毎年恒例の「新春浅草歌舞伎」が、2024年は1月2日に幕を開ける。1980年のスタート以来、“若手歌舞伎俳優の挑戦の場”としてさまざまなチャレンジを続けてきた「新春浅草歌舞伎」だが、2024年のトピックはなんといっても尾上松也、中村歌昇、坂東巳之助、坂東新悟、中村種之助、中村米吉、中村隼人と三十代の面々の出演が今回で一区切りになること。「チームワークにかんしては胸を張れる」と、現在の浅草メンバーに厚い信頼を寄せる巳之助は、自身にとっては“最後の”、観客にとってはもしかしたら“初めての”「新春浅草歌舞伎」に向けて、丁寧に言葉を紡ぎながら思いを語ってくれた。また特集の後半では、ほかの出演者たちが2024年の「新春浅草歌舞伎」への思いをそれぞれの言葉で寄せている。
[坂東巳之助]取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享
9人中7人が今回の公演で一区切り!
──コロナ禍で2年間できなかった「新春浅草歌舞伎」が2023年から再開し、2024年の開催も決まりました。まずは2023年、3年ぶりの浅草はいかがでしたか?
やっと再開できるうれしさが大きかったです。でも今年の頭はまだ感染症対策が取られていた時期だったので、僕は第1部の「男女道成寺」のみの出演だったんですよね。
──確かに「5類」移行前のガイドラインに沿って、出演者は第1部と第2部分かれてのご出演でした。
お正月にも関わらず浅草の街に本格的な賑わいが戻っていませんでした。でも、8月に尾上右近さんの自主公演「研の會」(参照:自主公演「研の會」閉幕に尾上右近「一生を楽しく捧げたいと思います」)で浅草公会堂に出させていただいたときには、かつての人出が見られてホッとしました。
──そう思うと、今回が久々に迎える晴れやかなお正月、やっとメンバー全員がガッツリ共演できるフルスペックの「新春浅草歌舞伎」ですね。先日行われた取材会では、尾上松也さんから中村隼人さんまでが今回の公演で一区切りと発表されました。皆さんにとって最後の浅草、どう演目を決められたのでしょう。
2024年の開催が決まった段階で、松竹さんから「今回で一区切り」と聞き、それを踏まえたうえで演目を相談しました。まず第1部の幕開きが中村米吉さんの「本朝廿四孝 十種香」、次に中村隼人さんの「与話情浮名横櫛 源氏店」、そして「神楽諷雲井曲毬 どんつく」。第2部が中村歌昇さんと坂東新悟さんの「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」、続いて中村種之助さんの「流星」、最後が尾上松也さんの「新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎」となりました。
──“一区切り”となる皆様が芯となり、それぞれのフィナーレを飾るのですね……。江戸の風情を賑やかに描く舞踊「どんつく」の荷持どんつくは、2017年3月の歌舞伎座、踊りの名手だったお父様(十世坂東三津五郎)の三回忌追善でご経験済みです。
せっかくなので「全員が一緒に出られるものを」と考え、この演目を選びました。父の姿も目に焼き付いていますし、歌舞伎座のときは音羽屋さん(尾上菊五郎)が「追善で『どんつく』を」とおっしゃってくださって、しかも大先輩の皆様が居並ぶ中に僕のような若手が真ん中で出させていただき、本当にありがたい経験でした。
──若々しい軽快なテンポが素晴らしく、お父様のお姿も思い出す記憶に残る舞台でしたから、浅草で再見できるのが楽しみです。〽どんつく、どんつく、どんつく、どんつく、どどんがどん……というリズミカルな節回しにも心躍りますし、太神楽の親方、太鼓打、白酒売、芸者や田舎侍などさまざまな人物が登場し、観ているとハッピーな気分になる舞踊ですよね。
舞台上の賑わいを擬似体験するように「江戸時代は、こうやってエンタメを楽しんでいたんだな」と感じていただければうれしいですね。過去には浅草奥山の大道具でやったこともあったので今回はいつもの亀戸天神の境内ではなく、浅草の風景を背景に踊らせていただこうと考えています。終演後に公会堂を一歩出ればお正月で賑わう浅草寺ですから「さっき見た光景は、こうした場所で繰り広げられたのかも」と、タイムスリップするような気分も味わっていただけるかと。歌舞伎俳優が本格的な太神楽を見せる演目もそうないですし。
──曲芸を披露する親方役の役者さんは太神楽の師匠にお稽古してもらうと聞いたことがありますし、まりをカゴに入れる芸は手に汗握ります(笑)。江戸っ子らしい颯爽とした親方と、朴訥で大らかな荷物持どんつく、歌昇さんと巳之助さんによる息の合った同級生コンビも楽しみです。浅草歌舞伎を盛り上げてきた皆様がそろっての晴れやかな打ち出しになりそうです。
仲間として約10年間一緒にがんばってきた皆さんと、自由に、しっかり、楽しんで踊れたらと思います。
前知識ゼロでもOK、でもチラッと知っているとより楽しめるかも
──巳之助さんは第1部&第2部ほぼすべての演目にご出演されますし、「新春浅草歌舞伎」は“はじめて”にもぴったりの公演。初心者の方々へのメッセージを頂戴できますか?
時代物の「十種香」と「熊谷陣屋」は、ある意味初心者にはややハードルが高いかもしれません。事前にざっと筋書に目を通したり、あるいはGoogle先生に聞いていただくなど(笑)、多少あらすじを頭に入れておくと随分と観やすくなるはずです。もちろん「米吉さんの八重垣姫はキレイだな」「歌昇さんの熊谷直実カッコいいなー」と、目で楽しんでいただくのでも良いとは思うのですが。
──八重垣姫のほとばしる激情も、熊谷直実が戦場で感じる無常感も、物語がわかっているとさらに深く感動いただけるはずですよね。恋に翻弄される男女を描いた「源氏店」と、宗五郎一家の家族愛が浮かび上がる「魚屋宗五郎」は初心者にも優しい演目です。
世話物は時代物と比べると言葉が易しいですからね。さらに付け加えるなら「源氏店」は、この前の場面で描かれる与三郎とお富の関係を、チラッと知っておくとより楽しめるかもしれません。最後の「魚屋宗五郎」は予習いらずで十分楽しんでいただけますし、「どんつく」同様メンバー全員がそろってお届けします。
──「お年玉〈年始ご挨拶〉」も復活しますね!
本編が盛りだくさんなので時間としてはコンパクトになりますが、年始ご挨拶は上の世代の方々から我々が引き継いだ趣向。2025年以降も継続してほしいという願いを込めて、ぎゅっと思いを凝集してご挨拶できればと思います。
浅草での経験を、どうつなげていくか
──2015年に松也さんをリーダーとして始まったこの世代の「新春浅草歌舞伎」、振り返って、今どんなことを思いますか?
最後までケンカもせず(笑)仲良く舞台を勤め、チームワークにかんしては胸を張れると思っています。だからこそ各部最後の演目は全員出演というのも実現したわけですし。ただ、浅草で初めてやらせていただいた役のほとんどが、2回目3回目と続いていないのは僕自身の課題ですね。「大役にチャレンジして終わり」では意味がないですから。
──まだお若いですから、これからでは?
そうは言っても、もう34歳。歌舞伎俳優としてはまだまだ若手ですけれど、エンタテインメントに限らず世界全体を見回すと“若手”って十代、二十代の方々が中心じゃないですか。世間一般的な感覚では、もう“おじさん”の年齢なんですよ……(笑)。
──なるほど(笑)。浅草も中村橋之助さんと中村莟玉さんの二十代ペアが新メンバーと次の「新春浅草歌舞伎」を作っていかれるでしょうし、お兄さんたちは“若手”から卒業し、どう次につなげ、芸域を広げていかれるかですね。
そうだと思います。“若手の奮闘”ではなく、本当の意味で役者としての力量が試される年代に入っていくと思います。
──すでに歌舞伎座で戦力としてご活躍されていますし、「巳之助さんで観たい」役はたくさんあります。今後にも大いに期待しつつ、最後に2023年の振り返りと2024年に向けての一言を伺えますか。
今年出演した舞台を舞踊劇に絞ってざっと振り返ると、1月浅草の「男女道成寺」(白拍子桜子実は狂言師左近)、5月尾上眞秀さんの初舞台「音菊眞秀若武者」(村の若い者 光作)と「達陀」(練行衆)、8月「団子売」(杵造)、11月「三社祭」(悪玉)……先日ふと気づいたのですが、「達陀」以外は全部、お面をつけて踊る場面があったんですよ。なので今年を一言でまとめると「お面で踊った2023年」(笑)。そして2024年は「どんつく」で、おかめのお面でのスタートが決まりました。新しい1年も、どうぞよろしくお願いいたします!
プロフィール
坂東巳之助(バンドウミノスケ)
1989年生まれ。大和屋。十世坂東三津五郎の長男。1995年に二代目坂東巳之助を襲名し初舞台。NHK大河ドラマ「光る君へ」に六十四代円融天皇役で出演。
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「新春浅草歌舞伎」出演者が語る、意気込みと思い出