「揺さぶられる正義」監督の上田大輔

テレビマンが作るドキュメンタリー映画 #6 [バックナンバー]

上田大輔(関西テレビ) / 企業内弁護士が報道記者に転身、メディアのあり方を真正面から問う

一度疑うと、その印象からなかなか逃れられないんです

2

56

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 5 9
  • 42 シェア

一度疑うと、その印象からなかなか逃れられない

──テレビのドキュメンタリーから映画にする際、どういうふうに追加取材・編集していくことを意識されていましたか?

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ [拡大]

まず、わかりやすさ優先はしないこと。テレビはよくも悪くもわかりやすさ最重視なので、視聴者に「何の映像?」と思わせないためにいろんな文字情報を入れますし、あるいは途中で観始めてもわかるように作りますよね。ナレーションを重ねる=説明をたくさんすることで観る側の解釈を狭めて、迷子にならないように誘導していくわけです。でも映画って、最初に映画館に入ったら基本的には2時間暗闇の中で観てもらえるはず。わかりやすさを重視する必要はないし、解釈の余地を残すことこそが映画的な豊かさだと思っているので、そこは妥協しませんでした。でも、プロデューサーやエディターが「もうちょっとわかりやすくしたほうがいいんじゃないか」と言ってきて。SBS事件の説明には医学的な面と法的な面の両方を説明しなければならないので、そもそも題材として難しくてわかりにくい。しかも事件を4つも取り上げている。ただ、本作で描きたかったのは、8年にわたる取材を通しての大きな流れでした。SBS事件で無罪判決が続出するという前代未聞の事態を1つの連なりとして描く必要があった。それぞれの事件は少し端折ったりわかりにくくなったとしても、並行して起こっていた事件を1人の記者が悩みながら取材していた、というところはテレビドキュメンタリーでは描けなかったところで、この映画の最大の特徴であると思っていました。

──ご自身がカメラの前に立つことや、ナレーションを担当したことも1つのこだわりだったのですか?

4つの事件を深く追い続けていたのは自分だけでしたし、もともと自分の育児実感から始まっている取材でもあるので、私がナレーションを読んで、私の視点で案内していくのがいいだろうと思いました。本当はノーナレーションを目指していたんですけど、映画の展開をテンポよく進めるには最小限のナレーションが必要だと考え、水先案内人として自分が登場しつつ、ナレーションも読むのが自然かなと。逮捕報道のあり方を見つめ直していくという点でも、私と今西さんの対話や関係性の中で生まれていくことなので、自分の存在も含めて撮ってもらおうと考えました。

──上田さんの最初のお子さんが赤ちゃんの頃の姿や、2人目のお子さんの登園時も映っているので、時間の流れを感じ、取材対象者の方がこれだけ長い時間を奪われているということが視覚的にもわかりました。8年の取材を通して、上田さんの中で特に考え方が変わった瞬間やハッとさせられた言葉はありますか?

今西さんに「1回『こいつ黒なんやな』と思われたら、白に塗り替えることは無理やと思う」と言われたときはやっぱりショックでしたね。私は逆転無罪判決が出ると思って、その直前に自宅へ行って取材していたんです。そこで、一度みんなに疑われているわけだから、カメラの前で自分が無実だと話してほしいと思い「自分がやっていないということはどういうふうに伝えたいですか?」という質問をしたわけです。私としては「義理の父親だけどちゃんと子供をかわいがっていたんです」といった、自身の潔白を示すようなことを話してもらえるのかなと思って聞いたのですが、今西さんは「1回『やったかもしれへん』って伝わってんねんから(無理でしょう)。考えたこともなかった」とおっしゃって。こちらが「無罪判決をしっかり報道して名誉回復につなげられる」と少し恩着せがましい気持ちで聞いているのを見透かされている気がしたというか、自分の浅ましさも感じました。「結局あなたは当事者のことをわかってないよね」と言われたような気もしましたし、言い方を変えると、冤罪が晴れるなんてことはないということでもある。一度疑うと、疑った人(やメディア)も、疑った情報に接した人も、その印象からなかなか逃れられない。冤罪の恐ろしさを感じました。

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ [拡大]

影響を受けた映画は「EUREKA」と「それでもボクはやってない」

──今後上田さんが取材したいことや作りたいものはありますか?

自分は刑事司法の問題をやろうと思って記者になっているのですが、刑事司法の問題は山積みなので、1つひとつできることをやっていけたらと今は思っています。

──テレビ局発のドキュメンタリーで、これはすごい!と思った作品があれば教えてください。

五百旗頭(幸男)さんの映画「裸のムラ」はすごいなと思いました。地方行政を少し離れたところから定点観測し続ける取材によって、長期政権の腐敗だけでなく、その裏にある日本社会の問題を浮かび上がらせている。映像アーカイブの使い方もうまいなと思いました。地域密着で長年撮り溜めてきた映像素材はテレビ報道の強みですが、“今”を定点観測する日頃の取材と、過去のアーカイブをうまく組み合わせて1つのストーリーを編み出している。非常にレベルの高いことをされている五百旗頭さんにはすごく刺激を受けていますね。私も同じように、検察や裁判所といった司法権力の監視をする中で、背景にある日本社会をあぶり出せるような作品を今後作れたらなと思います。

──ドキュメンタリー以外で、これまでに影響受けた映画はありますか?

映画は大好きで、たくさん観ています。シネフィルとまではいかないですけど、大学生の頃は1日に2~3本観ていた時期もありました。一番好きな映画は青山真治監督の「EUREKA(ユリイカ)」で、いまだに観返すこともありますね。

──特にどんな部分に惹かれたのでしょうか。

「揺さぶられる正義」監督の上田大輔

「揺さぶられる正義」監督の上田大輔 [拡大]

バスジャック事件に巻き込まれて大きなショックを抱えた人々の話なのですが、トラウマを回復させるまでには時間が必要ですよね。2時間ぐらいの映画だとその時間経過を端折ってしまい、その過程がどうしてもリアリティに欠けるものになりがちですが、約3時間半ある「EUREKA(ユリイカ)」ではその過程がリアリティをもって表現されているんです。今まで観てきた映画とは違う時間の流れがあるというか。ドキュメンタリー的なタッチで撮影された映像による効果なのかなとも感じたり。本当にすごい作品だなと思っています。

──上田さんのドキュメンタリーの構造が豊かなのは、いろんな映画を観られているのも1つの理由なのかなと感じました。

フィクションもドキュメンタリーも、どうストーリーを構築していくかというところでは同じことをやっていると思っていて。フィクションは一から撮影することによって集めた素材からストーリーを構築するけれど、もとの着想は実際の事件からだったりしますし、まるっきり空想だけでやるとリアリティのある物語にはなかなかならないですよね。ドキュメンタリーは実際に撮った現実(の映像)をもとにしながらも、それを自分がたどり着いた認識に沿って並べていくことで、1つのストーリーを構成していく。思考作業として共通する面は多いです。劇映画とドキュメンタリーをあまり区分けせず、いい作品からストーリーテリングや映像技術を学びたいなと思っています。あと私の人生の大きな影響を与えた作品をもう1本挙げるなら、2007年に観た「それでもボクはやってない」です。私の刑事司法への絶望にとどめを刺した映画で、この映画がなければ「揺さぶられる正義」も生まれていなかったでしょうね。これはもう忘れられない映画です。

上田大輔(ウエダダイスケ)プロフィール

1978年生まれ、兵庫県出身。早稲田大学法学部、北海道大学法科大学院を卒業し、2007年に司法試験合格。2009年に社内弁護士として関西テレビに入社し、法務を経て2016年に報道局へ異動。記者として大阪府政キャップや司法キャップなどを担当し、現在は「ザ・ドキュメント」のディレクターとして勤務している。これまでに手がけた番組に「逆転裁判官の真意」「さまよう信念 情報源は見殺しにされた」などがあり、〈検証・揺さぶられっ子症候群〉シリーズ「ふたつの正義」「裁かれる正義」「引き裂かれる家族」では、一連の検証報道が評価され2020年日本民間放送連盟賞(放送と公共性部門)の最優秀賞を獲得した。特技はホーミー。

バックナンバー

この記事の画像(全20件)

読者の反応

  • 2

ザ・ドキュメント(カンテレ) @document_ktv

【映画『揺さぶられる正義』】監督上田が自身に多大な影響を与えた2作の映画について語っています。 https://t.co/Zom12rsvwn

コメントを読む(2件)

関連記事

リンク

あなたにおすすめの記事

このページは株式会社ナターシャの映画ナタリー編集部が作成・配信しています。 揺さぶられる正義 / EUREKA(ユリイカ) / それでもボクはやってない / 裸のムラ / 上田大輔 / 青山真治 / 草彅剛 / 五百旗頭幸男 の最新情報はリンク先をご覧ください。

映画ナタリーでは映画やドラマに関する最新ニュースを毎日配信!舞台挨拶レポートや動員ランキング、特集上映、海外の話題など幅広い情報をお届けします。