市川染五郎と齋藤雅文が新たに作り出す信康像、6月は「信康」で会いましょう (2/2)

“虚実皮膜”の世界観を楽しんでほしい

──先日ビジュアル撮影も行われました。鉄砲を担ぐカットは齋藤さんのアイデアだったそうですね。

齋藤 台本上に「鉄砲を持つ」という指定はないのですが、若者の危険な感じも欲しいと思ったんです。穏やかで優しいけれど、男の攻撃本能みたいなものがのぞくといいな、と思って提案しました。

市川染五郎扮する徳川信康。

市川染五郎扮する徳川信康。

──確かに冒頭で信康は、「行動しない」父よりも、信長の激しさや強さにどこか憧れを持っています。その生き急ぐ“若さ”も切ないのですが……。

染五郎 守りの姿勢の家康の生き方に、少し不満を抱いているような感じがありますよね。でも父親のことは心から尊敬しているのだと思います。基本的には武士としての“正しい生き方”を貫いた結果、悲劇的な運命を、自ら選んだ人物だと捉えています。

──今回は家康をお祖父様の松本白鸚さんが演じられます。

齋藤 先日、少しセリフを聴かせていただいたのですが、すごい説得力でした。出てきた瞬間から家康がそこにいるような、ステキな押し出しを見せてくださると思います。

染五郎 祖父ではありますが大先輩ですから、いつも共演する時には緊張も怖さもあります。お客さまは実際の血のつながりを重ねて見てくださるとは思いますが、演じている側としては意識しすぎず、家康と信康として向き合いたいと考えています。

齋藤 それは正しいですね。僕もやっぱり演出家として、役に入り込んで信康として舞台に立ってほしいですから。と同時にお客さまには、伝統芸能の脈々と続く血の流れの中にいる俳優たちが、歴史上の人物である徳川家の人々を演じるダブルミーニングみたいな面白さも楽しんでいただきたい。いわゆる近松門左衛門が言う“虚実皮膜”でしょうか。

「六月大歌舞伎」第2部「信康」ポスタービジュアル

「六月大歌舞伎」第2部「信康」ポスタービジュアル

高麗屋の皆様は、ファニーというか、ちょっぴりヘン?

──齋藤さんは三代の高麗屋の皆様とお仕事されています。特に染五郎さんのお父様である松本幸四郎さんとは「竜馬がゆく」のシリーズを始め、印象深い舞台が多いですね。直近では「荒川の佐吉」(参照:「四月大歌舞伎」開幕、仁左衛門&玉三郎が再びおしどり夫婦に「ぢいさんばあさん」)で、齋藤さんが補綴・演出を手がけました。一本気な侠客であり、どこかユーモアもあって温かい、情ある幸四郎さんの佐吉、ステキでしたね。

齋藤 本当に愛情深い佐吉でした。終幕、わが子のように育てた卯之吉と別れる場面で彼のつらさがすごく伝わってきて、僕自身、毎日心が震えてしまいましたし。あんなに気持ちを乗せて毎日心を削りながら演じるのは身体にも心にも苦しいことだけれど、それをやってのけてしまう幸四郎さんは、やっぱり素晴らしい俳優さんだとつくづく感じたひと月でした。

染五郎 客席から歌舞伎を観るのは“勉強”でもあるので、お芝居を純粋なエンタメとして観られないことが多いのですが、僕にとっても「荒川の佐吉」はすべてを忘れて感動する舞台でした。

市川染五郎

市川染五郎

齋藤 最近しみじみと思うんですけど、僕たちの仕事は、舞台の上で嘘八百を並べる仕事ですよね? 絶対に地獄に落ちると思うんですけど(笑)、お客さまはこの虚構の中に一瞬見える真実をご覧になりたくて足を運んでくださるんだと思うんです。ということは、役者さんにとって舞台は、やはり命を削る作業なんでしょう。高麗屋の皆様はそれぞれにステキな魅力をお持ちですが……ファニーというか、ちょっぴりヘンな人々でもありますよね。(一同笑)。一見真面目に見える染五郎くんも、やっぱりどこかヘンだよね?

染五郎 (無言で笑顔)

齋藤 まだ世の中に見せていない顔がある予感がするんだよなあ。「信康」は、お祖父様、お父様ともまた違う、彼だけの魅力が少しでも引き出せたら大成功だと思っています。染五郎さんが演じ続けられる作品にまで持っていけたらとも思っていて、上演を重ねながら、深く、厚く、後々の財産になるようなキャラクターに作り上げられたら裏方として本望ですし、そうあるべきだと思っています。(染五郎のほうに真っすぐ身体を向けて)こんなこと言うの勝手かもしれないけど……がんばってね(笑)。

染五郎 はい、がんばります(笑)。祖父や父とも数々の作品を作っていらっしゃる齋藤さんとご一緒する機会をいただけて、とてもうれしいです。お稽古でも、1伺うと1000返してくださいますし、セリフ1つひとつの間や言い方、トーンや大きさなど、細かく分析して教えてくださいます。今僕は17歳ですが、21歳で死んだ信康と近い年齢で演じる経験は一度きりだと思いますし、もしも、もっと年齢を重ねてやらせていただける機会があれば、また違うアプローチになると思っています。

──NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で染五郎さんが演じた源義高も、戦乱の世に巻き込まれて亡くなる青年でした。若い人が命を散らすのは、やはりとても哀しく、鮮烈な印象を残します。

染五郎 自分で想像していた以上の反響をいただきましたし、大河は貴重な経験になりました。そもそも歌舞伎俳優にとって十代のこの時期というのは、大人の役も子供の役もできない、微妙な年齢なんです。でもこうして、今しかできない役柄がめぐってくることは、とてもありがたいことで。精いっぱいの僕なりの信康をお見せできればと思っていますので、十代二十代のまだ歌舞伎をご覧になったことがない方にも、足を運んでいただければうれしいです。

左から齋藤雅文、市川染五郎。

左から齋藤雅文、市川染五郎。

プロフィール

市川染五郎(イチカワソメゴロウ)

2005年生まれ、東京都出身。松本幸四郎の長男、祖父は松本白鸚。2007年に歌舞伎座「侠客春雨傘」にて初お目見得。2009年「門出祝寿連獅子」にて四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて八代目市川染五郎を襲名。

齋藤雅文(サイトウマサフミ)

1954年、東京都生まれ。1980年に劇団新派文芸部に入る。新派以外にも歌舞伎やミュージカルなど幅広いジャンルの作・演出を手がける。高麗屋親子との仕事も多く、これまでに梨苑座「夢の仲蔵千本桜」や歌舞伎座「竜馬がゆく」三部作、「カエサル」「大當り伏見の富くじ」など。「恋ぶみ屋一葉」にて読売演劇大賞最優秀作品賞。新作歌舞伎「竜馬がゆく・立志編」で大谷竹次郎賞。コロナ禍、演劇ユニット「新派の子」を立ち上げ、2021年「糸桜~黙阿弥家の人々 ふたたび」は配信も行われた。

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