松井周とメンバーが語る「なりかわり標本会議」2年の歩みと本公演への思い、可能性が広がる“なりかわり”の輪

松井周が構成を手がける「なりかわり標本会議」が、約2年のリサーチや試演会を経て、3月に三重で本公演を迎える。「松井周の標本室」と三重県文化会館が生み出した「なりかわり標本会議」とは、演劇を誰もが手軽に楽しめるコミュニケーションツールとして、各地へ広めていくためのプロジェクト。会議の参加者は、カードに書かれた役割に“なりかわって”、あるテーマについて話し合う。“自分ではない自分”は、会議でどんな言動をし、周囲からはどんな風に受け止められるのか?

ステージナタリーでは1月下旬、三重県文化会館で行われている「なりかわり標本会議」の稽古場を訪れ、ファシリテーターの松井と綿貫美紀、公募で集められたメンバーの太田竜次郎、川北輝、倉田さきか、土屋有彩にこれまでの活動や、三重県各地で展開したアウトリーチのこと、本公演への思いなどを聞いた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 松原豊

「なりかわり標本会議」とは?

カードに書かれた役割になって会議することで、誰もがいつの間にか演劇を始めてしまうカードゲーム。参加者にはまず、会議での“役割(職業など)”が書かれたカードを渡され、その役になりかわってある会議に参加する。会議のテーマは回ごとにさまざまで、例えば2024年に行われた試演会のテーマは「結婚制度の廃止あり?なし?」だった。なお「なりかわり標本会議」で特に重要なのはファシリテーター(会議などの場で、中立的な立場から議論を促進させる役割の人)で、これまで2年の活動では、メンバーをファシリテーターとして養成し、「なりかわり標本会議」の輪をさらに拡大することに力を入れてきた。

「なりかわり標本会議」に必要なカードをパッケージ化したのがこちら。今後、全国の企業・学校でも「標本会議」を行えれば……と期待は膨らむ。(photo:kyo.designworks)

「なりかわり標本会議」に必要なカードをパッケージ化したのがこちら。今後、全国の企業・学校でも「標本会議」を行えれば……と期待は膨らむ。(photo:kyo.designworks)

演劇の新しい在り方を目指して始まった「なりかわり標本会議」

──まずは「なりかわり標本会議」という企画の起こりから伺います。最初は、松井さんが主催し、綿貫さんがコミュニティマネージャーを務めるスタディ・グループ「松井周の標本室」から始まった企画(原題:標本会議)だそうですね。

松井周 はい。誰でもできる演劇のシステムのようなものを作りたいと思って、検討を始めました。

綿貫美紀 松井さんが「カラオケではプロの歌手ではない人も歌う。演劇もプロではない人が楽しめる方法がないか」と言って、誰もが気軽に演劇を楽しめる仕組みはないだろうか、と考え始めたんです。

松井 そう思うようになったのは、実はコロナの蔓延で公演が中止に追い込まれていったことが関係しています。演劇が劇場で上演され、お客さんは劇場に行ってそれを観る、という従来型の演劇は、もしかしたらこれからどんどん廃れていくんじゃないかという危機感、だとすればほかの形の演劇があるんじゃないかと考えていく中で、例えばトランプのように誰でも参加できる演劇のシステムがあったら面白いな、それなら演劇は生き延びていけるんじゃないかと思ったんです。

松井周

松井周

綿貫 松井さんからこのアイデアが出てきたのは、「松井周の標本室」で私が活動を共にするようになってから2年目くらい(2021年頃)のことでした。「松井周の標本室」は、松井さんがプロの俳優とクリエーションするのとは別のことをやってみたいという形で始めたものだったので、演劇のポケッタブル化という考えはスッと受け止められました。

──「松井周の標本室」で生まれたアイデアが、三重県文化会館で花開くことになったのはどんな経緯があったのでしょう?

松井 アイデアをさらに膨らませたいと思って、企画書を持ってどこかに相談に行こうという話になったのですが、最初に思い浮かんだのが三重県文化会館でした。副館長の松浦茂之さんをはじめとする三重県文化会館の方たちならこの企画を面白がってくれるんじゃないかと思って、「ちょっとお話を聞いていただけますか?」と直談判して……。

──劇場スタッフの方によると、まずは数名のスタッフの方が“標本会議”をテスト体験して、面白さだけでなく、社会包摂という点での可能性や普遍性が感じられたので、「一緒にやっていこう」という話になったそうですね。

綿貫 劇場の方たちのおかげで、長期的に活動が継続できるようになり、本当に感謝しています。

左から川北輝、倉田さきか、松井周、綿貫美紀、土屋有彩、太田竜次郎。

左から川北輝、倉田さきか、松井周、綿貫美紀、土屋有彩、太田竜次郎。

──そしていよいよ2023年春、メンバー募集がスタートしました。当時の募集要項を見ると、参加条件が「15歳以上、性別・演劇経験不問」と、かなり幅広いです。メンバーの皆さんは、なぜ応募しようと思ったのですか?

倉田さきか 私は演劇経験はなく、でも舞台や音楽を観たり聴いたりするのが好きで、習い事としてやるのも好きなんですが、演技だけはハードルが高いイメージがありました。でもXで「なりかわり標本会議」のメンバー募集を知って、ハードルが低そうな気がしたので応募してみようかなと。また、普段は人と議論することもあまり得意ではないのですが、ゲームとしてなら、いろいろな人の価値観にも触れられるんじゃないかと思い、応募しました。

土屋有彩 現在、高校3年生です。演劇には小さい頃からいろいろな形で関わってきて、高校生になってからは三重県文化会館のイベントやワークショップに参加させてもらう機会が増えたのですが、その中で「なりかわり標本会議」のメンバー募集チラシを見つけて「なんだこれは!」と(笑)。今までやったことがないようなことっぽいけれど、すごく面白そうなことが始まるかもしれないと思って応募しました。

太田竜次郎 愛知県豊田市出身の太田です。ふだん、豊田市で演劇活動をしていて、出るほうもスタッフもやっているのですが、数年前から学校へのアウトリーチで子供と接することが増え、ファシリテーターに興味を持ち始めました。そんな折、僕も「なりかわり標本会議」のメンバー募集チラシを見つけて「受けてみようかな」と。

川北輝 僕は普段、“NPOを支援するNPO”の仕事をしており、仕事の一環でボードゲームを使って人と人をつなぐ、ということをやっています。演劇はこれまで、津あけぼの座で数回観たことがある程度で、全然触れてこなかったのですが、三重県文化会館副館長の松浦さんから「今から新しいゲームを始めるから話を聞きに来てくれないか」と言われて、話を聞いたら面白そうだったので「協力します」とお返事したんです。その後、体験ワークショップに参加してみないかと誘われて参加したら、実はそれがメンバーオーディションでした。

一同 ええっ!(笑)

川北 そんなつもりなかったのに……と最初は思ったのですが(笑)、皆さんと関わるうちに面白くなってきて、今は心の底からこのツールを三重県に広めていきたいなと思っています。

──皆さん、きっかけはさまざまなんですね。

綿貫 そうなんです。それと、演劇を観たことがない人の率が高いのが特徴で、松井さんのことを知らない人が半分以上でした。

綿貫美紀

綿貫美紀

重ねてきた、ファシリテーターとしての鍛錬

──「なりかわり標本会議」では、プレイヤーにまず“役割カード”が配られ、ファシリテーターの進行のもと、その役割になりかわった状態で1回目の会議が行われます。その後、プレイヤーにリメンバーカードが配られて、2回目の会議を行い、その回の結論を出した後、最後は全員役を脱いで、会議を振り返ります。昨年の試演会と今日の稽古を比べて枠組みに大きな違いはないものの、見せ方や細かなルールはまだ模索中という印象を受けました。「なりかわり標本会議」のルールは、どのように組み上げられていったのでしょうか?

綿貫 三重に来る前の、「松井周の標本室」の時点で、ある程度はできていましたよね?

松井 そうですね。「松井周の標本室」のメンバーと、何度も何度もシュミレーションを重ねました。ボードゲームが好きな方からも、演劇未経験の方からも、本当にたくさん意見をもらって……。基本的な構造としては、まずプレイヤーがある役割を背負い、その役のオフィシャルな面を見せる。でもそのオフィシャルの面だけではない、人間性が見えてくるようなハプニングが起きて、後半はそれにどう対処し、発言していくかという点が焦点となる。ただ普通に役を決めて会議すると、本当にただの会議になってしまうので、1回崩すというか、普段とは違う姿が見える仕掛けをどうするか決めるまでが、けっこう長かった気がしますね。

綿貫 確かに、1年ぐらいかかりました。

松井 その基本形ができた後に三重での活動が始まって……三重ではファシリテーターを育てるという側面が大きかったので、三重での活動を通して、その点はかなり深まったと思います。

2024年2月に実施された、松井周の標本室×三重県文化会館「なりかわり標本会議」試演会の様子。(撮影:松原豊)

2024年2月に実施された、松井周の標本室×三重県文化会館「なりかわり標本会議」試演会の様子。(撮影:松原豊)

──皆さんはプレイヤーもファシリテーターも経験されているそうですが、違いはどんなところにありますか?

倉田 ファシリテーターとしては全体を見るというか、ゲームとして全員が安全に楽しめるように、お互いがリスペクトを持った形で議論できるように配慮しています。でも遠慮しすぎると面白くないので、自分の頭の中でテーマに対する切り口をいくつか考えながら、「今この話に偏りすぎているから、今度はこっちに話を振ってみようかな」とか「今度はこの人に意見を聞いてみようかな」と頭を巡らせるように心がけています。ただ、ファシリテーターを経験したことで、プレイヤーのときも「本当は自分の役に徹して、役として場をとらえたほうが面白いんだろうな」と思いつつ、「この話をあっちに振ったらいいかな」と意識してしまうことがあって(笑)。まだいろいろ試している感じです。

川北 最初に「なりかわり標本会議」のお試しをやったとき、めちゃくちゃ演技がうまい人2人と一緒の回になったんです。自分は演技経験がないから気後れしてしまって、ただただ素でしゃべっていたんですけど、その様子を見ていた人に「素でしゃべっていても、だんだん役を背負っているように見えてくる」と言われて。実際、僕の隣にはめちゃくちゃボソボソっとしゃべる人がいて、見ていると確かに役を演じているように見えてきて……まあそれが、今一緒に活動しているメンバーの福田(永雅)くんなんですけど。

一同 あははは!

川北 演じようとしていなくても、外からはそう見えるというのは新しい発見で、それまで感じていた“演じる”ということに対するハードルが下がったのが、僕にとっては大きな出来事の1つでした。ファシリテーターに関しては……倉田さんと同意見で、場を見ながらいろいろな人が均等に発言できるように意識して動くようにしています。

土屋 ファシリテーターに関しては、お二人もおっしゃっていたように一歩引いて全体を見ながら進めていくイメージです。ただ……言い訳になりたくはないのですが、テーマも“役割”も私にとっては毎回難しくて、自分のことで精一杯というところがあります。なので、自分に話が振られるまでに、「この役割の人だったら多分こういう思考回路なんじゃないか」ということを一生懸命考えて、なんとか答えているという感じで。今日の稽古でも、私のように意見が揺れている人はいないなと思いつつ、皆さんの意見を聞きながら必死に考えています。

太田 ファシリテーターをやっているときは、当然周りを見ながら「誰がしゃべっていないな」とか「もうちょっと論点を変えていったほうがいいな」という風に全体を見て考えていますね。でもプレイヤーとして中に入っているときは、「なんとか(別意見の)アイツを落としたい」とか「誰を味方につけると一番いいか」など、考えを巡らせながらやっているのが楽しかったりします。

太田竜次郎

太田竜次郎

──太田さんは演技経験がある分、プレイヤーになったときに演技にドライブがかかるということはないですか?

太田 今日の稽古では政治家という役が振られたので、演じてみようと思ってやってみたんですけど、演技のフィルターがかかると気持ち悪い感じがあって、途端にしゃべれなくなるというか。なので、「なりかわり標本会議」では自分の中のものがどれだけ出せるかがいちばんのキモなのかもしれないと思っています。

──稽古の中で、松井さんもそのようなお話をされていましたね。

松井 そうですね。だんだん浮いてくるというか……客席と地続きの、同じ世界にいる人だったはずなのに、演じてしまうと違う世界が始まっちゃう感じがあって。「なりかわり標本会議」では、客席にいる人も半分参加しているくらいの意識で観てほしいので、客席の人と舞台にいる人に壁ができてしまうことは、この作品では違うんだなとわかってきました。