2019年12月、東京・新橋演舞場で華々しく開幕した新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」。宮崎駿の同名マンガ全7巻の内容を、壮大なスケールをそのままに、昼の部・夜の部の通し上演で繰り広げた。本水の立廻りや宙乗りといった、歌舞伎ならではの技法で表現される「ナウシカ」の世界、そして尾上菊之助演じるナウシカや、中村七之助演じるクシャナをはじめとする登場人物の再現度の高さで、原作ファン、歌舞伎ファンを魅了した。
そんな新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」初演版が、全国の映画館で毎月シネマ歌舞伎を上映する企画「月イチ歌舞伎」に登場。11月1日の愛知・ジブリパーク開園にちなんで10月に前編、11月に後編が上映される。上映に先立ち、その魅力を語ったのは、7月に東京・歌舞伎座で上演された「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」でナウシカ役に抜擢され(参照:「風の谷のナウシカ」クシャナ役・尾上菊之助「中村米吉のナウシカはとてもかわいい」)、凛とした雰囲気と愛らしさが話題になった中村米吉だ。初演版にはケチャ役で出演した米吉は、役作りの細かさや芝居への情熱を菊之助に買われ、2022年版ではタイトルロールに輝いた。「僕でいいのかしら?」と謙虚な様子で取材現場に現れた米吉は、時に真面目に、時に真顔で冗談を飛ばし周囲の笑いを誘いながら、上映を控える「新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』」の裏側や、前編・後編それぞれの見逃せないポイントを明かした。
取材・文 / 川添史子撮影 / 須田卓馬
昼の部の3時間だけでも18場面!
──新橋演舞場で上演された新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」(2019年)が、この10月(前編)、11月(後編)と「月イチ歌舞伎」に登場します。米吉さんは今年7月、この前編をもとに新たに構成して再演された「七月大歌舞伎」第3部「風の谷のナウシカ 上の巻 ―白き魔女の戦記―」でナウシカ役を演じられましたね。
演じるにあたっては、(初演でナウシカを演じた尾上)菊之助のお兄さんの演技を(今回上映される)映像で勉強いたしました。映像を止めては台本に書き込み、所作や目線の向き、セリフ回しなど細部まで確認したのですが……これは、皆さんが映画館でご覧になるのとは、まったく違う感覚かもしれません(笑)。でも、思いもよらぬカメラアングルに「こういうシーンだったのか」と新たな発見があったり、改めて映像ならではの演出と魅力が詰まった作品だなと感じました。
──宮崎駿原作全7巻で描かれた複雑&壮大な物語を、昼夜通しての完全上演。スタッフ&キャスト一丸となって、圧倒的な熱量で描ききった舞台の映像化です。
世界観の説明でまた別の本が必要なぐらい奥深い原作を、通しで上演するのが眼目の1つでしたから、場数が膨大なんです。序幕だけで11場、2幕目が3場、3幕目が4場と、昼の部の約3時間だけでも18場面! 個性的なキャラクターも次々と登場しますから、ただのダイジェストでは収まらない、場面場面の濃さも楽しんでいただけるかと。映像で観ると、スピード感も如実に感じられる気がします。
最初の1時間で“映画の部分”は全部終了
──前編の見どころについて伺えますか。
アニメ冒頭でも登場するタペストリー柄の幕が開いていくと、巨大な王蟲や飛び交う蟲たちの幻想的な腐海の景色が広がっていきます。キツネリスのテトとナウシカのやり取り、風の谷や空を飛ぶガンシップ、金色の野など、前編はアニメの名場面が散りばめられているので、あのセリフ、あのシーンが次々と“歌舞伎化”される面白さを楽しんでいただけるかと思います。でもその“映画でよく知る場面”は約1時間、前編部分の半分に過ぎないんですね。アニメを観たことがある方は途中で、「あれ、これで終わりだったよね。ここからは『魔女の宅急便』と『千と千尋の神隠し』が始まるのかしら?」みたいなお気持ちになるかもしれません(笑)。
──3週連続スタジオジブリ、テレビ放送へ……にはなりません!(笑)
夏休みの曜日限定ロードショーみたいになっちゃった!(笑) 見どころのお話でしたよね。第2場、剣士ユパ(尾上松也)と王子アスベル(尾上右近)による本水の立廻りは、僕もお稽古からずっと見ていたのですが、お客さまに水を撒き散らしながら2人で豪快に六方を踏んで引っ込んでいくという、派手で斬新な場面。映像ならではのクローズアップ、カット割りで、生で見る臨場感と迫力を損なうことなくご覧いただけると思います。
──続く後編は、さらに物語の奥深くに分け入っていきます。
ナウシカが王蟲と共に腐海の森になろうとする場面を所作事(長唄舞踊)でお見せしたり、巨神兵と墓の主の争いを毛振りで表現するなど、実は後編は、前編よりも歌舞伎味がより強くなっているんです。その中でも個人的な大きな見どころとしては、謎を秘めたシュワの墓所の場面で、昨年亡くなられた(中村)吉右衛門のおじさまによる「墓の主」の声が流れる場面。聞くところによると、「とりあえずやってみるよ」とおっしゃりながらなさった最初のテイクが「欲しいのはまさにそれです!」となった、いわゆる一発録りだったそうですよ。初めて稽古場で聞いたとき、あまりの深みと素晴らしさに全員が震えました。声だけでも十分に、おじさまの大きさを感じていただけると思います。
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先輩方の“圧倒的な歌舞伎力”を見よ!