2017年に創立80周年を迎えた文学座。老舗劇団として、舞台をはじめ、映画、テレビ、ラジオなど第一線で活躍する実力派俳優、スタッフを多数世に送り出している。そんな文学座には、専門養成機関・文学座附属演劇研究所がある。本科で1年基礎を学んだのち、選抜メンバーが研修科で2年修業。その後、さらに選抜されたメンバーが準劇団員として2年研鑽を積み、劇団の承認を得られてようやく劇団員となる。その期間、最低でも5年。しかしこの長い勉強の時間があるからこそ、文学座の劇団員は若いうちからすぐ、活躍のチャンスに恵まれるのだ。では文学座附属演劇研究所とは一体どんな所なのか? 本特集では、8月に行われた発表会の稽古から本番までのレポートと、研究生たちの合格体験記を紹介する。
取材・文・稽古場撮影 / 熊井玲
研究所発表会「ゴドーを待ちながら」レポート
その狭き門ゆえに、“演劇界の東大”とも言われる、文学座附属演劇研究所。幾多の名優、名スタッフを輩出してきた学びの園では、今日も研究生たちがさまざまなカリキュラムに取り組んでいる。彼らが、そんな日頃の研究成果を披露するのが、年に数回行われる発表会だ。2017年夏は、鵜山仁の演出により「ゴドーを待ちながら」を上演。演技部1・2年の出演者29名と演出部、制作部の6名が、信濃町・文学座アトリエで大汗かいての大奮闘を繰り広げた。ここでは、その稽古と本番の様子をレポートする。
まずは入念な読み合わせ
稽古は6月下旬にスタート。最初は配役を決めず、それぞれ役を変えながら読み合わせが行われた。サミュエル・ベケットの代表作「ゴドーを待ちながら」は、ヴラジーミルとエストラゴン、2人の男が他愛ない会話を繰り広げながら、ゴドーという男をただただ待ち続ける不条理劇。登場人物は2人のほか、威張った金持ちの男・ポッツォ、首に縄をかけられた従者のラッキー、ゴドーが来ないことを告げに現れる男の子の5人だけ。明確なストーリー展開があるわけではなく、登場人物の数も限られていて、あまり発表会向きとは言い難い演目だが、演出の鵜山仁にはあるアイデアがあった。
7月上旬に稽古場を訪れると、研究生たちは机をコの字型に並べ、その中央をアクティングスペースとして読み合わせを行っていた。鵜山に指名された研究生数名が、着座してセリフを読む。ハイテンションでセリフを発する人もいれば、同じセリフをのんびりとおかしみを込めて語る人もいて、同じ役同じシーンでも見え方がまったく異なる。鵜山はシーンを少しずつ止めながら、「このときのヴラジーミルの心情はどうなっているんだろうね?」「ここは似たようなセリフが続くから、この1行1行にどう変化を付けていこうか」と研究生たちに声をかけていく。そんな鵜山の問いかけに対し、研究生たちは台本を見つめたまま、なかなかすぐに返答ができない。「『夜を待つのもゴドーを待つのも』というセリフの、2つの『待つ』はどう違うの?」と問われて、「えっと……」と言ったまま固まってしまう研究生たち。しかし鵜山自身も、彼らに答えを求めると言うよりは戯曲に疑問をぶつけているような様子で、あるときは原文を参照し日本語訳されたセリフの意味を考えたり、またあるときは「ポッツォとラッキーの関係は、資本家と搾取される側という捉え方もできて……」と戯曲の解釈を口にしたりしながら、研究生たちと共に戯曲への理解を深めようとしていた。
稽古が開始して約3時間半。徐々に動きも加わって、読み合わせの熱が上がってきた。鵜山も立ち上がり、「このときはどういう気持ちで相手を見てるんだろうね」と、演者と同じ目線に立って、役のイメージを捉えようとする。そうしながら次々と繰り出される演出家のアイデアに、研究生たちは必死に食らい付きながら、同じシーンを何度も繰り返していた。
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- 文学座附属演劇研究所
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1961年、文学座の創立25周年の記念事業の1つとしてスタートした文学座附属演劇研究所。現在の所長である座員の坂口貞芳は研究所について、「これからの日本の演劇界を担う若い人材を発掘し育成するための研究所は、教養のある大人のためのエンターテインメントを目指す本公演、新しい舞台表現を模索するアトリエ公演とともに、文学座の演劇活動の三本柱の一つに位置づけされています」と説明している。授業では文学座座員たちによる演技実習を始め、各専門家を招いて音楽、体操、ダンス、アクション、能楽・作法のレッスン、また演劇史を学ぶ“座学”もあり、広く舞台で活動していくための基礎教養を学ぶことができる。なお2018年第58期本科入所試験は2018年1月に開催。入所案内・願書の請求は2017年10月2日に受付開始、出願は17年12月。