SPAC「桜の園」にダニエル・ジャンヌトーが懸ける思い 鈴木陽代&オレリアン・エスタジェが語る“違いの先の理解”

“異なる”ことが作品にどう作用するか、客席で確かめて

ラネーフスカヤ役鈴木陽代

鈴木陽代©︎橋本裕貴

──本作は日仏2カ国語での上演です。異なる言語の俳優たちが同居することは、「桜の園」の物語にどのような影響を与えると思いますか?

ロシアの戯曲を日本人とフランス人俳優で演じるとはややこしいですよね。一体どうなるんでしょう。私もわかりません。ただダニエルが「桜の園」を演出するのに最善のキャスティングをしたら、日仏の俳優がそろったということのような気がするので、“異なる”ということがキーワードになるようなプロジェクトではないように思っています。

すでに前期稽古を達成感のある形で終えているので、このご質問を受けて「そうだ、セリフがフランス語で戸惑った!」と懐かしく思い返しました。“聴く・受け取る”ということこそ、俳優の仕事の重要な部分になるので、異なる言語にお互い耳をそばだてるというのは、俳優が敏感な状態になることに寄与してるのではないでしょうか。常に新鮮な舞台をお客様に観ていただくうえで、良い効果だと思います。

また“言語”といっても広大な領域を持っていますね。相手から発せられる雰囲気、視線の流れ、声のトーン。人は一瞬にして多くの情報を受け取りますよね。私はフランスの皆さんの佇まいそのものに魅力を感じました。同じくフランスチームも私たちのことを観察して何かを感じているわけで、お互い立場は同じわけですよね。

そう思うと“異なる”がどう作用するかは、俯瞰でご覧になるお客様お1人おひとりの感性に委ねるのが一番良いように思います。

──演出のダニエル・ジャンヌトーさんの言葉や、稽古場でのエピソードなど、第1期稽古で印象的だったことがあれば教えてください。

いっぱいありすぎて! ダニエルとの作業はこれで2回目になるのですが、事前準備の量に毎回驚かされます。何をどう質問しても、深い答えが返ってくる。それでいて俳優やスタッフの意見も尊重してくれます。そんな風に言うと彼は万能の人物のようですが、私はそうではないので、あるシーンに関して彼と私の意見が相入れなく強烈に対立したときがありました。ぜひ公演をご覧になって、どこのシーンかご想像ください。

そのあと彼とラフネースカヤについて深く話し合いしました。そこで私はダニエルがラフネースカヤを実在の人物のように愛しているんだと感じたのです。時代の波に翻弄された女領主というアイコンではなくて、彼女の哲学と知性を持って生きていた女性で、彼女はいっぱい失敗もしてますけど、その失敗さえも愛している。私の役作りが大きく変わった日でした。

またSPACは感染症対策についてとても高い基準を設けています。そのルールに俳優とお客様の距離を5.5m保たなければならないというのがあって、舞台の前面部分が使えないようにしてあります。おそらく最初、彼は困ったと思っていたと推測するのですが、彼は「5.5m」を美術プランに組み込んだのです。「5.5m」を一つの単位にして、舞台を横3つの層に分け、その一番奥に……これ以上言うとネタバレになってしまいますが、とても美しい装置で、そのアイデアにチーム全体がワクワクしたのを覚えています。

鈴木陽代(スズキハルヨ)
埼玉県生まれ。宮城聰演出「サロメ」をきっかけに、演技経験のないままオーディションを受けて合格し、現在に至る。2010年よりSPACに在籍し、数々の主要キャストを演じる。宮城演出作品以外にも海外演出家の作品に多数出演。代表作に「室内」「顕れ~女神イニイエの涙~」ほか。ダニエル・ジャンヌトー演出「ガラスの動物園」ではアマンダ役を務めた。

言葉を超えた、共通の言葉を話すようになっていた

トロフィーモフ役オレリアン・エスタジェ

オレリアン・エスタジェ©︎橋本裕貴

──本作は日仏2カ国語での上演です。異なる言語の俳優たちが同居することは、「桜の園」の物語にどのような影響を与えると思いますか?

「桜の園」では、フランスの俳優と日本の俳優の間で言葉が通じないので、普段よりも注意して相手の言うことを聞くようになり、それによって出る言葉もより真摯なものになっているように思います。外国語のセリフの意味はわからなくても、演技のニュアンス、解釈の繊細さや独自性は伝わりますし、もっと個人的な、秘めた思いのようなものが、思いがけず見えてくることもあります。みんないつの間にか、フランス語でも日本語でもなく、言葉を超えた共通の言語を話すようになってきています。

──演出のダニエル・ジャンヌトーさんの言葉や、稽古場でのエピソードなど、第1期稽古で印象的だったことがあれば教えてください。

第1期稽古で一番印象的だったのは、セリフの稽古が一番少なかったときでした。この作品では俳優の演奏に合わせて踊る場面があるのですが、音楽家の棚川寛子さんが瞬く間に、まるで魔法のように、そのための短いフレーズをいくつか作ってくれました。すごく簡単な音楽なのですが、それでいて繊細で、神秘的で、舞台がぱっと輝いたような気がしました。そして言葉以外のもので自分を表現することで、フランスと日本の俳優がより近付けたように思いました。そこでも、お互いの声に耳を傾け、あらゆる意味で“プレイ”(楽しむ、演じる、演奏する……)したいという気持ちになることで、言葉による理解を超えて心が通い合うような、不思議な空間が開けてきたのです。

仏語翻訳:横山義志(SPAC文芸部)

オレリアン・エスタジェ
フランス・パリ郊外生まれ。日仏翻訳・通訳者。日本マンガの翻訳を多く手がけており、江口寿史「ストップ!!ひばりくん!」で、第3回小西財団漫画翻訳賞グランプリを受賞。また、ジャポニスム2018公式企画で上演された「ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編」(構成・演出:岩井秀人)にて、通訳・翻訳を務めた。