スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」38年前の初演を知る男・石川耕士が伝えたい“市川猿翁の声”

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」が、2月4日に新橋演舞場で開幕。作中では、日本神話のヤマトタケル伝説を元に、主人公・ヤマトタケルの波瀾に満ちた半生が描かれる。主人公・小碓命(おうすのみこと)は、誤って双子の兄・大碓命(おおうすのみこと)を手にかけたことで、父である帝の怒りを買い、熊襲の征伐を命じられる。熊襲の首領・タケル兄弟を討ち果たした小碓命は、その勇気を称えた熊襲タケルより、ヤマトタケルの名を与えられ……。

市川猿翁により、1986年に初演されてから38年、今回は中村隼人と市川團子がW主演、中村米吉がヒロインを勤め、フレッシュな風を感じる顔合わせで上演される。ステージナタリーでは、初演から「ヤマトタケル」に携わり、今回は監修を担う石川耕士にインタビュー。「(現場では)主に昔話担当ですね(笑)」と話す石川は、初演時代の記憶や、共に作品を作り続けてきた猿翁との思い出を明かすほか、隼人・團子・米吉への期待に触れた。

取材・文 / 川添史子

「ヤマトタケル」に参加したのは、“まったくの偶然”

──市川猿翁さんの現場をよくご存知の石川耕士さんは、スーパー歌舞伎第1弾「ヤマトタケル」に演出部で参加し、以来猿之助歌舞伎全般の脚本・演出を手がけていらっしゃいます。最初はどういった経緯でご参加されたのでしょう?

スーパー歌舞伎の舞台美術を手がけた朝倉摂さんからご紹介いただいたのが最初です。僕は文学座にいましたから、この作品がなかったら、おそらく歌舞伎のお仕事に携わることは一生なかったと思うんですよ。当時演出部には狂言作者さんも含め7人ほどいました。そういった経緯もあり「ヤマトタケル」は人一倍思い入れがある作品ですが、申し上げたように参加したのはまったくの偶然。人からは「猿翁さんと巡り合ったのは天の配剤じゃないの」なんて言われますが、なんとも不思議なご縁です。

──今回の上演で石川さんは“監修”を務めておられます。随所で1986年の初演を意識しているそうですね。

もちろん全部が全部初演通りではありませんが、皆さんには38年前の記録映像を確認いただきました。猿翁さんは再演するたびに時代に合わせて脚本を洗い、僕らも上演するたびに磨き上げ、バージョンアップしてきたつもりなので、「なぜまた最初に戻るの?」と言われそうですが(笑)。

──なるほど。ではあえて選んだ“初演の良さ”は、どんな部分にあるのでしょう?

荒削りのエネルギーでしょうね。洗練されすぎていない、ゴツゴツとした骨太な表現と言えばいいのかな。そのほうが梅原猛先生の原作により近づくと考えました。当初はセリフもなるべく初演のものでと考えたのですが、(中村)隼人さんも(市川)團子さんもまだお若い。古典をさんざんなさった四十過ぎの猿翁さんがなさったら自然と歌舞伎味が出たけれど、彼らがあまりにも現代語すぎる初演のセリフを使うと、歌舞伎からかけ離れたものになってしまう。例えば「お前」を「そなた」に変えたりと臨機応変に再演以降の言葉も混ぜつつ、より歌舞伎らしくなるよう微調整しています。初演の台本を見ると、本当に全編、現代語なので。

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より。©松竹

中村隼人・市川團子・中村米吉に期待すること

──小碓命(おうすのみこと)後にヤマトタケル、そして大碓命(おおうすのみこと)の2役を、交互で演じる隼人さんと團子さん、それぞれの良さをどうご覧になっていますか。

隼人さんは経験も積んでいらっしゃるし、澤㵼屋のテイストとはまた違う、ご自分の良さを出していただきたいですよね。小碓命は、強い戦闘心はあるけれども政治的な思惑がわからない、迷いや戸惑いがあっても戦うときだけはそれを忘れて一心に戦うタイプで、歴史上の源義経のような存在。そういう戦士としての感じを出すために隼人さんには「あなたの甘い魅力はできるだけ抑えて」と伝えています。團子さんは技術的なことよりも、まずは彼のお祖父様(猿翁)に対する尊敬を武器に、思い切りぶつかってもらいたいですね。ただ演技指導に関しては「お二人の個性に合った演技をしてください」と伝えていて、あとは演出補の(市川)猿弥さんや(市川)青虎さんにお任せしているんです。私はもっぱら「猿翁さんはここがこんなに素晴らしかったよ」と伝えるだけ。主に昔話担当ですね(笑)。

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より、市川團子。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より、市川團子。©松竹

──兄橘姫(えたちばなひめ)と弟橘姫(おとたちばなひめ)を演じる米吉さんはいかがですか。

芝居がお好きで、いっぱい工夫なさる方ですね。気丈な女性である兄橘姫と、内気で可愛らしい弟橘姫の2役を兼ねるのも初演キャストの中村福助さん(当時五代目中村児太郎)以来。こうしたオリジナルの趣向が見られるのも、今回の大きな見どころです。この2人の女性は性格が全く違うけれど、どこか同じものを持っている、1人の役者で演じる意味があるんです。

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より、左から中村米吉、市川團子。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より、左から中村米吉、市川團子。©松竹

──猿翁さんの演出は、ケレンがきちんと物語や役の心情と結びついています。

常々「早替りもケレンだけでやっちゃダメ。意味のある早替わりでないといけない」とおっしゃっていました。兄の大碓命と弟の小碓命が表裏一体というのも、劇構造として意味があることですしね。この早替りも、梅原先生の構想段階からありましたし。

“市川猿翁の声”を感じて

──確かに兄と弟が表裏一体の存在であると考えれば、人間の多面性を表しているとも捉えられます。

ただ驚かせるための早替りではない、ある深みが出ますよね。この作品はわかりやすい敵役がいないんですよ。小碓命と敵対する熊襲の兄弟も、ヤイラムとヤイレポも、「自分たちが正しい」と主張します。つまり、侵略者はむしろ大和国である……最初のうちは小碓命も「お前たちのほうがよっぽど悪い」と言われてグサッと傷つくけれど、戦いを重ねるうちにだんだんと大人になって「我らはこの国を司る資格を持っている」という思いに至るわけです。これが劇中でいう“傲慢の病”につながるわけですね。

──第三幕に描かれる、そのくだりは印象的ですね。

熊襲や蝦夷は古い因習に固執して生きかたを変えなかった。どんなに尊くてもそれはダメで、自分たちには新しいものを求めてやまぬ心がある。絶えず外に向けて新しいものを取り入れなくてはいけない……というセリフ。これをワイドに捉えれば人類の歴史そのものだし、狭く捉えれば完全に歌舞伎界における猿翁さんの声ですよね。

──なるほど、「ヤマトタケル」は随所に猿翁さんの声が響いています。記者会見(参照:「ヤマトタケル」に中村隼人・市川團子・中村米吉が気合い!團子が憧れていたシーンは)で團子さんが、白鳥の姿になって飛び去る前の有名なセリフ「天翔る心。それがこの、私だ」の前に言う「私は普通の人々が追わぬものを、必死に追いかけたような気がする。それは何か……よう分からぬ……」の「それは何か……よう分からぬ」の部分がお好きだとおっしゃっていて、ああ若い方の瑞々しい感性はステキだなと感じました。

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より、中村隼人。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より、中村隼人。©松竹

あそこも、猿翁さんの普段のしゃべりかたそのままで言ってほしい。内向的な部分が微塵もなく、「わからないけれど、そんなことはどうでもいい!」って感じ(笑)。湿っぽいところが何にもない、常にオプティミストな方でいらしたから。あそこで「さようなら兄姫、さようならワカタケル……」と1人ひとりに別れを告げますよね。今回は初演にあった「さようなら……熊襲タケルよ、ヤイレポ、ヤイラム、そっちでまた会おう。また戦おう」というセリフを復活しています。好敵手たちにも「また会おう」と爽やかに明るく言う。それもどこか哀しいじゃないですか。

──わかりやすい勧善懲悪の物語ではない、そこには人間存在を深く見つめた梅原哲学を感じます。

そうですよね。今、世界では「どちらが正義」と言い切れない争いが起きているわけですし「戦争はもう嫌だ」という声を、ちょっとまぶしたい気持ちもあります。でもお芝居ですから、そこを“お生”にやりたいわけではなく、あくまでエンタテインメントとして伝えたい。今なんとなく時代の空気が閉塞的でしょう。せっかくこうして若い皆さんが主軸を担いますし、明るいエネルギーが出るといいなと思っています。猿翁さんご自身は、メッセージを伝えたいのではなく、とにかく娯楽としてお客様に満足していただくことを目指し、一心に演じる方でした。今回初めて「ヤマトタケル」に触れたお客様には、まず「楽しい」と思っていただきたい。それが我々の一番の喜びです。

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より。©松竹

スーパー歌舞伎「三代猿之助四十八撰の内『ヤマトタケル』」より。©松竹

プロフィール

石川耕士(イシカワコウジ)

脚本家。早稲田大学卒業。文学座附属演劇研究所に入所後、文学座に所属。1986年に初演されたスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」より、スーパー歌舞伎の演出部として参加。2003年に第24回松尾芸能賞演劇優秀賞、2004年に芸術選奨文部科学大臣新人賞、2015年に日本演劇興行協会助成賞を受賞。