「東京芸術祭 2023」で宮城聰と三浦直之が目指す、作り手1人の目線を超えた遥かなもの

9月1日にスタートし連日盛り上がりを見せている「東京芸術祭 2023」も中盤に。10月はメインプログラムの太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ)「金夢島 L’ÎLE D’OR Kanemu-Jima」や野外劇 SPAC-静岡県舞台芸術センター「マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~」、ロロ「オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)」などが上演される。

ステージナタリーでは、2018年から「東京芸術祭」総合ディレクターを務め、今年が最終年となる宮城聰と、常に新しい創作方法を模索し続けるロロ・三浦直之の対談を実施。初対面にも関わらず、2人は創作への思いや“孤独”についてなど、すぐに核心を語り始めた。

取材・文/ 熊井玲撮影 / 藤田亜弓

実は、初めての対面です!

──撮影の間中、楽しそうにお話されていましたが、お二人の交流は以前からあったのでしょうか?

宮城聰三浦直之 いえいえ!(笑)

三浦 実はこの間、「東京芸術祭」のハラスメント防止講習会で偶然宮城さんと一緒のグループになって、そこでお話ししたのが初めてでした(笑)。

宮城 しかもそのときはオンラインだったから、ちゃんとお会いするのは今日が初めてなんですよ。

左から宮城聰、三浦直之。

左から宮城聰、三浦直之。

──そうとは感じませんでした! お互いの作品をご覧になったことは?

三浦 「ストレンジシード静岡2019」に参加したときに、SPACの「マダム・ボルジア」を観ました。

宮城 僕も「ストレンジシード静岡2019」のときと、「東京芸術祭 2021」のFTレーベルで上演された「Every Body feat. フランケンシュタイン」を観ています。

三浦 僕は「どんな客席が作れるか?」ということをずっと考えながらロロで活動を続けてきて、動員を増やしたいという思いはもちろんありますが、客席が多様であること、いろいろな人たちがいる客席になることを目指して演劇を作っています。それが「ストレンジシード静岡」や「ふじのくに⇄せかい演劇祭」で実現されていることにすごく感動しましたね。「マダム・ボルジア」の印象は……異界が立ち上がるというか。普段いる場所に異界がふっと立ち上がり、劇場ができ、虚構が立ち上がって終わるとまた元の世界に帰っていく、その体験がとても印象的でした。

宮城 ロロの噂はけっこう前から聞いていて、三浦さんが注目の劇作家ということも知っていました。「ストレンジシード静岡」で拝見したときに、なるほどテキストの密度というか、精度が高いなと思ったんです。ただその後「東京芸術祭」で拝見したときには、ある意味、まったく別の世界観だったので驚いたんですね。僕なんかはこれをすごくいい方向での変化だと思ったけれど、それまでのロロの中心的なファンの方は驚かれたんじゃないかなって。

宮城聰

宮城聰

三浦 そうですねえ(笑)。

宮城 でもそういうところにあえて挑戦しているのが良いなと思いました。そもそも僕にとって演劇って、日常という家の中からカーテンを開けて窓の向こうを見て、「ああ、そうじゃない世界もあるんだな」ということを知るものだと思っていて。人間は1軒の“家”の中でしか暮らせないわけだけど、演劇を通して非日常を覗いて、オルタナティブな世界があるんだと知れることが僕にとっての演劇の機能だったので、三浦さんもそういう方向に進んでいるんじゃないかなと感じて、すごくうれしかったんですよ(笑)。

三浦 (笑)。

──宮城さんは2018年に「東京芸術祭」総合ディレクターに就任され、今年が最後の年となります。総合ディレクター就任時に宮城さんは「2007年に静岡に引っ越して、ちょうど10年くらい静岡に暮らしているんですが、東京から離れて気になったことがあって。それは、かつての東京の演劇界は多様性では世界一だと思っていたんですが、この10年でそれが減ったんじゃないかという危惧でした」とおっしゃっていました(参照:「東京芸術祭2018」ディレクター8人勢ぞろい)。東京生まれの宮城さんが、10年間、東京の演劇界を外から見てそういった感想をお持ちになっていることがとても印象的でした。一方、三浦さんは宮城県出身で、大学入学と同時に東京に移住され、東京の外から中へ入ってきました。「東京芸術祭」は“東京”を冠した国際舞台芸術祭ですが、お二人は東京や東京の演劇界に対してどんなイメージを持っていますか?

三浦 高校時代、僕の周囲には東京に行きたいという友達がすごく多かったし、やっぱり東京に出てくる友達も多かったんですけど僕は全然そうは思っていなくて、できればずっと地元にいたいと思っていました。ただカルチャーに関わる仕事をやるには、1回は東京に行かなきゃいけないのかなと思って東京に来たんです。という感じだったので、東京に対する思い入れは特になかったのですが、「東京に来たな」って一番最初に感じたのは、作家のトークイベントが身近でいっぱいやられていること(笑)。演劇を観始めたのが大学生になってからということもあり、一番最初に行ったのは青山ブックセンターでやられていた本谷有希子さんの小説のトークイベントだったんですね。そこで、「ああ、俺、東京に来た!」と思ったんです(笑)。

宮城 ああそうか(笑)、宮城にも書物はあるけどそれを書いた作家が頻繁に行き来するところではないから……。

三浦 そうなんです(笑)。それ以外は、仙台も割と賑わっているし、でも東京ほど人が多くないから、自分的にはちょうどいいなと思っていて。上京してから1990年代の東京の風景みたいなものを、例えば岡崎京子さんの作品を読んだりして後からインプットしていく感じで、「この時代をリアルタイムで経験してみたかったな」と思ったりはしました。

三浦直之

三浦直之

宮城 僕は東京生まれ東京育ち、しかも神田だったので、東京が割と好きだったんですよ。ドーナツ化現象で神田に住んでいる人は少なかったから、小学校とかも1クラス28人くらいしかいないんだけど、その半分くらいはほかの区の子供たちが越境で電車通学で来ていた。その頃の同級生は本当に多様で、開成中学に行くような子から中学を出たら水商売の世界に入るような子もいて、それがとっても楽しかったんです。だから僕は「多様なほうが楽しいんだ」ということを東京の小学校で知ったし、演劇に関しても東京は世界のどの都市よりもいろいろなタイプの演劇がやられていると思っていました。でも2007年に静岡へ行って、2017年に久しぶりに歌舞伎座と日生劇場の仕事で長いこと東京に住んでみたら、「あれ? 僕が思っていたような多様性がどんどん減っているぞ」と感じて。演劇のお客さんも、劇場に行く人と行かない人の溝が広がってしまったし、劇場側も今来ているお客さんを囲い込むような感じで縮小再生産という感じがした。あと世代交代がうまくいってないなとも感じました。

それからコロナで発見したことがあって。以前は僕の作品は、“孤独”をテーマにしたものばっかりだったんですが、その頃の僕にとっての孤独というものは、自分が何か人と違うために周囲から浮いてしまうから感じるもので、芸術っていうのは自分を仲間はずれにした“世界”に対しての復讐だ、と思っていたんです。でも東京には、何がしか人と違うところがあるから孤独になっている人だけじゃなく、人と何の違いもないと思っていてしかも孤独になっている人がいて、そういう人たちをこの世にギリギリつないでいるのが、実は劇場だったんじゃないかと思うようになって。そういう孤独に直面した人は「誰も自分のことなど見てくれない」と感じていると思うんですが、舞台の俳優は客席にいる全員と分け隔てなく全力で向き合いますよね。「自分を一生懸命見てくれている人がいる」と感じられることが、人をこの世につなぎとめておく最後のザイルみたいになっているんじゃないかと。ただ、大都市以外ではそもそも劇場もそんなに多くはないし、仕事が終わった後に誰にも知られずに劇場に通うというようなライフスタイルが、東京以外だとなかなか成立しないわけです。でも東京の劇場にはそういった機能があるのではないかということを、コロナに教えてもらいました。

「東京芸術祭」だからこそ、特別な場所、特別な作り方で

──今年の「東京芸術祭」のメインプログラムには、フランスの前衛劇団・太陽劇団(テアトル・デュ・ソレイユ)と宮城さん率いるSPACという、世界を股にかけて活躍する人気劇団と、三浦さん率いるロロと木ノ下裕一さん率いる木ノ下歌舞伎という、今まさに勢いがある三十代の作り手の作品がラインナップされました。それぞれの作品についてお話を伺いたいのですが、まず今年が「東京芸術祭」総合ディレクター最終年となる宮城さんに、代表作の1つ「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」を、東京を象徴する場所、東京駅を背景に行幸通り特設ステージで上演することになった経緯を伺いたいです。

宮城 僕が2018年に総合ディレクターを引き受けたときは、「東京芸術祭」をより国際的な場にすることが周囲から求められていたと思うし、僕も国内外のさまざまな演劇人たちが交錯する場所にしたいと思っていました。でも2020年以降、コロナのおかげでそういったことが全くできないまま3年過ぎて……。そんな中で今年のプログラムを考えるにあたり、おそらく観光客は少しずつ回復するだろうから、海外から来た観光客が観て「ああ、これは面白い」と思えるようなものを「東京芸術祭」でやる必要があるのではないか、と考えたんですね。そう思ったときに、「マハーバーラタ~ナラ王の冒険~」なら、ふらっと作品を見かけた海外の方にも面白がってもらえるんじゃないかと。しかも、わざわざ演劇を観に行く場所ではなく“たまたま目撃してしまう人”がなるべく多い場所という点で、東京駅の前だったらオフィスで働いている人もすごく多いし、写真を撮っている外国のお客様もたくさんいて、そういう人たちが「なんだか音がするぞ」って集まってくるような、劇場という敷居がない場所だなと。また東京駅はアジアの近代化の一種の象徴みたいなところがありますよね。近代化の問題というのは、もともと自分たちが持っていたものと欧米から輸入したものがぶつかったときにコンプレックスが生じたり、勘違いや混交が起きること、さらに前進が起きたりもするのだと思うんですけれど、その点で東京駅は、近代化がもたらした異形な物で、世界史的に見てもある種の異物。そのような文化と文化の出会いを象徴する場所で、インドの古代叙事詩を日本人がどう演じるのか、またそのことによってみんながもはや異物だと思わなくなってきている東京駅が、もう一度異物に見えてきたらいいなと思っています。

宮城聰

宮城聰

──ロロは今回、新作「オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)」を上演します。本作は“50名以上の登場人物が織りなす無数の物語”というキャッチコピーがついていますが、創作の方法からかなり新しいことに挑戦されているそうですね。登場人物のプロフィールを拝見すると、年齢や職業、出身地や住んでいる場所、好きなものや嫌いなもの、周囲との関係性などが5~10行程度書かれており、台本では登場人物1人を軸にした、台本1、2枚程度の他愛ないやり取りなどがつづられています。

三浦 「Every Body feat. フランケンシュタイン」のときもそうでしたが、「東京芸術祭」プログラムディレクターの長島確さんと河合千佳さんが、僕が普段、ロロではやれないことをやる機会にしてほしいといってくださったのがすごく大きくて。自分たちの主催公演だと、どうしてもお金や集客のことなど考えないといけないことが多いけれど、芸術祭の主催で公演させてもらえるのは非常にありがたいし、しかも新しいことにチャレンジして良いと言ってもらえるのが、すごくうれしかったです。それで今回も“ロロじゃやれないこと”をやることにしました。

「オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)」については、実はけっこう入り組んだプロジェクトになっていまして……今回「東京芸術祭」でやるのは「カタログ版」なんですが、実はカタログ版じゃないものも存在していて、それぞれ作り方が違います。当初は、僕が登場人物50人分のプロフィールを作って、そのプロフィールをもとに、参加してくれる俳優たちとその人の人生を想像し、各登場人物の一代記を作るというものを考えていました。それで、今僕が教えている豊岡の大学ではまず、4人のプロフィールをピックアップし、4人分の一代記を作って、さらにその4人が同じバスに乗り合わせて一緒にバスツアーする、という作品を学生と作りました。僕が書いたプロフィールを学生たちが受け取って一代記を作り、その一代記をもとに僕がバスツアーのシーンを書くっていう、そのやり取りが面白くて。

そもそも僕がなぜこういうことを始めようと思ったかというと、近年、市民参加型の作品を創作させてもらう機会が増えたのですが、市民参加型の作品って当事者性から出発する作り方が多いなと思ったんです。プロの俳優じゃないから、その人の実体験とかその人自身のエピソードをもとに演劇にする作り方が多いなと。もちろんそれはそれでいいと思うんですけど、でも当事者性から始めない作り方はないかなと思っている中で考えついたのが、プロフィールから一代記を考えていくこの作り方。これなら当事者性から発しない、フィクションとしての生活史が作れるのかなと考えたんです。ただこのやり方はすごく時間がかかるので、このコンセプト全体の自己紹介になるような作品が1つあるといいなと思い、今回「カタログ版」を作ってみることにしました。

「カタログ版」は、50人の登場人物それぞれの、2分から4分程度のちょっとしたエピソード、物語未満のものがパーっと連なっていくものになったら良いなと思っています。そのイメージのもとになったのが、江國香織さんの「去年の雪」という小説で、それは登場人物100人くらいのごく短いエピソードが1つの物語に収斂してくというものなんですね。この作品を読み終えて外に出たとき、街を歩いている人の輪郭がすごくクッキリして見えた。「カタログ版」も、作品を観終えたあと、街を歩いている人の見え方が変わるようなものになったら良いなと思いますし、僕は今短歌を読むのが好きなんですけど、短歌みたいな演劇になるといいなと思いながら作っています。

三浦直之

三浦直之

宮城 一代記を書くことにした4人の登場人物は、どうやって決めたんですか?

三浦 僕が選びました。学生たちと年齢が近い二十代のキャラクターとか、豊岡に住んでいる五十代という感じで。

宮城 そうなったとき、自分語りにはならないんですか?

三浦 そうですね、ならないですね。一代記ワークショップっていうことを僕はよくやっているんですけど、そのワークショップでは、例えば3人でダイジという人物について書くとして、「あなたはダイジ13歳のエピソード、君はダイジ二十歳のエピソード、僕は五十代のダイジのエピソード」と割り振っていき、自分がダイジを演じるんじゃなくて、“自分とダイジのエピソード”を書いていくんです。例えば「自分が中学校の教師だったときに教え子にダイジっていう子がいて……」という感じで。すると13歳のダイジは陰キャなんだけど二十歳のときは陽キャ、みたいな矛盾が生じるので、グループワークでその“間”をみんなで埋めていきます。その過程で、自分1人で考えているときには思いつかないようなエピソードが生まれ、紋切り型ではない物語になっていくんです。

宮城 そうか、自分がダイジさんなんじゃなくて、ダイジさんと誰かのエピソードを考えていく、ということなんですね。