山内マリコがパオロ・ソレンティーノ新作から感じた時代の変化とフェミニズムのスピリット、映画「パルテノペ ナポリの宝石」主演セレステ・ダッラ・ポルタと対談 (2/2)

パオロ・ソレンティーノ監督の作品は意味を考え出したら、とても観ていられない(セレステ・ダッラ・ポルタ)

──ダッラ・ポルタさんはパルテノペを演じていて、どのシーンが強く印象に残っていますか?

ダッラ・ポルタ まずは、カプリ島でパルテノペと兄のライモンド、幼なじみのサンドリーノが3人で踊るシーンが印象に残っています。あとは、彼女が恩師であり人類学者であるマロッタ教授の息子と会うシーンです。

山内 教授の息子の登場シーンにはサプライズがありましたね。あれはCGですか?

ダッラ・ポルタ 違います。シリコンなどを使って、実際に作っているんです。

山内 作っていたんですね! ロン・ミュエクというアーティストが人間の像を作っているんですが、彼の作品か、もしくはCGのどちらかかなぁと思っていました。息子の存在は何を表現しているか、監督から説明はありましたか?

ダッラ・ポルタ なんの説明も受けていないんです。映画というものは何もかも説明できるものではないですが、特にソレンティーノ監督の作品は、その意味を考え出したら、とても観ていられないと思います(笑)。

山内 あはははは(笑)。

ダッラ・ポルタ 私があのシーンを撮る際に把握していたのは、パルテノペとマロッタ教授の息子が出会うというただそれだけでした。

山内 32歳になったパルテノペは、マロッタ教授と一緒に働き出しますが、あそこで彼女の髪型が変わりますよね。シモーヌ・ド・ボーヴォワールのようなヘアスタイルで、とても印象的なシーンでした。最初は女神のように他者化されて描かれていたパルテノペが、物語が進む中で歳を重ね、だんだん普通の人間になっていく。それがこの映画の素晴らしさですね。学者として歩み始め、“考える人”として、もう1段階ステージアップしたんだと、あの場面を観て感じたんです。もしかしたらあの髪型はボーヴォワールをオマージュしているのかなと。

編集部注:シモーヌ・ド・ボーヴォワールはフランスの哲学者であり作家。フェミニズムの名著とされる「第二の性」などを手がけている。

ダッラ・ポルタ あのシーンではパルテノペが大人の女性になったということが表現されていますよね。パルテノペの変化をはっきりと描き出すために、ルックを変えたのではと思っています。

山内 パルテノペが32歳になったのは1982年のことで、あの当時だと中年女性にカテゴライズされる年齢だと思うんです。若い女性を主人公にした大抵の映画って、だいたい若くて美しい20代で物語が終わりますし、一昔前の映画だと、32歳はもうスポットが当たらない年齢。でもこの映画では30代のパルテノペもちゃんと描くんだ!と。32歳のゾーンに踏み込んだことで、この作品がやろうとしていることが私の中で、明確に見えた気がしました。

「パルテノペ ナポリの宝石」より、セレステ・ダッラ・ポルタ演じるパルテノペ(左)とステファニア・サンドレッリ演じる73歳のパルテノペ(右)

「パルテノペ ナポリの宝石」より、セレステ・ダッラ・ポルタ演じるパルテノペ(左)とステファニア・サンドレッリ演じる73歳のパルテノペ(右)

#MeToo運動を経た映画の文法のようなものを感じた(山内)

山内 映画の中で、ソフィア・ローレンを彷彿とさせる女優のグレタ・クールが、いきなりナポリ人を罵倒して、悪口を言いまくるシーンがありますが、イタリアの人はナポリにどんなイメージを持っているんですか?

ダッラ・ポルタ とても特殊な街だと言えると思います。何を食べてもおいしいし、美しい街ですが、矛盾に満ちた場所です。歴史上、さまざまな民族に征服されて、その都度それを受け入れてきた歴史を持っています。

山内 「グレート・ビューティー/追憶のローマ」では、ローマがものすごく享楽的で、ただれた街として描かれていた印象があるんです。今回の「パルテノペ ナポリの宝石」では、売春宿のような場所にパルテノペが足を踏み入れたり、ナポリのちょっとダークな側面も映し出されていて、興味深かったです。

ダッラ・ポルタ 非常に批評的な視点と崇めるような視点、その両方でナポリを描き出していると思います。ただ、決して街を裁いてはいない。ありのままのナポリを映し出している。それが「グレート・ビューティー」のローマと、「パルテノペ」のナポリの描き方の共通点かもしれないですね。

「パルテノペ ナポリの宝石」より、セレステ・ダッラ・ポルタ演じるパルテノペ

「パルテノペ ナポリの宝石」より、セレステ・ダッラ・ポルタ演じるパルテノペ

──物語のもう1つの主人公であるナポリはもちろんですが、セリフもとても印象的でした。

山内 パルテノペが出会う演技コーチの「好奇心は女優の倫理的義務よ。女もそう、なくば死よ」というセリフはすごく刺さりました。

ダッラ・ポルタ 私が1つ挙げるとしたら、パルテノペが作家のジョン・チーヴァーを誘うシーンですね。彼女は「ご一緒しても?」と声を掛けるけれど、チーヴァーは「あなたの青春を一瞬も奪いたくはない」と返す。あの言葉は強く心に残っています。

山内 私もあのセリフはメモしていました!

ダッラ・ポルタ この映画に登場するセリフはどれも印象的です。

山内 私はあのチーヴァーのセリフから、#MeToo運動を経た映画の文法のようなものを感じました。今までは、富と権力を持った中年男性が若い女性の時間を奪っていく展開の映画が多かったと思うんです。奪われながらも、彼らとの恋愛を糧にして、女性が成長していくストーリーが主流だった。でもチーヴァーはパルテノペが誘っているのに、拒否する。「自分の青春を楽しみなさい。こういう権力者のじじいは放っておいて」といったように(笑)。ああいうセリフ1つにもフェミニズム的なスピリットを感じました。

ダッラ・ポルタ #MeToo運動のムーブメントが起こって以降、女性を取り巻く環境は変化していると感じますが、実際にすべてがうまくいっているわけではない。ただチーヴァーのあのセリフは、普通の人はああいう考え方ができるんだという可能性を示唆していると思います。

「パルテノペ ナポリの宝石」より、ゲイリー・オールドマン演じるジョン・チーヴァー(右)。実在したアメリカの文豪で、パオロ・ソレンティーノが「もしもチーヴァーがイタリアにいた時代にパルテノペに会っていたら」と想像し、本作に登場させた。彼は若年期のパルテノペに大きなヒントを与えることになる

「パルテノペ ナポリの宝石」より、ゲイリー・オールドマン演じるジョン・チーヴァー(右)。実在したアメリカの文豪で、パオロ・ソレンティーノが「もしもチーヴァーがイタリアにいた時代にパルテノペに会っていたら」と想像し、本作に登場させた。彼は若年期のパルテノペに大きなヒントを与えることになる

──劇中では傷付いたさまざまな女性との出会いを経て成長したパルテノペが、今度は自分が傷付いた経験をもとに、若い女性に手を差し伸べる立場になります。お二人はご自身より若い世代へどんなふうにバトンを渡すべきかなど、表現者として考えたりすることはありますか?

山内 テーマはいろいろありますが、基本的に私はバトンを渡すというマインドで、すべての本を書いています。ちょっと窮屈な考え方を強いられている人の心が、解放されるような。読んだ人の視野が広がるようなものを届けたいと思っています。

ダッラ・ポルタ 素晴らしい。私も自分より若い女優さんに手を差し伸べたいと考えています。山内さんのように、表現していけたら。

プロフィール

セレステ・ダッラ・ポルタ

1997年、イタリア・ロンバルディア州モンツァ生まれ。オーディションの末、「パルテノペ ナポリの宝石」の主演に抜擢されて映画デビュー。同作での演技が評価され、イタリア版アカデミー賞と称されるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で新人賞を獲得した。

山内マリコ(ヤマウチマリコ)

1980年生まれ、富山県出身。2008年に「16歳はセックスの齢」でR-18文学賞の読者賞を受賞し、2012年に初の単行本「ここは退屈迎えに来て」を刊行。そのほかの著作に「アズミ・ハルコは行方不明」「あのこは貴族」「メガネと放蕩娘」「選んだ孤独はよい孤独」「あたしたちよくやってる」「一心同体だった」「マリリン・トールド・ミー」「逃亡するガール」などがある。映画好きとしても知られており、名画座で観た映画の感想をつづる「The world of maricofff」を運営しているほか、第47回ぴあフィルムフェスティバル2025のコンペティション部門・PFFアワード2025の最終審査員を務める。