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もともと映画オマージュの多い「チェンソーマン」。この「チェンソー×サメ×台風×爆弾」というサメ映画を思わせる要素には、原作発表時から多くのサメ映画ファンが歓喜していた。日本サメ映画学会の会長・サメ映画ルーキーもその1人。翻訳家・バイヤーとして国内外のあらゆるサメ映画をチェックしている彼は本作を鑑賞後、「単にサメが出ている映画だからサメ映画というわけではない」と前置きしながら「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』は究極のサメ映画的アニメーションである」と語った。
文

“Chainsaw Man – The Movie: Reze Arc” - Main Trailer/劇場版「チェンソーマン レゼ篇」本予告
藤本タツキはサメに対して真剣である
劇場版「チェンソーマン レゼ篇」はサメ映画である。我々日本サメ映画学会は、これまで数々の映画作品に対して「これはもはやサメ映画ではないか」と言い掛かりをつけてきた。しかし本作に関しては、もはや言い逃れができないだろう。それは単にサメが登場するからでも、「レゼ篇」が映画だからでもない。もっと広い意味で「サメ映画的なるもの」を内包しているからだ。
まずは何といっても、サメの魔人・ビームの存在である。魔人の姿では頭部以外は人間と同じだが、その頭のデザインが素晴らしい。人間の目にあたる部分に鰓孔があり(それが目なのかもしれないが)、しかもきちんと5対存在している。フィクションに登場するサメの鰓孔は3対に省略されることが多いが、実在のサメは基本的に5対である。従ってビームは生物学的に正しいサメなのだ。
なお、サメには“ロレンチーニ器官”と呼ばれる特殊な感覚器官がある。これは獲物の筋肉が発する微弱な生体電流や地磁気を感知できる器官である。この仕組みによって、サメは濁った水中や暗闇でも正確に獲物を捕らえることが可能になる。デザイン上は確認できないが、魔人態のビームもきっと視覚に代わってこの器官で周囲を“見て”いるのだろう。
一方、サメの姿になったビームは完全に現代サメ映画のサメである。特徴的なのは目だ。左右に3つずつの多眼ザメとでも言うべきユニークなデザインである。現実にそんなサメは存在しないが、かの名作「
このサメの姿のもう一つの重要な特徴は、脚が生えていることである。「昔、サメはバッファローと同様、陸の生物だった」(「ハウス・シャーク」より引用)というのは、いまや現代サメ映画のデファクト・スタンダードであり、藤本タツキもそのことを確実に認識しているはずだ。伊藤潤二の「ギョ」のような例や、人間に近い形をしたサメ人間を除けば、サメに脚が生え始めたのは「シャークトパス」のころからである。サメの悪魔の脚部は節足動物を思わせる形状のため、「Sharkarantula(原題)」(嘘予告しか存在しないが)や「KANIZAME シャークラブ」に近いと言えるかもしれない。
さらに注目すべきは移動方法だ。ビームのように陸を潜航するサメは古来から存在しており、雪原を泳ぐ「スノー・シャーク 悪魔のフカヒレ」や「アイス・ジョーズ」、砂浜や地中を泳ぐ「ビーチ・シャーク」「シャーク・プリズン 鮫地獄女囚大脱獄」「ランドシャーク 丘ジョーズの逆襲」「シン・ジョーズ 最強生物の誕生」など、枚挙にいとまがない。
ただしビームは地中のみならず壁の中も泳ぐことができる。そのため通常の陸ザメというよりは、概念的にあらゆる場所を泳げる「ジョーズ キング・オブ・モンスターズ」の悪夢ザメに近い生態といえる。余談だが、サメ映画の世界では“陸ザメ”というアイデアは「
こうして見ていくと、ビームのデザインや設定の時点で藤本タツキがサメ映画に対して真剣であることが浮き彫りになる。しかもビームは、その6つの目で戦場を見渡し、節足動物めいた脚で壁や地中を自在に駆け、あらゆる場所を泳ぎ抜けてデンジを支援する。まさに“サメ映画的存在”として物語を推進する頼れる相棒なのだ。
サメ映画と爆発は切っても切れない関係にある
さて、「レゼ篇」をサメ映画たらしめているのはビームの活躍だけではない。もう一つ決定的な要素がある。それはデンジの前に立ちはだかる“台風の悪魔”だ。サメと台風の組み合わせといえば、言うまでもなく「
「シャークネード」はサメ映画界における絶対王者であり、サメ映画史における金字塔と呼んでよい。無数のサメを巻き上げた台風(竜巻)が街を襲い、人々の頭上にサメが降り注ぐ“シャークネード”が発生するという一見荒唐無稽な発想が、チープなCGながら映像化されたことで、瞬く間にカルト的人気を獲得した。しかもこの作品は単発の珍作で終わらず、続編が量産され全6作のシリーズとなった。あの「ジョーズ」ですら4作で止まったことを思えば、その人気の凄まじさは推して知るべしである。
「シャークネード」は発想の斬新さにとどまらず、業界全体に革命的な影響を与えた。アメリカのケーブルテレビ局では毎夏「シャークネード・ウィーク」と称した特集週間が設けられ、そのために大量の新作サメ映画が作られるようになったのだ。サメ映画ファンは「シャークネード」に一生頭が上がらないのである。
しかも「レゼ篇」は、ただサメと台風の悪魔を出すだけではない。デンジはビームを馬のように乗りこなすのだが、その姿は「
ちなみに、「シャークネード」の成功は数々の派生作品を生み出したことでも知られる。竜巻に乗ったピエロが人々を襲う「Clownado(原題)」、猫が飛び交う「Catnado(原題)」、サメだけでなくワニやタコや恐竜など怪物全般を巻き上げる「モンスターネード」などがある。最近では「ニンジャバットマン対ヤクザリーグ」で空からヤクザが降り注いだ。そしてマフィア×竜巻の「Mafianado(原題)」も現在製作中である。
「レゼ篇」がサメ映画であると言えるもう一つの根拠が、航空爆弾のような頭を持つ悪魔・ボムの登場だ。サメ映画と爆発は切っても切れない関係にある。「ジョーズ」を思い出してほしい。ブロディ署長が酸素ボンベを撃ち抜いてサメを爆散させるあのラストは、映画史に残る名シーンであり、その後のサメ映画の様式美を決定づけた。
以降、サメ映画のクライマックスには爆発がつきものとなった。むしろ「サメは最後に爆発しなければならない」とすら言える。統計的に見ても、少なくとも全サメ映画の4割前後は「サメ爆発」で終わるのだ。つまり爆発は、サメ映画における普遍的な約束事なのである。
こうして見ていくと、「レゼ篇」はサメ映画の諸要素をほぼ網羅していることが分かる。そもそも藤本タツキがサメ映画を愛しているのは間違いない。短編集に収録された「人魚ラプソディ」ではドラマを引き起こすトリガーとしてサメが登場し、初連載作「ファイアパンチ」ではトガタが「
端役から小道具、作中作に至るまで、サメは藤本作品世界にしぶとく顔を出し続けている。というか、わざわざ18巻の作者コメントでNetflix映画「セーヌ川の水面の下に」が大好きだと書き記す人物がサメ映画を愛していない訳がない。
「こんなサメの動きを観てみたかった!」が実現
とはいえ、「レゼ篇」はサメ映画である以前に、まずアニメーション映画として圧倒的にすごい。正直に言えば、そこら辺のサメ映画よりもよほどすごい“サメの画”が観られる。サメ映画ファンなら誰もが一度は夢見た「こんなサメの動きを観てみたかった!」というシーンが、作画の力で実現してしまっている。
これまで低予算のVFXや手作りスーツに愛情を注いできた我々にとって、それは少し悔しくもあり、しかし心から嬉しい驚きでもある。
考えてみれば、Z級サメ映画何本分の制作費を使ったらあれほどの“サメの画”が観られるのだろうか。それでも、ここに完成したのは紛れもなくサメ映画ファンの夢の総体だ。言うなれば「レゼ篇」は、サメ映画を消費してきた歴史の果てに現れた「究極のサメ映画的アニメーション」なのである。
目まぐるしく展開されるバトルシーンは、あまりに密度が高い。ビームのように6つの目があれば、もっと見逃さずに堪能できたはずだと思うほどである。だが我々には2つしか目がない。だからこそ、同じスクリーンを何度も訪れ、繰り返しその“サメ映画的なるもの”を味わうしかないのである。つまり──「レゼ篇」は一度と言わず、何度でも観に行くべき映画なのだ。
サメ映画に興味を持った人に紹介したい4作
最後に、「レゼ篇」をきっかけにサメ映画に興味を持った方へ、いくつか入口となる作品を紹介しておきたい。
1. 「シャークネード」シリーズ
説明不要の不朽の名作であり、サメ映画を語るならまず観るべき作品である。どれか1作だけ選ぶなら「シャークネード カテゴリー2」がおすすめだ。飛行機がサメで墜落するという常識外れの冒頭から心を鷲掴みにされる。
2. 「えっ?サメ男」
スウェーデンの異色サメ映画で、サメの弱点であるはずのチェンソーをサメ自身が使いこなすという奇抜な設定が異彩を放つ。DVDも配信も存在しないため、劇場上映されるとたいてい完売してしまう。もし鑑賞のチャンスがあればぜひ観てほしい。
3. 「温泉シャーク」
日本のローカル文化とサメ映画が融合した国産サメ映画である。アメリカ全土でも上映され、日本が「シャークネード」に対抗できる可能性を示した希望の作品でもある。
4. 「ノー・シャーク」
サメに喰われたいと願う女性が主人公だが、実際にはサメが一切登場しない。それにもかかわらず観終えた後には「これはサメ映画かもしれない」と思わされる怪作である。
劇場版「チェンソーマン レゼ篇」
藤本タツキのマンガ「チェンソーマン」を原作に、作中屈指の人気エピソード「レゼ篇」を映像化。悪魔の心臓を持つ“チェンソーマン”となり、デビルハンターとして活躍する少年・デンジが、偶然出会ったミステリアスな少女・レゼに翻弄されながら、予測不能な運命へと突き進んでいく。デンジ役は
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