ブルガリア・スイス・南アフリカの演出家たちが語る「ふじのくに⇄せかい演劇祭2022」

毎年4月から5月にかけて静岡で開催される「ふじのくに⇄せかい演劇祭」が、2022年も開催される。今年のテーマは、「生きるための劇場」。3月上旬に行われたプレス発表会で、SPAC芸術総監督の宮城聰は「この2年、劇場や芸術というものがないとただ生きることさえできない人が一定数いるということがわかりました。さらに孤立や孤独を抱えている人も多い中、劇場や芸術によって、世界とのつながりを回復していただけるのではないかと思っています」と今年のテーマに込めた思いを話した(参照:「ふじのくに→せかい演劇祭2022」テーマは“生きるための劇場”、「星座へ」の上演も決定)。その思いのもと、5作品を上演。中でも注目は、3年ぶりの海外招聘作「カリギュラ」「私のコロンビーヌ」、そして海外とのコラボレーションによる「星座へ」の3作だ。

ステージナタリーでは、上記3作の演出家に作品に込めた思いや日本公演への意気込みを聞いた。さらに、4度目の上演となる「ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む」と新作「ギルガメシュ叙事詩」については、3月の会見での宮城の言葉を交えながら、作品の見どころを紹介する。

構成 / 熊井玲翻訳 / [英語] 田中伸子、[仏語] 横山義志(SPAC文芸部)

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2022」やって来る、海外作品3作

「カリギュラ」

ブルガリアのイヴァン・ヴァゾフ国立劇場が初来日。俳優出身の若き演出家ディアナ・ドブレヴァの演出で、孤独な皇帝・カリギュラの破滅への道を描く。

「カリギュラ」より。

「カリギュラ」より。

「『カリギュラ』を日本で上演することに、運命的なものを感じています」
ディアナ・ドブレヴァ(演出)

──ドブレヴァさんが感じる、イヴァン・ヴァゾフ国立劇場の魅力とはどんなところですか?

ブルガリアの国立劇場であるイヴァン・ヴァゾフ国立劇場は過去と現在をつなぐかけ橋となり、国の歴史的存在に関する問題を投げかけ、議論し、それを解明し、国の将来に向けて働きかけていくという役割を果たしています。実際のところ、イヴァン・ヴァゾフ国立劇場は舞台芸術の美的な面でのスタンダードを築き、そしてブルガリア語の美しさを常に更新、また豊かにすることで、ブルガリア国民の生きる糧となり、彼らを鼓舞し、その精神を文化的に高める、という使命を建設された当初から担ってきました。

そのような大きなミッションのほかに、イヴァン・ヴァゾフ国立劇場は国内の主要都市に点在する地方劇場とのネットワークにおける中心組織として、多様で豊かな芸術団体を有しており、プロフェッショナルな演劇教育において重要な役割を果たしています。また、世界各国で行われている演劇の国際交流に参加し、ブルガリアの舞台芸術のテーマ的、思想的、そして芸術の刷新に努め、ブルガリア演劇人たちの功績の保存、振興に携わっています。

──ドブレヴァさんにとって、「カリギュラ」はどのような思い入れのある作品ですか?

今日の歴史的な瞬間に立ち会い、内心ではこの世界の状況に動揺しています。この作品の制作期間中には絵空事のように思えたことが、今では悲惨な現実となって起こってしまっています。戦争の背景としてあるものに反して、人々の一生は絶対的な壊滅を乗り越えようとする悲劇的な努力のように感じます。

ローマ皇帝カリギュラは民衆の没落を象徴しています。支配者が唯一の役者として舞台上にいるというステージが出来上がっているのです。天賦の才があった皇帝は彼のその天賦を放棄しようと試みました。それが不可能だと知った彼は民衆を武器に自分自身を崩壊させたのです。

カミュの戯曲では、カリギュラは衒学的(げんがくてき)な論理に一線を画し、シーシュポスは絶対権力についての理解が足りないのです(カミュ「シーシュポスの神話」より)。もし皇帝が制御不能な望みを持った独裁者であるのだとすれば、死は誰にでも訪れることとなるでしょう。そして独裁者の死への願望がさらに強くなればなるほど、彼の管理体制は通例となり、規範となり、すべてが独断的となるでしょう。

我々の芝居はこれらのことについての考えに言及しています。そして残念なことに、それらは今起きていることと密接に関わっているのです。

──日本での上演に対する思いを教えてください。

我々が今回この「カリギュラ」を日本で上演することに運命的なものを感じています。今日の、歴史の中でも暗い時代において、静岡の演劇祭のように舞台芸術の光を高くかざすことは世界のすべての人々に向けての大切な使命であり、またギフトであると思っています。

日本で我々のパフォーマンスを上演することは、人間らしさに関するかすかな希望を運ぶ月桂樹をくわえた鳩のような仕事だと感じます。日本の観客の皆様の心に訴えかけるパフォーマンスをお届けできることを願っております。また観客の皆様のため、最高のパフォーマンスを、そして日本への愛をお届けするつもりです。

「私のコロンビーヌ」

コロンビア生まれでスイスを拠点に活動する演出家で俳優のオマール・ポラスによる半自伝的作品。2020年に「せかい演劇祭」にて上演予定だったが延期になっていた。

「私のコロンビーヌ」より。©Ariane Catton Balabeau

「私のコロンビーヌ」より。©Ariane Catton Balabeau

「静岡で演じることは、生きることの歓びの歌」
オマール・ポラス(演出・舞台美術・衣裳・出演)

──私のコロンビーヌ」は2020年に静岡で上演予定でしたが延期となりました。日本での上演に向けた思いをお聞かせください。

コロナ禍という大変な試練を経て、静岡で公演することができると聞いたときには、誰もが絶滅したと信じていた花が開花するのを目撃してしまったような気持ちになりました。太平洋からの温かな風、竹林と茶畑の間に住まうコオロギ、日本平の田園の香り、「楕円堂」の周りに咲く柑橘類の香りの思い出が目を覚ましました。静岡で公演するということは、友を迎えるように心を込めて私たちを迎え入れてくれる観客や俳優、技術スタッフや制作スタッフのあの笑顔にもう一度出会えるということです。それは生の歓びの歌なのです!

──本作はポラスさんの自叙伝的作品とのことですが、ご自身にとってはどのような思い入れのある作品ですか?

俳優は修道士や巡礼者のようなものです。俳優の仕事は、他人の物語を自分のものにして、新たな物語を作っていくことです。自分自身の人生についての作品は、巡礼に欠かすことのできない一片のパン、一杯の水のようなものです。私はこの作品を心の小さなポケットに入れて、死ぬまで持って歩いていくでしょう。この作品は、人生のように軽くて、率直で、濃密で、そして生き物のように単純で複雑なので、いつでもどこでも上演することができるのです。

「私のコロンビーヌ」より。©Ariane Catton Balabeau

「私のコロンビーヌ」より。©Ariane Catton Balabeau

──今年の「ふじのくに⇄せかい演劇祭」のラインナップ発表会で、宮城さんは1999年にポラスさんの「血の婚礼」を観たとき、「ライバル現る」と感じたとお話しされました。ポラスさんにとっての、宮城さんの印象を教えてください。

大義のために闘う2人の戦士が向かい合ったときには、愛と敬意、謙譲と気高い心をもって見つめ合わなければなりません。宮城さんと語り合うときにはいつも、これほどまでに偉大なライバルが私の前にいることを光栄に思います。そして時が流れ、宮城さんがフェスティバルのディレクターとなったとき、とても気高い心をもって約束を守ってくれました。ライバルを自分の家に招き入れ、自分の演劇上の家族とともに仕事をさせてくれたのです。

「星座へ」

南アフリカ共和国の演出家ブレッド・ベイリーの最新作を日本版として上演。観客は森に点在する灯りを頼りに移動し、灯りのもとで行われるアーティストたちの多彩なパフォーマンスに触れていく。今回の上演ではSPAC文芸部の大岡淳がキュレーションを行い、日本国内のアーティストが出演する。

「星座へ」出演者。上段左から国広和毅(©︎MIKOMEX)、黒谷都、こぐれみわぞう、里美のぞみ(©︎Klaus-Henning Hansen)、中段左から辻康介(©︎yOU)、巻上公一、美加理、水沢なお、下段左から宮原由紀夫(©︎Ryu Endo)、山下残(©︎Toshiaki Nakatani)、渡辺玄英。

「星座へ」出演者。上段左から国広和毅(©︎MIKOMEX)、黒谷都、こぐれみわぞう、里美のぞみ(©︎Klaus-Henning Hansen)、中段左から辻康介(©︎yOU)、巻上公一、美加理、水沢なお、下段左から宮原由紀夫(©︎Ryu Endo)、山下残(©︎Toshiaki Nakatani)、渡辺玄英。

「ケープタウンで上演されたこの舞台が、静岡の森でどのような発展を遂げるのか」
ブレッド・ベイリー(コンセプト)

──本作はベイリーさんにとってどのような思い入れのある作品ですか?

「星座へ」はパフォーマンスの基本の“き”のレベルにまでシンプルにしたパフォーマンスです。薄暗い夜の自然の中、テクノロジーから離れ、少人数で集います。おそらくその形態は何千年か前、世界各地で行われていた上演形態とさほど変わらないものでしょう。そこにはパフォーマンスの最も重要なものがあり、私にとってはそれこそが非常に魅力のあるものなのです。演者、そして観客たちにとっても心に深く根を張る経験となると確信しています。パンデミック、戦争、疎外、節度のない消費主義の拡散など、私たちが暮らしているこの不安定な時代にあって、このような経験をすることはとても意味があることだと思います。

──日本版での上演に、どんな期待を持っていらっしゃいますか?

それに関してはよくわかりません。日本で上演される場所(会場となる場所)の映像を観ましたがとても美しく、幻想的なところでした。私は日本でこの作品の上演準備を進めてくれているチームを全面的に信頼しています。私自身は静岡での上演の数日前にプロデューサーであるバーバラ・マザースと来日する予定でして、数日間は上演準備の最終段階の手伝いをする予定です。南アフリカのケープタウンの農場にある小川のほとりでパンデミックに対する我々からの返答として上演されたこの作品が静岡の森でどのような発展を遂げるのか今からとても楽しみにしています。

「ドキドキとワクワクのマジカル・ミステリー・ツアーです」
大岡淳(日本版キュレーション)

──大岡さんが本作に感じている魅力は?

ブレット・ベイリーさんのコンセプトが、大変魅力的です。観客が夜の森を移動して、さまざまなアーティストのパフォーマンスに遭遇する。どのアーティストに出会えるかは、そのときになってみないとわからない。ドキドキとワクワクの相乗効果による、マジカル・ミステリー・ツアーですね。まるで「不思議の国のアリス」になったかのように、未知なる存在に心揺さぶられる、忘れられない一夜の旅となることでしょう。

──日本版に参加するアーティストにはどのようなパフォーマンスをオファーしていますか?

「ふじのくに⇆せかい演劇祭」は、世界の注目すべき舞台芸術の担い手が結集する国際演劇祭として、海外でもその名を知られています。その演劇祭にエントリーする作品ですから、日本人出演者と言っても、やはり世界レベルのアーティストでなければなりません。そこで、私が日頃から尊敬しており、胸を張って世界に対して推薦できる方々に、出演をお願いしました。表現することの原点を、見せてもらえるのではないかと期待しています。

2022年4月8日更新