RWCMD特別集中プログラムレポート / ジョナサン・マンビィ×パトリシア・ログ×時田曜子

「RWCMD IN TOKYO 2025」が4月中旬に都内近郊スタジオで開催された。これは、舞台制作会社ゴーチ・ブラザーズが主催する、スタジオワークショップシリーズの1企画。ゴーチ・ブラザーズでは、舞台芸術における国内外の才能同士が出会う“場”を創出し、そこから未来への新しい<関係>が生まれることを目指して兼ねてより海外演出家を招いたスタジオワークショップを手がけている。

今回はウェールズ国立音楽演劇学院(ROYAL WELTH COLLEGE OF MUSIC AND DRAMA)の演技部部門ディレクターを務め、日本では「るつぼ」「民衆の敵」「A Numberー数」「What If If Onlyーもしも もしせめて」などを手がけた気鋭の演出家ジョナサン・マンビィと、RWCMDのシニアスタッフで俳優のパトリシア・ログが来日し、同校の俳優育成プログラムを、4日間の集中講座として展開した。本特集ではそのワークショップ最終日の様子と、全日程を終えたマンビィとログ、そしてマンビィの演出作品にたびたび関わり、スタジオワークショップシリーズで重要な役割を果たす通訳・翻訳・制作者の時田曜子による座談会を紹介する。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 平岩享

RWCMDの真髄に触れるワークショップレポート

RWCMDが教える、作品や役との向き合い方とは

4月中旬、「RWCMD IN TOKYO 2025」は1日6時間、4日間にわたって開催され、公募で集められた若手の俳優、パフォーマーたち14名が参加した。

ウェールズ国立音楽演劇学院(ROYAL WELTH COLLEGE OF MUSIC AND DRAMA、以下RWCMD)は2025年に創立75周年を迎えた英国の名門ドラマスクール。音楽、オペラ、デザイン、アクティング、アーツマネージメントなど多様なコースを有しており、今回の講師であり演出家のジョナサン・マンビィやパトリシア・ログはその演技部門の講師に名を連ねている。RWCMDの卒業生にはサー・アンソニー・ホプキンス、ラキー・アヨラ、アンソニー・ボイル、トム・リース・ハリスなど名だたる俳優がおり、現在も多くの学生が学んでいる。

ワークショップでは、「役のスコアリング」と題された1枚のテキストと、日本語訳されたアリス・バーチの戯曲「BLANK」が参加者に渡された。そして、まずはウォーミングアップとエクササイズ、その後、戯曲を使ったシーンワークが実践された。「役のスコアリング」は、俳優が作品や役と向き合ううえでの俳優の“心得”のようなもので、シーンワークはそれに則って深められていった。

最終日は4日間の総まとめとして、戯曲の1シーンをペアで披露。恋人、新人とベテラン、ソーシャルワーカーと里子など、多様な関係にある2人を描いた5分程度の短いシーンを、参加者たちはそれぞれのアプローチで立ち上げる。ジョナサン・マンビィとパトリシア・ログは稽古の両端にそれぞれ座り、通訳の時田曜子は2人の間を行き来しつつ、参加者と講師のコミュニケーションをスムーズに繋いで、円滑に場を回していった。

取材班が稽古場を訪れたとき繰り広げられていたのは、大人の言葉に突っかかり続ける少女と、そんな少女を気遣って話す大人との対話を描いたシーン。大人は少女をなだめるように、少女はそれに反抗しているかのように、衝突し合う様子を俳優2人が熱演した。と、ログが「子供の年齢は幾つだと考えて演じていますか?」と2人に質問。「12歳です」と少女役を演じた俳優が答えると、ログはうなずきながら「少女を何歳の役と考えて演じることもできるけれど、台本上、彼女のセリフはシャープなので、明らかな子供として演じるのではなく、テキストから感じられるものをそのまま表現しても良いのでは」とアドバイスした。それを踏まえて行われた2度目の演技では、2人が対等な関係でぶつかり合っているように見えた。演じた俳優も手応えを感じたようで、自身の心持ちの違いを話しだすと、マンビィは「確かにすごく違いました。少女が傷つきながらも質問し続ける姿が見えて良かったです」と2人にポジティブなメッセージを伝えた。

レストランで“1時間待たされた女”と“待たせた男”の気まずさを描いたシーンでは、最初は2人が向き合う形で展開。マンビィは「とても心動かされました」と述べつつ、「でも実はこのシーンの前にはとんでもない状況があって、このシーンでの男の態度は、その“とんでもないこと”にまだ影響されている。つまり、台本には書かれていないけれども、前に起きた状況でいかに自分をいっぱいにしてこのシーンに入ってこられるかが大事です」と、男役を演じた俳優に語りかける。その例としてマンビィは、RSCで上演された「マクベス」で演出アシスタントを務めた際、マクベス役の俳優が“殺人を犯した後の状況”がどうしてもイメージできないと言ったため、その視覚的イメージを作れるようなグロテスクな写真を集めた経験があると話した。一方、ログは「ここがレストランという場所であることを、もっと想像できるようにしたい」と言い、テーブルの配置を変えて、男女が対峙するのではなく横並びに座ることを提案。またそのテーブルの両端には“他人”役の別の俳優を配置することで、男女が周囲の目線を憚りながら言い合いをしている様子を演出した。2度目の演技をうなずいて見ていたマンビィは「ディビッド・マメットの『真実と虚構』という本には、真実と虚構が同時に成立することが大切だ、ということが書かれています。このシーンでもまさにそれが大切だと思います」と話した。

マンビィとログの一言で、シーンがガラリと変わる

5分程度の休憩を挟み、今度は“何か事情を抱えて帰宅した妻”と、“妻の帰りをイライラとしながら待っていた夫”のシーンが繰り広げられた。思い詰めた様子で帰宅し、切迫した様子で話し始める妻と、妻の帰りが遅いことに怒りを感じつつも、妻の言葉に耳を傾け態度を変化させていく夫。短いシーンながら、俳優たちは登場人物2人のやり取りをドラマチックに立ち上げた。ログは「“妻”が何にショックを受けているのかは、このシーンの最後で語られますが、シーンの冒頭ではあまりそのことに囚われすぎないようにしたほうが良いと思います」と2人にアドバイス。また「気まずい状況なのに、夫がこの部屋から出ていかないのは、夫に“ここに止まる理由”があるから。妻側の態度を変えると、その理由が強まると思います」と話した。2度目の演技を終えて、ログが「どう感じましたか?」と妻役を演じた参加者に尋ねると「最初は、こちらがどんなペースで話したとしても(夫が)聞いてくれている感じがしたのですが、2度目は相手の様子を見ながら話したことで、こちらの心持ちがかなり変わりました」と話す。ログはうなずきながら「それは、演じる相手とつながったからでしょう。シーンとしても、2度目のほうが、妻に“話す必要性”が感じられて面白かったです」と言い、マンビィも「このシーンを立ち上げるにあたって、空間や物の使い方や役の捉え方など、2人の選択がすごくよかったと思います」と述べた。

ソーシャルワーカーと里子のやり取りを描くシーンでは、1度目はテーブルの片端に里子役が腰掛け、反対側にソーシャルワーカー役が着く形で展開した。新しい里親を勧めたいソーシャルワーカーと、前回の苦い経験から気が進まない里子。2人の会話は、“信頼”という言葉の前でぐらつく。演技を終えた2人にマンビィは「全部、信じられると思いました」と述べつつ、「だからこそもう1つ、チャレンジしてみましょう」と言って、里子役には“(ソーシャルワーカー役の発言を)本当に信じて良いのか?”という疑念を、ソーシャルワーカー役のほうには“次の里親こそは絶対に大丈夫だ”と安心させたい思いをもっと含ませてみようと提案した。2度目の演技では、2人が対面する形で座り、里子はソーシャルワーカーの発言の“信頼度”を強く確かめるような切迫した演技で、ソーシャルワーカーは里子の不安を包み込むような大きさを見せる演技でぶつかり合い、シーンがよりドラマチックに立ち上がった。マンビィは「Good! Good! Good! Good! Good!」と演じた2人を讃えつつ、「興味深かったのは、ソーシャルワーカーが差し出した新しい里親の情報を書いた紙を、里子は一度も見なかったこと。現実だったらきっと、出されたものに対しても反応したと思うんですよね。今後はそういったことも意識してみましょう」とアドバイスした。

その後もいくつかのシーン発表が続き、そのたびにマンビィとログは俳優たちの意見や実感を尋ねつつ、アドバイスを加えていった。

4日間で24時間の集中稽古を終えて…

すべてのペアの発表が終わると、“まとめ”の時間が取られた。マンビィは「皆さんがこのワークショップに飛び込んでくださって、いろいろなチョイスをしながら一生懸命取り組んでくださったことに感謝しています」、ログは「皆さんの作品やお仕事に対する取り組み方、アプローチの仕方が本当に素晴らしかったと思います」と4日間の感想を述べ、続けて俳優数名からも質問や感想が寄せられた。そのうちの1人が「これまでさまざまなワークショップに参加し、目的がわからないまま、さまざまなシアターゲームにも取り組んできましたが、今回のワークショップを経て、目的とロジックはセットであることに気付かされ、“土台”が補強されました」と話すと、マンビィとログは「すごく良いですね!」と満面の笑みを見せた。そして最後は、“授賞式”も。ワークショップ冒頭で連日行われたシアターゲームでの“がんばり度”をマンビィとログが評価し、2人の受賞者が決定。受賞者にはRWCMDのロゴがデザインされた、水色のパーカーが贈られた。2人は大喜びしながら受け取ると、その場ですぐ、誇らしげにパーカーを羽織って見せた。

1日6時間、4日で24時間という長丁場を共にした面々は興奮冷めやらぬ様子で、ワークショップ終了後も、マンビィやログと写真を撮ったり、名残惜しげにおしゃべりを続けたりと、なかなか稽古場を去らなかった。