継美保さん、ロロやさんぴんのメンバーである板橋駿谷さん、岡田利規台本・演出のKAATキッズ・プログラム「おいしいおかしいおしばい『わかったさんのクッキー』」に出演した椎橋綾那さんと、いずれも小劇場で活躍する顔ぶれです。

これはもう、若い人とやりたいということが大きかったですね。

──さらに今回、サンプル作品としては珍しく、松井さんご自身もご出演されますね。

頭の中がこんがらがるのでできれば出たくないんですけど、この村の外側にいる人を出したいなと思ってて、しかも今回せっかく新しいことを始めるし、戸川さんと共演できるならというのもあって(笑)、自分も一緒に混ざりながらやってみようと思いました。

──本作はサンプルの再始動公演でもあります。これまでサンプルではスタッフや俳優のさまざまなアイデアをまずディベートで練ってから作品を立ち上げていったと思いますが、今回は書き方や作り方の面で変化がありますか?

2017年に上演された劇団サンプル「ブリッジ」より。(撮影:青木司)

今まではみんなの妄想とかアイデアでいろんな方向に作品の枝葉が伸びればいいなっていう作り方をしてたんですけど、今回はもうちょっとこじんまり作りたいと言うか、まず山の中の家族が描きたいという妄想が僕の中にあり、そういう小さい世界を作りたかった。で、美術のカミイケタクヤさんに「巣を作りたい」という話をしたら、カミイケさんは「巣をUFOみたいにしたい」とおっしゃって(笑)。「UFOかあー。でもその発想も、滅亡する地球をあとにするノアの方舟的で面白いな」と思ったので、結局カミイケさんのアイデアを取り入れました。でもそのくらいで、今回はあまり枝を伸ばしていないです。音楽の宇波拓さんとはこれまで何度も一緒に作っていて、今回は生演奏になる予定です。その場の世界観に合った音を即興で鳴らしてみるってこともありなんじゃないかなって思っています。

──「楢山節考」は架空の歌「楢山節」をもとにした作品です。「グッド・デス~」にも、そういったベースとなる楽曲はあるのでしょうか?

そうですね、海に行くときに歌う曲は作ろうかなと思っています。

──今回は音楽も重視されるとのことですが、船出の歌以外は、インストゥルメンタル中心になるのでしょうか?

うーん、ツルオはわりといろんな歌を歌うお父さんなので、鼻歌みたいなものとか昔の流行歌的な曲とか、わりと歌が入るかもしれないですね。

──戸川さんの楽曲が使われることは?

恐れ多くてそういうことはまだ言えてないんですよね(笑)。実は狙っていますけど。だって、戸川さんの曲を聴きながら台本を書いていたりするくらいなので!

人間が人間の価値をどう考えるか、それが試されるときが来たのではないか

──これまで母と息子の共生関係を描いてきた松井さんが、今作では母を“捨てる”ことを描かれます。その変化には大きな思考の転換があったのでしょうか。あるいはこれまでの延長線上で湧き出た思いなのでしょうか。

自分の親が病気になって介護という問題が生まれたり、あるいは出生前診断と中絶の問題とか、相模原事件(16年に起きた相模原障害者施設殺傷事件)などがあったりする中で、人間が人間の価値をどういうふうに考えるのか、もしかしたらそれが試されるときが来てるんじゃないかと思っていて。言い方が難しいけれど、世の中の動きが以前よりもっと……うーん、一歩進んだのか後退したのかわからないですが、価値観が変わり始めてるんじゃないかと思うんです。だから昔だったら「(人を)捨てる」ってことはすごくショッキングだったかもしれないけれど、人の価値自体が切り捨てられていく感覚を自分も今実感しているし、未来はさらにそうなっていくんじゃないかと。今僕たちは、そういう問題に直面しているんじゃないかという感じがしますね。

──何事にも選択肢が増えて、1つひとつの決断が難しくなったとも感じます。

でも選択肢が増えること自体は悪いことではない。ただもうちょっと、価値観を多様に持てないものかなという感じはしますね。生きる目的って仕事だけでもないし、家族がうまくいくことだけでもなく、人によっていろんな目的があっていい。それにその目的が途中でダメになったとしても、また全然違う目的を持って生きられる状態じゃないと面白くないなと。例えば今僕が事故に遭って手が使えなくなったりしゃべれなくなったりするかもしれないわけです。でもそうなったとしてもその人には価値があるんだ、ということをどうしたら提示できるかなと思っていて。演劇ならそれができるんじゃないかと思っています。

──“死”を見据えながら、人間の価値について問い直していく作品となりそうです。最後に、松井さんはご自身の死について、リアリティをもってお考えになることがありますか?

松井周

僕がいきなり病気で死んでしまった場合に、家族はどうなるのかってことは前よりも考えますね。でも本当の本当は、具体的には感じてないと思いますし、死ぬってことが以前より怖い感じはします。その一方で、安楽死ブームが来るんじゃないかと思ってもいて(笑)。「死は怖くないぞ」的なムードが高まって、人の邪魔にならないようにみんなで死んでいこう、みたいな。でも本当に自分が動けなくなって、誰かに世話してもらわなきゃならなくなったとき、みんながみんな、そっちに流れていいのかなって思うんです。誰でもみんな、もっと迷惑を掛け合って生きていってもいいんじゃないか。そういうことを認め合わないと、結局窮屈な考え方に縛られて、「人に迷惑を掛けちゃいけない」って思考に負けちゃうと言うか。だからなるべく、迷惑を掛け合っていいっていう社会にならないかなと感じてます。

──新たな価値観の提示が、この作品でなされると期待しています。

そうですね。僕の作品としては異質かもしれないですけど、これまでと違う作品になりそうだと感じますし、面白くなると思っています。

KAAT×サンプル「グッド・デス・バイブレーション考」
KAAT×サンプル「グッド・デス・バイブレーション考」
2018年5月5日(土・祝)~15日(火)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
  • 作・演出:松井周
  • 出演:戸川純、野津あおい、稲継美保、板橋駿谷、椎橋綾那、松井周
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松井周©平岩享
1972年東京都出身。劇作家、演出家、俳優。96年に平田オリザ率いる青年団に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始し、2007年に劇団サンプルを旗揚げする。04年に発表した「通過」で第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞、10年上演の「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞した。また、さいたま・ゴールドシアター「聖地」(演出:蜷川幸雄)、文学座アトリエの会「未来を忘れる」(演出:上村聡史)、新国立劇場「十九歳のジェイコブ」(演出:松本雄吉)、KAAT神奈川芸術劇場「ルーツ」(演出・美術:杉原邦生)など戯曲の提供も多数。17年「ブリッジ」にてサンプルは劇団として解体、18年「グッド・デス・バイブレーション考」より松井の1人ユニットとして再始動する。小説やエッセイ、テレビドラマ脚本などの執筆活動、舞台、CM、映画、テレビドラマへの出演なども行うほか、桜美林大学、四国学院大学、東京藝術大学、尚美学園大学では非常勤講師を務める。また上演台本・演出を手がける舞台「レインマン」が7月から8月にかけて東京、静岡、福岡、大阪、宮城、愛知にて上演される。