「あいちトリエンナーレ2019」相馬千秋 インタビュー|「情の時代」に応答する、パフォーミングアーツ14作品を全解説

人間・男性中心的な価値観を揺さぶる

サエボーグ「Pigpen」より。(Photo:Takeo Hibino)

サエボーグ「House of L」

  • 2019年8月31日(土)~9月8日(日)愛知県 愛知県芸術劇場 大リハーサル室 ※公演時間は日程により変動。

モニラ・アルカディリ「髭の幻」より。(Photo:Nurith Wagner-Strauss)

モニラ・アルカディリ「髭の幻」

  • 2019年9月5日(木)~8日(日)愛知県 愛知県芸術劇場 小ホール

──サエボーグさんは、ラテックス製のボディスーツをご自分で作り、みずから着ることで表現活動を行っています。今回は美術部門ではなく、パフォーミングアーツ部門での参加になります。

サエボーグさんの作る動物の着ぐるみって、本当にすごいインパクトがあるんですね。今回、「情の時代」というテーマにアプローチしていくにあたり、先ほどお話した通り人間・男性中心的な、あるいは西洋近代的な価値基準をいかに揺さぶれるか考えたとき、ここまで極端に、動物、しかも最底辺の“家畜”に変身することで魂を解放しているサエボーグさんという人、そのものに強い興味を持ちました。近年、彼女は美術展などでも取り上げられるようになりましたが、もともとはデパートメントHというフェティッシュパーティで新作を発表していて、そこでゴムフェチの皆さんに向けたパフォーマンスを作っているんです。私も一度デパHにお伺いしたのですが、本当にそのへんの劇場とは比べものにならない熱気、表現者と観客の切実さ、コミュニケーションの密度にとても感動しました。今回はサエボーグさんの世界観が凝縮された演劇的な空間を愛知県芸術劇場に出現させます。観客は、サエボーグ製の家畜動物たちが暮らす“家”に招かれ、そこで一定の時間を過ごしていただくのですが、そこで何が展開されるかは今まさに創作中です。ドラマトゥルクには、快快やチェルフィッチュのドラマトゥルクとしても実績のあるセバスチャン・ブロイさんに参加してもらっています。

──モニラ・アルカディリさんは、プロフィールがとても変わっていますね。どんな方なのでしょうか。

モニラ・アルカディリさんとは、今回同じく参加アーティストに名を連ねてくださっている小泉(明郎)さんに「本当に面白い人なので会ってみては」と勧められて、出張がてら、当時彼女がレジデンスしていたオランダの施設に会いに行ったんです。私も今まで中東アラブ地域のアートを多く紹介してきたこともあり、「16歳のときにクウェートから単身、日本に留学している女子ってどんな人だろう?」と単純な興味で会いに行ったのですが、初対面なのに2人でとても話が盛り上がって(笑)。彼女はマンガの「伊賀野カバ丸」が好きすぎて、カバ丸になりたくて、かつては学ランを着て髪を青く染め、男装していたそうなんです。憧れの地・日本では、学部は武蔵野美術大学、大学院は多摩美術大学、博士課程は東京藝術大学で学び、日本のアニメやポップカルチャーを受容しつつ、アラブ・イスラーム社会への批評的な眼差しを持ちながら作家活動してきました。

──かなり面白いバックボーンをお持ちですね。

相馬千秋

今回上演する「髭の幻」もまさに、彼女の強いアイデンティティの1つであるアラブ・イスラーム社会の問題を、幽霊という存在を通じて描こうという意欲的な作品です。これは実話だそうなのですが、モニラさんは藝大時代、お母さんが霊能力者だという友達の家に遊びに行って、そのお母さんから「40人の背後霊が憑いている」と言われたそうなんです。彼らはモニラさんの祖先で、全員ヒゲを生やしていて、中東の歴史の中で血にまみれた経験をして死んでしまったけれど、今はモニラと第二の人生をエンジョイしていると(笑)。そのエピソードを出発点に、「髭の幻」では、中東アラブ史の空白にモニラ自身がアクセスしていくというパフォーマンスになっています。日本では幽霊という概念は一般的ですが、砂漠に生きてきたアラブの民には、死者は忘れるべきもので、幽霊という概念がないのだそうです。今回のパフォーマンスは、まさに日本的想像力からアラブ世界を捉えると同時に、極めて男性優位的なアラブ世界で、幼少期から「男になりたい」と切望していたモニラ自身のジェンダーの考察も重ねられていきます。先日、ウィーン芸術週間での世界初演を拝見しましたが、美術家としての彼女の強い造形力と、まるで二次元の漫画が三次元になって動いているような面白さがあり、美術としても演劇としても楽しめる作品だと思います。

「プロメテウス」の世界観をVRで

「サクリファイス」より。(Photo:Meiro Koizumi)

小泉明郎「縛られたプロメテウス」

  • 2019年10月10日(木)~14日(月・祝)愛知県 愛知県芸術劇場 大リハーサル室

──ますます興味が湧いてきました。そんなモニラさんとの出会いのきっかけを作った映像作家の小泉さんが、今回は演劇作品に臨まれます。

小泉明郎さんは長年、感情と身体の関係を扱ってきた映像作家で、彼の映像は極めて演劇的だと思っていました。なので、いつか演劇作品を作ってほしいと思っていたんです。それでシアターコモンズで小泉さんに演出ワークショップをお願いしたり、数年間の積み重ねのうえにようやく本格的な演劇作品を試みるところまできました。タイトルにもあるギリシャ悲劇の「プロメテウス」は、「情の時代」というテーマに取り組む出発点として、私から小泉さんに「この戯曲を読みませんか」と提案したものです。「プロメテウス」を選んだのは私のドラマトゥルク的直感ですが、身体的苦痛を伴うテクノロジーとヒューマニズムの緊張関係を描いた作品なので、彼もすごく感じ入るものがあったようです。その後1年くらい話し合いを重ねて、最終的にVRでいくことになりました。お客さんはVRのヘッドセットを装着して空間を自由に動き回りながら、あるユートピア的なビジョンを経験します。先日小泉さんとVRの制作会社を訪問して最新のものを体験させてもらったのですが、今のVRの技術は本当にリアルで、腰を抜かしそうになりました(笑)。

──映像作品と言うより、まさに身体に迫ってくる演劇体験ですよね。

そうそう、VRって時間の経験というか、極めて身体的な経験なので、今回はVR演劇作品と言い切ってプロデュースしています。

市原佐都子(Q)「バッコスの信女ーホルスタインの雌」より。©hagie K

市原佐都子(Q)「バッコスの信女ーホルスタインの雌」

  • 2019年10月11日(金)~14日(月・祝)愛知県 愛知県芸術劇場 小ホール

──とても面白そうです。もう1人、ギリシャ悲劇をベースとした作品を手がけられるのがQの市原佐都子さんです。

市原佐都子さんは私がお声がけする以前から、ギリシャ悲劇をベースにした作品を作りたいという気持ちをお持ちでした。それで半年くらいかけて、いくつかの戯曲を私も俳優に混ぜてもらって一緒に本読みしたのですが、最終的に市原さんが選んだのはエウリピデスの「バッコスの信女」で、そうしてできあがったのがまさかのホルスタインと人間のハーフのお話(笑)。これまでの人類史で、「バッコスの信女」にインスパイアされた二次創作は多々あると思いますが、その中でも相当ぶっ飛んでいるほうではないでしょうか(笑)。この演目の魅力的な要素の1つとして、コロス、すなわち合唱隊が登場します。ギリシャ悲劇では市民からコロスが選ばれて出演していたわけですが、市原さんもその構造を取り入れて12人のコロスを公募し、“ホルスタインのメスの霊魂”として歌ってもらうことになります。音楽は東京塩麹 / ヌトミックの額田大志さんが手がけ、一種の音楽劇を目指していますが、青年団の看板女優・兵藤公美さん、市原作品でも異彩を放つ永山由里恵さん、野性味あふれるダンサー・振付家の川村美紀子さんなど、パワフルな女性たちの才能が集うのも大きな魅力だと思います。

劇団アルテミス+ヘット・ザウデライク・トネール「ものがたりのものがたり」より。(Photo:Kurt Van der Elst)

劇団アルテミス+ヘット・ザウデライク・トネール「ものがたりのものがたり」

  • 2019年10月12日(土)・13日(日)愛知県 名古屋市芸術創造センター

──最後に劇団アルテミス+ヘット・ザウデライク・トネールの「ものがたりのものがたり」について教えてください。

劇団アルテミスはシアターコモンズでも一度、小学生を対象としたワークショップをやってもらっています。芸術監督の演出家イェツェ・バーテラーンは、子供の目線から演劇を作るということを徹底していて、その遊戯性の背後にあるものは、非常にラジカルかつダダイスト的。いつかぜひ大きな舞台作品も日本に紹介したいと思っていたんです。それで昨年の9月頃、この「ものがたりのものがたり」の世界初演をオランダ南部のティルブルグという町へ観に行きました。海外から来ているのは私だけで、観客席は地元の子供から老人まで入り乱れてワイワイガヤガヤしているようなアットホームな雰囲気。その舞台では、まさにドリフとロメオ・カステルッチを足して2で割ったようなことが起きていました(笑)。つまり説明不能・不要な、圧倒的な自由さや想像力の飛躍があるんです。この「ものがたりのものがたり」は、まるで子供が雑誌から人物を切り抜いてやる“ごっこ遊び”のようなもので、ひと言で言うなら「巨大切り抜き人形劇」といったところでしょうか。3人の登場人物が出てくるのですが、トランプがお父さん、ビヨンセがお母さん、ロナウドが8歳の息子というシュールな設定になっています。そこでは、大人が押し付けるような道徳も政治性もなく、ただ荒唐無稽なストーリーが展開するのですが、子供のままごと的な世界観からあっと驚く仕掛けがあり、子供が観ても大人が観ても、説明抜きで楽しめる舞台かと思います。

観劇体験そのものをデザインする

パフォーミングアーツプログラム「エクステンション」

「あいちトリエンナーレ2019」の国際現代美術展に参加中のアーティストが、活動の場を“エクステンション(拡張)”して、レクチャー形式のパフォーマンスを行う。

ドラ・ガルシア「ロミオ」より。(Photo:Takeshi Hirabayashi)

ドラ・ガルシア レクチャーパフォーマンス「ロミオ」

  • 2019年8月3日(土)・4日(日)
    愛知県 愛知県芸術劇場 大リハーサル室

田中功起「抽象・家族」より。

田中功起 映像上映/アッセンブリー「抽象・家族」

  • 2019年9月7日(土)
    愛知県 愛知県美術館 10階

    2019年9月21日(土)
    愛知県 豊田市美術館 講堂

藤井光「無情」より。(Photo:Hikaru Fujii)

藤井光 レクチャーパフォーマンス / 鑑賞ツアー「無情」

  • 2019年9月22日(日)
    愛知県 名古屋市美術館 講堂

キュンチョメの過去作品より。(Photo:Kenji Morita)

キュンチョメ レクチャーパフォーマンス / 参加型プログラム「円頓寺クリケットクラブ(仮)」

  • 2019年10月5日(土)
    愛知県 なごのキャンパス体育館

ドミニク・チェン「タイプトレース道~舞城王太郎之巻」より。

ドミニク・チェン(dividual inc.)レクチャーパフォーマンス「新作」

  • 2019年10月12日(土)・13日(日)
    愛知県 愛知芸術文化センター アートスペースA

──舞台写真を見ても、その面白さが伝わってきます。そしてメインプログラム9作品のほかに“エクステンション”として5作品がラインナップされました。このエクステンションは相馬さんらしいプログラムですね。

エクステンションは“拡張”という意味で、その意味の通り美術展を拡張するような内容を考えています。美術作品の中には、単に陳列されたものを個々に鑑賞するだけでなく、その経験を他者と共有したり議論したりしたほうが、作品としての広がりや可能性をもっと深められるものがあると思っていて。それをパフォーミングアーツの側から美術作品にどう提案できるかというのがエクステンションの試みです。例えば「ロミオ」を手がけるドラ・ガルシアさんは、美術館の展示の中に演劇的な状況を作るアーティストですが、今回は国際美術展の中でスパイのように観客と関係を築く任務を託された“ロミオ”たちを壇上に上げて、アイドルの記者会見をイミテートしたようなレクチャーパフォーマンスを行います。実は「あいちトリエンナーレ2019」の女性スタッフがとてもザワついている作品でもあります(笑)。

──“ロミオ”たちのビジュアルは確かに印象的でした。

また田中功起さん、藤井光さんの作品は、その映像作品自体がさらっと観られるようなものではないので、観たあとに誰かと議論を共有したり、現実世界と作品を結び直すような集団的体験ができたらいいのではないかと思っています。キュンチョメさんは、愛知のコアな現実にお客さんが身体的に出会えるような参加型イベントを考案中で、ドミニク・チェンさんは彼の専門である情報学や東洋思想から「情の時代」に応答するレクチャーパフォーマンスを展開する予定です。演劇では今、観客参加のあり方や形式が多様化していますし、同時に現代美術の文脈でも「場を作る」とか「出来事を起こす」というタイプの作品やプロジェクトが一般化しています。今回のエクステンション企画では、いわば現代演劇と現代美術の相互乗り入れ地点で、観客の経験をどうデザインするか実験し、新たな方法を開拓したいと思っています。

──今のお話にもありましたが、「あいちトリエンナーレ」では現代美術、音楽などさまざまなジャンルが展開します。その中でパフォーミングアーツの枠組みが持つ可能性や役割について、相馬さんはどのようにお考えですか?

これまで私は、野外や都市空間で上演する作品をたくさん仕掛けてきましたが、今回はあえてそれをやらない決断をしました。その理由はシンプルで、8月頭から10月中旬の会期では暑すぎるということ。何しろ名古屋は、8月は連日40度前後、10月前半でも最高気温が30度近い日が多い。演劇やアートのためだからといって、私はお客さんやスタッフにそこまでの身体的負荷を負わせたくないのです。一方、大山卓也さんがディレクションする音楽プログラムでは、毎週木曜日から日曜日、涼しくなる夕暮れどきに街中で1時間程度の無料ライブをやるので、都市への広がりは音楽が担ってくれることになるだろうと思います。というわけで今回のパフォーミングアーツ部門は、劇場空間の中に集い、さまざまな形態のパフォーマンスを通じて、「情の時代」における都市や社会について深く考察したり、議論したりする経験を作り出せればと思っています。

相馬千秋

2019年8月30日更新