タテ読み形式のマンガっていつ日本にやって来たの? 有識者3人がこれまでとこれからを語る
「タテ読みマンガアワード 2024」開催記念座談会、タテ読みの歴史に詳しくなろう
2024年11月29日 18:00 20
コミックナタリーでは現在縦スクロールのフルカラーマンガ=“タテ読みマンガ”を対象にしたマンガ賞・タテ読みマンガアワードを実施している。韓国にルーツを持ち、日本ではWebtoon、SMARTOON、タテスクコミックなどの愛称で親しまれているタテ読みマンガは、日本ではどのように広がってきたのか。タテ読みマンガアワードの開催に合わせて公開するこの記事では、日本でのタテ読みマンガの登場から現在までをWebtoonに関連する記事を多く発表してきたライターの飯田一史氏、Webtoon編集者の北室美由紀氏、Webtoonの制作やローカライズにおいて数多くの作品に携わるフーム代表の福井美行氏に語ってもらった。
日常的にタテ読みマンガに触れている人はもちろん、今回のアワードで初めてタテ読み作品に興味を持った人も、この座談会を“タテ読み”に対する理解を深める一助としてほしい。
取材・
座談会メンバー
飯田一史(イイダイチシ)
出版産業、コンテンツビジネス、マンガ、子どもの本、教育などについて取材・調査・執筆するライター。単著に「『若者の読書離れ』というウソ」「ウェブ小説30年史」「マンガ雑誌は死んだ」など。
飯田一史 (@cattower) | X
北室美由紀(キタムロミユキ)
株式会社ミキサー所属のWebtoon編集者。元comico編集者で、2013年には日本版comico立ち上げに従事した。担当作に「サレタガワのブルー」「コータロー君は嘘つき」「シンジュウエンド」「猫には猫の猫ごはん。」「小麦とバターと復讐と」「ReLIFE」など。
きた@縦カラー編集者 (@ktmrmiyuki) | X
福井美行(フクイヨシユキ)
株式会社フーム代表。Webtoonの制作やローカライズにおいて数多くの作品に携わる。2022年にはWebtoonのコンサルティングや原作分析などを行う「ARC STUDIO JAPAN」を発足した。
FOOM★TOKYO – Webtoon Works START!
タテ読みマンガはいつ頃日本にやって来た?
──タテスクロール形式のマンガは韓国発のコンテンツですが、日本のタテ読みマンガはどのように始まったものなのでしょうか。
飯田一史 “タテ読み”という括りはけっこう難しくて……というのも、日本に入ってきた最初の韓国Webtoonはヨコ組みになった単行本としてなので、その時点でタテじゃなかったんです。サービスとして入ってくるのは、2011年の「NAVER WEBTOON」からになりますね。ネイバーやカカオといった韓国企業には、日本に限らず各国へ進出したい思惑があり、当時は少女時代やKARA、BIGBANGなどが日本に進出して人気を集めていた第二次韓流ブームでもあったので、その流れから入ってきたのが日本のタテ読みマンガの始まりなのかなと。
福井美行 韓国という国はもともとグローバル志向が強いんですよ。人口が5000万人しかいませんから、国内だけで事業を展開しても、どうしても利益は限られてしまいますので。
飯田 ネイバーは2000年代に日本でもサービスを展開し始めて「NAVERブログ」や「NAVERまとめ」などのいろんなサービスを展開していました。そのいろいろやっていた事業の1つが「NAVER WEBTOON」、つまりタテ読みマンガだったわけです。
福井 韓国では1997年の通貨危機以降、当時急速に広がっていたインターネットをマンガ家さんたちが発表の場として使うようになりました。Webで読むマンガが一般化していく中で、タテ読みマンガも自然発生的に生まれたんです。基本無料で読めることもあって広く読まれるようになり、映像化されて爆発的にヒットする作品も出てきました。日本に入ってくる2011年頃には韓国におけるタテ読みマンガ原作の生態系がすっかりできあがっていた状態で、日本では2020年前後から2、3年の間に突然ブームになったような感じでしたけど、韓国では積み重ねの期間がかなり長いんです。
北室美由紀 私たちがcomicoを立ち上げた2013年当時、もちろん運営会社のNHNは韓国企業なので、タテ読みをやってほしいと考えていたんじゃないかと思いますけど、会社から「タテ読みをやってほしい」と指示があって始まったわけではなく、いろいろな選択肢がある中で、現場で話し合ってタテ読みをやっていこうということになったんですよ。
福井 comicoの立ち上げには僕もちょっとだけ関わっていますけど、あの当時……2012、3年頃は韓国ですごい作品がいっぱい出てきた時期だったんで、その翻訳中心でやるのかなと思っていました。そうしたら北室さんたちは日本の作家さんたちにお声がけして、自前でたくさんの作品をそろえたんですよ。相当なご苦労をされたと思いますね。
北室 大変でした(笑)。そもそも日本人が誰もタテ読みマンガの存在を知らない時代だったので、作家さんを募集するにもその説明から始めなければいけない。しかも、「マンガはヨコ組みでモノクロであるべきだという考えの方もたくさんいらっしゃるので、「マンガに対する冒涜だ」とまで言われることもけっこうありました。そういう方々を説得したり、タテ読みを描いてみたいと言ってくれる作家さんを探し出すのは、やはり相当苦労しましたね。
福井 そのご苦労の結果、日本のタテ読みマンガは驚くべきスピードで進化しました。僕は当時韓国しか見ていなくて、日本で流行らせるのは難しいだろうと思っていたんですけど。
飯田 2013、4年頃はマンガアプリ黎明期ですが、その中でcomicoは独自のユーザー層をしっかり獲得できていた印象です。でもちょうどその前後、2014年から韓国で本格的に有料課金モデルが始まって、それまでの「無料で読ませる」がすべてだった世界から急にゲームチェンジが起こりました。日本でも、それこそcomicoは2016年末に課金モデルを取り入れることになるんですけど、北室さんたちが無料で読ませる前提でタテ読みマンガ文化を作っている途中だったのに、ビジネスモデル自体がいきなり変わってしまったんです。準備もできないまま、その変化に急速に対応しないといけなくなって。
北室 そうですね。
飯田 本来はそこにもっと時間が必要だったと思うんですよ。韓国は10年くらいずっと無料でやってきたのに、日本では入ってきてすぐ有料化モデルが出てきた。その変化が急すぎて、2013、4年の勢いからすると2016年から2019年くらいまでは有料モデルへの転換に苦労していたと言っていい時期だと思います。そこに「俺だけレベルアップな件」がドーンと売れてメディアでも注目を集めたので、「タテ読みマンガは資本を投入して分業体制で作られる大規模なものが主である」みたいな認識が広まることにもなった。もうちょっと無料で読まれて「個人で作る面白い作品がいくらでもありますよ」という意識がしっかり根付いてから、「スタジオで作られるリッチなものもあるよね」とゆるやかに変わっていったほうがよかったと思うんですけど。
──地盤が固まっていないところに突然大きな建物が建ってしまったようなイメージですね。
飯田 「俺レベ」以前にも「ReLIFE」とか国産で人気の作品はいくらでもあったわけですけど、2020年頃に急にタテ読み=「『俺レベ』みたいなやつ」にイメージが変わってしまった。「本当はいろんなものがあるのに、ずいぶん偏った感じで広がっちゃったな」と思って見ていました。
北室 作り手側が大きな波に乗りすぎる傾向もあるように感じています。私は日本での第1次タテ読みブームが「ReLIFE」、第2次ブームが「俺レベ」だと考えていまして、第3次はまだ起こっていないと思っているんですね。1つ売れるものが出てくると、大勢がそっちに傾いてしまう。「サレタガワのブルー」が流行ったときも不倫・復讐ものの波が生まれて、今も続いていると思うので、ちょっとファーストペンギン(※)が強すぎるというか。
※魚を求めて天敵がいるかもしれない海に最初に飛び込むペンギンの意。ビジネスシーンでは未知の領域に挑戦する人を指す。
福井 タテ読みマンガの制作にはこれまでマンガを作ってこなかったような企業も参入していますから、既存のファンがいるようなジャンルでまずは利益を上げることが重要というのは当たり前のことで否定しませんが、北室さんのようにいい作品を作りたいというのと両立するといいですね。
北室 でも福井さん、私も売り上げ大事なんですよ!
福井 (笑)。ただ、そういうそれぞれの考えがある中で「ReLIFE」のようなヒット作や、韓国スタイルの先行作に倣ったヒット作がそれぞれ出ているのが面白いですね。その意味で、日本のタテ読みマンガ界にはある程度の骨格はできてきていると思っています。どちらがいい悪いということじゃなくて、みんなそれぞれの立場でよくここまでがんばって作ってきたなと。本当に一生懸命やっていますよ。
日本のタテ読みマンガシーンの変化
──日本でタテ読みマンガが始まった頃と今とで、最も大きな変化はなんだと思いますか?
飯田 LINEマンガとピッコマが日本最大級のマンガアプリになるとは参入当初はおそらく誰も思っていなかったですよね。それがまず全然違っているところの1つですけど、韓国と日本の考え方の違いとしてけっこう大きいのが、日本企業は「IP」(知的財産)という言い方が好きで、要は作品単位で売ることをまず考えるんですけど、ネイバーやカカオはIPに加えてプラットフォーム(PF)とビジネスモデル(BM)ごと輸出している。作品そのものを売るだけでなく、売り場自体を自ら押さえる。日本においては2010年代前半までは「有力なマンガ雑誌に掲載されなければなかなか作品が認知されない」という問題がずっとあった中で、今はかつてのメジャーなマンガ誌かそれ以上の器(PF)としてLINEマンガやピッコマがあることで、タテ読みマンガを誰もが当たり前に読むような素地ができている。そこはまずこの10数年での大きな変化だなと思っています。
福井 これは日本ではなく韓国の話なんですが、今韓国ではインスタトゥーンが流行ってきているんですよ。つまりInstagramで読むタテ読みマンガですね。若い人たちの多くがInstagramでマンガを読むようになっていて、とにかくすごい勢いなんです。Instagramはアメリカ発ですけど、韓国で海外企業のサービスがそんなにヒットすることって、これまではあまりなかったんですよ。
飯田 なぜ作家がInstagramへ行ったかっていうと単純な話で、ネイバーやカカオとかで公式連載作品としてやっていくには「最低でも毎週1話、何十コマで」とか指定があるので、その縛りが個人作家にはキツい。だったら別にInstagramで好きなものを好きなように描いても、人気さえあれば案件のオファーも来るし、食っていけるならこっちでいいじゃんって話になるわけですよね。歴史をさかのぼればそもそも韓国でもタテ読みマンガは専業マンガ家ではない素人がWebに自発的にアップして人気を博して、注目されたものが書籍化されてヒットしたことでポータルサイトが取り入れるようになっていったものだったんで、言うなれば原点回帰しているだけなんです。
福井 プラットフォーム側からしたら長い連載のほうが当然利益は出るわけですけど、短い作品でもいい作品はいっぱいある。それを出す場がなくなってしまった。例えば映画の原作にするなら短い作品でいいんだから、ビジネス的にもニーズはあるはずなんですけどね。そういった短い作品の受け皿にインスタがなっている面もあるし、ジェダムメディアって企業が「shortz」というショートWebtoonのプラットフォームを作るという動きも出てきました。日本でいうと、ソラジマが読み切りの制作を始めようとしていますし。飯田さんがおっしゃったように、大きいビジネスモデルとは別のところで作家さんたちが読み切りやショートのフィールドへ向かう流れはこれから間違いなくあるでしょうね。
飯田 アリス・オズマンというイギリスのタテ読み作家はご存じですか?日本でも単行本が刊行された「ハートストッパー」の作者です。もともと「Tapas Media」や「WEBTOON CANVAS」といったメディアに作品を投稿していた人なんですけど、普通はそこで人気が出たらプラットフォームの公式連載作家に“昇格”するのが既定路線だと考えられていたところに、彼女は「自分のペースで描きたいし、プラットフォームに干渉されるのは嫌だ」ということでクラウドファンディングをして単行本を出したんですよ。自分で全部権利をホールドして、「ハートストッパー」はNetflixでドラマ化もされる事例を生み出していて。韓国でもInstagramやFacebookで連載してTVドラマ化もされたス・シンジ「ミョヌラギ」などがあります。そうなると「公式連載作家ってなんのためにあるんでしたっけ?」って話になるわけです。
北室 なんか、日本の会社員みたいですね。「出世して管理職になるのはキツいから、フリーでやろう」みたいな。
飯田 そうですね(笑)。プラットフォーム側の力が圧倒的に強い時代っていうのが続いてきましたけど、ここに来て実力さえあれば個人でもいろいろやれる道が示され始めている。そういう流れがもうちょっと日本でも来るといいなとは思っています。
北室 すごくおっしゃる通りだと思うんですけど、そうなると私の仕事がなくなってしまう(笑)。
飯田 いや、完全にどちらかに振れるというよりは、いろいろな選択肢があるのがあるべき姿だと思うんです。“公式連載か、Instagramか”はタテかヨコか論争同様に二択でどちらかが滅ぶという話ではなく、「いろいろある中でまた1つ新しい極が提示されましたね」というふうに見ればいいと思います。
北室 私が担当したタテ読み作品はけっこうヨコ組み化もしていて、ヨコでも売れています。たまたま初出時の形態がタテ読みだったというだけで、面白いものはタテで読もうがヨコで読もうが、どちらも面白いと思っています。
飯田 いや本当におっしゃる通りで、「俺レベ」を作ったレッドアイススタジオとかを見ても、欧米を中心にヨコ組みの単行本もめちゃくちゃ売っているので。国によって「マンガを読む」と一口に言っても好まれる形が違うから、現地の需要に合わせて紙のヨコ組みがよければそうするし、タテでガンガン課金してくれる国にはタテで持っていく。
「タテ読みマンガアワード」の意義とは
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