目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「團菊祭五月大歌舞伎」は、九世市川團十郎と五世尾上菊五郎の偉業を顕彰するために毎年5月に行われている公演。今回は、尾上菊五郎劇団に、亡き父・尾上松助と共に出演してきた尾上松也にインタビュー。子役時代から出演してきた「團菊祭」や演目への思い、また歌舞伎俳優としての現在地、そしてこれからを語る。
さまざまなアーティストやクリエイターに歌舞伎座での観劇体験をレポートしてもらう企画「歌舞伎座へ」には、女子プロレスラーのウナギ・サヤカが登場。大阪出身のウナギが、「四月大歌舞伎」より、大坂を舞台にした「夏祭浪花鑑」を観劇した。
取材・文 / 川添史子撮影 / 藤記美帆
「團菊祭」上演の5月は、小さな頃からひときわ思い入れのある月
──歌舞伎ファンにとって「團菊祭五月大歌舞伎」は、初夏の爽やかな空気を吸いながら歌舞伎座へ向かい、江戸っ子の粋を楽しむワクワクするひと月です。九世市川團十郎と五世尾上菊五郎の功績を称えて始まった興行ですから、菊五郎劇団の皆様にも特別な月ですね。
やはり我々にとって「團菊祭」は、小さな頃からひときわ思い入れのある月ですね。「團菊祭」で演し物(主軸)をさせていただける歌舞伎俳優になることは、自分の中での大きな目標の1つでした。ここ数年、その目標でもあったことが叶っていることはとても光栄なことです。
──「團菊祭」で記憶に残る演目は?
子役時代ですと、やはり(鳶と力士の喧嘩を描く)「め組の喧嘩」や(魚屋一家の人情物語)「魚屋宗五郎」といった、憧れの演目に出演させていただいた喜びは記憶に残っています。「いつか自分も」という思いを抱きながらいろいろな演目を眺めていましたし、(尾上)菊五郎のお兄さんをはじめとして、少し上の世代である、(尾上)松緑さんや(尾上)菊之助さんの背中を追いながら毎年懸命に勤めてきました。近年で一番の思い出を挙げるとしましたら、「曽我綉俠御所染 御所五郎蔵」(2019年)。御所五郎蔵を任せていただいたときはとても驚きました。自分に任せてくださった菊五郎のお兄さんに、心から感謝しています。
──松也さん演じる侠客の御所五郎蔵、坂東彦三郎さん演じるライバル星影土右衛門、2人を仲裁する留男、坂東亀蔵さん演じる甲屋与五郎と、美声ぞろいの若い世代で耳にもうれしい舞台でした。
「御所五郎蔵」は、亡くなった父(幅広い役柄を演じ劇団を支えた六世尾上松助)が襲名のときに勤めたお役で、そのときの「團菊祭」が僕の初舞台だったんです(1990年團菊祭)。父が勤めたときは、(師事した)二世尾上松緑さんと同じ衣裳を使わせていただいたと聞いておりますし、師匠への思い入れとこだわりを詰め込んだ舞台だったとか。父はひと場面のみ(五條坂仲之町甲屋)でしたが、僕は先の場面も(五條坂甲屋奥座敷 / 同廓内夜更け)上演させていただきましたので、どこか親孝行ができたような、熱い思いが込み上げる月でしたね。
「おしどり」は、ちょっとユニークな舞踊劇
──では今年の演目について伺って参ります。まず舞踊「鴛鴦襖恋睦(通称おしどり)」は、源氏方の武将、河津三郎と雄鴛鴦の精を演じます。
華やかさと、ある種のユーモアというか……ちょっとユニークなところもある舞踊劇です。平家方の股野五郎と遊女喜瀬川を巡って相撲を取ったり、河津三郎と喜瀬川そっくりな鴛鴦の夫婦が出てきたり、それがある種の復讐劇につながって……と、展開も斬新でダイナミック、歌舞伎だからこそ表現できる世界観だと思いますし。なかなかトリッキーな流れになっておりまして(笑)、美しく大らかな要素にもあふれた舞踊劇です。
──股野五郎を中村萬太郎さん、遊女喜瀬川を尾上右近さんが演じます。
右近さんと舞踊で相手役を勤めさせていただくのは、意外と珍しいことなんです。彼とは昨年、僕が演出もさせていただいた新作歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」でもご一緒し、今年も続けて共演させていただきます。萬太郎さんとは久しぶりにしっかりと組みますので、これもまたうれしいですね。萬太郎さんの股野っぷりを楽しみにしています!
──続く歌舞伎十八番「毛抜」は、お姫さまの原因不明の病気に悩まされる、名家小野家の屋敷を舞台にしたお家騒動。事件を解決する家臣、粂寺弾正の活躍を描く物語で、松也さんは八剣数馬を演じられます。
小野家の家老でありながら御家転覆を企む八剣玄蕃の息子、いわゆる赤っ面の敵役。この家にある対立構造を示すような役割ですので、“勢い”をしっかりと意識して勤めたいです。
──昨年亡くなられた市川左團次さんの一年祭追善狂言で、御子息の市川男女蔵さんによる弾正も楽しみ。お話自体も分かりやすく、歌舞伎の雰囲気にあふれた演目です。
弾正は男女問わず色を好む大胆なキャラクターで、同時に、鋭い洞察力を持つキレ者でもある。“歌舞伎版シティーハンター”みたいな感じですよね(笑)。
──絶妙なたとえですね(笑)。
こんな登場人物を生み出すなんて、つくづく昔の方はすごいなと思います。
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歌舞伎俳優としての“現在地”と“これから”