10月4日から約1カ月にわたって京都で、国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT 2025」が開催される。共同アーティスティック・ディレクターの川崎陽子・塚原悠也のもと、松尾芭蕉の俳句から引いた「松茸や知らぬ木の葉のへばりつく」をキーワードに開催される今回は、未知や違和感との出会い方、共存のあり方、それを超えて生まれる出会いを目指す。なお「KYOTO EXPERIMENT」はリサーチプログラム「Kansai Studies」、上演プログラム「Shows」、エクスチェンジプログラム「Super Knowledge for the Future [SKF]」の3つの柱で構成される。
その中で、ステージナタリーは「Shows」にラインナップされた「Echoes Now」に注目。「Echoes Now」では次代のキュレーターとアーティストをショーケース形式で紹介する。本特集では共同ディレクターの川崎、塚原が聞き手となり、「Echoes Now」キュレーターの川口万喜、堤拓也、和田ながらにインタビューを行った。
さらに特集の後半では、「Shows」のプログラムより中間アヤカ、村川拓也、筒井潤、荒木優光、倉田翠に今回上演する作品や「KYOTO EXPERIMENT 2025」参加への思いを聞いたほか、各作品の情報を紹介している。
取材・文 / 熊井玲
クリエイター育成の場として「Echoes Now」を立ち上げ
──「Echoes Now」は昨年2024年にスタートしました。共同ディレクターの川崎さん、塚原さんにまず、どのような意図で立ち上げられたプログラムなのかお伺いしたいです。
川崎 「Echoes Now」は、次代のディレクターの人材育成のために立ち上げたプログラムです。というのも「KYOTO EXPERIMENT」のディレクターの任期は1期5年で、昨年2024年が私たち共同ディレクターチームにとって5年目だったのですが、6年目以降をどうするのか考える中で、いきなり誰かに引き継ぐのは難しいのではないか、であれば興味がありそうな方にフェスティバルの一端を担当していただく形で徐々に引き継ぎができたら良いのではないかと思ったんです。ちょうどそのときにクリエイター育成支援の助成金募集があったので、人材育成をメインにしたプロジェクトを立ち上げることになり、具体的に事業内容が決まっていきました。
塚原 僕らが共同ディレクターになったときは、川崎が「KYOTO EXPERIMENT」にずっと携わっていたのでフェスティバル運営の全体像やスケジュール感、実行委員会や関係組織のあり方をかなり細かく把握しており、(昨年まで共同ディレクターだった)ジュリエット(・礼子・ナップ)も広報チームのメンバーとして知っていることが多かったので、かなり助けられました。ただし僕に至っては、共同ディレクター1年目は「実行委員会って何?」くらいの知識で(笑)。だから次にディレクターが交代するときは、2年ぐらい伴走してもらってからのほうが良いと思っていました。「KYOTO EXPERIMENT」のディレクターはとにかく相当な仕事量で、行政も大学も関わってきますし、国際的な問題や経済、政治も関わってくる。時間をかけて引き継ぎたいと思い、「Echoes Now」をスタートしました。
──キュレーターとして川口万喜さん、堤拓也さん、和田ながらさんが任命されました。お三方についてご紹介いただけますか?
川崎 和田ながらさんは、「KYOTO EXPERIMENT」の事務局スタッフを務められていた期間もあり、近年は演出家としてもご活躍中で「KYOTO EXPERIMENT」にアーティストとして参加していただくこともありました。その両方の経験を生かしていただけるのではないかと考え、お声がけしました。
塚原 それと和田さんは、京都のUrBANGUILD(編集注:京都にある多角的アートスペース)のブッキングを担当されていたりと、京都ローカルの舞台芸術界との関わりも深いところも特徴だと思います。
お二人目の堤拓也さんは、現代美術の分野でずっと活動されていて、僕が最初に出会ったのは、堤さんが運営担当ディレクターをされていたARTZONE(編集注:京都造形芸術大学[現:京都芸術大学]アートプロデュース学科の学生が授業の一環として運営していたスペース。2019年に閉館)でcontact Gonzoがパフォーマンスを行ったときなんですけど、堤さんが面白い視点でキュレーションされる展示を見に行ったりしていました。また山中suplex(編集注:京都と滋賀の県境にあるシェアスタジオ)の運営ディレクションもされていて、そこでは東南アジア圏の作家に注目した展示企画やトークイベント、交流イベントやファシリテーションもされるなど、作品を完成させることだけではなく、どういう状況を作っていくべきなのかという意識を持って活動されており、ギャラリーをどう運営していくかというマネタイズの視点もお持ちの方です。さらに近年、パフォーミングアーツの分野はジャンル越境が進んでいますが、ダンスや演劇の専門家とは違う外部の目が入ることも必要だと思っていたので、堤さんにお声がけしました。
川崎 堤さんには、すごく昔に「KYOTO EXPERIMENT」で紹介した演目のグラフィックデザインをお願いしたこともありましたね(笑)。
塚原 川口万喜さんは、ずっと大阪でアートコーディネーターとして活動されていた方で、僕も共同ディレクターとして関わっていた大阪のアートエリアB1(編集注:大阪・中之島のなにわ橋駅地下1階コンコースにあるスペース)というアート施設の運営に以前関わられていて、そこで川口さんはアーティストにどういうふうに話を持っていったらいいか、企画をどう育てていくのかという仕事をずっとされてきました。また彼女自身、かなり幅広くたくさんのイベントに顔を出していて、ミュージシャンやアーティストの知り合いが多く、大阪のローカルシーンで培ってきた彼女なりの目線があるだろうと思って今回お願いしました。
川崎 それで昨年、「Echoes Now」が立ち上がったのですが、正式に企画が走り出したのは、助成金への申請が採択された後の、昨年6月。10月の本番まで、準備期間がかなりない中でのスタートになりました。最初にキュレーターの皆さんにお伝えしたのは、「ご自身でお考えになる、今紹介されるべきアーティスト、かつ、パフォーミングアーツに挑戦する意志がある方を紹介してほしい」ということ、さらにいずれは海外に発信していくことを視野に入れた企画にしてほしいということでした。結果、昨年は皆さんのバックグラウンドが違うこともあり、それぞれの経験や持っていらっしゃる人脈を生かしたプログラムにしていただけたと思います。
カルチュラルギャップを感じた1年目
──ここからはディレクターの川崎さんと塚原さんに進行をお願いし、キュレーターお三方のお話を引き出していただきます。
塚原 はい。ではまず、1年目をやってみてどうだったかから振り返っていただきましょうか。
和田ながら 先ほどご紹介いただいた通り、かつては事務局のスタッフとしてフェスティバルの運営側におり、アーティストとしても参加させていただいたこともあるので、「KYOTO EXPERIMENT」は自分にとってかなり縁が深い、重要なフェスティバルなのですが、昨年初めてキュレーターという役割をご提案いただき、とても新鮮な経験でした。これまで制作スタッフとして企画に関わったり、自分の公演をプロデュースする経験はあったのですが、ほかのアーティストや作品に伴走する経験はあまりしてこなかったので、自分がどういう風にほかのアーティストの作品に関われるのか、アーティストや作品をどのような言葉で伝えていくことができるのか、実践する機会をいただけたと思っています。さらに「Echoes Now」では国際的な視野を織り交ぜてキュレーションするという課題もあるので、これまでフェスティバルに関わるときに感じていたドメスティックな感覚とインターナショナルな感覚を自分の中で改めて噛み締めると言いますか(笑)、今までとは違う目線でアーティストや作品について、あるいはフェスティバルについて考える契機になりました。
堤拓也 僕は現代美術の展示を10年以上やってきました。ただ、展覧会──特に社会的な問題に言及するような作品を集めて展示し続けても、あまり社会が良くなっていないなあという感じがしていて……。
一同 あははは!
堤 もちろんそういう展示があることは良いのですが、やっぱり上演性のほうが“動員できる”んですよね。つまり反戦を描いた絵画を展示するより、実際に「戦争はいけないんだ!」と舞台上で言ったほうがより伝わる気がする。そういった思いから、展覧会をやるときに少し上演性が入ったものをやろうとすると、展覧会だったら1カ月できる予算が、上演性のものは4・5日程度になってしまう。僕の意識的には展示としてパフォーマンスをやっていたのですけれど、日数的には展示というより“公演”になってしまい、徐々に上演をやる方向性に自分がなってきたのだと思います。
で、昨年「Echoes Now」に誘っていただいた際には、カルチュラルギャップと言いますか、美術業界とはすべての段取りが違うことに驚きました。何しろ舞台は、段取りの決定が非常に早いんです。現代美術の場合は、広報として世に出る情報は“高度に抽象化”して書いておけば(笑)実際の展示までになんとかなる部分があるのですが、演劇ではいろいろなテクニカルの方が関わっておられるので、たとえば「照明は何個必要か?」というようなことを2カ月前くらいに決めないといけない。なので「こんなに早いペースでやるのはめっちゃ大変や!」ということは昨年強く感じましたね。今回も、不安なところはその点です。かつ僕がキュレーションする人たちも美術業界の若手なので、文化的には現代美術業界のスピード感だから「演劇は違うんだ!」という話をいろいろと僕が言わないといけない。「今決めてくれ!」とアーティストにめちゃくちゃ迫ってます(笑)。
一同 あははは!
堤 その一方で、現代美術業界でただ作品を作って展示していても食っていけないという状況があって。たとえば京都で活躍している名和晃平さんは、自分のスタジオを持って雇用を生み出しつつ、作品を作り、舞台にも関わり、さらに建築もやられている。そのようなスターにおいても多動的にやらないと活動を維持できないというところは実際にあると思うので、現代美術作家たちには美術だけじゃなくパフォーマンス作品も作っていってほしいなと、キュレーターとしては思っています。
川口万喜 私も美術と舞台のスピード感の違いというか方法論の違いにはすごく驚きましたね。驚いたと言うか、いまだに四苦八苦しているところではあるんですけど(笑)、舞台って分業制みたいなところがあるなと。もちろん美術もアーティストがいて、設営チームがいて、ディレクターがいてという体制ではあるのですが、スパートをかけるのがけっこう遅く、搬入が始まってから全員で本気で走り始めていろいろなものが決まっていくという感じがあるのですが、舞台はあらゆるプロフェッショナルの人たちが関わってくるからそういうわけにはいかず、都度情報を渡していかないといけない。そこが面白くもあり大変なところでもあるなというのが実感です。
あと先ほどご紹介いただいた通り、アートエリアB1は扉などもまったくないオープンスペースで、そういった場所で現代美術やパフォーマンスと出会う機会をどう作っていくかに主軸を置いて事務局を運営していました。私の興味もそういうところにあるので、「KYOTO EXPERIMENT」という場をアーティストとともにどう楽しみ、お客さんたちにどう出会ってもらえるのかを皆さんと一緒に考えていきたいなと思っていて。昨年は、上演プログラムを全部観て非常に面白かったのですが、同時に「これをもっといろいろな人が観に来てくれたらいいのにな」と強く思ったんですよね。舞台って、一般的には自分が好きな役者やミュージシャンが出ているとか、好きな劇団があるとかっていう動機で観に行く人が多いと思うのですが、「KYOTO EXPERIMENT」の場合はそれとはちょっと違って「よくわからないけれど観に行ったことで世界の見え方がちょっと変わる」とか「新しい視点や価値観に出会う」という場だと思うので、「KYOTO EXPERIMENT」をもっと知ってもらえたら良いなということを意識してキュレーションを考えました。
川崎 振り返ると、昨年のプログラムはそれぞれの活動ジャンルの違いが特徴として出ていましたよね。和田さんは京都拠点のアーティストとして活動してきた文脈を生かして、京都ですごく意欲的な試みを行なっている福井裕孝さんの作品をプログラムされました。堤さんは髙橋凜さんの作品をキュレーションして、上演時間は短かったですが、越境的なパフォーマンスで面白かったです。川口さんがキュレーションした黒田大スケさんの作品は、場の変容性とか拡張性につながってくるような作品だったなと思います。