“喪失されていく原風景”と、そこに生きる人たちの生き様とは? 上村聡史×村井良大×前田亜季が語る「白衛軍 The White Guard」

「巨匠とマルガリータ」などで知られるロシアの劇作家・小説家、ミハイル・ブルガーコフの自伝的要素を含む初期作品「白衛軍 The White Guard」が、上村聡史演出で12月に上演される。“白衛軍”とは1917年以降のロシア革命において、ソビエト政権樹立を目指した赤軍に対し、反革命派を掲げた軍隊のこと。物語の中心となるトゥルビン家は白衛軍側の一家で、砲兵大佐のアレクセイ、一家を支える姉エレーナ、士官候補生のニコライという三兄弟のもとに、友人の将校たちが集う。しかし戦況は徐々に白衛軍にとって不利なものとなっていき……。

ウクライナの現状と重なって感じられる部分も多い本作。そういった時代性に加え、上村は、本作の魅力を、ブルガーコフらしい“悲劇性と喜劇性のバランス”にあると言う。初日に向けて稽古が進む11月上旬、上村とニコライ役の村井良大、エレーナ役の前田亜季に、本作へ挑む思いを聞いた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

俳優が生き生きしている作品、その理由は?

──上村さんは2010年にイギリスのナショナルシアターで、アンドリュー・アプトンがリライトし、ハワード・デイヴィスが演出した「白衛軍」をご覧になっているそうですね。作品にどんな印象を持たれたのでしょうか?

上村聡史 2009年から1年間、文化庁新進芸術家海外研修制度でイギリスに留学していたときに三百本くらいの舞台を観たのですが、その中の1本が「白衛軍」でした。当時はブルガーコフのことは小説家として知っていたものの、「ブルガーコフは戯曲も書いているんだ」くらいの浅い知識で、かつ「白衛軍」の作品紹介にボリシェヴィキという単語があったので「ロシア革命の芝居なんだな」くらいの印象で観始めました。すると、セットは時代調なんだけれどコメディのような家族劇のシーンから始まり、徐々に戦場の物語に突入していく……という展開で、熱量は高く、でも抜け感もあり、取っ付きづらい題材なのに俳優がすごく生き生きしているなあという印象でした。

どうしてそんなに俳優が良かったのかを知りたくて、日本に帰ってきてから翻訳された戯曲を探したのですが、「白衛軍」という小説は出てくるのに、戯曲は見つからず……ナショナルシアターのプログラムをよく見ると「トゥルビン」というキーワードがたくさん出てくることに気づき、戯曲では「トゥルビン家の日々」という題名になっていることを知って、そこからようやく戯曲を見つけることができたんです。読んでみると、1918年当時のウクライナの情勢が濃く反映されていてメッセージ性も強く、「こんな複雑な状況をサブテクストに落とし込んでいるからこそ、俳優が生き生きしていたんだな」と納得し、現場が楽しみがいのある作品になりそうだなと思って、いつかやりたいと考えるようになりました。ただ誰に話しても「出演者の人数が多すぎる」とか「題材的にこれを日本でやるのは難しいのでは」と言われ続け、なかなか実現に結びつかずにいたんです。

そんな中、2年前の2月にウクライナへのロシアの侵攻が本格的に始まりました。あのとき、ずっとテレビでニュースを見ながら「僕たちは演劇を通じて、“そうじゃない世界”を目指してやってきたつもりなのに、時計の針が逆回しになってしまった」という気持ちになり、いろいろな思いを巡らせました。それで、実は2024年12月には、新国立劇場で別の演目をやる予定だったのですが、芸術監督の小川(絵梨子)さんに「『白衛軍』という作品があるので、演目を差し替えることはできないでしょうか」と相談し、企画書や台本、香盤表などもお渡ししたところ、「ぜひやりましょう」と言っていただき、上演することになりました。

上村聡史

上村聡史

渦中には居ずとも、戦禍を免れ得ないニコライとエレーナ

──2月に行われた「ラインナップ発表」で小川さんは本作を、戦争を描いてはいるけれども、「家族の話」と説明されました。上村さんと小川さん、お二人の間で作品についてどんなやり取りがありましたか?

上村 「白衛軍」はブルガーコフ初期の作品で、戦争を軸としつつも彼の自伝的要素がとても強い作品です。小川さんはこの作品を“家族”というキーワードで捉えていますが、僕は“故郷”“望郷”というイメージ。「帰る場所がない現代人」という印象的なセリフがあるんですが、家って何なのか、故郷って何なのか、自分たちが大切にしている人間関係、コミュニティって何なのか……というところを小川さんは家族と捉えたんだと思います。そういった“喪失されていく / 喪失されてしまった原風景”というところは、本作の大きなテーマになっていると思います。全然シチュエーションは違いますが、広島や長崎、福島、もっと大きく言えば、時代の変化を考えると、僕たちにとっても身近に感じられる問題であり、今回はそこを大事に作品を立ち上げていきたいなと思っています。

──村井さん、前田さんが本作に参加しようと思われた理由や作品の第一印象を教えていただけますでしょうか?

村井良大 一番最初にこの作品に触れたのは、推敲前の割と直訳に近い台本でした。少し難しいお話なのかなと思って読み始めたのですが、家族の話であるのと同時に笑いが多い作品で、クスッと笑えるようなセリフもあるし、登場人物たちの関係性がわかってくると余計に面白さが増すところがある。劇場では、さらに面白く楽しく観られる作品なんじゃないかと思いました。と同時に、戦争の話や、さまざまなキャラクターたちが負った背景や目的が群像劇としてクロスしたり、結びついたりして迎える結末にリアルさも感じました。それぞれの「あれがいい」「これがいい」という思いが絡まって争いが始まる、というリアルな部分と、フィクションの面白さの両方を打ち出したいなと。なので、戦争という題材はあるけれども、登場人物それぞれの面白さも打ち出して、肩の力を抜いて観てもらえたらいいなと思っています。

左から上村聡史、村井良大、前田亜季。

左から上村聡史、村井良大、前田亜季。

前田亜季 私が興味を持ったポイントは、まずは上村さんが演出する作品、ということです。それで台本を読み始めて……本当に難しい部分もあるし、日本人がどこまでロシアやウクライナのことを理解して演じることができるのか不安はありますが、上村さんが導いてくださるから大丈夫だと信じていますし、村井さんがおっしゃったように、劇中にはふとユーモアが入っていたり、“人間たちがここに生きている!”と身近に感じる部分もたくさんあったので、そういう部分から入っていけば、怖がらずに演じられるかもしれないなと思っています。それと、ロシアという国に興味があって、国の体制がどんどん変わる中で、国民はどんな感情を持っているのかな、と気になっていたんです。今回、それを知るきっかけにしたいなと思っています。

──村井さん演じる士官候補生のニコライ、前田さん演じるエレーナは、戦争の渦中にいる登場人物とは少し距離感があって、ウクライナやロシア、そして世界の情勢を別の角度から見ている人たちのように感じます。お二人はご自身の役について今、どのように捉えていらっしゃいますか?

村井 ニコライは面白い役だなと思っています。上村さんから伺ったのですが、ニコライ役にはいろいろなバージョンがあるそうで……。

上村 補足すると、ブルガーコフの原作にはいろいろなバージョンがあって、1924年にまずは小説で発表され、1926年に「白衛軍」というタイトルで戯曲化されるんですが、検閲が入ってタイトルを変えることになり、「白い嵐」や「トゥルビン兄弟」になったりした変遷があり、最終的に「トゥルビン家の日々」に落ち着きます。そのようにタイトルが変遷する過程で作家自身が作品にも手を入れていて、ニコライの描かれ方がちょっとずつ変わっているんです。

村井 そのバージョンの1つに、ニコライがギターを弾き語りするバージョンがあって、そのニコライは少し語り部に近いというか……お客さんと距離が近いキャラクターなのではないか、という印象を持ちました。ただ、今回はそれとはまたちょっと違う、もっと“戦争の犠牲者”という印象のニコライ像になるのではないかなと。

村井良大

村井良大

上村 これは僕の演出と村井さんの演技力の賜物なのですが(笑)、台本上ではニコライって確かに戦争の中心人物ではない人のように読めるのですが、村井さんがおっしゃるように今回、ニコライが戦争の犠牲者と感じられる部分が滲むラストになっているんです。

村井 そうなんです。ニコライは戦争に対して現場の恐怖のようなものをまだあまり知らないので「僕も兵隊になりたい!」というように、若さゆえの真っ直ぐさを示します。そこには砲兵大佐の兄・アレクセイへの憧れもあり、戦争をある意味、キラキラとしたものとして見ている感じもあるのかなと。そんなニコライがその後どうなってしまうのか?ということを感じながら演じるのは面白い部分でもありますし、葛藤もあります。戦争の代償と言いますか、戦争では傷つくことや失うことがたくさんあり、それは決して元に戻らないのだということを痛烈に感じながら丁寧に演じたいです。そして観劇後、お客さんにはいろいろな思いを持って帰っていただきたいと思っています。

前田 エレーナは戦争には行きませんが、家を守り、送り出す側の立場。“みんなが帰る場所を作る”には“温かさと強さ”が必要なのではないかと思い、そのことについて今試行錯誤しています。ただ、エレーナはある意味とても進歩的で、芯のある懐の大きな女性というイメージもあって。そんな彼女も、戦争に出ていくわけではないんですけれどもすごく戦争から影響を受けているし、送り出す側のつらさも感じている。エレーナはどんな気持ちで生きていたのだろうと日々想像しているところです。

──確かにエレーナは、しなやかさがありつつも決して流されるわけではなく、自分自身の思いで行動する女性ですよね。

前田 そうですね。伝えるべきときに意思はちゃんと伝える女性であるというところが、やっていて面白いです。ただ本読みの段階で、小林大介さん演じる夫のタリベルクに強く出すぎたときがあって。そういう日は、家に帰っても「今日はちょっと旦那さんに愛情が足りなかったかな」「こんなには突き放した言い方は良くないな」と反省したり(笑)、エレーナについて日々探っているところです。

前田亜季

前田亜季

上村 エレーナは最後に大きな決断をするんですよね。台本を読む限りだとそれが色恋で決断したように見えるところもあるんだけれど、これもまた前田さんの演技力と僕の演出力によって(笑)、彼女の決断には戦争が、そして時代の変革が大きな関わり方をしていることが見えてくる。エレーナはこの作品の中で人間として変化を遂げるわけですが、つまりそれは、その時代の男たちとエレーナがどう世界と向き合うかということでもあり、その延長線上に実は、ナショナリズムとの対峙があります。

村井 あの決断をするときのエレーナ、すごく好きなんですよ。ぬるっと入ってくる感じで。この作品の中で“唯一の擬音”というか。でもそのぬるっという感覚は、戦争を背景に考えるとすごくよくわかるし、ほかの男たちとの対比からもわかる。すごく好きですね、あのエレーナ。

上村前田 そうですね。