2026/2027シーズンは“声なき人の声”を掬い上げるラインアップに
──2026/2027シーズンには7作品がラインアップされました。全体を通して上村さんが意識されたのはどのような点ですか?
「演劇の役割ってなんだろう?」と考えたときに、あるAという意見で世の中が動いている中でBという意見が出たときに「そんなのは必要ないよ」と弾かれてしまうようなことを演劇ではしたくない、「Bにも可能性があるんじゃないか」「むしろこういうアプローチをしたらAよりもBのほうが面白くなるんじゃないか」という見せ方を提示できればいいなと思っていて。その中で、自分たちが無自覚だったことに自覚的になっていくことがすごく必要なんじゃないかと思っています。そこで選んだのがこの7本。“声なき人の声を掬い上げるような演目にしたい”と考えて、この7本を抽出しました。
──オープニングは上村さんが演出する「巨匠とマルガリータ」です。1929年から1940年にかけてミハイル・ブルガーコフによって執筆された小説「巨匠とマルガリータ」ですが、今回は主人公を小説家から劇作家に翻案したエドワード・ケンプによる戯曲版(2004年初演)にて、11月に上演されます。
シーズンのオープニング作品は方向性を示したいという思いがあって自分で演出したいと考えました。今僕たちがいる地点は、先人たちが培ってきたものの上にあり、先人たちが作ってきた時代の中に自分たちがいるんだということを改めてお客さんに伝えたい。その点で「巨匠とマルガリータ」が良いのではないかと考えました。作者のブルガーコフは、僕が2024年に演出した「白衛軍 The White Guard」と同じ作者で、「白衛軍」をやったときに「巨匠とマルガリータ」も読み直したのですが、思いが強い作家だなと思いました。ただブルガーコフの手では戯曲化されていないので、主人公を小説家から劇作家に書き換えたエドワード・ケンプのバージョンでやろうと考えています。
──12月には「ミノタウロスの皿」が登場します。“食べる側 / 食べられる側”の立場が逆転した世界を描く藤子・F・不二雄の短編SFマンガを原作に、CHAiroiPLINのスズキ拓朗さんが脚色・振付・演出を手掛けます。
「ミノタウロスの皿」はある種寓話的なところがあって、「牛に食べられることが幸せなんだ」という幸せの価値観、捉え方、生命を食することについて、生命を消費することなど、はたまた言葉は通じるのに、価値観が折り合わないといった、今この時代にでも通じる点が多い作品です。この作品を舞台化するにあたり、ダンスや演劇、映像のノウハウがあって総合的に作品を捉えられる人にお願いしたいと考え、スズキ拓朗さんにお願いすることにしました。
──2027年3月には、マリウス・フォン・マイエンブルク作「ナハトラント~ずっと夜の国~」。父の遺品整理のため実家に集まった面々は、その中に「A.Hitler」と署名された水彩画を見つけますが、それがアドルフ・ヒトラーのものではないかと疑い始めたことで、家族の関係は険悪になっていきます。
「ナハトラント」は、烏丸ストロークロックの柳沼(昭徳)さんにお願いしています。柳沼さんご自身はあまり翻訳劇の演出をされませんが、僕は柳沼さんの作品って習慣や生活といったものへの批評性がとても強いなという印象があるんです。「こつこつプロジェクト」での:ディベロップメントを経て上演された「夜の道づれ」でも、三好十郎のかたい世界観の中で登場人物たちを俯瞰で見ているような感覚があった。そこで、柳沼さんの丁寧に台本読み込む目を通したら「ナハトラント」のブラックユーモアが、単純な風刺ではなく説得力を持った風刺として描かれるんじゃないかなと思っています。
──2027年4月にはアメリカの劇作家アヤド・アクタル「見えざる手」を上村さんの演出で上演。パキスタンでテロ組織に誘拐されたアメリカ人銀行家が、自身の身代金1000万ドルを稼ぎ出すために、市場取引を持ちかけるという密室劇です。
「見えざる手」は4人芝居で、イスラム文化やアダム・スミスの国富論など経済論を対象化しつつ、保守化された叡智とこれからどう生きようかと喘ぎ苦しんでいる者同士がぶつかる作品です。誰にこの「経済と信仰」をモチーフにした作品の演出をお任せしようかと考えたときに、図々しくも自分の名前が浮かびました。
──「Ruined 奪われて」はピュリツァー賞戯曲部門を2度受賞したニューヨーク生まれの作家リン・ノッテージの作品です。五戸真理枝さんが演出を手がけ、コンゴ内戦下で暴力を受けた女性たちの生き様を描き出します。
「Ruined」は衝撃的でエネルギッシュで、そしてロマンティックなところもある大変素晴らしい戯曲でして、五戸さんにこういう作品にチャレンジしてもらいたいなと。彼女の面白さは、理知的なところをあえて崩したりするところだと思うんですけど、その一方で声にならない叫びを掬い取ろうとしている印象があります。この「Ruined」という作品を読んで、五戸さんはまず「このドキュメント性にどう肉迫していくのか」と感じたそうなんですが、この作品と五戸さんが出会うことできっと面白い化学反応が起きるんじゃないかと思っています。
──6月に上演される「抱擁」は山田佳奈さんが作・演出を手がける新作です。
「国際的・批評的・現代的」という視点で、日本人劇作家の書き下ろしも1本入れたかった。やりたかったのは安楽死・尊厳死という問題で、命をどう終えるかというのはこの数年議論されているテーマだと思っています。と同時に、日本では少子化が進んでいて、この不安の渦中にある日本でどうやって家族や子供、新しいライフや命を迎えればいいのか。そういった私たちが今直面している問題について、山田さんのセリフでぜひ聞いてみたいと思っています。
未来を見据えたプロジェクトも始動
──そしてシーズン最後の7月には上村さん演出の「エンジェルス・イン・アメリカ」が再演されます。2023年にフルオーディション企画として上演された本作が、今回は、社会の持続性を視野に入れつつ資源の有効活用を目指すプロジェクト「グリーン・リバイバル・ラボ」の第1弾として上演されます。
これまで、大道具に関しては保管代の都合などで、再演が決まっていない限りは一回作って廃棄というのが常識でした。でも各セクションの舞台技術が非常に進歩しているため素材の一過性は、もう古い価値観かもしれない。そして、単純かもしれませんが、素材費は高騰している。そのようななかで、「シアター・グリーン・ブック」(編集注:イギリスにおいて舞台関係者と環境の専門家によって作られた、舞台芸術に関する環境配慮のための実践的なガイドライン。日本でも舞台美術家の大島広子らが中心となり、日本語翻訳版を発行した)の影響もあり、社会がSDGsの指標を掲げている中、社会生活の中の一つとして演劇を定義付けしたいという思いがありました。一方で、2022年に小川絵梨子さんが演出した「レオポルトシュタット」の床面が重厚かつすごく素敵だったので、1回で終わってしまうのはすごく惜しいと思い──もちろん乗り越えるべきハードルはさまざまあったんですけど──後日、自分の演出作品の「白衛軍 The White Guard」でも使用しました。
今回は、「エンジェルス・イン・アメリカ」初演の舞台美術をはじめ、近年別の作品で使った舞台美術を用いての上演となります。ちなみに「グリーン・リバイバル・ラボ」プロジェクトは新国立劇場でスタートしますが、ゆくゆくはほかのプロダクションとも連携していたけたらと思っています。
──プロジェクトではほかに、「集団創作による新作 劇作コンペ・出演者フルオーディション」もスタートすることが発表されました。
これは、劇作者を公募し、出演者はフルオーディションで決定し、集まったカンパニーメンバーでディベロップメントを重ねて一つの新作をつくり上げる企画です。初回は、五戸さんの演出のもと、2028年4月に新作を上演する予定です。
若い作家、演出家、俳優たちが、その人自身の活動範囲ではなかなか出会わないような出会いを、新国立劇場でしてもらいたいなと思っていて。もちろん、慣例通りにはいかないこともあってスムーズにいかない局面もあるとは思いますが、無駄かと思える時間も必ず表現の糧となって、その経験が数年後に生きてくる、という確信を持って、新たな出会いによって可能性の風呂敷を広げたいと思っています。
また日本の演劇史を振り返ると、主宰が作・演出を兼ねる劇団では、劇団員同士の対話から作品が紡ぎ出されることが多いように感じます。劇団を作るわけではないので、同じことが、新国立劇場という場でできるかどうかはわかりませんが、作家や演出家、俳優、スタッフが対話を重ねることで日本演劇の新しい物語やセリフが生み出される可能性はあるのではないかと思いますし、小川芸術監督がやられてきた「こつこつプロジェクト」然り、トライアル&エラーを繰り返すことができるのは国立の劇場の良さだと思うので、ぜひやってみたいと思っています。
出会いが生まれる劇場に
──現在明示されている上村さんの任期は2030年までの4年間。この4年という長さを、上村さんはどんなふうに受け止めていますか? 上村さんご自身は、普段から「何歳までに何をしておこう」というように時間で計画を立てられるのでしょうか。
二十代の頃は「何歳までには留学したい」「30歳までに演劇で食べられるようになりたい」くらいのざっくりとしたイメージはありましたが、今は「何歳までには何をしなくちゃいけない」みたいなことはあんまり考えていないです。ただ、作品作りや物事の捉え方については、ここ十年くらいでひとつ確信を得たものがあり、今はそれを軸に創作しているのですが、やはり、それが凝り固まるのはよろしくない。だから、演劇という枠に留まらず、五十代は人として、もっといろいろなものを受け入れられるような人間になりたいと思っていて。そういった人間性が、演出にも影響するんじゃないかなと。そういう点でも、芸術監督という仕事を今やらせていただけるのはとてもいいタイミングだと思いますし、これまで演劇を続けてきた中で、人との出会いによって育ててもらった実感があるので、さまざまな人たちとの出会いが新国立劇場で生まれたらいいなと思っています。
……だから、任期の4年はあっという間に過ぎてしまうんじゃないかな(笑)。やりたいことはたくさんありますし、それらを実現するには劇場の人たちやアーティストたちともっともっと対話を重ねて、自分がやりたいことをきちんと提示する必要がある。そして僕のコンセプトをお客さんにもしっかりと伝えていきたいです。
プロフィール
上村聡史(カミムラサトシ)
1979年、東京都生まれ。文学座を経て、2018年よりフリーの演出家として活動。2026年9月より新国立劇場演劇芸術監督に就任。2009年、文化庁新進芸術家海外留学制度において1年間イギリス・ドイツに留学。第22回・第29回読売演劇大賞最優秀演出家賞、第17回千田是也賞、第56回紀伊國屋演劇賞を受賞。3月から4月にかけて「るつぼ The Crucible」の上演が控える。近年の主な演出作品に、「みんな鳥になって」「グッバイ、レーニン!」「夜は昼の母」「My Boy Jack」「野鴨 -Vildanden-」「ガラスの動物園」「森 フォレ」「Oslo(オスロ)」など。新国立劇場では、「スリー・キングダムス Three Kingdoms」「白衛軍 The White Guard」「デカローグ」「エンジェルス・イン・アメリカ」「斬られの仙太」「オレステイア」「城塞」「アルトナの幽閉者」を演出。
「巨匠とマルガリータ」
2026年11月
新国立劇場 中劇場
原作:ミハイル・ブルガーコフ
翻案:エドワード・ケンプ
翻訳:小田島創志
演出:上村聡史
出演:成河、花乃まりあ、松島庄汰、菅原永二 / 明星真由美、小松利昌、富山えり子、内田健介、山本圭祐、山森大輔、柴一平、釆澤靖起、近藤隼、猪俣三四郎、篠原初実、笹原翔太 / 大鷹明良、篠井英介
「ミノタウロスの皿」
2026年12月
新国立劇場 小劇場
原作:藤子・F・不二雄
脚色・振付・演出:スズキ拓朗
「ナハトラント~ずっと夜の国~」
2027年3月
新国立劇場 小劇場
作:マリウス・フォン・マイエンブルク
翻訳:長田紫乃
演出:柳沼昭徳
「見えざる手」
2027年4月
新国立劇場 小劇場
作:アヤド・アクタル
翻訳:浦辺千鶴
演出:上村聡史
「Ruined 奪われて」
2027年5月
新国立劇場 小劇場
作:リン・ノッテージ
翻訳:小田島則子
演出:五戸真理枝
「抱擁」
2027年6月
新国立劇場 小劇場
作・演出:山田佳奈
グリーン・リバイバル・ラボ #1「エンジェルス・イン・アメリカ」
2027年7月
新国立劇場 小劇場
作:トニー・クシュナー
翻訳:小田島創志
演出:上村聡史
出演:浅野雅博、岩永達也、長村航希、坂本慶介、水夏希、山西惇 ほか





