中丸雄一

中丸雄一の新たな冒険 Vol.2 [バックナンバー]

中丸雄一のマンガ家デビュー、その舞台裏を編集者が語る

芸能界で培ったサービス精神とプロ意識で、マンガ業界に挑む

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芸能界で培った鋼の精神力

「新人マンガ家」らしからぬ中丸。そうした点はメンタルの強さでも振るっていると、助宗は語る。

「おそらくSNSでの反応もすごくチェックしているんだと思います。特に新人さんだと怖くてとても全部の反応は見られない人もいるけど、中丸さんはアイドルとしてメンタルの保ち方がわかっているというか──どうしたってよい意見も悪い意見もあるものだし、そもそも叩かれるかもしれないけど俺はやるんだ!という信念がある。読者の反応を見て、傷つくことなく次に生かせるのはすごいなと思っていました。

中丸雄一

中丸雄一

自分らしさを保ちながらメンタルをコントロールできるところが、長年プロとしてアイドルをやってきた人が身につけた能力。中丸さんはそこを強みとして生かしながら、どんどん成長してほしい。辛辣な感想を見て『傷ついていない』と強がるのではなくて、『傷ついてもこういう形でコントロールできます』という俯瞰力を生かして経験値にできれば、成長のスピードもさらに上がると思います」(助宗氏)

メンタルの強さは、多くのマンガ家と歩みを共にしてきた金井氏も太鼓判を押すところだ。

「マンガの世界では、連載枠やアンケートの結果など、常に競争がある。そうした競争にさらされますよという話をしたとき、『ずっとアイドルという競争社会でやってきているので、そこは大丈夫です!』って(笑)。中丸さん、さすがだなと思いました」(金井氏)

そして、マンガ関係者からの賛辞は、中丸にとって格別のご褒美のようだ。

「あるマンガ家さんがX(Twitter)で『山田君』を褒めていて、中丸さんに伝えたらすごく喜んでいましたね。ほかにも、校了のときに編集部の人がコメントしていたのを伝えたり、金井さんに一緒に会った日の帰り道に、『金井さんがさっき、ああ言ってましたね』って反芻していたり。中丸さんの中では『マンガ業界に参入して、果たして受け入れられるのか?』という意識があったので、やっぱりマンガ関係者から評価されたりコメントされるのは励みになっていると思います」(助宗氏)

アフタヌーンという雑誌/本当は、マンガはこんなに必要ない

現在アフタヌーンの誌面を彩る連載作品は、「青野くんに触りたいから死にたい」(椎名うみ)、「乾と巽―ザバイカル戦記―」(安彦良和)、「ヴィンランド・サガ」(幸村誠)、「おおきく振りかぶって」(ひぐちアサ)、「スキップとローファー」(高松美咲)、「ダーウィン事変」(うめざわしゅん)、「天国大魔境」(石黒正数)、「波よ聞いてくれ」(沙村広明)、「ブルーピリオド」(山口つばさ)、「宝石の国」(市川春子)、「来世は他人がいい」(小西明日翔)など。筆者独自の判断で主要作品を挙げてみたが、本当はまだまだ挙げたい。傑作の宝庫である。こんなラインナップに、「山田君のざわめく時間」が名を連ねた。

金井氏は、2015年からアフタヌーンの編集長を務めており、雑誌創刊から6代目の編集長となる。講談社に入社したのは1994年、モーニング編集部を経て、現在に至る。幸村誠「ヴィンランド・サガ」の初代担当編集であり、ほか、主に担当した作品は「亜人」「フラジャイル」など。そんな金井氏が統べるアフタヌーン編集部は、普段どんなことを意識して投稿作品や新人作家を選んでいるのだろうか。そう問うたところ、「レギュレーションはない」という答えが返ってきた。

「面白ければなんでもいい、ということになっちゃうんですよね。ジャンルも対象年齢にもこだわらないし、描き手の年齢も20代前半から70代までいらっしゃる。作者のバックボーンも何も問わないで、ただただ『作品が面白かったら載せます』。そういうつもりでいる雑誌だと思っています」(金井氏)

金井暁氏

金井暁氏

現在アフタヌーンで最年長の作家は、「乾と巽―ザバイカル戦記―」を連載中の安彦良和で、1947年生まれの76歳。金井氏の言う通り、誌面は作風も執筆陣もバラエティに富んでいる。そのうえで、金井氏がとある場面で語った言葉が、氏が思う「面白さ」のヒントであり、アフタヌーンという雑誌、引いては物語のもつ普遍性を象徴しているように感じたので紹介したい。曰く、「読み切りを描くコツのひとつ」は、登場人物の「人生で最大の転機を描くこと」。

「大きな決断をして転機を得た、でもいいですし、思いもかけない事態に直面してその瞬間を境に生き方が変わった、でもいいです。数十ページの読み切りを読む醍醐味は、1ページ目とラストのページでどれだけの変化が訪れたか、その様を目撃できる点にあります」(2023年12月号掲載の「アフタヌーン四季賞 秋のコンテスト」講評より)。

「人生最大の転機」。思い返してみると、心に残る作品はいつだって、ただの「事件」にとどまらない、登場人物の人生が変わる前後の瞬間、その一点を巡る人々の心の動きや、関係性の変化を切り取っていた。読み切りのコツがそうだとすると、連載作品を描くコツはあるのだろうか?

「連載でもあまり変わらないと思っていて、あるキャラクターが人生最大の決断をする前後を描いたら、20巻になっていた──そういうことじゃないかと思います」(金井氏)。さらに「あんまり原稿にしてほしくない部分でもあるけど……」と前置きしつつも金井氏が教えてくれたのは、マンガ業界の中心に長年身を置き続けてきた編集長ならではの、ズシリと手応えのある言葉だった。

「基本的には、世の中にこんなにマンガはいらないだろう、と僕は思っているんです。どう考えても過剰供給。ほかの人がもう描いていたり、あるいはほかの人でも描けるであろう内容のマンガなら別に要らない。だけど『これは出さなきゃいけない。絶対に読んでもらったほうがいい』と思えるような、面白いマンガがある。この人じゃないと描けないし、今でなければ物語として成立できないと思えるような作品を拾い上げて、世の中に出していけたらと思っています」(金井氏)

アフタヌーンで起こる、出会いの連鎖

そんなアフタヌーンという雑誌に「山田君」を掲載できたことの喜びを、助宗氏はこんなふうに語ってくれた。

「中丸さんがデビューした号(2023年8月号)に、『君と宇宙を歩くために』(泥ノ田犬彦)の1話が載っていたんですが、私はその作品がすごく好きなんです。『山田君』とは全然違う話なんだけど、マンガ家としてまだ若いフレッシュな2人が、同じ号で全然違う作品を描き、2作とも別の意味で話題になっていた。

そんな様子を見て、アフタヌーンって強い雑誌だなとつくづく思いました。中丸さん目当てで買ってくれた人が『中丸くんの作品も面白かったし、一緒に載ってた『君と宇宙を歩くために』、めちゃくちゃよかった!』と言ってくれてもいて、うれしかったです」(助宗氏)

助宗佑美氏

助宗佑美氏

「君と宇宙を歩くために」は、勉強もできない、バイトも続かないヤンキー高校生の小林と、クラスに転校してきた変わり者・宇野との出会いから始まる話。正反対ながら、ふたりともみんなが普通にできるようなことができない、という悩みをきっかけに、不思議な絆が育まれていくストーリーだ。「普通にできない」ことが引き起こす葛藤と乗り越えるための奮闘、一見真逆のふたりが紡ぐ友情への、これまでにない光の当て方が、大きな話題を呼んだ。

泥ノ田はアフタヌーン四季賞2022年秋のコンテストで準入選した新人で、「君と宇宙を歩くために」はアフタヌーン発のWeb雑誌&Sofaで連載中だ。助宗は中丸に、「この号には同じ若手の人が載ってるけど、マンガ家としてはライバルですよ!」と伝えているという。

「『いい作品だから読んだほうがいいですよ』って言うと、『もちろん! 僕、アフタヌーン読んでますから!』って言われたりして(笑)。あと、『ブルーピリオド』が『山田君』の前後に載っていたときには、『ブルーピリオドの横か……!』と、おののいていました(笑)」(助宗氏)

バックグラウンドも作風もまったく違う作家がアフタヌーン誌上で出会ったり、アフタヌーンを普段読まない人がある作品を目当てにして雑誌を手に取り、まったく別の作品に心を動かされて、宇宙が広がっていく──アフタヌーンでは今日も、出会いの連鎖が起こっている。

サービス精神がものを言う

助宗氏は、中丸にはまだまだマンガ家として伸びしろがあると踏んでいる。

「『山田君』をアフタヌーンで連載できて、単行本化も決まってご本人も喜んでいますが、今後、彼はさらに楽しい作品を描くことができると思っています。描き始めて最初の頃は、中丸さんが思いついたネタや発見を描くところから始まりましたが、そのときはまだ、彼がもともと持ってるサービス精神が十分には生かされてなかったと思う。

「山田君のざわめく時間」

「山田君のざわめく時間」

だけど3年間一緒にマンガを作っていく中で、ほかのマンガもいっぱい読んだりして、何か掴みかけていると思うんです。ここから、ストーリーやキャラ、テーマすべてにおいて、今みんながどんなものを読みたくて、それと自分の描くものとをどう合致できるのか──そこに意識して取り組むことで、もともと持っていた素質がさらに開花するのではと見ています」(助宗氏)

中丸の冒険と、伴走する編集者である助宗氏。2人は、刀と刀鍛冶のような関係だ。金属を熱して徹底的に叩いて鍛えると、刀はどんどん強くなる。

「もともとの刀(=中丸)も相当硬いですけどね(笑)。いつも、この刀、強おー!!と思いながらやっています。今後、もともと中丸さんファンじゃない人のことも考えながら、『マンガを読むって、どういう楽しさなのか?』ということまで見据えて、サービス精神を広げられるといいかもしれない。『ふー、単行本まで出たぜ!』と思ってる今こそ、マンガを100個ぐらい読んだほうがいいと思っています(笑)。視点が変わって、『こういう楽しませ方があるんだ』『知らなかったけど、自分はこのマンガが好きだ』と気づけると、作り手として視野が広がるはず!」(助宗氏)

東村プロにアシスタントに行っていた!

中丸がマンガ家デビューするにあたり、マンガ家にも影の立役者がいたのを忘れてはならない。東村アキコだ。2012年の東村原作のドラマ「主に泣いてます」(フジテレビ系)にメインキャストとして中丸が出演したことから、交流がスタート。助宗氏と中丸の縁も、助宗氏が東村の担当編集であったことから始まった。完成した「山田君」を読んだ東村の第一声は、「思ったよりうまくなったな」だったという。中丸は東村からさまざまなアドバイスを与えられた。のみならず、中丸がアシスタントとして東村プロに赴いたこともあったという。

「まだ私と中丸さんが出会う前のことですが、1人でアシスタントに行ったみたいです。そのときも、アフタヌーン編集部に来たときと同じようにほかのアシさんに紛れていたみたいで(笑)。中丸さんが帰った後に『そういえば、KAT-TUNだったな……』『そういえばカッコよかったよね』とみんなが話していたという話を聞きました。すごい行動力がありますよね。東村さんの現場に行ってベタ塗ったりとか……アイドルなのに、ありえないですよね」(助宗氏)

東村プロのアシスタントにまぎれるアイドル・中丸雄一。底知れない行動力だ。

「新しい技術を獲得するのがお好きな方なんだと思います。アフタヌーンに最初に載ったときにも、自分の作品の誌面を見て、『これ線太っ! やばっ』って言っていて。それで2話目からは線を細くしたんです。それで2話目が載ったときには、もう1話目が未熟に感じるっておっしゃってました。そのときは全力でやったけど、今思うとちょっと気になるって。まさに、成長してる人のセリフですよね」(助宗氏)

「山田君」最終回では「ぶち壊す」!

中丸の冒険と修行の日々は続く。最後に、金井氏があらためて「山田君のざわめく時間」の魅力を分析してくれた。

「マンガに限らず、ストーリーエンタメの面白さって、まずピンチがちゃんとあることだと思うんです。命の危機だけじゃなくて、無理めな異性を好きになるのもピンチ。それにどう立ち向かうかが、ストーリーエンタメの1つの面白さだと思う。で、中丸さん、言い換えれば主人公の山田雄一(おいち)君にはいっぱいピンチがある。そのピンチに対して、頓珍漢かもしれないけど立ち向かう様子を、毎回とても真摯に、さらけ出して描いているのが面白みだと思うんですよね。アイドルのピンチってこういうことかというのも含めて、とても楽しく読ませてもらっています」(金井氏)

最終話が掲載された月刊アフタヌーン2024年1月号

最終話が掲載された月刊アフタヌーン2024年1月号

最終回(2024年1月号)では、これまでとは一味もふた味も違った世界観が展開、筆者の予想はいい意味で裏切られた。助宗氏が締めくくる。

「マンガで自分がやりたいことをなんとか形にしてみようという、中丸さんの気概が見える最終回になりました。中丸さんの『ロマンを描きたい』という欲が強く出ていて、これまでのように頻繁に『ざわめいて』もいないし、今まで『山田君』で描いてきた『こういう感じに作ればいいはず』というのを、最後にぶち壊してきましたね(笑)」(助宗氏)

半年にわたる短期集中連載はフィナーレを迎え、単行本は大量の描き下ろしを引っ提げて完成間近。中丸雄一の大冒険、最後まで見届けたい。

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