尾上菊之助・中村米吉・中村隼人、宮城聰演出の壮大なインドエンタテインメント「マハーバーラタ戦記」再演に挑む! 11月は歌舞伎座で会いましょう (2/2)

婿選びは踊り合戦に、義太夫と長唄によるラップの掛け合いも…

──おっしゃるように、菊之助さん演じる迦楼奈があらゆる試練を乗り越えていく英雄ぶりは印象的でした。再演における役作りに、新たなプランはありますか?

菊之助 脚本にさまざまな改訂を加えています。例えば開戦前に迦楼奈が、帝釈天に「シャクティ(一度だけ何でも滅ぼすことのできる力)」を授けられますよね。無敵の武器を手にしたとき、どんなものが迦楼奈に見えたのか……今回はさらにお客様に注目していただけるような工夫を見つけたいです。また、汲手姫が自分を捨てた母だと分かるタイミングを、もう少しドラマチックに演出したいと思っていて。ここは「双蝶々曲輪日記 引窓」的な構造を取り入れてはどうだろう?と考えています。

──華やかで楽しい2幕バンチャーラ国の婿選びの場面で今回は、「RRR」などインド映画でおなじみのキレッキレの舞踊、ナートゥ的な動きを取り入れると伺いました。

菊之助 前回はクイズ形式で勝者を選びましたが、今回は踊り合戦にしようと振付の尾上菊之丞さんと相談しています。音楽に関しても、義太夫と長唄によるラップの掛け合いのようなものを考えているんですよ。

米吉 今、初めて伺いました! (隼人に)踊る人?

隼人 がんばります(笑)。

中村隼人

中村隼人

──長唄、鳴物、竹本といった歌舞伎音楽に、木琴や鉄琴の響きが印象的なオリエンタルなパーカッションが加わった独特の響きは、世界を旅しながら芝居を上演してきた宮城さんらしい演出(音楽は棚川寛子)。今作の大きな“聴きどころ”ですね。「仮名手本忠臣蔵」の大序(オープニング)のように、居並ぶ神々が目覚めていく神秘的できらびやかな序幕から、初めてご覧になるお客様は驚きの連続だと思います。

米吉 前回の映像を拝見していると、(尾上)菊五郎のおじさま、(市川)左團次のおじさまをはじめ先輩方が何気なくなさっていることが、古典で鍛えられた技術に支えられていることが、ひしひしと伝わってきます。私のような若手は到底及ばない部分もありますけれど、「及ばないから仕方ない」と開き直らず、自分なりに作っていけたらと思っています。初演で汲手姫を演じられた梅枝の兄は6つ違いなんです。つまり6年ぶりの再演ということは、当時の兄さんと同じ年齢でこの役をやらせていただくわけですね。自分に足りない部分を痛感しますが、持っている引き出し全部を開けて、精いっぱいやらせていただきたいです。

中村米吉

中村米吉

──太陽神を演じられた左團次さんのお名前が出ましたが、顔いっぱいに太陽を描いたお化粧、インパクト大でした。

菊之助 「太陽神が出てきた」とパッと伝わる顔にされていらっしゃいましたよね。確か最初はまた違ったんですよ……試行錯誤されて、ある日突然あの顔で出ていらしたんです。

一同 (笑)。

──再演で太陽神を演じられる坂東彌十郎さんのご工夫にも期待です(笑)。米吉さんは、新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」初演、「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」と、菊之助さんが作られる新作の現場をいくつも経験されています。

米吉 今年上演された「ファイナルファンタジー」では初演の大変さ、産みの苦しみというやつを痛感しましたね。「これは初日が開くのだろうか?」という瞬間が……ありましたよね?

菊之助 (深く頷きながら)初日の数日前に全体を通してみたら、予定より1時間オーバーしていたじゃない? どうしてこんなに延びたんだろうって(笑)。

米吉 みんなで車座になって相談しようとなって、(中村)獅童の兄が第一声で「ねえ菊之助さん、どうしたい?」とおっしゃったことを鮮明に覚えています(笑)。菊之助兄さんも、その問いかけに対して明確に答えられていたのが印象的でした。「風の谷のナウシカ」だって、再演におけるお客さまの期待値のハードルを超えていく大変さがおありになったと思いますし。よかった部分を残しつつ、きちんと刷新していく。新しい作品でご一緒するときならではの学びをいただいています。

新作、そして古典、両方の魅力を伝えること

──米吉さんと隼人さんは共に今年30歳。菊之助さんはお二人の年頃のとき、どんなことを考えていらっしゃいましたか? 二十代最後が「NINAGAWA十二夜」、31歳のときには「伽羅先代萩」の政岡を戦後最年少で演じられました。

菊之助 あのころはちょうど歌舞伎座の建て替えに入る直前で、数年後にホームグラウンドがなくなることに対して危機感を感じていたかもしれません。新しい歌舞伎座ができたときに自分がどうなっているべきか、間の時間をどう過ごすか、本当に悩んで考えていた時期でした。

──米吉さんは9月に「金閣寺」雪姫、隼人さんは8月に「新・水滸伝」林冲で主演を勤められるなど、まぶしいご活躍……近年はとても大きく見えます。

米吉 背は変わっていませんよ!

隼人 実は僕、いまだに伸びているんです。

米吉 ホントに!? 「俳優祭」の林冲は随分と体型が違っていましたけれど(9月末に開催された俳優祭「新・水滸伝」のパロディ場面では、市川猿弥が林冲を演じた)。

一同 あははは!

左から中村隼人、中村米吉、尾上菊之助。

左から中村隼人、中村米吉、尾上菊之助。

──……体型以外の成長はいかがでしょう?

米吉 先日、先代の(中村)雀右衛門のおじさまの本を改めて読んでいたら、「60歳にならないと物にならないと考えていました」と書いていらして、おじさんほどのお方がそんな風にお考えであったということが今の自分にすごく響いています。近頃大きなお役をやらせていただくたびに、18歳で女方の道を行くと決めたときに亡くなった(中村)吉右衛門のおじさまから「君はまだスタートラインの“手前”だよ」と言われたことを思い出すんですね。とにかく1つひとつ大切に、気を引き締めながら一歩ずつ進んでいく時期だと考えています。

隼人 僕も大きな役をやらせていただくことが続き、本当にたくさんのことを考えていて……全てを話し始めると長くなってしまうので(笑)、今回いただいたお役に引き寄せて端的にお答えすれば、新作歌舞伎は、自分の足りない部分を答え合わせできるチャンスなんです。新しいことも生み出し続けながら、先輩方の胸を借りてしっかりと古典を勉強し、先を見据えて進んでいきたいと思います。

──菊之助さんは四十代、俳優としてますます充実した時代を迎えます。どういう年代だとお感じになりますか?

菊之助 冒頭に、人生の使命である“ダルマ”について申し上げましたが、歌舞伎の家に生まれた道を全うすると同時に、一緒にやる方々と共に生きる、生かし / 生かされることが重要だと、この年代になって強く感じます。さらに古典の研鑽を積まなければ先人には追いつかないですし、新作に関しても新しい題材を探っていきたい。そして復活上演、この3つの柱を大事にしたいと考えています。

お二人が新作における古典の大切さをお話されていましたが、さらに言えば、古典作品に取り組むモチベーションは、新作をやるような心持ちなんです。初役は教えていただいた通りになぞることが大切ですが、2回目3回目になると、教えを守りつつ、自分の心情で殻を破っていくことが必要になりますから。新作、そして古典、両方の魅力を伝えること、これが我々のやっていくべきことだと思っております。

母・中村米吉を中心に、息子の尾上菊之助と中村隼人が並ぶ仲良し親子カット。

母・中村米吉を中心に、息子の尾上菊之助と中村隼人が並ぶ仲良し親子カット。

「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」特別ポスター

「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」特別ポスター

プロフィール

尾上菊之助(オノエキクノスケ)

1977年、東京都生まれ。音羽屋。尾上菊五郎の長男。1984年に六代目尾上丑之助を名乗り初舞台。1996年に五代目尾上菊之助を襲名。

中村米吉(ナカムラヨネキチ)

1993年、東京都生まれ。播磨屋。中村歌六の長男。2000年に中村米吉の名を襲名して初舞台。

中村隼人(ナカムラハヤト)

1993年、東京都生まれ。萬屋。中村錦之助の長男。2002年に初代中村隼人を名乗り初舞台。

今月の黙阿弥

齋藤雅文が語る黙阿弥・中編

河竹黙阿弥の娘・糸女、そして彼女を取り巻く人々の交流を描き、先月好評のうちに幕を閉じた「新編 糸桜」(参照:波乃久里子主演「糸桜」開幕に齋藤雅文「より深く描き出した“決定版”となりました!」)。本コラムでは、先月に引き続き、同作の脚本・演出を手がけた新派文芸部の齋藤雅文にインタビューする。今月は演劇人としての共感ポイントを聞いた。

演劇ユニット新派の子 錦秋公演 河竹黙阿弥没後百三十年「新編 糸桜」より。

演劇ユニット新派の子 錦秋公演 河竹黙阿弥没後百三十年「新編 糸桜」より。

──新派の齋藤さんにとって、歌舞伎の人である黙阿弥はどのような存在でしょうか?

新派は歌舞伎のメソッドを使ってはいるものの、明治に生まれた新作劇。だから僕自身、黙阿弥作品に直接関わる機会はなかったですが、時代の風俗を取り入れながらリアルな人間関係を描くという意味では、僕たちも黙阿弥の延長線にいることは確かですね。

例えば、ためらいもなく悪の道に入っていく描写の持つ人間のエネルギー、そのダイナミズムには、やはり影響を受けます。「糸桜」にもちらっと出てきた「鋳掛松」では、地味で苦労してきた主人公が、遊山船の賑やかな様を見て「あれも一生、これも一生(と、かついできた仕事道具一式を川に捨て)。こいつァ宗旨を変えざァなるめェ」とガラッと変心する場面が描かれます。この「別の人生があるかも」と思う感覚、とってもリアルじゃないですか。もちろん作品によっては「えー?」となる、ご都合主義も山のようにあります(笑)。でも人間に対する愛情と冷徹な目線は、本当に日本のシェイクスピア。同じ悪役でも南北ものより人間味がありますし、ここにもやはり、近代を感じますね。

──黙阿弥の芝居作りと、ご自身の共通点はあるでしょうか。役者の魅力を引き出すことに力を注ぐという点では、共通していらっしゃいますね……!

究極の当て書きという意味では、師匠と呼びたいですね。黙阿弥さんは、非常に生真面目な方だったそうです。そこも見習うべきだな(笑)。でもそれもこれも、若いころに遊び尽くしちゃった、悪さをし尽くしちゃった人だからこそ、という感じもします。真面目にこういったダークなものを書くという感覚は、ちょっといいなあ、劇作家として正しい気がするなあとも思います。

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