「ぶっちぎりですごい映画ポスター本」ライムスター宇多丸が読み倒す、過去に類を見ない豪華本「黒澤明 オリジナル映画ポスター・コレクション」 (2/2)

1960年代──デザインの時代

宇多丸 時代が下ってくるにつれてアートワークも垢抜けてきましたね。「悪い奴ほどよく眠る」(1960年)のプレスシートなんて、真ん中に三船さんの横顔があって、両サイドは黒味を生かしたレイアウト。基本的に日本の映画宣伝って詰め込み型なわけですけど、こういうかっこよさ優先デザインがついに出てきた。「悪い奴ほどよく眠る」は1960年の映画ですから、デザインの時代、60年代が始まった!という感じがしますよね。これは本当にかっこいい。それから「用心棒」(1961年)の有名なポスター。縄が十字に配置してある。

黒味を生かす形でデザインされた「悪い奴ほどよく眠る」(1960年)のプレスシート ©TOHO CO., LTD.

黒味を生かす形でデザインされた「悪い奴ほどよく眠る」(1960年)のプレスシート ©TOHO CO., LTD.

荒縄をデザインに取り入れた「用心棒」のポスター ©TOHO CO., LTD.

荒縄をデザインに取り入れた「用心棒」のポスター ©TOHO CO., LTD.

──劇中で印象的に使われた荒縄を大々的にデザインに取り入れたものですね。

宇多丸 この十字の使い方によって、ちょっと西洋的なモダンなニュアンスが出るんだと僕は思います。「赤ひげ」(1965年)のポスターにも十字が登場するんですが、内容もあいまってキリスト教的なモチーフにさえ見えてくる。それから、ポスターで「これが映画の面白さだ」みたいなことを言い出すんですよ。

──「用心棒」のポスターには、「ここに極まる映画の面白さ!」というストレートなコピーが登場しています。

宇多丸 つまり、映画全盛期じゃなくなったんだ、ということですよね。黒澤さん自身も、この本に載っている「用心棒」のプレスシートで、「映画というものはなんといっても映像で語りかけていくのが本当だが、最近はどうもその点が忘れられている」って言ってますよね。そんなことを、いちいち言うようになったんだ、という感じがするんですよ。もう、映画は娯楽の王様じゃなくなりつつあった。だから「用心棒」は、ちょっとメタ映画的でもあるというか、ここで一発、映画ってやっぱり面白いんだというのを改めて突き付けてやるぜ!って気概で作ったところがあると思うんです。

──「用心棒」が観客を大喜びさせたら、じゃあもう1本見せてあげようと撮ったのが「椿三十郎」(1962年)。

宇多丸 「時代劇に革命をもたらしたご存知三十郎!」って「椿三十郎」のコピーにあるのも、もちろん前作の「用心棒」がさまざまな形で革新的表現に挑んだのを踏まえているんだけれども、今の我々となんら変わらない映画史的視点で、すでにこの新作も位置付けようとしている、ってことですよね。なんというか、もう、ポストモダンだ(笑)。

──黒澤×三船コンビの最終作となった「赤ひげ」(1965年)は、集大成的な1本ですね。先行版のスピードポスターは、サングラスの黒澤監督しか写っていません。

サングラス姿の黒澤明を捉えたスピードサイズの「赤ひげ」先行版ポスター(右)©TOHO CO., LTD.

サングラス姿の黒澤明を捉えたスピードサイズの「赤ひげ」先行版ポスター(右)©TOHO CO., LTD.

宇多丸 この人が「赤ひげ」かな?って思っちゃう(笑)。各界著名人からのコメントが載ったポスターもあって、これがすごすぎて笑っちゃう。まず原作者の山本周五郎。「原作より傑作。僕の原作よりもいい。傑作です」、言いそう~!(笑) 岡本太郎は「完璧な作品」。ほかにもいろんな人が書いてるんだけど、意外な人選として、ヴィック・モロー! 当時、「コンバット」(1962年~1967年放送)が日本でも本当に人気だったということがわかりますね。しかも、言ってるのが「コマーシャルベースにのって、これだけ立派な作品を創りあげた黒沢監督に敬意を表します」って。商業的な娯楽映画なのにこれだけ立派って、独特な褒め方するよね(笑)。

各界の著名人による絶賛コメントがデザインされた「赤ひげ」ポスター(左)。エリア・カザンや森光子らの名前も並ぶ(左) ©TOHO CO., LTD.

各界の著名人による絶賛コメントがデザインされた「赤ひげ」ポスター(左)。エリア・カザンや森光子らの名前も並ぶ(左) ©TOHO CO., LTD.

心ときめく80年代デザイン

──デビュー以来、ほぼ年に1本ペースで撮ってきた黒澤監督は、「赤ひげ」から次回作の「どですかでん」(1970年)まで5年の空白が生まれます。ポスターもこれまでとは打って変わって、黒澤監督自身のアートワークになります。

宇多丸 正直、「あれ、何かありました?」っていうのが、ポスターを見るだけではっきりわかる。さらにその次が「デルス・ウザーラ」(1975年)でしょ。どちらもそれぞれに素晴らしい作品だとは思うけど、明らかに、みんなが期待するかつての王道クロサワ映画!ではない感じになってきてますよね。

──「デルス・ウザーラ」のポスターで驚かされたのは、マンガ家でアニメーション監督としても知られる真崎守さんがアートワークを担当したもの。実際には使用されなかったそうですが。

宇多丸 これはさすがに、没になったのも仕方ない気がする(笑)。映画の中身と別物すぎますもんね。その次の「影武者」(1980年)からは、リアルタイムで観ているので、ありありと思い出しますね。80年代少年なので、正直、映画としてどうかとは別に、純粋にアートワークとして、「影武者」、「乱」(1985年)の80年代デザインは心ときめいちゃうんですよ。

──「影武者」は縦サイズの変型ポスターも期待を煽りますね。鎧武者が立っているのが逆光のシルエットになったデザイン。

鎧武者の立ち姿が逆光でシルエットになっている「影武者」変形サイズのポスター(中央)©TOHO CO., LTD.

鎧武者の立ち姿が逆光でシルエットになっている「影武者」変形サイズのポスター(中央)©TOHO CO., LTD.

宇多丸 怪獣映画かよ!っていうアートワーク(笑)。当時、すごく印象的だった。これ、ポスターが劇場で売ってたんですよ。買えばよかった。それから、著名人コメントを集めたポスターの、メンツの豪華さがありえないレベル。フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスはプロデューサーだから当然として……あと、サム・ペキンパーやアーサー・ペンも黒澤に比べたら若造だからまだいいけど(笑)、度肝を抜かれたのは、ウィリアム・ワイラーが入ってる! 「名作だ。一つ一つのシーンに力がこもっている。場面にこめた努力と精魂は実にすばらしい。彼のベストの作品だ」って。ここだけ映画史的タイム感がバグるというか……黒澤さんはよく、自分の映画はワイラーの「ベン・ハー」のワンカットにも及ばない、などと言ってたわけですよね。要は、世界のクロサワにとっても憧れのレジェンドが、宣伝コメントとかやってくれるんだ!って(笑)、思わず二度見しましたよ。ただ、ワイラー先生に言いたいのは、「影武者」はいい映画だけど、黒澤のベスト、ではないでしょう……?って(笑)。

──「乱」では、作品だけでなく宣伝アートワークも黒澤映画の極地というべき到達を見せます。

宇多丸 「乱」は80年代の広告ポスターのかっこいいところが全部入ってる。具体的なキャラクターとかじゃなくて、全体の雰囲気や文字フォントのかっこよさだけで持って行く感じとか。例えば、ポスターの真ん中あたりにコピーを置いて、「運命の領域。」って……PARCOの広告っぼい(笑)。ポスターが4種類載ってますけど、全部「乱」じゃなくて「PARCO」って付いてても成り立っちゃうくらい。80年代っ子としては、映画の中身とは別に、そこに反応しちゃいますね。

「乱」のポスターを眺める宇多丸

「乱」のポスターを眺める宇多丸

──90年代は「夢」(1990年)、「八月の狂詩曲」(1991年)、「まあだだよ」(1993年)と続きますが、ポスターデザインも80年代とは大きく変わっていきます。

宇多丸 どの映画も好きですけど、枯淡の味わいになってきましたね。

デザイナー・益川進の発見

──ここからは、本書の編著者である井上由一さんにも加わっていただいて、宇多丸さんに本書の注目ポイントをうかがいたいと思います。

宇多丸 不勉強ながら、この本で初めてちゃんとお名前を認識したのですが、まず挙げたいのはデザイナー・益川進さんのすごさ。こないだドリュー・ストルーザン(※)が亡くなりましたけど、それぐらい知られていてもいいのに、っていう感じがしました。コラージュ力とか最高!

※「スター・ウォーズ」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ハリー・ポッター」シリーズなど数多くの映画ポスターを手がけたアーティスト、イラストレーター

──益川進さんは、「七人の侍」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」「用心棒」「天国と地獄」「赤ひげ」など黒澤映画の主要作品のアートワークを担ってきた方ですね。

井上 広島でお生まれになり、中国で映画関係の仕事に携わってから、戦後間もなく大阪・梅田の東宝系の劇場に勤められたそうです。もともと絵描きだったので東宝宣伝部に移って、黒澤映画をはじめとする巨匠から直接指名を受けて宣伝デザインを担当してきました。ポスターデザインで有名な檜垣紀六(※)さんの師匠にあたります。

※日本で「時計じかけのオレンジ」「燃えよドラゴン」「ブレードランナー」「ランボー」など数々の洋画作品のポスターをデザインした広告図案士として知られる

宇多丸 紀六さんの師匠なんだ! ヤバいな。改めて紀六さんに益川さんの話も聞かないと。これは映画史的にも重要な件ですよ。黒澤映画で新しい情報なんて、もう出てこないだろうと思っていたら、この切り口だとまだまだ出てくる。「天国と地獄」(1963年)の大判ポスターも、益川デザインがすごい。

益川進がアートワークを手がけた「天国と地獄」のポスタービジュアル ©TOHO CO., LTD.

益川進がアートワークを手がけた「天国と地獄」のポスタービジュアル ©TOHO CO., LTD.

──三船さんが演じる主人公の豪邸のリビングで、左側では受話器を持った三船さんが犯人とやり取りをしていて、後ろに香川京子さんがぴったりと顔を付けて聞いている。右側では刑事役の仲代達矢さんが電話を傍受しているというレイアウトですね。

宇多丸 両脇の顔に挟まれて、真ん中がベランダ。映画を観た人だったら、この窓の下に、街が広がっていて、犯人が暮らしているわけか、と思うわけですよね。視線の動きまで計算された、絵画的にも素晴らしいデザインだと思います。今回の本のもうひとついいところは、大判ポスターを見開きで載せているので、ド迫力で細部まで見られる。「七人の侍」の主要キャラクターが横並びにずらっと並んでいるポスターも、すごくいい。これは、戦隊モノとかMCUと同じ見せ方ですよね。そういうもののルーツだとわかるポスター。しかも、このポスターを提供したのが、スパイク・リー!

井上 もともとアメリカにコレクターであり、ディーラーでもある方がいるんですが、その方の顧客なんです。その方からスパイクに借りられるか聞いてあげようということで、快く提供いただけました。この本もお送りしたので、喜んでくださるといいなと思います。

宇多丸 それはすごい! 映画史的な価値もわかっているだろうし、最近「天国と地獄」のリメイクも作ったくらいで、本当に好きなんでしょうね。これはうらやましい。額装して飾ってるんだろうなあ。

映画監督のスパイク・リーが提供した「七人の侍」の大型ポスター

映画監督のスパイク・リーが提供した「七人の侍」の大型ポスター

──本書に掲載されているポスターの6割は、井上さんのコレクションだそうです。

井上 30年ぐらいポスターを集めています。ただ、黒澤さんのポスター本というのは、なかなか実現できない。映画会社をまたいで撮っているので、権利的なものとかいろいろあったんですけれども、昨年の10月に、出版社のトゥーヴァージンズさんに企画書を出したところ、ご一緒いただけることになりました。そこから東宝さん、黒澤プロさんはじめ各社さんにお声を掛けさせていただいて、各社さんとも好意的に受け止めていただいて、1年に満たない制作期間だったのですが、編集者の方と一緒にがんばりました。

宇多丸 最初の「姿三四郎」の激レアポスターは、どなたが持っているんですか?

井上 私です。「姿三四郎」のこのポスターを1人でも多くの方に見ていただきたいと思っていたんです。本を作るにあたっては、海外も含めてコレクターの方に連絡して、10名弱の方にご協力いただきました。驚いたのが、海外の方のほうが、日本版の黒澤さんの珍しいポスターを持っている。

宇多丸 へえー。浮世絵みたいですね。海外流出(笑)。でも、個人所蔵の宝物というのも当然わかるけれども、もはや、いずれは国立映画アーカイブなり、なんなら国立博物館に収蔵されるべき、っていう領域にも入っていると思うから、こういう最良の形で記録されてよかったです。

黒澤映画と映画館の記憶

──宇多丸さんが観た最初の黒澤映画はなんですか?

宇多丸 1975年の「七人の侍」のリバイバル。父に連れて行かれて初めて観たんですよ。6歳ながらに、めちゃくちゃ面白かったですね。記憶が正しければ、僕がそのとき観たのは、上野オークラ劇場っていう普段はピンク映画をかけてるところ。子供が近付いちゃいけない場所だと思っていたから、それも印象深かった。ただ、隣で父が先の展開をちょいちょいしゃべる。「こいつ、死ぬんだよ」「ラブシーンはいらない」。うるさいなあと思ってました(笑)。この本には、封入特典にB4の復刻ポスターが入ってますけど、「七人の侍」もあったので、額装して父の形見の写真の下に貼ろうかな。父は「七人の侍」がすごく好きだったから。あのとき、リバイバルに連れて行ってくれたことに感謝してます。

封入特典の復刻ポスターは「七人の侍」のほか「野良犬」「蜘蛛巣城」「用心棒」「赤ひげ」のものが用意されている ©TOHO CO., LTD.

封入特典の復刻ポスターは「七人の侍」のほか「野良犬」「蜘蛛巣城」「用心棒」「赤ひげ」のものが用意されている ©TOHO CO., LTD.

──リアルタイムで新作に追いついたのが「影武者」ですか。

宇多丸 そう。「影武者」は最初のロードショーのとき、「地獄の黙示録」(1979年)とかと同じく、夕刊のテレビ欄の下に、演劇のように全席指定席でこの日のこの時間なら空いていますっていうのが載る、当時流行りの高級感ある興行スタイルで。僕の世代はそこに煽られて観に行った人も多いんじゃないかなあ。もちろんコッポラとルーカスがプロデュースしていてすげえ!というのもあったし、本格的に映画ファンになり始めた頃のあのワクワクした気分をすごく思い出しますね。

──黒澤映画のポスター本というと、ファン向けのものと思われるかもしれませんが、実際に手に取ると、観たことがない人にも興味を持ってもらえる編集がされていることがわかりますね。

宇多丸 「アートワークがかっこいいから、この映画を観てみようかな?」っていう入り口は全然ありというか、そのほうが若い人にはいいかもしれない。昔の映画だとか、白黒だとかで敬遠する人も世の中にはいるらしいけども、6歳から「七人の侍」を観ている人間としては(笑)、ハリウッド映画も研究し尽くして、それを日本流、自分流に置き換えてやってきたのが黒澤さんでもあるんだから、今観ても、誰が観ても面白いのは当たり前。「スター・ウォーズ」(1977年)が面白いとか、「ワン・バトル・アフター・アナザー」(2025年)が面白いというのと同列です。

──最後に、本書の中で宇多丸さんが欲しいポスターは?

宇多丸 井上さんを前に言うのもなんですが、そりゃ欲しいのは「姿三四郎」のレアポスターですよ。単純にデザインとしても、すごくワクワクする。80年代っ子としては「乱」の4枚シリーズのポスターも欲しい。あと、大判系はどれもいいけど、「悪い奴ほどよく眠る」は相当かっこいい。「七人の侍」の横並びのポスターも欲しいけど、スパイク・リーは譲ってくれないよなあ(笑)。

宇多丸

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イベント情報

発売記念イベント「黒澤映画ポスターの世界」

2025年11月27日(木)19:00~21:00
東京都 代官山 蔦屋書店 3号館2階 SHARE LOUNGE / ZOOM配信

登壇者:三船史郎(三船プロダクション代表)、井上由一(シネマサクセション代表)
座席数:着席65席 / オンライン400名
参加費:来店参加とオンライン参加によって異なる
受付期間:2025年11月27日(木)17:00まで ※先着順

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プロフィール

ライムスター宇多丸(ウタマル)

1969年生まれ、東京都出身。1989年結成のヒップホップグループ・RHYMESTERのラッパー。ラジオパーソナリティとしても活躍し、2007年にスタートしたTBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の映画評コーナーで、映画ファンにもその名を広く知られる。現在は月曜日から木曜日の20時から生放送されているTBSラジオ「アフター6ジャンクション2」でメインパーソナリティを担当。2025年には映画文化の発展に貢献した人に贈られる第18回淀川長治賞を受賞した。近作にRHYMESTERのアルバム「Open The Window」(2023)ほか。近著には共編著「ドキュメンタリーで知るせかい」(リトルモア)がある。