フランス・カンヌで行われた会見に出席した紀伊宗之。(c)Kazuko Wakayama

映画製作ファンド「K2P Film Fund I」の目的とは?K2 Pictures代表取締役CEO・紀伊宗之インタビュー

私利私欲で動いていると、必ず足をすくわれる

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製作委員会方式とは?

──配給側が60%、興行側が40%取るとしたら、この60%が配給収入になるわけですよね。次はこのお金の動きを教えていただきたいのですが、そのためには日本の映画製作の主流である製作委員会方式について説明してもらうのがいいでしょうか。

そうですね。製作委員会というのは民法上の任意組合になります。5社で1億円ずつ出し合って1つの映画を作るとしたら、それぞれが20%ずつ権利を持っていることになる。5階建てのビルの各階を5社がそれぞれ所有しているイメージです。さらに言うと製作委員会は共同製作契約なので、各社がその映画で商売をしている必要があって、すごいお金持ちの人が「主演俳優のファンだからお金だけ出したい」といっても基本的にはNGです。

──そもそも、なぜ製作委員会方式で映画が作られるようになったんでしょうか?

東映の「仁義なき戦い」「トラック野郎」など昔は1社で作っていたものがけっこうあったんですが、1990年代くらいから映画が当たらなくなり、商売として立ち行かなくなってきたんです。東宝が全額出資した「ゴジラ-1.0」のように、今でも製作委員会を設けていない映画もあるにはあるんですけどね。でもそれは東宝が日本で売上高トップの会社であり、「ゴジラ」という不動のコンテンツだからこそできることで、普通は何億円も掛けて製作したのに利益がゼロだったら大変だっていう話で。リスクをなんとかして減らせないか、ということから生み出されたのが製作委員会だと思います。みんなでお金を出し合いましょう、そして著作権も分けましょうっていう。僕が映画を作るとして、オリジナルの企画であれば放送権や配信権、グッズ化の権利などをすべて自分が持っているわけですが、お金を集めるためにその権利を売り渡す。これは窓口権と呼ばれていて、みんなこの権利が欲しくて出資をするわけです。

──窓口権を手に入れるとメリットがある?

仮に国内での放送権を手に入れたとしたら、これを使ってビジネスができます。例えば、その映画を放送したいテレビ局があったとして、5000万円で売れたとしましょう。そこからだいたい20%を手数料として取るので、1000万円が窓口権を持っている会社に入ってくる。

──残りの4000万円はどうなるんですか?

もし5社で1億円ずつ出し合っていたとしたら、4000万円を5で割って分配するんです。なので4社には800万円ずつ入り、窓口権を持っている会社には手数料の1000万円+800万円の計1800万円が入る。話を戻すと、これと同じことが配給収入にも当てはまります。配給権を持っている企業が手数料を取って、あとは製作委員会で分配するという。そのほか配信、グッズ、ビデオグラム(Blu-ray、DVDといったパッケージ)などに関する収入も分配されて、そのリターンの合計が出資額を踏まえても大きいと言えるのであれば、ビジネスとしては成功となります。制作費や宣伝費というコストもかかるので、出資額を上回ればいいという単純な話ではもちろんないのですが。

──窓口権はどう振り分けられるのでしょうか?

製作委員会には主体となる幹事会社があって、僕がそこで企画・プロデュースをしているとしたら、出資してもらえるように他企業と交渉することになります。「〇〇権を渡すので全体の20%を出してくれませんか?」「20%出すならそれとは別に〇〇権も欲しいです」「20%ではそこまで渡せないです」といった話し合いを行い、乗ってくれる会社がなければ映画を作れないこともある。最近は昔のようにテレビ局が映画を放送するために大金を出してくれるわけではないし、Blu-ray / DVDが売れる時代でもなくなったから、製作委員会には限界が来ていると個人的には感じています。リクープ(費用の回収)の見込みが立たないので、みんな出資額を下げたいと考えているんですよね。予算の規模と映画のクオリティは比例するわけではありませんが、出資額が減っていくのであれば業界はシュリンクしていくしかないと思います。

──製作委員会方式では「映画が大ヒットしたからギャランティとは別にもっと支払います」といった、出演者やスタッフへの成功報酬はないのでしょうか?

成功報酬はあるとしても微々たるものです。製作委員会方式というビジネスモデルの中には、正直クリエイターへの利益分配という考えは組み込まれていません。監督、脚本家、原作者、音楽家は著作権者なので2次利用からの印税はありますが、例えば興行収入が何百億円行ったとしても、これは一次利用とされるのでクリエイターたちに還元されることはほとんどない。ついでに言うと僕のようなプロデューサーにもまったく入ってこないです(笑)。今の日本の映画業界って、頭を掻きむしって作品を作っている人たちや、現場で汗をかいてがんばっているスタッフが全然報われてないんですよ。

──紀伊さんが考える、日本の映画業界の問題点が見えてきました。

クリエイターに利益を分配しないのは、「お金(出資)がなければそもそも映画は作れなかったでしょう? だから利益はこちらが持って行きます」という理論にもとづいていて、確かにこれは事実なんです。ただ一方でクリエイターがいなければ映画を作れないというのも真実。どちらの考えが正しい、間違っているということではなくフィロソフィーの話で、「K2P Film Fund I」は後者の考えに依拠したビジネスモデルになります。

「K2P Film Fund I」の目的

──では「K2P Film Fund I」について詳しく教えてください。

「K2P Film Fund I」ビジュアル

「K2P Film Fund I」ビジュアル

製作委員会は民法上の任意組合と言いましたが、ファンドは関東財務局というところに登録してある金融商品です。大きな違いは投資なので税金が掛からないということ。製作委員会の場合、仮に1億円出資するとしたら1億1000万円の請求書が送られてきますが、ファンドに関してはそういうことはありません。あとは「好きな俳優が出るから」といった理由でただお金を出すということが可能で、匿名組合契約なので名前が表に出ることもないです。お金はそうやって集めるので、窓口権を他企業に渡すということもしない。

──窓口はすべてK2 Picturesになるんですね。

そうです。先ほど放送権の話のときに手数料を20%取ると言いましたが、うちは8%しか取りません。これは配給や放送、配信などの窓口業務をすべて自分たちでやるから実現できることで、仮に窓口が5つあったら8%×5のお金が入ってきます。残りのお金をどうするかと言うと、全部ファンドに返して投資してくれた人たちに戻す。投資家たちへのリクープが終わったら、そのあとは投資家に70%、成功報酬としてクリエイターたちに30%を還元します。「映画業界って面白いし、稼げるんだ」と思ってもらえないと産業は死ぬわけじゃないですか。「紀伊さんたちとやるとめっちゃボーナスくれるからまたやりたいよね」と感じてもらわないといけないし、そういう土壌がクリエイティブの底上げにつながると思うんです。

──確かにそうならないと、優秀な人たちがみんなゲームやCMの世界に行ってしまうことも考えられますね。

クリエイターにしっかり利益を分配するとともに、業界に注がれるお金の量を増やさないといけないとも感じています。例えば2023年は670本くらい邦画が公開されましたが、その製作費の総和がいくらなのかというのはすごく大事なこと。投資家たちに映画業界はもうかると思ってもらえたら、1本あたりの製作費が増えて、ギャランティをはじめとする待遇もよくすることができます。

──お話を聞いていて、新しい映画製作へのチャレンジにわくわくすると同時に、「そんなにうまくいくのか?」という気持ちも湧いたのですが。

なんであってもそうですが、100%うまくいく保証はないですよ。でも自信はあるし、僕らが死ぬほど努力をして成功させるしかない。幸運なことに岩井俊二さん、是枝裕和さん、白石和彌さん、西川美和さん、三池崇史さんといった映画監督やアニメーションスタジオのMAPPAさんが賛同してくれたので、そういう期待に誠実に応えていくことでも信頼を得られるのではないかなと。「お金は集まるのか?」と思うかもしれませんが、“組み合わせに対して投資してもらう”ことで解決できると考えています。どういうことかと言うと、例えば実績のある監督の映画にはお金が集まる一方で、新人監督の映画にはお金が集まらないという状況が想定されますが、1作品に対してのみの投資はできないようになっています。A、B、Cという作品がうまくいかなくても、Dという映画が大当たりしたらその分でたくさんお金を戻すことができる仕組みです。簡単に言うとセット売りですね。

──すでに多くの作品の製作が決まっているんですか?

予定では今後8年間で60本くらい作るつもりです。

フランス・カンヌにて、左から紀伊宗之、三池崇史、西川美和、ゆりやんレトリィバァ。三池、西川、ゆりやんは「K2P Film Fund I」で映画を制作することが決まっている。(c)Kazuko Wakayama

フランス・カンヌにて、左から紀伊宗之、三池崇史、西川美和、ゆりやんレトリィバァ。三池、西川、ゆりやんは「K2P Film Fund I」で映画を制作することが決まっている。(c)Kazuko Wakayama

──先ほどK2 Picturesは1つの窓口に対して8%しか手数料を取らないとおっしゃっていましたが、会社としてはそれでもやっていけるものなんでしょうか?

正直、うちがもうかる構造にはなっていません。クリエイターにちゃんと還元することが目的だから、それは仕方がないというか、K2 Picturesがたくさんお金を取ったら辻褄が合わなくなるので。でも慈善事業としてやっているわけではなくて、目先ではなくもっと広い世界のことを考えて取り組むことが、結果的に自分たちの利益になると思っています。何十年と映画業界で働いてきて実感しているのは、自己中心的に考えて目の前のことに飛び付いてもうまくいかないということ。自分たちは我慢する必要があるけど業界にとってはいいことだよねと考えて行動すると、必ずうまくいく。

──短期的ではなく長期的な成長を目指す場合には、そういう考え方が必要ということでしょうか。

私利私欲で動いていると、必ず足をすくわれるんですよ。「ここで結果を出したら俺は部長だな!」みたいな出世欲にまみれている人って、絶対うまくいかないじゃないですか(笑)。なので僕らのファンドをきっかけにクリエイターたちに適正なお金が支払われ、映画業界が盛り上がり、そして僕らもハッピーになれたらうれしいですね。

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urbansea @urbansea

中沢敏明が製作委員会方式の象徴とするなら、ファンド方式の開拓者に紀伊さんがなるのか。 https://t.co/93XEGhxP5g

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