4日間のワークショップ終了後、「RWCMD IN TOKYO 2025」の講師を務めたジョナサン・マンビィとパトリシア・ログ、本企画をはじめゴーチ・ブラザーズが主催するスタジオワークショップシリーズで重要な役割を担う、通訳・翻訳・制作者の時田曜子に集まってもらい、「RWCMD IN TOKYO 2025」の手応えや今後の展望について語ってもらった。
RWCMDで3年かけて行うワークをギュッと凝縮
──RWCMD演技部門にはいくつかコースがあるそうですが、今回の集中講座で行われたワークの内容は、本来はどの段階、どのくらいの期間をかけて行われるものなのでしょうか?
ジョナサン・マンビィ RWCMDには3年のコースと1年のコースがあり、高校を卒業してそのまま入ってくる18歳から20代後半くらいまでの人たちを対象にした3年のプログラムと、いわゆる大学の学位を取り終えた人、俳優としてすでに仕事を始めてはいるのだけれど、もっとトレーニングをしたいという人を対象にした1年のプログラムがあります。今回の集中講座でやったことは、その3年コースであれ1年コースであれ、最初にやるもので、今回は4日なので駆け足にはなってしまいましたが、実際に我々がRWCMDで生徒たちに教えている、お芝居のメソッドの基礎になる部分をギュッと凝縮してお伝えしました。
ただ、我々の野心と言うか目標としては、これからも日本の俳優の皆さんと関係性を築いていきながら1つひとつお伝えしていきたいと思っているので、今回はその第一歩というか。日本の俳優さんを取り巻く状況として、形式化されたトレーニングの機会がなかなかない、ということは私も理解しています。また我々がRWCMDで何年も何年もかけて培ってきたこのトレーニング方法やメソッドを、RWCMDの中で留めておくのではなく、イギリス国外の俳優の方たちにも伝えていきたいとも思っています。そのためにも、日本の俳優の皆さんとは今後、新たな関係性を継続的に築いていきたいと思っています。
──「RWCMD IN TOKYO 2025」では、英国の気鋭の女性劇作家アリス・バーチさんの戯曲「BLANK」がテキストとして使用されました。このテキストもRWCMDの授業でよく使われるものなのでしょうか?
パトリシア・ログ 演技の基礎を教えるクラスで数年前から使っています。登場人物2人が対話する100の短いシーンから構成されている戯曲で、我々が教えているテクニックが生かせるし、ステップを踏んで戯曲を分析していくのにぴったりなんです。また若い俳優が演じることを想定して書かれたシーンが多いので、学生たち自身の年齢に近い感覚でやることができますし、彼らが理解しやすい世界が描かれているため、教科書として使うのにとても完璧な戯曲です。
4日間で見えた、参加者たちの変化
──特別集中プログラムは4日間にわたり行われました。時田さんを含め皆さんは、初日から最終日までの間で、参加者の変化をどんなところに感じましたか?
ログ 目に見える変化として感じたのは、“真実味のある振る舞い、行動”という点ですね。最初はけっこうな人数の方たちがやりすぎてしまったり、非常に“パフォーマンス”になっているところからスタートしました。なので、皆さんに何度もお伝えしたのは、「真実味のある振る舞い、真実の行動でありながらも、劇場の空間をちゃんと満たせる演技とはどういうものか」ということ。皆さん、そのことをかなり考えて取り組んでくださったのではないかと思います。また参加者の方々は人間としても優れている方ばかりで、オープンで、お互いのことをちゃんと考えて、きちんとお仕事に取り組む姿勢が素晴らしかったと思います。
マンビィ 僕は、コネクションという点に変化を感じました。初めの頃はコネクションが欠けていましたが、最終的には“本当に相手とつながる”という状態に近づくことができ、相手に変化を与えたり、影響を及ぼすというところまで向かうことができたと思います。
時田曜子 今回は、これまでジョナサンさんのワークショップをあまり受けてこられていない方にたくさん参加してほしいという思いがありました。実際、初めてこういうことに取り組んだんじゃないかな、という方も多く見受けられたのですが、皆さんモジモジせず、とてもオープンに「なんでも思い切ってやってみよう」と取り組んでくださったことがとても印象的でしたね。また1つのシーンを繰り返し数回やっていただく中で、ジョナサンさんとパトリシアさんがアドバイスをすると、大きく変わる瞬間が見えたのが、とても感動的でした。
──確かに、マンビィさんとログさんどちらかお一人ではなく、お二人がそれぞれの視点でアドバイスされることで、俳優たちの理解がより深まっていたように感じられました。
マンビィ RWCMDではいつも一緒に教えているので、僕らは講師2人体制にそもそも慣れているのですが、今回のこの経験を自分1人のものとしてだけではなく、誰かと共有できたことは僕にとって何よりの喜びです。もちろん、講師によってやり方はそれぞれですが、だからこそ講師同士が補完し合える部分もありますし、一番根幹のところで追求していることはどの講師も同じなので、パトリシアさんと一緒にやれたことは良かったと思います。
日本の俳優に感じるコーチングに対する“飢え”
──日本のプロダクションでのお仕事も多いジョナサンさん。日本の俳優に対して感じている印象はありますか?
マンビィ 僕がなぜ日本の俳優さんが好きかというと、彼らのお仕事への向き合い方なんですね。日本の俳優さんは本当に一生懸命に全身全霊で、エゴも持たず抵抗もせずオープンにコミットメントしてくださいます。私がこれまで日本で作品作りを経験したりワークショップを行ったりしたことはすべて、本当にとても良い経験、大好きな経験になっているのですが、今回も俳優さんたちが熱意を持ってオープンに取り組んでくださったことに喜びを感じています。
その一方でもどかしさを覚えることとしては、日本の俳優さんの中にはテクニックや経験値がない方もいらっしゃるので、新たなプロダクションで作品を作るときは特に、芝居の稽古に入る前にある程度の時間を割いて、コーチをする必要がある場合があります。また今回に限らず、こういったワークショップを日本でやるたびに思うことは、日本の俳優の皆さんたちの“飢え”のようなもの。システム化され構築されたメソッドとか、アプローチの方法論といったものに対する欲求が、とてもあることを感じます。
ログ 今回出会った俳優の皆さんは、学びたいという思い、“学ぶ準備”ができている方ばかりだったのが素晴らしかったですね。説明するのが難しいんですけれども……深い感性をもって瞬間瞬間を掘り下げたり、お互いとやり取りするワークを重ねていくと、本当に素晴らしいものが立ち上がったり、見事なコネクションが生まれたりすることがあります。今回の集中講座では、こちらがお渡ししたものを参加者の皆さんが素早く自分の中に取り入れて、しっかりと自分のものにして使おうとしていたので、その素早さに驚かされました。
──時田さんは海外演出家シリーズに長く携わっていらっしゃいますが、その中でどんなことが印象に残っていますか?
時田 2013年にマンビィさんとのワークショップを初めて開催した際に、とてもキャリアのある俳優さんが参加してくださったんです。その方が、「俳優人生が変わるような経験だった」とおっしゃってくださったことが、今でも私の支えになっています。皆さんそれぞれに俳優として長年お仕事され、経験から学んだことをお持ちですが、この海外演出家シリーズはそれらを改めて体系化し、伝える場になっているのではないかなと。また、海外の演出家の方々は日本の俳優さんたちを熟知しているわけではないので、俳優さんたちのことを非常にフェアに見ています。すると俳優さんたち自身も、変に気負わず、ワークや作品にオープンに取り組んでくださる。今回のように若い俳優の方が参加してくださる場合はもちろんですが、ベテランの方たちも、海外演出家とのワークショップを通じてご自身の仕事を改めて振り返ったり、新しいツールを発見したりする機会になっているのではないでしょうか。そこが、私にとってもやりがいになっています。
通訳者にとどまらない時田曜子の存在
──ワークショップの間、時田さんはマンビィさんとログさんの間を行き来しつつ、ファシリテーターの役割も担い、会話が途切れぬスピード感で、お二人と俳優たちのやり取りをつないでいました。これまでもマンビィさんが日本で作品を演出される際、時田さんが演出家通訳として伴走されることが多かったと思いますが、お二人の時田さんに対する印象は?
マンビィ 彼女がいなかったら、私が今日本でやっているお仕事は何もできなかったと思いますので、本当に感謝しています。時田さんは私たちのメソッドや芝居に対するアプローチ、西洋の戯曲に対する理解があり、私たちが仕事をするうえで根幹に据えているもの、仕事に求めるものをよくわかったうえで、それを日本にも持ち込みたいと考えている、情熱を持った人です。またはるばる海を超えて日本にやって来るわけですから、話をするにしてもワークショップをするにしても、やはりちゃんとサポートされているという安心感、支えがないとできないことがあります。しかし彼女は、常に私たちをフォローし支えてくれます。時田さんは、仕事仲間や友人としても、非常に信頼がおける人なんです。
ログ 私は今回が初めてのお仕事だったのですが、とにかく通訳のスピードが速いんです! そして稽古場での様子を見ていると、1拍の躊躇いもなくすすっと前に出て、場を回していく。果たして自分がフランス語でそれができるだろうか?と考えたら、やっぱり難しいだろうなと。改めて時田さんはすごいなと感じました。しかもただ言葉を訳すのではなく、俳優のこと、ワークのことを理解したうえで相手にどう伝えたらいいかを考えている。本当にすごいなと思います。
時田 (照れ笑い)
2人が俳優に求めること
──近年、日本でも年齢やキャリアに関係なく、学び直しの重要性は語られ、求められるようになってきました。マンビィさんとログさんが、これからの俳優に求めることはどんなことでしょうか?
ログ 18歳から20歳くらいの方を教えていると、ある程度の人生経験を持った方たちは、俳優として有利だなと感じる部分があります。というのも、アクティングは人生経験の延長線上にあると思うので、ある種の人生の経験を経たうえでテクニックを学ぶことは、演技をするうえで有効な側面があります。その一方で、思考の素早さや明確な思考を持つことも、俳優にとってはとても重要なことだと思っています。
マンビィ 私は“真実である”ことではないかと思います。演出家としても、実演家としても、講師としても、私たちが求めていることは実は皆同じで、それはつまり、演技を見て信じられるかどうかに尽きると私は思います。
プロフィール
ジョナサン・マンビィ
演出家、RWCMD演技部部門ディレクター。イギリス・ブリストル大学で古典戯曲を学び、卒業後はブリストル・オールド・ヴィック劇場、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)などで活躍。その後、演出家としてRSCやロンドン・グローブ座、イギリス・ウエストエンドやブロードウェイなどで活動を展開。2009年に「THE DOG N THE MANGER」にてヘレン・ヘイズ賞最優秀演出賞にノミネートされた。日本では2012年の「ロミオ&ジュリエット」を皮切りに「るつぼ」「民衆の敵」「ウェンディ&ピーターパン」「A Numberー数」「What If If Onlyーもしも もしせめて」などを手がけている。
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パトリシア・ログ
演出家、RWCMD演技部門シニア講師。イギリス・ロンドンのセントラル・スクール・オブ・スピーチ&ドラマで声楽、アメリカ・ニューヨーク市立大学ブルックリン・カレッジで演技を学ぶ。これまで携わった作品に、英国ナショナルシアター「Nye」「Romeo and Julie」、ウエストエンド「Stones in his Pockets」「The Windosors」「The Importance of Being Earnest」など。
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時田曜子(トキタヨウコ)
東京都生まれ。舞台制作会社ゴーチ・ブラザーズ所属。外資系企業勤務を経て演劇活動をスタートし、通訳・翻訳の翻訳者としての職能を生かして演劇制作を行う。翻訳家としては高田曜子名義で活動。主な翻訳作品に「The River」「Mojo」「Wild」「THE PRICE」「アメリカの時計」「MUDLARKS」「LUNGS」「BIRDLAND」「彼方からのうた -SONG FROM FAR AWAY-」「RAGE」など。演出家通訳としては、ジョナサン・マンビィ、フィリップ・ブリーン、リチャード・トワイマン、サイモン・ゴドウィン、マシュー・ダンスター、ショーン・ホームズ、リンゼイ・ポズナーなどの演出作品に携わっている。第15回小田島雄志翻訳戯曲賞を受賞。