松本白鸚・松本幸四郎・尾上菊之助が語る、9月は二世中村吉右衛門を思いながら「秀山祭九月大歌舞伎」で会いましょう (2/2)

「人間ドラマに心震え、観客の胸を熱くする芝居」

文 / 川添史子(演劇ライター)

今年の「秀山祭」は、昨年11月28日に死去した二代目中村吉右衛門(播磨屋)の一周忌追善である。1年経っても、大きな山が消えてしまったような、まだ信じられない感覚で止まっている。重厚で迫力ある義太夫狂言、深い味わいの世話狂言。情感にじむセリフ回しに、風格ある舞台姿。「あれも良かった」「これも良かった」と思い出していると、なかなかこの文章を書く手が進まない。

その昔、歌舞伎好きが集まって「これぞ播磨屋の役」を挙げ合ったことがある。「熊谷陣屋」の熊谷直実、「籠釣瓶花街酔醒」の次郎左衛門、「菅原伝授手習鑑」の松王丸、「勧進帳」の弁慶、「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助、「引窓」の南与兵衛……幡随院長兵衛だ、いや俊寛だと、各々「私の播磨屋」があり、一歩も譲らず、大いに盛り上がった。当り役が多いだけに、1つに決めるなんて土台無理な話である。目の前のドラマに心震え、「今日はいいものを観た!」と満足し、こちらの胸を熱くしてくれる芝居ばかりだった。

2019年2月歌舞伎座「熊谷陣屋」より。二世中村吉右衛門演じる熊谷直実。©松竹

2019年2月歌舞伎座「熊谷陣屋」より。二世中村吉右衛門演じる熊谷直実。©松竹

2016年2月歌舞伎座「籠釣瓶花街酔醒」より。二世中村吉右衛門演じる佐野次郎左衛門。©松竹

2016年2月歌舞伎座「籠釣瓶花街酔醒」より。二世中村吉右衛門演じる佐野次郎左衛門。©松竹

最後の舞台は昨年3月、「楼門五三桐」石川五右衛門。この月は1月の休演を経ての復帰公演で、客席で見る限り初日から後半に向かってメキメキと調子が上がっていると感じ、すっかりホッとしていた。けれども、あと残り1日……というところで千穐楽の舞台を休演。「絶景かな、絶景かな」と朗々たる声を響かせる大きな五右衛門の姿を思い出しては、すぐに帰ってくると信じていたのだが……。

会見や合同取材で何度か話を伺う機会はあったが、2006年、初回の「秀山祭」のプロモーション時には演劇誌の編集者として、インタビューに同席した幸せな思い出もある。子役時代、初代と同じ舞台に立った体感を「劇場中が揺れ動くように感動していた」と語る口調からは、尊敬の思いが伝わり、その名前(俳名)を冠した興行が始まる使命感がみなぎっていた。役々の気持ちの動きも細やかに話し、この名優がいかに繊細に人間の心を演じているかを再確認した。

2007年2月歌舞伎座「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場(七段目)」より。二世中村吉右衛門演じる大星由良之助。©松竹

2007年2月歌舞伎座「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場(七段目)」より。二世中村吉右衛門演じる大星由良之助。©松竹

最後に近年の小さな記憶を1つ。2019年「秀山祭」の「沼津」茶屋の場、吉右衛門の十兵衛の衣裳が引っかかり、湯呑みが落ちて割れてしまった。荷持安兵衛の中村又五郎と茶屋娘の中村米吉が役のままサッと破片を片付けスムーズに場面は進行。十兵衛が店を出る段で、茶屋娘に「すまないね」と割った詫びを言い添え、余計に(?)お代を払ったときは、客席がどっとわいた。播磨屋の茶目っ気ある機転。「沼津」も絶品だった。「秀山祭」は憎い“コの字”のせいで2年間休みだったから、播磨屋を「秀山祭」で観たのはあの年が最後となる。

思い出し始めるときりがなく、まだまだ悲しく寂しい。9月は歌舞伎座で偲ばせてもらおう。

「秀山祭九月大歌舞伎」二世中村吉右衛門一周忌追善 特別ポスタービジュアル

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