SPAC「桜の園」にダニエル・ジャンヌトーが懸ける思い 鈴木陽代&オレリアン・エスタジェが語る“違いの先の理解”

SPACがフランスを代表する演出家の1人、ダニエル・ジャンヌトーを迎え、チェーホフ「桜の園」に挑む。SPACとジャンヌトーはこれまで、「ブラスティッド」「ガラスの動物園」「盲点たち」に取り組んでおり、今回が4作目のタッグとなる。今回は日本人俳優とフランス人俳優が共演し、日本語とフランス語、2カ国語で上演。時代の狭間で斜陽の一途をたどる女主人ラネーフスカヤと彼女を取り巻く人々の物語を、「今の私たちに一番響く作品」と語る、ジャンヌトーの思いとは? また特集の後半では、ラネーフスカヤ役を演じるSPACの鈴木陽代と、日本マンガの翻訳を多数手がける日仏翻訳者・通訳者で、今回は新しい思想を持った大学生トロフィーモフ役を演じるオレリアン・エスタジェが、8月に行われた第1期稽古の様子やジャンヌトー演出から感じることなどを語っている。

構成 / 熊井玲仏語翻訳 / 横山義志(SPAC文芸部)

将来を思い描くことができない時代、異なる人がいかに共に暮らし対話するか

演出ダニエル・ジャンヌトー

世界の変革を前に、「桜の園」から見えてくるもの

8月に行われた「桜の園」第1期稽古より、ダニエル・ジャンヌトー。©︎HIRAO Masashi

──国境を超えたクリエーションはいまだ困難な状況が続いていますが、そのような中で、今回、SPACからのオファーをお受けになったのはなぜですか?

コロナ禍のせいで自分の世界にこもってしまいがちなので、今はこれまでにも増して、世界のあちこちとの関係を保っていかなければと思っています。フランスは何度もロックダウンになり、必要な移動も制限され、人に会っても喜びを素直に表現することもできず、社会生活に有害な影響を及ぼしています。どこに行ってもテクノロジーが私たちの間に入るようになってしまって、出会いにおいて最も重要で、最もインスピレーションをくれること、つまり他者が目の前にいるということが失われてしまいました。演劇のすべては、演じ手、観客、そしてその周りにもさまざまな人たちが実際にそこにいるということにかかっているのです……。すなわち、同じ時間と空間を分かち合うということです。面倒な手続きをして地球の反対側まで行ったり、長い間隔離されたりしても、その甲斐は十分にあります。

──9月に行われたSPACの「秋→春のシーズン2021-2022」および「冬の特別公演」のオンライン会見(参照:演劇を通して“自分とは異なるもの”見つめて、SPAC「秋→春のシーズン」&「冬の特別公演」)で、ジャンヌトーさんは「桜の園」を選択した理由について「今の私たちに一番響く作品だから」と説明されていました。クリエーションが進む中で、その思いは強まっていますか?

8月に行われた「桜の園」第1期稽古の様子。©︎HIRAO Masashi 8月に行われた「桜の園」第1期稽古の様子。©︎HIRAO Masashi

コロナ禍は間もなく起きるであろう、大きく深い変化の兆候の1つではないかという気がしています。世界は急速に変化しています。自分がこれまで送ってきた人生の中でも、それを十分に感じることができました。58年前に私が生まれた世界は、今日若者たちが出会っている世界とはまったく違います。私が子供の頃は、地球上にはまだ人が足を踏み入れていないところ、足を踏み入れようとはしないところがたくさんあって、世界は神秘に満ちていました。そして、未来は輝いて見えました。でも今の子供たちが教わるのはこんなことです。地球はちっぽけで、人でいっぱいで、隅々まで汚染されている。もはや気候の変化も予測できない。そして貧富の差はかつてなかったほどにまで拡大している……。想像力が追いつかない時代、将来を思い描くことができない時代になってきたと、多くの人が感じていることでしょう。

晩年のチェーホフは、まさにこのような感覚に取り憑かれていました。「桜の園」はどぎまぎするほど生き生きとこの感覚を表現しています。チェーホフがやったことといえば、うろたえている自分の感覚を、それぞれの登場人物のプリズムを通じて屈折させて見せたに過ぎません。でもここから見えてくるのは、どんな人生だろうと生きていきたいと願い、そして何が起きようと世界の大きな流れには信頼を寄せるチェーホフの姿です。

文化の違いより大きい、個々人の違い

──今回は日仏2カ国語での上演となります。2カ国語が同居することについて、演出面での新たな発見はありましたか?

必ずしもお互いを理解していなくても対話は可能なのだということを、日々発見しています。対話には、正確に情報を伝えるということとは別の意義もあるのです。数週間稽古していくうちに、言葉が通じないということを忘れ、登場人物の人生が絡み合って動いていく姿だけが見えてくるような瞬間が増えてきました。

──第1期の稽古で特に印象に残ったことがあれば教えてください。

8月に行われた「桜の園」第1期稽古の様子。©︎HIRAO Masashi 8月に行われた「桜の園」第1期稽古の様子。©︎HIRAO Masashi

人はこんなに多様なのか!ということです。私が作品を作るときには、いつも舞台上で、お互いにまったく異なる、ちょっと変わった人たちを出会わせるようにしています。確かに日本人とフランス人は違うのですが、今回の出演者に関しては、日本人俳優も1人ひとり全然違うし、フランス人俳優も同様です。性格や感性や演じ方の違いのほうが、文化の違いよりも大きいのです。そうなると、言語の問題は二次的なものになり、頭の先から足の先まで不思議なほどに違う人たちがどうやって一緒に暮らし、対話することができるのかを見るのが楽しみになってきます。

──SPACとのコラボレーションは今回が4作目となります。SPACの俳優や芸術総監督の宮城聰さんに対して、どのような印象をお持ちですか?

もう何年も前から、SPACは私にとって、楽しみながら自由に創作することができる、演劇上の第2の祖国のようなものになっています。俳優たち1人ひとりを深く知り、友情と信頼によって結ばれたことで、ここではほかのどこよりも、新たな演劇形式にトライして、冒険することができるのです。SPACの方々がみんな真面目で一生懸命なのには宮城聰さんの影響もあり、フランスにももっとこんな人たちがいたら良いのに、と思っています。また、SPACはすごくオープンで、ユーモアもあります。こんなに不安な今の世界を生き抜くには、ここにあるようなユーモアがどうしても必要なのです……!

ダニエル・ジャンヌトー
演出家・舞台美術家。ストラスブール装飾芸術学校を卒業後、ストラスブール国立劇場付属学校で演劇を学ぶ。在学中にフランス演劇界の巨匠クロード・レジと出会い、その後15年間にわたってレジ作品の舞台美術を手がけたほか、数々の演出家や振付家と創作を共にしている。2008年よりステュディオ・テアトル・ド・ヴィトリーの芸術監督を経て、2017年フランス国立演劇センター・ジュヌヴィリエ劇場ディレクターに就任。

宮城聰が語るダニエル・ジャンヌトーの魅力

「秋→春のシーズン2021-2022」および「冬の特別公演」プレス発表会より、宮城聰。©︎Y.Inokuma

9月に行われた会見で、宮城聰は「ダニエル・ジャンヌトーさんは、フランスの演出家の中でも昔からよく知っている方のお1人で、その実力と美学を高く評価させていただいている方です」と紹介。さらに「今回のプロダクションは、パンデミックの中で世界中が自分の国にこもり、自分の感覚を共有している関係性の中にこもってしまいがちな状況下で、芸術が果たす役割……つまり、他者は自分にとって疲れるものだけれども、自分を変えてくれるかけがえのない存在であるということを改めて痛感させてくれるものになっています。他者を目の当たりにしたときに感じる、『ああ、本当に違うな』という素朴な感覚を、この『桜の園』では思い出させてくれます」と期待を述べている。