コクーン アクターズ スタジオ第1期生による発表公演、COCOON PRODUCTION 2025/Bunkamura オフィシャルサプライヤースペシャル「アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―」が3月20日にBunkamura シアターコクーンで幕を開ける。
コクーン アクターズ スタジオ(CAS)は、Bunkamura シアターコクーン芸術監督の松尾スズキが主任を務める“若手を対象とする演劇人の養成所”。「アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―」は松尾が書き下ろし音楽を手がける新作ミュージカルで、演出・美術を杉原邦生が担当する。ステージナタリーでは1月に開始した稽古の様子をレポート。さらに稽古後の松尾と杉原に、発表公演に向けた思いを聞いたほか、CAS生との1年を振り返ってもらった。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓
稽古場レポート
ここでは、1月にスタートした「アンサンブルデイズ」稽古の様子をレポート。この日は松尾スズキも稽古場を訪れ、杉原邦生の演出のもと、CAS生たちが奮闘する様子を静かに見守っていた。
シアターコクーンの舞台上で稽古が展開
取材に訪れたのは1月中旬。制作スタッフに「コクーンの舞台上で稽古をやっています」と教えられ、2023年4月10日に休館し現在は関係者以外入ることができないシアターコクーン内に、久しぶりに足を踏み入れた。コクーン アクターズ スタジオ(CAS)を支えるのは、シアターコクーンでこれまでさまざまな作品を第一線で手がけてきたコクーンゆかりのスタッフチーム。学びつつ、現場の空気をダイレクトに感じることができるのも、CASの大きな特徴だ。
舞台裏からステージに向かう途中で、大きな歌声が聞こえてきた。稽古はちょうど冒頭の群衆シーンで、CAS生たちが力いっぱい歌っていた。熱がこもった歌声にCAS生たちの“本気度”が伺える。そんな彼らの様子を、舞台の前方に置かれた演出席……には座らず、舞台の床に座って見ている演出・杉原邦生と、客席から見つめているCAS主任で本作の作家・松尾スズキの姿があった。
松尾が書き下ろした「アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―」は、舞台俳優を目指しつつも、思ったような活躍ができず、もがいている若者たちを描いた新作ミュージカル。劇中にはシェイクスピアや名作ミュージカルなどのエッセンスも織り込まれ、盛りだくさんの内容となっている。登場するのは“名もなき舞台俳優たち”、さらに演出家やプロデューサーといった多様な人物たちだ。彼らは日常と舞台上を行き来しながら、現状を憂い、もがき続ける。なお本公演はどの公演にも全キャスト出演するが、【朱雀ver】と【玄武ver】の2バージョン制となっており、稽古は1つのシーンをバージョンを入れ替えながら進められていった。
冒頭シーンののち、稽古は2場より、ミュージカル版「リア王」オーディションのシーンへ。大学の演劇科出身で演出経験もある舞台俳優・青山景を演じるのは、よく通る声が印象的な伊島青だ。青山は、リアの侍従役としてその場の雰囲気を見事に表現し、演出家の目に止まって「今回もオーディション受かりそう」とホッと胸を撫で下ろす。が、同時に“名もなき役”であることを自嘲した。オーディションを取り仕切るのは、今をときめく演出家・大岩恭二。大岩役の生田有我は最初、演出席に座ったまま、声と手振りで俳優たちに声をかけた。と、その様子を見ていた杉原は、「演出家の役、難しいよね」と生田に声をかけつつ、「もっとここまで出てきて、煽るように声をかけてみたらどうかな」と自ら“熱血演出家”を演じて見せ、「……俺はしないけどね」と呟いて、CAS生たちを笑わせた。杉原の演出を受けて、生田は舞台を大股で動き回りながら大仰な身振りで侍従たちを扇動し、侍従役を演じるCAS生たちも、祈りの姿勢に一層力を込めた。
CASに松尾スズキが込めた期待
コクーン アクターズ スタジオは、総合文化施設・Bunkamuraが掲げる“ブンカムラチャレンジ”の1企画として立ち上がったプロジェクト。2020年にBunkamura シアターコクーン芸術監督に就任した松尾が、就任当初から構想を持っていたもので、2024年4月に開講した。常任講師には主任・松尾のほか、演技基礎に杉原邦生、オクイシュージ、ノゾエ征爾、日本舞踊・所作に藤間貴雅、ダンスに振付稼業air:man、発声・歌唱に蔵田みどりと、松尾作品やシアターコクーンにゆかりがある、舞台芸術界の第一線で活躍する面々が名を連ねたほか、2024年度は井上芳雄、岩崎う大、鵜山仁、大根仁、黒田育世、茂山逸平、友枝雄人、六本木康弘といった豪華ゲスト講師が登場し、多種多様なワークショップを行った。
CAS始動時、松尾は「劇団をふくめ、周りに俳優仲間はたくさんいれど、気がつけば皆、中年も半ば過ぎ。もちろん頼りになるけれど、そういう人ばかりでは物語が作れないという現実。その高い壁におののいている松尾です。となると、若い芝居の仲間がほしい。なので、急ですが、スクールを始めます。30数年、俳優として演出家として培ってきた、演技に関するあれこれを伝えたい。これからの芝居の戦力がほしい。ただそれだけです」と思いを語っていた。現在、京都芸術大学でも教鞭を執っている松尾だが、CASでは主任として、若手の育成にエネルギーと時間を注いでいる。
本作のタイトルにもある“アンサンブル”について、近年、松尾はさまざまな場で言及し、実際、作品に起用もしてきた。例えば「フリムンシスターズ」(2020年)ではメインキャスト以外の出演者にも役とセリフを与え、「実力のある人は前に出て行ったほうが絶対に良いと思います」と当時のインタビュー(参照:シアターコクーン芸術監督・松尾スズキ インタビュー)で語っていたし、シアターコクーン休館前に上演した「シブヤデマタアイマショウ」ではメインキャスト以外にも歌とダンスのシーンで多くの見せ場を作った。そんなこれまでの言動を振り返ると、松尾がCASでやりたいこと、やろうとしていることに、自然と納得がいく。実力をつければチャンスはある、そのために力をつける必要がある……CASを通して、松尾はそのことを実証しようとしているのではないだろうか。
演技に熱が入るCAS生たち、光る杉原演出
「アンサンブルデイズ」の稽古は続いて、アンサンブル俳優の1人、虎井将太が語り出すシーンへ。小林宏樹演じる虎井は、肩の力を抜いた自然な語り口で自己紹介を始めるが、コーンウォール公爵の登場で、慌てて“騎士”役に徹した。コーンウォール公爵の命令により、騎士たちはリアの家来であるケント伯爵に、足かせをはめることに。ケント伯爵の足元を騎士たちが取り囲むと、演出家の大岩に「それじゃ上手の客に足かせが見えないね」「ちゃんと見せて。もっと見せて!」ときつく言われて、騎士役の俳優たちはなんとか足かせをちゃんと見せようと、不自然な体制でケント伯爵を取り囲んだ。小道具より軽んじられる自らの存在に、虎井は小さく傷つく。そんな松尾作品らしいシニカルさ、展開の面白さが詰まったシーンを、CAS生たちは力いっぱいの体当たりで演じ、稽古場にいた全員が思わず大笑い。杉原も笑顔を見せつつ、俳優たちの元へ近寄って、どう動くと戯曲のニュアンスが生かせるか、どこに立つと足かせが効果的に見えるかを細かく検証していった。
この日の稽古でもう1つ大きな山場となったのが、舞台をぐるりと45°回転させて見せるシーン。といっても盆を使うわけではなく、シーンとシーンの間で、出演者たちが机や荷物を人力で移動させ、舞台の正面を変えて見せるという演出だ。杉原は何度も台本をめくったり戻ったりしながら舞台を見つめ、それぞれにどうやって動いてほしいかを指示していく。CAS生たちはその指示を聞き、自分が託された動きを確かめてから、新たな疑問や提案が浮かぶとすぐに杉原のもとへ駆け寄っていった。
その後、チームを変えて一連のシーンの稽古が繰り返された。印象的だったのは両バージョンがまったく別のアプローチだったこと。たとえば小林の虎井が爽やか系だったのに対し吉田ヤギが演じた虎井は脱力系、生田の演出家・大岩が切れ者系だったのに対し富田康聖の大岩はクセ者系という感じで、各役の見え方が変わると作品自体の印象もガラリと変わって見えた。そんなCAS生たちの“チャレンジ”を、杉原は否定せずそのまま受け止めながら、両バージョンの演出にギアを入れた。
ただの発表公演ではない「アンサンブルデイズ」
さて、本特集の冒頭で「『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』は、「コクーン アクターズ スタジオ第1期生による発表公演」だと紹介した。しかし稽古を観ながら感じたのは、発表公演ということ以上にこの作品が、社会をフラットに捉え続けてきた劇作家・松尾スズキの新作であり、“今”をビビッドに立ち上げる杉原邦生の演出作品だということだった。
劇中では、アンサンブル俳優たちの現実と舞台のシーンが入り混じって展開するが、くすぶった日常に悶々とした思いを抱きつつ、舞台でもチャンスをつかみきれていない登場人物たちの姿は、まだ日の目を見ない舞台俳優たちの姿であると同時に、日常をなんとなく生きてしまっている私たち自身の姿にも見えた。
そして、そんな登場人物たちの生き様を全力で演じるCAS生24人と、彼らの熱量と拮抗するアグレッシブさで稽古場を動き回る杉原の姿には、「松尾スズキの新作ミュージカルを世に送り出すのだ!」という強い意志が感じられた。彼らは、物語の上でも、そしてこの1年間の成果としても、最後に何を見つけるのか……。その様子を、ぜひ劇場で目撃したい。
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松尾スズキ×杉原邦生が振り返るCAS生との1年