授賞式はひとつのお祭りとして素晴らしい
──津田さんがアカデミー賞を意識したのは、いつくらいのことですか?
「シンドラーのリスト」が作品賞を受賞した(1994年)あたりでしょうか。どのような題材の作品がアカデミー賞を受賞するのか。その事実を知りましたし、ものすごく世相が反映されることも意識しました。最近は「タイタニック」のようなみんなに愛される作品が何年も受賞していなかったり、時代の傾向など、さまざまなことを考えさせられ、面白いと感じるようになったんです。
──やはりアカデミー賞は特別なものですか?
ノミネートされている人が一堂に会し、受賞の瞬間だけでももちろんドラマチックです。その延長線上のスピーチがさらにドラマチックになったりする。アカデミー賞授賞式はひとつのお祭りとして素晴らしいことを実感していますね。
──昨年、WOWOWの番組「アカデミー賞授賞式直前パーティ!」に出演されました。
そのときにいろいろな資料を見せていただき、自分でも調べて、歴史の長さはもちろんですが、多くの出来事が興味深く心に響いてきたんです。例えばマーロン・ブランドが(主演男優賞の)受賞を拒否したり、名誉賞を受賞したエリア・カザン監督が過去の赤狩りの問題のためにブーイングを受けたり、今年亡くなったシドニー・ポワチエの黒人初の主演男優賞など、映画界と社会の関係、そして映画界の変化をアカデミー賞が示していると感じました。
──近年の受賞で印象的だった結果は?
2017年に、最有力だった「ラ・ラ・ランド」を応援していたのですが、作品賞は「ムーンライト」でした。受賞後に観たら、けっこう地味な作品で……(笑)。授賞式のオープニングからド派手に盛り上がっていた「ラ・ラ・ランド」を押しのけて、世相を反映した作品が賞を獲ることを改めて認識しましたね。
エミネムのパフォーマンスから感じた、アカデミー賞の懐の深さ
──その「ラ・ラ・ランド」のように楽曲のパフォーマンスで授賞式が大いに盛り上がります。過去のアカデミー賞の授賞式で、特に印象に残っているパフォーマンスは何かありますか?
第87回(2015年)ですね。司会のニール・パトリック・ハリスが、プロジェクションマッピングを使って、過去の名作映画と一体化しながらダンスパフォーマンスを繰り広げました。6分くらいの短い時間でしたが、映画の歴史をミュージカル的なショーで一気に振り返り、ものすごい映画愛が伝わってきたんです。先人たちが素敵な映画を積み上げてきて、現在のアカデミー賞は成り立っているんだ……と、心から感動しました。
──津田さんは、そのニール・パトリック・ハリスの吹替を務めたこともあります。
そうなんです。「マトリックス レザレクションズ」で吹替をやらせていただき、アカデミー賞でのパフォーマンスの感動を思い浮かべながら、あんなふうにアップテンポな感じとか、いろいろ背景の変化に対応していく姿とか、ちょっとだけ意識したかもしれません(笑)。
──そのほかに思い出すパフォーマンスは?
エミネムですかね(2020年)。彼の主演映画「8 Mile」をずっと前に観ていたせいか、ずいぶん貫禄のある外見に変わってましたが(笑)、魂は「8 Mile」のときと同じだと感じました。みんながきっちりとしたフォーマルファッションで参加している授賞式に、ラフな姿のエミネムが、しかもサプライズで出てくることにも驚きましたが、そこにもアカデミー賞の懐の深さを感じました。客席には完全にエミネムファンになってノリにノっている人もいて、そんな光景もかっこよかったです。
──津田さんと同じ声優ということでは、「アナと雪の女王2」で松たか子さんがアカデミー賞の舞台に立ちました。
映画の吹替をやっている身としては、世界各国の吹替キャストが一堂に会した素晴らしい時間でした。やはり世界規模のアカデミー賞だから、こうしたパフォーマンスが成立するのでしょう。これもひとつの“多様性”として時代の流れに乗っているし、そうした社会的テーマをショーとして入れ込むところがアカデミー賞らしいですね。
──そう考えると、いつか津田さんがアカデミー賞のステージに立つ可能性もゼロではないような……。
それはまったく考えませんでした(笑)。
関わった作品はやっぱり応援したくなる
──吹替での参加という点では、津田さんは今年の作品賞ノミネートの中で関わっている作品がありますよね。
「DUNE/デューン 砂の惑星」です。チャン・チェン(ドクター・ユエ役)の吹替をやらせていただきました。チャン・チェンがまだ小さい頃に出演した「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」が大好きなんですが、実は同じエドワード・ヤン監督の「ヤンヤン 夏の想い出」に僕が出演させてもらったんです。そのとき、「牯嶺街」の役者さんたちが現場のスタッフをやってたりして、思わず「君、『牯嶺街』で歌を歌ってた子だよね!」なんて声を掛けました(笑)。チャン・チェンもけっこう大きくなってて。そんな縁もあって、今回の「DUNE/デューン 砂の惑星」の吹替はうれしかったですね。チャン・チェンはその後、「グリーン・デスティニー」などで世界的な俳優になり、「DUNE/デューン 砂の惑星」のような大作でもすっかり貫禄が出ていて、本当に感慨深かったです。
──津田さんは「ヤンヤン 夏の想い出」に出ていたのですか? びっくりです。
イッセー尾形さんが出ているシーンで、居酒屋の店員を演じています。画面にはほぼ映ってませんが、声でわかってもらえるかも(笑)。たまたま僕の父が台湾で仕事をしていて、その当時、僕が台湾映画に夢中になっていたので、なんとか台湾の映画人とつながりを見つけてもらえないか頼んだんです。そうしたら実現しちゃいました。エドワード・ヤン監督は手塚治虫さんの影響を受けていて、日本も大好きな方だったので。
──話をアカデミー賞に戻すと、「DUNE/デューン 砂の惑星」のように、ご自身が関わった作品がノミネートされるのはどんな気分ですか?
やっぱり応援したくなる(笑)。スタッフの一員の気持ちになるんでしょう。ただ、1人の映画ファンとしては、どれが受賞するのか今年も面白くなりそうですよね。
作品賞ノミネートの重大性をもっとわかってほしい
──そのほかに応援したい作品や、気になる俳優は?
「ベルファスト」はラストシーンにしびれました。世界中の誰が観ても共感できると思うし、アカデミー賞らしい作品です。「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の重厚感は、同じジェーン・カンピオン監督でも「ピアノ・レッスン」とまったく違うアプローチでしたし、ベネディクト・カンバーバッチの屈折した感じが素晴らしかったです。俳優ではハビエル・バルデム、ジェシカ・チャステインなど、個人的に気になる人たちがノミネートされていて楽しみです。
──作品賞には日本の「ドライブ・マイ・カー」もノミネートされています。
本当に快挙ですよね。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したところで、すごいことだと感動しましたが、こうしたタイプの映画を作品賞にノミネートするあたりも、アカデミー賞の攻めの姿勢を感じます。もちろん「パラサイト 半地下の家族」からのアジア映画としての流れにも乗ったのでしょうが、濱口(竜介)監督の勢いはありますね。実際に受賞したらどうなるのか。いろいろ常識がひっくり返りそうです。
──監督賞ノミネートは日本人では3人目。そして作品賞ノミネートは日本映画では初めてです。
あの黒澤明監督でさえ、監督賞ノミネートは1回ですからね(1986年の「乱」)。作品賞ノミネートの重大性も、もっと皆さんにわかってほしいんです。ここに日本人キャストの日本人監督作が入るって、オリンピックの金メダルくらい、いやそれ以上の快挙なんですよ。映画ファンとしての意見ですが(笑)。
──その意味でも、今年は日本人監督、日本の作品の受賞の瞬間が観られる可能性があるわけです。
「おくりびと」が受賞したとき(2009年の外国語映画賞 / 現・国際長編映画賞)も、日本ではものすごく盛り上がりましたが、今回はそれ以上にすさまじいことが起こるかもしれないわけです。まさに世紀の瞬間ですね。
ライブで観て聴くことで感動がパワーアップする
──その快挙も含め、改めてアカデミー賞授賞式の見どころはどこにあると思いますか?
アカデミー賞は、その年ごとにドラマがあり、そこに映画人たちの思いが集約されて、ひとつのセレモニーになります。初めて授賞式を観たときは、華やかでユーモアにもあふれていて、授賞式のショー自体がひとつのドラマになっていて感動しました。しかもオンタイムの生中継で、その感動をオリンピックやワールドカップのように同時感覚で体験できるんですよ。
──ライブだからこその興奮や感動がありますよね。
作品賞が間違えて発表されたり(2017年)、想定外のハプニングも山ほど起こります。だからこそ受賞の瞬間が、あそこまで感動的になるのでしょう。振り返れば、赤狩りでハリウッドを追われたチャールズ・チャップリンが名誉賞受賞でアカデミー賞のステージに帰ってきて、会場全体がスタンディングオベーションしたり(1972年)、ロバート・レッドフォードが自分の引退を自覚したかのように、映画での自由な表現を次世代につなげたいというスピーチをしたり(2002年)、そういった瞬間をライブで観て、聴くことで、確実に感動がパワーアップすると思うのです。
Scott Diussa / ©A.M.P.A.S.、Mark Suban / ©A.M.P.A.S.、Blaine Ohigashi / ©A.M.P.A.S.
- 津田健次郎(ツダケンジロウ)
- 6月11日生まれ 、大阪府出身。アニメ、洋画吹替、ナレーターなどの声優業、舞台や映像の俳優業を中心に、映像監督や作品プロデュースなど幅広く活動している。2020年はNHK連続テレビ小説「エール」でナレーターを務め、2021年にはWOWOWの「アクターズ・ショート・フィルム」でショートフィルム「GET SET GO」を監督した。アダム・ドライバーやコリン・ファレルら海外俳優の日本語吹替も多く担当している。劇場アニメーション「犬王」が2022年5月28日、実写映画「TELL ME ~hideと見た景色~」が同年夏に公開。
スタイリング:小野知晃ヘアメイク:塩田勝樹
※記事初出時より本文の一部を修正しました。お詫びして訂正いたします。
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永野 インタビュー
2022年3月24日更新