評伝劇の面白さは、“周辺”が見えてくるところにある
──先ほど鈴木さんが指摘された、「石橋さん演じる藤田は戦争画を描かなかったんじゃないか」という部分、石橋さんご自身はどのようにお感じになって戯曲を読まれていますか?
石橋 戦争画の描き方について書かれた、藤田の長い文章があるんですね。「戦争画はこう描くのがよろしい」みたいなことが書かれているのですが、彼の若い頃のもがきを知ったうえで読むと、最後のほうがすごく共感できるんです。当時の社会状況を考えると、どこまでが藤田の本心かわかりませんが、藤田は戦争画こそすべてのものが盛り込まれた画題である、と書いています。
この戯曲の冒頭で藤田は父親から「お前は何人だ」と聞かれて、藤田は「世界人です」と答えますが、藤田が「自分は何のために生まれて、何のために生きているのか」を考えながら戦争画を描いていたのだとしたら、その点では僕も戦争画も描くかもしれないな、と思います。一般的に藤田は、セルフプロデュースがうまくて内面に関しては深みがなかったというような悪口を言われたりもしますが、純粋に「一人の人間がどう生き、どう暮らし、何に立ち向かったのか?」という目線で見ると、藤田だけでなくほかの人物たちも見えてくるのではないかと思うし、人間だけじゃなく世界というものが立ち現れてくるかもしれない。お客さんがただ鑑賞していたつもりが、いつのまにか描かれている世界と対峙してしまっている、みたいなことになっても面白いかなあと思っています。
鈴木 評伝劇の面白さは確かにその周りの人のこともどんどん見えてくる点にあって、君代はもちろん、住も実在した朝日新聞の社員で、新聞を売る1つの宣伝方法として戦争画をプロデュースした人物です。藤田の弟子の山田も実在の人物で、ある日突然、戦争に行ってしまったというのも史実です。周囲の人たちとの関係から、中心の人物像が新たに見えてくることはありますね。
──二條さん、佐乃さんは今、どのように役にアプローチしようと思っていますか?
二條 書かれていることをきちっとやろうとすると訳がわからなくなってしまうので、まずは「当時の新聞社の人って何時に起きてどういう生活をしてて、何が大事で、で、どういう人たちと接していて、音楽を聴くのか聞かないのか、ご飯はどういうものを食べてるのか」といったことを調べながら、住は何が好きで嫌いなのかということを考えています。
ただ面白いなと思っているのは、藤田が帝大セツルメント時代の後輩と話すシーンで、住は2人がお互いの思想や戦争に対しての思いを話している傍にいて、4分ぐらい一切しゃべらないんですよ。2人の話を聞きながらじっと藤田のことを見つめているんです。今までの演劇経験の中でもそんな余白がある役を演じたことはないので、面白いなと思っています。君代さんはどうですか?
佐乃 私も、君代は余白がたくさんある役だなと思っていて、その余白がどうなっていくのかは楽しみです。
二條 君代って、僕めちゃくちゃ好きなんですよ(笑)。一生懸命で、可愛らしいなと思って。
石橋 うん、可愛らしいよね。
佐乃 (笑)。君代の、特に晩年に関する資料はいっぱいあって、もちろん私も調べはするのですが、それよりも役の余白でどういうことが起こるかを楽しみたいと思っています。
──藤田から見て、君代はどんな存在なのでしょうか?
佐乃 あ、それ聞いてみたい!
石橋 うーん……まだ僕は藤田自身のことを考えている段階で、君代をはじめ、周りのことはこれから見えてくると思います。でもプレ稽古のたった数日でも話が途切れない座組なので、ここからぐっと深まっていくんじゃないかと思います。
ただ……先ほどお話しした父親と藤田のやり取りのシーンで、嗣治さんが自分は「世界人です」と答えたあと、父親は「人は、枠の中に描かれた絵を見る。そして絵に枠があるように、人にも枠がある」「お前は日本人だ。どこまで行こうと、日本を捨てることはできないぞ」と藤田に言うんですね。その後、嗣治さんは日本という枠を飛び出してフランスに行くんだけれども、日本という故郷に戻ってきて、日本人女性である君代さんと結婚する。フランスでさんざん突っ張ってフランスの女性たちと付き合ってきたわけだけれども、君代さんという安らぎをもたらしてくれる人のもとに戻ってきたわけです。この「安らぎ」というのは、1つのキーワードなんじゃないかなと思っています。
鈴木 故郷ということで考えると、多くの争いはそれぞれの故郷を巡って起きているわけで、君代はそういった故郷のような安らぎを与える女性だったのかもしれませんね。
タイトルの「白い暗闇」が示すもの
──初演の会場は小劇場B1でした。今回は東京芸術劇場 シアターウエストでの上演となりますが、空間についてはどのような変化がありますか?
鈴木 B1は劇場の構造上、L字型に客席があって二方向から見られるようになっていましたが、今回はプロセニアムになるので必然的に空間は変わってきます。舞台美術は土岐研一さんで、土岐さんは作り込んだデザインをされることもありますが基本的には抽象を得意としている方なので、そこまで飾らない形になるのではないかと思います。基本的には俳優を見せる美術になっていくかなと。
……あ、でも今言われて思い出したんですが、ちょっと舞台を張り出すんです、今回。なので初演よりちょっと舞台が広くなります。会場が広くなると、劇場によってはどうしても後ろの座席の人に届く圧が弱くなる感じがするのですが、きちんと最後列までエネルギーを届けられるよう、演出の工夫が必要だと思っています。
──また劇団印象は今年、活動23周年を迎えます。改めて劇団印象はどんな劇団でしょうか?
二條 僕が感じている魅力は、戯曲の言葉選び。定形に収まらず多面的に見せてくれる劇団です。
佐乃 演劇を観るお客様っていろいろな層の方がいて、何十年も演劇を見守っている方から、最近観始めた方までさまざまですよね。その中で、いろいろな層のお客様が一緒に楽しんでいただけるような作り方を印象はしているんじゃないかなと思いますし、1つの作品をいろいろな角度から観て楽しんでいただけると思います。
石橋 印象に出ることが発表されてから、いろいろな人から「石橋さん、印象に出るんだよね」と声をかけてもらうことが増えました。で、印象をご存知の方に「どんな感想をお持ちですか?」と聞くと、「とにかく熱量が高くて……」という話になる。それを聞いて、印象のことが好きな人が多いんだなと実感して。アツトくんの人柄なのかもしれないけど、純真で熱心な人と作る舞台は、出来上がったものも純真で熱心なものになると思っています。
鈴木 (照れつつ)戯曲のことで言うと僕は嘘がつけないタイプなんですよね。サブテキストがなくて、思っていることを全部言っちゃう感じというか。登場人物は思っていることを全部言ってしまう戯曲なので、比較的わかりやすいんじゃないかと思います。
──作品の背景を今一度考えてみると、藤田が渡仏したのが1913年、1933年に日本に帰国し、1938から1939年まで従軍画家として日中戦争中の中華民国に渡って、1945年の終戦を日本で迎えたのち1949年に日本を去ります。また石橋さんが所属されている劇団文学座は1937年に旗揚げされ、1945年に劇団の代表作「女の一生」を初演、1949年にはアトリエ公演がスタートしました。100年近く前の出来事ではありますが、藤田の絵画が今なお鑑賞者を魅了し、文学座が多くの観客に刺激と感動を与えていることを思うと、過去のアーティストたちの生き様や葛藤、表現から、現代の私たちが学ぶことは多いのではないかと想像します。改めて今、「白い暗闇」の上演にどんな思いを持っているか、教えていただけますか?
石橋 本格的な稽古はこれから、というタイミングにも関わらずこうやってさまざまに語り合えてしまうメンバーなので、みんなと今一度、台本をまっさらな気持ちで読み直してみることもできるんじゃないかなと思っていて。溜まった池の水を抜いて、中に沈殿していたものを掬いあげるような……そういうことをこれからの稽古の中でできたらいいなと思っています。
佐乃 この作品にはいろいろな価値観を持った登場人物が出てくるんですけど、そういった異なる考えを持った人たちがいかにお互いを知り、語り合うことができるのかが今、問われているんじゃないかなと。なので、この演劇を観たあとに誰かと語り合いたくなるような作品になったらいいなと思います。
二條 今回の作品では、時代が思いっきり動いた瞬間が描かれていますが、それを観て感じてもらい、「さあ、これからどうしましょうか」とみんなで一緒に考えるような時間が作れたらいいなと思っています。
鈴木 今年、外部への書き下ろしも含めて、画家が主人公の作品を3本発表します。それでいろいろ調べるうちに感じたのは、絵の評価を決めるのはそれを観る人だということ。戦争画にしても、時代によって評価が変わってくるわけで、藤田の絵の評価はその時々の観客や日本国民が決めてきたわけです。
石橋 なるほど。平和を願う人が多い時代は藤田の絵を観て「これは戦意高揚の絵ではない」と評価するかもしれないけれど、戦時中の人は「前線ではこんなにつらい思いをしてるんだ、この人はこうやって死んだのか。この人たちのためにもやっぱり戦うべきなんだ!」と大いに鼓舞される絵だったのかもしれない。
鈴木 そうそう。で、さっきの話に戻ってくるんですけど、戦争画を描きたかった藤田と、描きたくなかった藤田の両方を観て感じてもらうことが、この作品では大事なのかなって。相反するその両面が描き出せたらと思っています。
──二面性を見せる、というのはまさにタイトルの「白い暗闇」が象徴していますね。
プロフィール
鈴木アツト(スズキアツト)
劇作家、演出家。2003年に劇団印象-indian elephant-を旗揚げ。2015年に国際交流基金アジアセンター アジアフェローとしてタイに2カ月滞在。同年、文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてイギリス・ロンドンに留学。新国立劇場2024/2025シーズン こつこつプロジェクト第三期に演出家として参加。近年の主な作品に劇団印象-indian elephant-「カレル・チャペック~水の足音~」「犬と独裁者」「女性映画監督第一号」、新国立劇場 韓国現代戯曲リーディング公演「クラス」、日本の演劇人を育てるプロジェクト 文化庁海外研修の成果公演「みえないくに」、ラジオドラマ「影をなくした男」など。「女性映画監督第一号」が第12回北海道戯曲賞最終候補作にノミネート。
石橋徹郎(イシバシテツロウ)
東京都出身。文学座所属。舞台のほか、映像、吹き替え、ラジオドラマなど多方面で活動。近年の主な出演作に「オセロー」「白衛軍 The White Guard」、文学座×キャラメルボックス「賢治島探検記2026」、東野圭吾シアター 舞台「祈りの幕が下りる時」、こつこつプロジェクトStudio公演「夜の道づれ」、劇団文化座「にんげんたち~労働運動社始末記」、NHK大河ドラマ「青天を衝け」「豊臣兄弟!」、「果てしなきスカーレット」(吹替)やラジオドラマ「誰もが誰かのエキストラ」など。
佐乃美千子(サノミチコ)
2024年から劇団印象-indian elephant-に所属。2023年、パンケーキの会を立ち上げる。近年の主な出演作に劇団印象-indian elephant-「犬と独裁者」、リーディング公演「グローバル・ベイビー・ファクトリー」、「女性映画監督第一号」、パンケーキの会「旅するワーニャおじさん」「ある夜をめぐって」「桜の園」、劇団Q+「リア!リア!リア!」など。
二條正士(ニジョウマサシ)
京都府出身。舞台、映画、ドラマなどに出演。俳優のほかに演出も行う。近年の出演作に新宿梁山泊「風のほこり」「ジャガーの眼」「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」「恭しき娼婦」「アリババ」「愛の乞食」、Project Nyx 新生公演第二弾「ジオノ」(演出・主演)、Bunkamura Production 2025「愛の乞食」「アリババ」、G.GARAGE///「JULIUS CAESAR」ほか。


