あいちトリエンナーレ2019 PR

「あいちトリエンナーレ2019」相馬千秋 インタビュー|「情の時代」に応答する、パフォーミングアーツ14作品を全解説

現代アートの国際的祭典「あいちトリエンナーレ2019」が、いよいよ8月にスタートする。パフォーミングアーツ部門では、アートプロデューサー・相馬千秋がキュレーターを務め、国内外の先鋭的な演劇作品14演目を展開。芸術監督・津田大介が掲げるテーマ「情の時代」に、各作品はどのように応答し、共鳴し合うのか。14作品の魅力を相馬が語る。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

あいちトリエンナーレとは?
「あいちトリエンナーレ2019」チラシ
あいちトリエンナーレは、2010年から3年ごとに開催されている現代アートの国際的祭典。4回目となる2019年は、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介が芸術監督を務め、「情の時代」というテーマのもと、国際現代美術展のほか、映像プログラム、パフォーミングアーツ、音楽プログラムなどが展開。国内外から90組以上のアーティストが参加する。

「あいちトリエンナーレ2019」

2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝)
愛知県 愛知芸術文化センター、名古屋市美術館 ほか

「情の時代」に、いかに応答するか

──2017年の7月に津田大介さんが「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督に就任すると発表され、2018年3月に相馬さんがパフォーミングアーツ部門のキュレーターに就任することが明らかになりました。どのような思いからキュレーターをお引き受けになったのでしょう?

相馬千秋

津田さんとはもちろん面識はありましたが、2017年の8月末のある日、突然メールが来たんです。「ぜひパフォーミングアーツのキュレーションをお願いしたい」という、丁寧で熱い内容の長文メールに、とても驚いて。ただその段階では彼のビジョンがまだわからなかったので、ひとまずお会いしましょうということになり、9月に彼の事務所を訪ねました。そのときすでに津田さんの中には“感情”というキーワードがあったんですね。トランプが大統領に就任したあとで、全世界的にヘイトやポピュリズムが顕在化した時期でもあり、SNSやメディアによって人々の感情が扇動されていて、それがいまだかつてない規模で展開されていることに、津田さんは危機感を感じられていました。そういった社会状況に対してアートがどう応答できるのかという、「あいちトリエンナーレ2019」のコンセプトのコアになる部分をもう持っていらっしゃったんです。それから2人でいろいろと議論する中で、「“感情”の“情”にフォーカスすると、“感情、情報、情け”という3つの意味がある」という話に展開し、その日のうちに「ぜひ一緒にやりましょう」とお返事しました。

──「あいちトリエンナーレ2019」は、チーフキュレーターを飯田志保子さん、国際現代美術展のキュレーターを能勢陽子さん、ペドロ・レイエスさん、鷲田めるろさん、映像プログラムのキュレーターを杉原永純さん、音楽プログラムのキュレーターを大山卓也さんと、複数の専門家が務めています。また「情の時代」というテーマ設定や、参加アーティストのジェンダーバランスに対する言及など社会へのコミットが深いことも特徴の1つだと思います。その点で、相馬さんが代表理事を務める芸術公社のミッションのうち、「『あたらしい公共』を提案し、体現する」「時代と社会に応答するあらたな芸術の方法論を提唱し、実践する」「異なる専門性をもつディレクターによるコレクティブ」と通じる部分も多いのではないかと思います。

そうですね。津田さんはジャーナリストでありアクティビストなので、現実の社会を変革したいという強い意思のもと、その具体的な方法をアクティブに実践してきた方だと思うんです。一方私は、アートは目の前の問題を直接的には解決できなかったとしても、未来のビジョンや社会モデルを提示しうるものと思って活動しているので、津田さんと組むことによって、お互い補完的な関係になれるのではないかと思いました。また、実は自分が芸術監督ではないフェスティバルのキュレーションを担当するのも、複数のキュレーターがいる体制で仕事をするのも初めてで(笑)、とても新鮮でした。これまではコンセプトも枠組もすべて自力で立ち上げねばならない事業ばかりでしたが、今回は先に大枠のテーマがあり、いちキュレーターとしてそれをどう咀嚼して具体的なプログラムに落とし込んでいくかが試されるわけで、まさに腕の見せどころと言うか(笑)、私にとっては本当にありがたい機会になっています。ほかのキュレーターやスタッフからも大変刺激をもらっています。

演劇は“感情”を扱う特殊なメディア

──4月に東京で行われた「あいちトリエンナーレ2019」の記者会見で、相馬さんは「『情の時代』というテーマが演劇にとって非常にインスパイアリングだ」とおっしゃっていました(参照:相馬千秋「演劇にとって、“情の時代”はインスパイアリングなテーマ」)。“情”の3つの意味の中で、相馬さんが一番ピンと来ているのはどの意味でしょうか。

相馬千秋

やっぱり感情ですね。演劇は古来から人々の感情を扱ってきた芸術メディアです。しかも、いち個人の感情というだけでなく、共同体を形成する集団の感情や、その集団の中での個人の感情、そして集団と個人の感情の拮抗や葛藤を扱うことができる、非常に特殊なメディアだと思います。今回、ギリシャ悲劇をベースにした作品を2つプロデュースしていますが、それは演劇というメディアが古来から感情を扱うために蓄積してきた言葉や形式を有効に活用したい、という思いが私の中にあったからです。本当はギリシャ悲劇と並行して日本の古典も扱いたくて、能の謡曲や形式をリサーチしていたのですが、そちらは具体的な演目としては着地せず、理念的な部分でプログラムの随所に影響が表れてくるのかなと思います。

──では、作品の方向性からアーティストが決まっていったのでしょうか?

いえ、プログラムするときは両輪ですね。テーマにどうアプローチするかという方針と同時に、「今、この人に作品を作ってほしい」というプロデューサー的直感からも全体を考えていく。例えば今回、市原佐都子さん、サエボーグさん、モニラ・アルカディリさんといった女性作家には、津田さんがジェンダーバランスの方針を明言するずっと以前から声をかけていました。「情の時代」というテーマを考えたとき、現在の人間・男性中心的な、西洋近代的な価値基準に対してどれだけラジカルな揺さぶりをかけられるかが肝だと感じていたので、ある種の破壊力のある女性作家の存在が当初からマストだと思っていました。市原さんは女性や動物の視点からロゴスを揺さぶる爆発的な言語センスを持つ作家ですし、サエボーグさんは家畜動物の視点から生存や生殖を捉え直し、それを着ぐるみとして具現化する圧倒的な造形力をもっている美術家です。またモニラさんは自分のジェンダーやアラブ・イスラーム文化のアイデンティティを、日本のアニメ文化を経由しつつ考察している極めてユニークなアーティストです。ぜひ彼女たちに作品を作ってほしいという思いが最初からありました。

「情の時代」に応える14つのプログラム

高山明「ワーグナー・プロジェクト ―『ニュルンベルクのマイスタージンガー』―」より。

高山明(Port B)「パブリックスピーチ・プロジェクト」

  • プロジェクトプレゼンテーション / 学校説明会

    2019年8月1日(木)・2日(金)愛知県 愛知県芸術劇場 大リハーサル室

  • 映像展示

    2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝)愛知県 愛知芸術文化センター 8階 回遊歩廊

  • パブリックスピーチ

    2019年10月12日(土)~14日(月・祝)愛知県 名古屋市内 ※詳細は決定次第発表

ミロ・ラウ(IIPM)+CAMPO「5つのやさしい小品」より。(Photo:Phile Deprez)

ミロ・ラウ(IIPM)+CAMPO「5つのやさしい小品」

  • 2019年8月2日(金)~4日(日)愛知県 愛知県芸術劇場 小ホール

──各作品についてもう少し具体的に伺わせてください。高山明さんは、フェスティバル / トーキョー時代からたびたび相馬さんとお仕事されていました。6月に行われたプレトークでも一部構想が語られましたが(参照:市原佐都子、小泉明郎、高山明、モニラ・アルカディリが自作の構想を語る)、今回高山さんは、8月から10月にかけて、プロジェクトプレゼンテーションから映像展示、パブリックスピーチ(街頭演説)を行います。

「今日、パブリックスピーチとは何か? それはどこで、どういう形で成立するのか?」という問いから出発したプロジェクトですが、具体的にはアジア主義のテキストを扱います。今の日本人はたぶん、アジア主義についてほとんど知らない、あるいは知らないように教育されてきたと思いますが、アジア主義の思想家たちは、20世紀前半、西洋による近代化と植民地主義の時代において、アジアにおける連帯の重要性を説いていました。それが結果的に大東亜共栄圏を作るという口実として軍部に利用され、戦後は右翼思想として封印されてしまったわけです。今の時代にあえて“毒にも薬にもなる”アジア主義のテキストを読み直し、アジアの諸都市と名古屋をライブでつないで、各国のラッパーたちがパフォーマンスを展開する。高山さんはそのような構想を先日のトークで語っていらっしゃいましたが、最終的にどうなるか、まだ誰にもわかりません(笑)。いい意味で、会期中2カ月半かけながら、現代に“パブリックスピーチ”として読み直された現代の“アジア主義”のあり方を名古屋に生成させていくことになると思います。

──スイスとドイツを拠点とするミロ・ラウは、ベルギーの実際の事件をテーマにした作品「5つのやさしい小品」を上演します。

ミロ・ラウが主宰するIIPMは、International Institute Political Murder、訳すと政治殺人国際研究所という劇団名です。そんな名前の劇団、誰も入りたくないだろうと思うんですが(笑)、彼は演劇作家であると同時にジャーナリストかつアクティビストと自己定義していて、津田さんとも親和性が高い人だと思います。世界各地で起こった戦争、虐殺、殺人など、人々が目を背けたくなるような事件をあえて舞台に上げ、それを当事者や非当事者含め、プロの俳優やその事件に関わった一般の人たちが参加する演劇として再構成し上演します。重要なのは、ある事件を演劇として再現するにあたって、記録や事実関係を徹底的に調べ、被害者と加害者双方にインタビューして、一種の告発再現劇みたいな形にしていることなんですね。しかもそれが非常に生々しい形、かつ美的な強度を伴って立ち上がってくる。この「5つのやさしい小品」を制作したのは、ベルギーのゲントにあるCAMPOという劇場なのですが、ここでは世界的な演出家を招聘してゲントの子供たちと作品を作る取り組みを行っています。子供と演劇を作るシリーズで、子供にとって最もトラウマになりそうな題材を選ぶのがミロ・ラウのヤバいところなんですが(笑)、「5つのやさしい小品」では、ベルギーで1990年代に起きた、ある少女拉致監禁殺害事件を題材にしています。5人の少女らが犠牲になった、ベルギー版宮崎勤事件のような有名な事件で、凶悪な性犯罪の異常さだけでなく、その対応を巡ってベルギー警察や政府もが激しく批判された国家的トラウマです。ミロ・ラウは当時の加害者・被害者双方の聞き取りやドキュメントをあたりながら事件を再現するだけではなく、子供たちに被害者やその親、加害者の親、取調官といった役を振り分け、ブレヒト劇のように演者と役を引き離すような作り方をしている。そして子供たちが演じながら事件について彼らなりに批評的に考えられるような構造になっていると思います。

世界的な人気カンパニーから地元のカンパニーまで

ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ+エンクナップグループ「幸福の追求」より。(Photo:Andrej Lamut)

ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ+エンクナップグループ「幸福の追求」

  • 2019年8月3日(土)・4日(日)愛知県 名古屋市芸術創造センター

劇団うりんこ+三浦基+クワクボリョウタ「幸福はだれにくる」より。(Photo:Yoshiyasu Hattori)

劇団うりんこ+三浦基+クワクボリョウタ「幸福はだれにくる」

  • 2019年8月16日(金)~18日(日)愛知県 愛知県芸術劇場 小ホール

──ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ+エンクナップグループは、作品紹介文に「脱力系パフォーマンスでカルト的に人気を集め」とありますね。

劇団名からオクラホマの劇団と勘違いされるかもしれませんが、ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマはニューヨークを拠点とする劇団です。カフカの「失踪者(アメリカ)」という小説で、主人公がたどり着く最終地点がネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ(オクラホマ自然劇場)なんですね。カフカは一度もアメリカを訪れずにこの小説を書いたわけですが、ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマの2人は過剰なユーモアを織り交ぜた作風で、アメリカという国をひたすら演劇的に脱臼するような活動をしています。アメリカの建国理念の1つである「幸福の追求」をタイトルに掲げた本作は、彼らがスロベニアのダンスカンパニーに招かれて作った作品です。クリエーション中にトランプ政権が誕生したこともあり、彼らにとって自国アメリカを強く憂う時期に創作された作品でもあります。言葉は非常に文語的で仰々しく、登場人物たちの身振りや外見は完全にマカロニウエスタン(笑)。彼らはダンスカンパニーとしてNATO空爆中のイラクへ巡業公演に行くのだけれど、大義名分を振りかざしイラクで幸福を追求してもそこには何もないという、アメリカの空回りする誇大妄想みたいなものと、一座の物語が重ねられています。実際、登場人物たちを演じるのは本物のダンサーたちですから、一種のダンスショーとして観ても面白いと思います。私はニューヨークでこの作品を観たのですが、会場は大ウケでした(笑)。

──うりんこは名古屋を拠点に、児童・青少年向けの作品を上演している劇団です。愛知の地域性を意識して、ラインナップされたのでしょうか?

もちろんそういう面もありますが、今回オランダから招聘する劇団アルテミスと同様、演劇的な面白さやテーマとの関連性、子供から大人まで観客層の広がりを意識してプログラムしました。劇団うりんこは、創設45年の歴史を持つ東海地方でも屈指の老舗劇団で、現在も年間450ステージをこなすなど、愛知出身者は、ほぼ全員子供時代に観ていると言っても過言ではないほど地域に浸透している劇団です。また学校公演だけでなく、三浦基さんのような外部の演出家を迎えた野心的な作品も作り、国内外でも巡回させている実績も豊富です。今回は、もともと劇団側にサムイル・マルシャークの戯曲を三浦基氏の演出で上演したい、というアイデアがありました。そこで私のほうからメディアアーティストのクワクボリョウタさんを舞台美術に提案させていただいたのですが、先日プレビュー公演を拝見して、3者のコラボレーションはすごくうまくいったのではないかと思います。