お正月は映画館で歌舞伎を楽しもう!松本幸四郎・尾上松也が語る、シネマ歌舞伎「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」

松本幸四郎が主演を勤めたシネマ歌舞伎「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼(幸四郎版)」が2026年1月2日、尾上松也が主演を勤めたシネマ歌舞伎「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼(松也版)」が同月23日に全国公開される。

「シネマ歌舞伎 歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」は、2024年に上演された歌舞伎NEXT「朧の森に棲む鬼」の新橋演舞場公演を映像化したもの。中島かずき脚本、いのうえひでのり演出による「朧の森に棲む鬼」は、ウィリアム・シェイクスピアの「リチャード三世」「マクベス」と、「酒呑童子伝説」の世界を融合させた作品で、2007年に幸四郎(当時は七代目市川染五郎)主演でInouekabuki shochiku-mixとして上演された。“歌舞伎の新たなるステージ”を目指す企画「歌舞伎NEXT」の第2弾として立ち上げられた歌舞伎NEXT「朧の森に棲む鬼」は、2024年11・12月に新橋演舞場、2025年2月に博多座で上演され、幸四郎と松也がライ / サダミツ・サダミツ似の男役をWキャストで勤めた。

ステージナタリーでは、シネマ歌舞伎の公開に先駆けて、幸四郎と松也にインタビュー。どのようにして「朧の森に棲む鬼」を立ち上げていったのか、シネマ歌舞伎版ならではの見どころについて2人に話を聞いた。また12月5日からは、「歌舞伎NEXT」の第1弾として2015年に上演された幸四郎主演「阿弖流為〈アテルイ〉」のシネマ歌舞伎版が全国で再上映される。「朧の森に棲む鬼」と併せて「阿弖流為〈アテルイ〉」もぜひチェックしてほしい。

取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享

この世にまだないものを誕生させる試み、「阿弖流為〈アテルイ〉」

──この冬のシネマ歌舞伎は、12月5日から「阿弖流為〈アテルイ〉」、年明け1月2日から「朧の森に棲む鬼(以下、「朧」)」幸四郎版&松也版の上映と、「歌舞伎NEXT」をたっぷり堪能できる2カ月。「阿弖流為〈アテルイ〉」初演が2015年ですから、シリーズ誕生から10年が経ちました。

松本幸四郎 もう10年ですか? あっという間で驚きますね。「阿弖流為〈アテルイ〉」は朝廷に抵抗する蝦夷えみしのリーダー阿弖流為(幸四郎、当時は市川染五郎)と、蝦夷討伐を任命された坂上田村麻呂(中村勘九郎)の関係性を軸にした作品。阿弖流為は歴史書では“鬼”のように扱われる人物ですが、この作品は彼を人間として描いています。「何が本当の正義なのか?」という問いを内包した作品を、ぜひこの機会にご覧いただけたらうれしいです。

松本幸四郎

松本幸四郎

──「歌舞伎NEXT」シリーズを連続して観ることでの発見もありそうです。

幸四郎 「歌舞伎NEXT」は、「劇団☆新感線のいのうえひでのりさんと歌舞伎を混ぜ合わせると、一体どうなるのか?」という好奇心でスタートしたシリーズです。なにせ初めての試みですから、この世にまだないものを誕生させる試みがいろいろと詰まっているんですね。新感線には「いのうえ歌舞伎」シリーズもありますから、「阿弖流為」ではいのうえさんの中で「これまでと違うアプローチ」について思案する点も多かったとか。でも「朧」では、(十八世中村)勘三郎のお兄さんの「歌舞伎役者がやれば歌舞伎だよ」という言葉を思い出して、「前回ほどいろいろなことを意識せずとも演出できた」とおっしゃっていました。回を重ねることで、表現として深まってきている感覚がありますね。

「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」ビジュアル(提供:松竹株式会社)

「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」ビジュアル(提供:松竹株式会社)

──なるほど、そう伺うと早くも第3弾、第4弾にも期待が膨らみます……! 幸四郎さんご自身はどんなことを意識されているのでしょう。

幸四郎 歌舞伎の表現方法を学んできた自分としては、それが身体に入っていることを信じて、さらに何かを生み出すことがテーマのシリーズです。外から何か異質なものを持ってくるのではなく、いのうえさんが持ち込んでくださるものと、自分の中にあるものを混ぜ合わせると何ができるか。それが「歌舞伎NEXT」の大きな命題だと思っています。

「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」より、松本幸四郎(当時は市川染五郎)演じる阿弖流為。©︎Sakiko Nomura(提供:松竹株式会社)

「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」より、松本幸四郎(当時は市川染五郎)演じる阿弖流為。©︎Sakiko Nomura(提供:松竹株式会社)

「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」より、左から松本幸四郎(当時は市川染五郎)演じる阿弖流為、中村勘九郎演じる坂上田村麻呂。©︎Sakiko Nomura(提供:松竹株式会社)

「歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉」より、左から松本幸四郎(当時は市川染五郎)演じる阿弖流為、中村勘九郎演じる坂上田村麻呂。©︎Sakiko Nomura(提供:松竹株式会社)

大変だからこそやり甲斐と喜びがある、「朧の森に棲む鬼」

──野心に満ち、狡猾な詭弁で人々を騙して底辺から王座を狙う男ライを描く「朧」は、お二人のWキャストで上演されました。「歌舞伎NEXT」初参加の松也さん、いかがでしたか?

尾上松也 Inouekabuki shochiku-mixで上演したことがある作品ですので、いのうえさんも幸四郎さんも、「どこか再演のような感覚がおありかな?」と思っていたのですが、稽古初日からお二人とも「さあ、まったく新しいものを作るよ!」という空気感でなさっていて……なんと言うか、初参加の自分にとってはそれがありがたくとてもワクワクさせていただいた記憶があります。

尾上松也

尾上松也

幸四郎 それは僕も同じで、やっぱり集結するのが歌舞伎役者という時点で、自ずと新感線とはまったく違うものが生まれていく感覚があったんですよね。ただ個人的な悩みとしては、初演の自分自身がハードルになっていた部分もあって。やはり前回から成長 / 変化していたいじゃないですか。

──お世辞抜きに、あの時同様のカッコよさに“大きさ”が上乗せされていて、本当に驚きました。かつて演じた役に再び挑むお気持ち、いかがでしたか?

幸四郎 いのうえさんのお芝居に出るといつも感じることなんですが……やるもんじゃなくて、観るのが一番楽しいなって思いましたね。

一同 (笑)。

──どういうことですか!(笑)

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」ビジュアル(提供:松竹株式会社)

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」ビジュアル(提供:松竹株式会社)

松也 いやあ、わかります(笑)。体力的にホント大変なんですよ、いのうえさんの演出は。だからこそのやり甲斐と喜びがあるんですけどね。「これを2カ月やり遂げたら、さぞかし痩せるだろうな」と思うのですが、キツすぎて想像以上に食べてしまうので、全然痩せないんです。

幸四郎 そうそう、体力を保つために普段より食べるしね。

──確かにお二人は出ずっぱりでしたし、着替えも多く、立廻りが激しくて、さぞや大変だったと思います。

幸四郎 ただ今回、アクションの川原(正嗣)さんが“ちゃんとやれば絶対安全だけど危険に見える”素晴らしい立廻りを考えてくださったんです。ほら、毎日アザを一つ作っていたら、公演が終わる頃には身体中50個ぐらいのアザができちゃうじゃないですか。

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、尾上松也主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、尾上松也主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

松也 あくまで「ちゃんとやれば」なんですよね。結局最終的には、アザだらけ(笑)。川原さんの動きを正確にできなかった自分が悪いのですが。

幸四郎 あははは、結局アザはできるんだよね(笑)。大滝の立廻りの動きを確認するために、実際の美術を舞台まで見に行ったときのことは僕の中で印象的なんです。「ここでトンボできるかな」とみんなで話し合っていたら、松也くんのお弟子さんの(尾上)まつ虫くんが、「返れますよ!」と言って、パッとその場でトンボを返って見せてくれたんです。「じゃあやろう!」となって、本水での立廻りがすごいものになりました。ベテランから若手まで、出演者の皆さんが積極的に入り込んでくれて、寄ってたかって「すごいものにしたい」という熱を持ってくれた。この座組のおかげで実現した場面がいっぱいあるんですよ。