あのセリフ、あのシーンが次々と“歌舞伎化”される面白さを楽しんで!新ナウシカ・中村米吉が語る映像版「風の谷のナウシカ」 (2/2)

先輩方の“圧倒的な歌舞伎力”を見よ!

──初演時に米吉さんが演じられた、ケチャというお役についても伺えますか。

四角いフライパンからポンと生まれたタマゴ焼きで、焦げ目もついているんですよ。

──ええと、確かに黄色に焦茶の柄が入った愛らしいお衣裳でしたけれど……伺いたいのはケチャの役作りで……。

オムレツにかけても美味しいですよね。

──それはケチャップ……(笑)。土鬼(ドルク)マニ族を率いる僧正の側近くに仕える女の子ですよね!

(急に真面目な表情になって)今の世界と重ねて端的に申し上げますと、「風の谷のナウシカ」という話は、土鬼というウクライナと、トルメキアというロシアが戦争している……というようなお話だと僕は感じています。ケチャはどんどん難民が生まれている土鬼の人。劇中、彼女は「ナウシカのようにはなれない」と言うんです。ナウシカもクシャナも、流浪の民である彼女の視点から見るとマーベルのスーパーヒーローのよう。そう考えていくと、戦争における民衆の無力さを代弁するような、庶民の象徴のような役なのだと思います。

「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ 後編』」より、左から中村米吉扮するケチャ、尾上松也扮するユパ、中村七之助扮するクシャナ。©松竹

「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ 後編』」より、左から中村米吉扮するケチャ、尾上松也扮するユパ、中村七之助扮するクシャナ。©松竹

──なるほど、今見直すことで、現在進行形の世界と呼応する部分がありそうです。ご共演の皆さんとの思い出も伺えますでしょうか。

特に印象的だったのは、古典を演じるのと同様、ブレない先輩方の圧倒的な歌舞伎力です。若手が「ああしよう」「こうしよう」とこねくり回してやるのとはまったく違うんです。うちの父(中村歌六)や(中村)錦之助のおじはスーパー歌舞伎の経験もありますから、夜遅くまでの稽古で僕たちがヘトヘトになっているのを横目に、「こういう空気、懐かしいねえ」と平然とやっていましたし。サラッとやってのける先輩方の対応力、適応力、新作もしっかり歌舞伎として見せてしまう筋力を、肌で感じる稽古場でした。(クシャナを演じた)七之助のお兄さんなんて、小倉の平成中村座公演がおありになったので、稽古は後半から合流されたんです。それなのに、あのキレイでシャープで、それでいてどこか温かみのあるクシャナを完璧に仕上げていらして……数々の新作で鍛え上げられた力を目の当たりにし、驚愕しました。

──そして菊之助さんのナウシカは、気高くて美しかったですね。

7月に同じお役をさせていただき、つくづく感じたのは、お兄さんがいかに歌舞伎のナウシカを考え抜いて論理的に構築されたか、そのすごさ。歌舞伎の役というのは、極論で言えば幾つになっても演じられるものだと思うんです。そこに持っていくのが芸の力であり、歌舞伎の力なのだと痛感しました。

「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ 後編』」より、左から中村七之助扮するクシャナ、中村歌六扮するヴ王。©松竹

「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ 後編』」より、左から中村七之助扮するクシャナ、中村歌六扮するヴ王。©松竹

「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ 前編』」より、尾上菊之助扮するナウシカ(左)。©松竹

「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ 前編』」より、尾上菊之助扮するナウシカ(左)。©松竹

ナウシカを演じる役者に課されるもの

──今年上演された「七月大歌舞伎」第3部「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」での米吉さんのナウシカは、とにかく絵で見て来たあのヒロインそのもの。出て来た瞬間からメーヴェで飛び去る最後までパンチ力ある可愛さでした。

お兄さんのご提案で、写実というか、原作に近い拵えでやらせていただきました。あくまで僕は今の年齢に合った等身大のナウシカで、自分の直感で感じるままに素直にやるしかありませんでした。お客さまにお褒めの言葉をいただいたとしても、それは運よく年齢と役が合って、初々しさが出たというだけでしかなくて。お兄さんがナウシカを作られたのとは、まったく深さも意味も違うんです。

「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」より、中村米吉扮するナウシカ。©松竹

「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」より、中村米吉扮するナウシカ。©松竹

──ナウシカを演じると決まったときは、どんなことを思いましたか?

まさかこういう形で再演されるとは思いませんでしたし、自分がナウシカを演らせていただけるなんて、びっくりしました。ただ残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響により7月22日付けで全公演の中止が発表され(参照:歌舞伎座「七月大歌舞伎」7月23日以降の全公演中止)、途中で終わってしまった消化不良感は否めません。日々、菊之助のお兄さんが細やかにアドバイスくださり、少しでも向上させたいと舞台に立つ毎日でしたから、千穐楽を迎えられなかったことは残念というか、自分の中で決着がついていないというか……。中止になった日にもし公演があったならば、一体お兄さんはなんておっしゃったかな、千穐楽前日にはどんなことをおっしゃったかなと、そんなことを考えても仕方がないのですが。とにかく悔しく、残念な思いでいっぱいでした。

──短い日程にはなってしまいましたが、貴重な経験を積んで成長していく米吉さんのナウシカ、印象に残るお役でした。

歌舞伎座でタイトルロールですからね! 先輩方はこんな大変なことをよく毎日なさっているな、とんでもないなと思いましたね。これは菊之助のお兄さんもおっしゃっていたのですが、ナウシカは歌舞伎の女方の型だけでは成立できない役なんです。「うちに秘めるのではなく、外に伸ばしていく感覚が大事なのではないか」と教えていただき、そこを肝に銘じて演じていました。最後の宙乗りも、あそこへ至るプロセスも大事ですし、メーヴェと一緒に吊られる形なので、操縦してくれた人たちとの息を合わせるまで大変でしたね。

「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」より、中村米吉扮するナウシカ。©松竹

「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」より、中村米吉扮するナウシカ。©松竹

──「下の巻」への期待も高まります。

先のことはまだ僕にはわかりませんので、まずは皆様、「月イチ歌舞伎」でお楽しみください!(笑) 僕も再度お兄さんのナウシカを観直したら、自分に足りないところがもっともっと見えてくると思いますし。(トルメキアの)ヴ王がナウシカのことを指して、「お前は破壊と慈悲の混沌だ」と言いますけれど、後半のナウシカは、純粋無垢な少年っぽさに、強烈な母性と破壊性のようなものも入り混じり、より複雑になっていくんです。「上の巻」はまだ、自分の気持ちをセリフに乗せてダイレクトに言うことができましたが、「下の巻」のナウシカは、もっともっと複雑でしょう。ある意味、矛盾を抱えているというか……。でもこういった人智を超越した力を理屈抜きで表現するという意味では、歌舞伎という芸能には強みがあるとも思います。ナウシカを演じる役者には、こうした矛盾を魅力的に見せるハードルが課されているのだと思います。

スタッフから「もしよろしければ」とテトのブローチを渡され、快くジャケットに着けて撮影に臨んだ中村米吉。

スタッフから「もしよろしければ」とテトのブローチを渡され、快くジャケットに着けて撮影に臨んだ中村米吉。

ナウシカのように、ブローチのテトを優しく撫でる中村米吉。

ナウシカのように、ブローチのテトを優しく撫でる中村米吉。

プロフィール

中村米吉(ナカムラヨネキチ)

1993年、東京都生まれ。播磨屋。中村歌六の長男。2000年に中村米吉の名を襲名して初舞台。2011年から女方を志し、「鬼一法眼三略巻 菊畑」で皆鶴姫、「与話情浮名横櫛」でお富、「松浦の太鼓」でお縫、「仮名手本忠臣蔵 七段目」で遊女お軽、「絵本太功記」で初菊などを勤める。またアメリカ・ラスベガスで行われた歌舞伎興行では、2015年に「鯉つかみ」小桜姫役、2016年に新作歌舞伎「獅子王」白縫姫役で出演。2015年には「鳴神」の雲の絶間姫役の演技で十三夜会奨励賞、2021年には第42回松尾芸能賞で新人賞を受賞した。12月と来年1月に自身がタイトルロールを務める「オンディーヌ」、3月と4月にヒロイン・ユウナ役を勤める「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX」が控える。