F/T19「ファーム」キム・ジョン×松井周|戯曲の可能性を最大限広げて、演出にあたりたい

同時代のクリエイターとして

──キムさんはこれまで、「人類最初のキス」などで知られる劇作家、コ・ヨノクさんとたびたびお仕事されています。2017年にプロジェクト・ホワイルにて上演されたコ・ヨノク作品「お客さんたち」は、現実に起きた殺人事件をベースに描かれた問題作で、2018年に鳥取でも披露され、好評を博しました。現実を鋭く見据えつつ、フィクションとしての面白さにも定評のあるコ・ヨノクさんですが、同時代作家の作品に触れる面白さをキムさんはどのような点で感じていますか?

キム・ジョン

キム コ・ヨノクさんは、現代の悲劇と向き合い、人間の深いところを掘り下げて作品を描かれる、僕にとって同時代の作家という以上の存在です。またコ・ヨノクさん自身の生き方にもそういった社会的な目線が強く反映されていて、とても尊敬しています。

──松井さんは、蜷川幸雄さんや杉原邦生さんに書き下ろしを提供されていますが、ご自身が演出した作品を別の演出家が上演することについては、どんな思いを持っていらっしゃいますか?

松井 素直に、めちゃくちゃうれしいですね(笑)。自分以外の人に演出されるのがちょっと怖いと言う人もいるかもしれませんが、僕は自分が気付かなかったような視点からもう1回物語を掘り下げて舞台化してもらえるのはうれしいし、自分の創作に新しい側面が発見できるような気がして、どんどんやってほしいです。今もキムさんが話してくださった演出プランを聞いて、それだけで興奮してしまいました(笑)。「そうか、走馬灯じゃないけれど、逢連児が死ぬ前に見た一瞬の夢って捉えることもできるな、なるほどな」と思いましたし、キムさんの演出を観て、さらに自分が演出してみたくなるのではないかと思います。リミックスとかね(笑)。

──それはぜひ観たいですね。

もっともっと大きな世界を描きたい(キム)

──昨年は鳥取、今回は東京での公演となりますが、日本の観客に対してキムさんはどのようなイメージをお持ちですか?

キム 「ビビを見た!」と同時期に、平田オリザさん演出の「北限の猿」をこまばアゴラ劇場で観たのですが、どちらも観客の年齢幅が広いのはとてもいいことだなと思いました。韓国の場合は、観劇する人の年齢層が狭いんです。その分、日本の観客より客席からの反応が大きいのですが、日本の観客は反応が薄いとは言え、ひと呼吸遅れて自分の中に(作品を)受け入れていると言うか、自然に、楽に作品を受け止めていると感じました。自分が演出する際も、お客様が自然に作品を観ることができて、思いきり笑ったり、自然と涙してしまうような空間作りができればいいなと思います。

松井 韓国のお客さんの年齢層が狭いというのは、若い人が多いということですか?

キム そうですね。国立劇場とか明洞芸術劇場とか、大きな劇場ではそれなりに年齢幅がありますが、大学路(テハンノ)など一般的な劇場ではかなり観客層が若いです。

松井周

松井 そうなんですね。僕はできればいろんな年齢層の方に観てほしいという思いがあって。「ファーム」もそうですが、「普通はこうでしょ?」っていうものの見方に対して別の見方を提示し、はてなマークを投げかけたい。なので、できるだけ頭が柔らかい人に観てほしいんです。それは日本でも韓国でも、それ以外の場所でもそう感じますね。

──松井さんは昨年、フランスでも公演を行うなど活躍の場をさらに広げています。大胆かつフィクション性の高い世界観を打ち立てつつ、社会が個人に与える影響を細やかに描き出すその目線は、等身大の物語に収まりがちと言われる日本の劇作家たちと一線を画していると思います。キムさんは、韓国の劇作家に今、どんな傾向を感じますか?

キム 韓国でも多くの作家が活動し、活躍していますが、その一方で作品世界がどんどん小さくなっているなと感じたことが、数年前にありました……という話を別の場でしたところ、作家からすると作家が描いている世界観を、演出家が狭めてしまっているのだ、と言われて、反省もしたし、ショックでもありました。

松井 ははは。

キム 劇作家と演出家は、お互いに影響を与えながら世界観を膨らませなければいけないのに、お互いに小さくなってしまっているとしたらそれは怖い現象だなって。そういう怖い気持ちになったときは、僕、日本のアニメがすごく好きなので、「もののけ姫」を観るんです(笑)。

松井 へえー!

キム 自分の大きさがわからなくなったイノシシのシーンを観て、まさに自分がそうだなって。演劇を通じて私たちはいろいろなものを大きくできるはずなのに、どんどんミニマムな世界に入ってしまっているのではないかと。でも自分はもっともっと大きな世界を描きたいと思っているので、「大袈裟だな」って言われるかもしれないけれど、作品に臨むときはまず作品を最大限拡大させて、そこから探っていきたいと思っていて。「ファーム」でもそうしたいと思っています。

左からキム・ジョン、松井周。