フィリピンと中国残留邦人の今を映すドキュメンタリー公開

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ドキュメンタリー「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」が7月25日より東京・ポレポレ東中野ほか全国で順次公開される。

「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

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「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

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本作はフィリピンと中国という事情が異なる2つの国の残留邦人と、彼らを救おうとする市民の姿から“日本という国の今”を浮き彫りにする作品。

「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

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フィリピンの残留邦人は日本人の父とフィリピン人の母から生まれ、太平洋戦争敗戦を境に父親と生き別れた人たちだ。反日感情のあったフィリピンで身を隠すように生きてきた彼らは、日本国籍を得たいと訴えるも、無国籍状態に置かれたままでいる。一方戦争による混乱で、中国の東北地方に置き去りにされた中国残留孤児たちは、日中国交回復後、両国政府による帰国支援事業により日本に帰国。しかし言葉の壁による差別と貧困の果てに日本政府を訴えるまで追い詰められた人もいる。

「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

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残留邦人の国籍回復に長年尽力してきた弁護士の河合弘之が企画、製作を担当し、小原浩靖が監督を務めた。河合は「フィリピンの島々で身を隠すように暮らしてきて、存在もほとんど知られてこなかった彼らの『自分を日本人だと認めてくれ』という肉声に、ぜひ耳を傾けて欲しい。そして、時間切れになる前に、日本社会としてその声にどう向き合うのか、ともに考えたいのです」とコメントしている。小原のコメントと、著名人の鑑賞コメントは下記に掲載した。なお現在YouTubeでは予告編が公開中だ。

なかにし礼(作家)コメント

胸を掻きむしられる思いで観た。この映画に素晴らしいという言い方は適さない。本当に劇的な、これまで観たことのないもの。日本という国家に向けて初めて為された創作行為だ!

篠原勝之(ゲージツ家)コメント

「にげんと ころされるよ」拙い日本語でもの静かに語っていた赤星ハツエさんが、目をうるませて語気を強めた。関東軍が満州・中国に日本人を置き去りにした責任は無いとし、仕方なかったと判断した司法。“仕方ない”は、意味のない戦争に巻き添えをくらい、なんとか生き延びた人達こそが、悼み、苦しみ、口惜しさを呑みこんで、辛うじて口をつくのである。戦争を主導した国家が言い訳に使う言葉では断じてない。

藤原作弥(ノンフィクション作家 / エッセイスト / 元日銀副総裁)コメント

戦後75年目に、この映画が製作・公開される意義は大きい。私は満蒙僻地からソ連戦車軍団の虐殺を逃れ引揚げてきたが、残留され、“孤児”となった同胞も多い。また、フィリピンなど南方に置き去りにされた遺児たちも。本作品は、平和ボケしたわれわれ戦後日本人が忘れていた負の遺産を、感動的なエピソードと支援記録で総括したドキュメンタリー映画だ。

高野孟(ジャーナリスト / インサイダー編集長)コメント

中国残留孤児のことは多少とも知っていたが、フィリピン残留日本人2世が戦後、日本国家から遺棄されて75年、平均で81歳になる1000人以上もの人々が未だに国籍未確定のまま苦しんでいるという事態の深刻さに驚愕した。軍隊は、国体は守ろうとするが国民を守るつもりなど毛頭なく、平気で棄民するということが、改めて身に染みた。

三沢亜紀(満蒙開拓平和記念館事務局長)コメント

「日本人であることで迫害を受けるため身を隠すように生きてきた」という人々が、日本国籍を持てないという不条理。フィリピンでも中国でも、残された人々が「日本」を背負わされてきた。国とは。国籍とは。誰が保護され、誰がその枠からこぼれ落ちてしまうのか。日本国籍取得の報を受けて満面の笑みを浮かべる年老いた人。私たちの国は、あの笑みに足る国なのだろうか。

河合弘之 コメント

思えば、僕が残留者の就籍問題に全面的に関わるようになったのは、ビジネス系の弁護士として依頼が多くなってきた頃。中国残留孤児である除明さん(のちの池田澄江さん)が血液鑑定の結果親子関係が否定され、強制退去されそうだという記事(1981年)がきっかけ。僕自分が満州引き揚げで死にかけたという体験も当然背景にはあったけれど、僕を突き動かしたのは、こんなひどいことを放っておくのはおかしいじゃないかというシンプルな義侠心。「愛の裁判所」であるはずの家庭裁判所に就籍を申し立てればいいというアイディアもひらめいていましたからね。でも、1250名もの就籍なんていう大事業になるとは当時は思ってもいなかった。国家賠償訴訟(※帰国後生活に困窮した残留孤児ら約2200人が原告になり、「早期帰国実現義務」と帰国後の「自立支援義務」を怠ったとして国に損害賠償を求めた訴訟)に関しては、小野寺さん安原さんはじめ組織力も知力も行動力もある弁護士たちが中心となって、中国残留孤児たちの「一応の安寧」は守ることができた。もちろん、年老いた彼らには、人生の最期をいかに過ごすかという進行中のテーマがある。これはぜひ本作で感じていただきたい。一方のフィリピン残留孤児たちは、まだ身元確認も道半ばなのに、年々高齢化が進み、問題が解決する前に問題自体が消滅しかねないという危機的状況です。もはや一刻の猶予もない。今回、原発映画に続いて映画化に踏み切ったのは、裁判闘争の限界を感じてもいるからです。裁判を起こしても、メディアは申し立てた時と判決が出た時しか報じないため、問題認識が一般にまで広がらないというもどかしさがあった。この問題を広く訴えていくには、映画という方法論が有効だと考えたわけです。テーマの本質を端的に解りやすく表現できる小原監督と組んだことで、問題を解決に導くための実効力まで持った映画ができたと確信しています。フィリピンの島々で身を隠すように暮らしてきて、存在もほとんど知られてこなかった彼らの「自分を日本人だと認めてくれ」という肉声に、ぜひ耳を傾けて欲しい。そして、時間切れになる前に、日本社会としてその声にどう向き合うのか、ともに考えたいのです。

小原浩靖 コメント

2つの国の残留問題から今の日本の姿を描けないか? 当初、漠然と考えていたテーマはやがてメインテーマとなりました。今も戦争の影の中に生きる2つの国の残留者たち。この人生のダメージは、日本国が暖かい手を差し伸べないかぎり個人の力では克服できない。しかし政府の対応は決して暖かいとは言えません。これは、若い人たちこそが危機感を持って知るべき「今」であると感じながら制作しました。撮影を進めるうちにフィリピン政府の厚意から問題解決への追い風が吹き始めました。日本政府はこの風をどう受け止めるのか? その答えが今の日本の姿だと言えるはずです。ドキュメンタリーならではの展開を興奮と共にご覧いただける作品になりました。

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