フラットに話し合える場所、それが文学座|奥田一平 松本祐子 川合耀祐が語る文学座附属演劇研究所&「ジャンガリアン」

祐子さんはズバ抜けて元気!

──奥田さん、川合さんは、研究所卒業以降も松本さんの演出作にコンスタントに出演されています。お二人から見て、“演出家・松本祐子”はどのような存在ですか?

川合 祐子さんって、愛というか圧がすごいんですけど(笑)、僕はしっかりと言葉にして伝えてもらわないとわからないタイプなので、いつも全力で接してくださってありがたいなと思っています。僕にとって祐子さんは、芝居の母と言っても過言ではないかもしれません。祐子さんとのエピソードで特に印象的なのは、「五十四の瞳」のとき、ずっと付きっきりで稽古してくださっていたからか、祐子さんが僕に憑依して、僕の中の祐子さんが役を演じた、みたいな感覚になったことですね。

松本 あのとき、そんな感じだったの!?(笑)

川合 はい(笑)。

奥田一平

──奥田さんは、2018年の「『うちの子は』CET ENFANT」(参照:歪んだ親子関係描くフランスの戯曲「うちの子は」せんがわ劇場で)、2019年の「一銭陶貨 ~七億分の一の奇跡~」(参照:モノづくりを突き進める愛を感じて、佃典彦×松本祐子「一銭陶貨」本日開幕)、昨年の「冬のひまわり」(参照:鄭義信×松本祐子の原点「冬のひまわり」がリーディングでよみがえる、動画配信中)など、年1・2本のペースで松本さんの作品に出演されています。

奥田 そうですね。ここ4年くらいの間に7・8本ご一緒させていただいたのかな。さっき、祐子さんが僕のことを芯が強いと言ってくださっていましたけど、祐子さんこそ芯の強い方だと思うんです。僕にない視点や感覚を持っているので、祐子さんの作品に出演するとすごく刺激になりますね。文学座以外でも舞台に立たせていただくことが増えて、自分の中で役者としての自我みたいなものが確立されてきたときに、改めて祐子さんとご一緒して、ちょっと衝突してしまうときもあったんですが、以前と違う視点で話し合いができるようになったのはうれしくもあります。

──クリエーションをするうえで、とても良い関係を築いていらっしゃるなと感じました。まもなく「ジャンガリアン」の稽古が始まりますが(取材は9月下旬に行われた)、松本さんは普段、どのように稽古を進めていくことが多いのでしょうか?

松本 小劇場だと2・3日ほどで立ち稽古に入るところもあると思うんですけど、文学座は本読みの期間を長めに取っていて、大体1週間くらいやるんですよ。みんなでテーブルを囲んで読み合わせをして、作品のバックグラウンドや戯曲に書かれた言葉の意味を考えながら、セリフを体に浸透させていくんです。1週間ほどしてから立ち稽古を始めて、徐々に動きや関係性を作っていきますね。これが文学座のオーソドックスな稽古の仕方なんですが、私もこの流れに沿って進めていくことが多いです。演出家によって最初から細かく作る人と、大枠から作っていく人がいて、文学座の演出家はたぶん後者に近いんじゃないでしょうか。私自身は整頓された芝居があまり好きではないので、ガチガチに作り込まないタイプかもしれません。その曖昧さが良さでもあり、弱さでもあると思っていて。若干ではありますが、関西の血が流れているので、シリアスな作品であっても楽しめる瞬間がないと疲れちゃうんです。なので、そういう場面を入れたがるところがあるかもしれません(笑)。あと、たぶんしつこいですね。(鄭)義信さんと「お互いしつこいねー(笑)」って言い合いながら作っています。最終的には、俳優さんと登場人物の生々しい部分が共鳴し合ってくれたら最高ですね。

奥田 祐子さんは本当に体力があるなって思います。俳優1人ひとりに対してエネルギーを注いで接しているというか。

松本 演出家ってみんなそうじゃない?

奥田 祐子さんはズバ抜けて元気ですよ! 僕が研修科だったとき、朝10時から夜10時まで稽古して、そのあと夜なべして衣装を縫ってきてくださったじゃないですか。

松本 ははは! そんなこともあったねー!(笑)

奥田 本科生のとき、祐子さんから言われた「君は人からエネルギーをもらって返すのはうまいけど、誰かにエネルギーをあげるのは下手くそだよね」という言葉がずっと心に残っていて。そのときから、“自分から与える”ということを意識するようになりましたね。

松本 ふふふ。言った本人は全然覚えてないのよね(笑)。

一同 ははは!

大切なのは無意識な差別感情に目を向けること

──「ジャンガリアン」は、2019年に上演された「ヒトハミナ、ヒトナミノ」(参照:横山拓也×松本祐子「ヒトハミナ、ヒトナミノ」に竹内都子・尾身美詞ら)でタッグを組んだiaku・横山拓也さんと松本さんが送る新作公演です。「ジャンガリアン」では、大阪にある老舗のとんかつ屋・たきかつを舞台に、たきかつを営む一家に訪れた試練や、一家を取り巻く人々とモンゴルから来た留学生の交流が描かれます。

松本 せっかくの新作なので、関西弁で書いてほしいとお願いしたんです。標準語だときつく感じることも、関西弁だとちょっと違うふうに聞こえますし、今回はそういう言語感覚を大事にしたいなと思って。神は細部に宿るといいますが、横山くんの会話劇は本当に細かいところにまでこだわって書かれているなと感じました。全員が全員ではないんですけど、大阪の人って、人を笑わせないといけないっていう強迫観念にとらわれて生きているところがあるのかなと思っていて。私は幼稚園までしか大阪にいなかったのでそこまでではないんですが、横山くんや義信さん、関西出身の演劇人とお話しすると、「楽しませたい」「日常会話でも笑わせたい」という気持ちを感じるんですよね。

──今回の「ジャンガリアン」では、はつらつとした関西弁でやり取りされる会話の中で、偏見や差別に関する問題が取り沙汰されます。たかおさんをはじめ、文学座の先輩方に囲まれながら、奥田さんはモンゴル人留学生のネルグイ・フンビシを、川合さんは工務店の次期社長・奥村聡一を演じます。

松本 奥村は、普段みんなが思っていても口にしないようなひどいことを言ってしまうキャラクターなんですけど、よっちゃんが演じることでマッチョなイメージが軽減されるんじゃないかなあと思っていて。

左から松本祐子、川合耀祐、奥田一平。

川合 そうだといいんですけどねえ。

奥田 確かに。フンビシは、奥村からけっこうひどいことを言われるんですけど、よっちゃんが演じると、そこまできつい印象を与えずに、柔らかいイメージになるような気がします。

──奥田さんと川合さんは、これまでに横山さんの作品をご覧になったことはありましたか?

奥田 僕、もともと横山さんの作品が好きで、いつか出演したいなとずっと思っていたんですよ。今回ご縁があって出させていただけることになってうれしいですし、日常会話の多いお芝居をやるのがほぼ初めてなのでワクワクしています。僕の地元でもインドネシア人の技能実習生が造船所で働いているんですけど、田舎ということもあってそこまで偏見はないものの、「ジャンガリアン」に描かれているような無意識な差別というのは日常に潜んでいると思っていて。きっと、知らないものに対する防衛本能が働いて、攻撃的になってしまうんでしょうね。自分が留学生の役を演じるということもありますが、自分自身、外国の方々に対して優しい気持ちを持てるように、観に来てくださるお客さんにもそう思っていただけるように、丁寧に作っていきたいと思います。

川合 僕は観劇があまり得意じゃないんですけど、横山さんの作品はよく拝見していて。

松本 よっちゃんは自分がお芝居をするときはグッと集中できるけど、お芝居を見続けるのには集中力が要るんだよね。

川合 そうなんです(笑)。前回松本さんとご一緒した「五十四の瞳」のときは、とにかく必死で周りが見えていなかったんですが、今回は冷静に現場に入ることができるので、「五十四の瞳」から今に至るまでの間に自分がどんなふうに変わったのかをお見せできればと思います。

松本 頼もしい! さっき奥田くんも言っていたように、外国人や障害を持つ人に対して、無意識に抱いてしまっている差別感情に目を向けることが大切ですよね。今は特に、コロナの影響もあって心が狭くなりつつあるじゃないですか。無意識に狭くなってしまっている心が少しでも解放されるように、みんなで楽しい作品に仕上げていけたらと思います。

「演劇って素敵!」ということを知ってもらえる場所に

──昨年、創設60周年を迎えた研究所では、新型コロナウイルスの影響を受けながらも、さまざまな方法を模索して授業や発表会を行ってきました。来る12月6日には、2022年度第62期本科生の募集が開始されます。最後に、入所を検討している未来の演劇人の方々にメッセージをいただけますか?

川合 同年代の人たちはもちろん、先輩方とも演劇を通して触れ合うことができるので、興味のある方は研究所を受験してみてはいかがでしょうか。

奥田 いろいろな年齢の人が同じ立場で、毎日同じ授業を受けるというのはめったにない機会だし、その後、文学座に残る場合もそうでない場合も、この1年間はすごく刺激的なものになると思うんです。迷っている方がいたら、ぜひチャレンジしてみてください。

松本 演劇って人間力を高める力がある芸術だと思うんです。演劇をやる人は、コミュニケーション能力を高めないと太刀打ちできないことがいっぱいあるし、観る人も思考力を使って、自分の中で物語を構築しながら観る必要がある。だけど、演劇って決して特殊なジャンルではなく、日常に根付いた芸術なんですよね。「演劇って素敵!」ということを、もっと広く知ってもらうための1つの手立てとして、文学座が存在すると良いなと思っていて。文学座にしても研究所にしても、これからも多様性を持った場所であり続けたいですし、期を超えてフラットに、言いたいことを言い合える関係性が構築できる場であれたらと思っています。

左から松本祐子、川合耀祐、奥田一平。
松本祐子(マツモトユウコ)
1967年、大阪府生まれ。演出家。文学座附属演劇研究所を経て、1997年座員に昇格。1999年、文学座アトリエの会「冬のひまわり」(作:鄭義信)を手がけ、その後、文化庁在外研修員として渡英。文学座アトリエの会「ぬけがら」、ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」の演出に対し、第47回毎日芸術賞、第8回千田是也賞受賞。企画集団マッチポイント公演「ヒトハミナ、ヒトナミノ」、文学座アトリエの会「スリーウインターズ」の演出で第54回紀伊國屋演劇賞個人賞、第27回読売演劇大賞最優秀演出家賞を獲得した。なお、「スリーウインターズ」は第7回ハヤカワ悲劇喜劇賞、第12回小田島雄志・翻訳戯曲賞にも輝く。2020年、文学座「五十四の瞳」の演出で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。
奥田一平(オクダイッペイ)
1991年、大分県生まれ。俳優。2013年に文学座附属演劇研究所へ入所し、2018年座員に昇格。近年の出演舞台には、文学座「冒した者」(作:三好十郎、演出:上村聡史)、大森カンパニープロデュース「いじはり」(作:故林広志、脚本・演出:大森博)、Bunkamura 30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019 DISCOVER WORLD THEATRE vol.5「罪と罰」(原作:フョードル・ドストエフスキー、上演台本・演出:フィリップ・ブリーン)、「COCOON 月の翳り星ひとつ」(作・演出:末満健一)、文学座「一銭陶貨~七億分の一の奇跡~」(作:佃典彦、演出:松本祐子)、文学座「熱海殺人事件」(作:つかこうへい、演出:稲葉賀恵)などがある。
川合耀祐(カワイヨウスケ)
1997年、岐阜県生まれ。俳優。2017年に文学座附属演劇研究所へ入所し、2020年準座員に昇格。近年の出演舞台には、文学座「五十四の瞳」(作:鄭義信、演出:松本祐子)、文学座「ウィット」(作:マーガレット・エドソン、演出:西川信廣)、劇団ZERO-ICH「ガジュマルの樹の下で」(作:平良太宣、演出:所奏)、劇団道学先生「おとうふ」(作:中島淳彦、演出:青山勝)などがある。