3月以来、休館を余儀なくされていた東京・Bunkamura シアターコクーンが、9月より再始動した。そして10月には芸術監督・松尾スズキによる待望の新作ミュージカル「フリムンシスターズ」が上演される。また公演直前には、“芸術監督名作選”と銘打ち、シアターコクーン過去作品の蔵出し上映会「COCOON Movie!!」を実施。劇場の本格再始動を前に、松尾は今、何を思うのか。その胸中を語ってもらった。さらに特集後半では、「COCOON Movie!!」の上映6作品より、松本幸四郎らゆかりのキャストがコメントを寄せている。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 金井尭子
ヘアメイク / 遠山美和子(THYMON Inc.)
スタイリング / 安野ともこ(CORAZON)
「フリムンシスターズ」は、“これから”の物語
──松尾さんのシアターコクーン芸術監督就任会見から間もなく1年になります。
もうそんなに経ちますか。
──“衝撃”であり“笑撃”の会見でしたが(参照:松尾スズキが抱負「色気のある劇場に」、阿部サダヲら歴代ハリコナも駆けつける)、新型コロナウイルスの影響により、当初発表されていたプログラムからいろいろと変更も多く、松尾さんにとって劇場について考えることが多い1年だったのではないかと思います。
良いことばかりは考えられなかったですね。受ける報告、受ける報告、みんな公演中止の報せだったので、つらいことはつらい。動き出してもないのに銃で撃たれるような感じで。でも危機意識が働くからこそ、脳の違うところが覚醒したりすることはあるかな、とも思いました。
──昨年の就任会見ですでに作品の大まかな構想はお話されていましたが、そこから執筆はどのように進んでいったのでしょうか?
昨年末に「キレイ─神様と待ち合わせした女─」の東京公演が終わって、その頃から書き始めたくらいの悠長な感じだったんですけど、最初は長澤(まさみ)さんと秋山(菜津子)さんと阿部(サダヲ)が主人公で、長澤さんが沖縄出身でユタの子孫、というところまで考えていました。ただそこからどう物語を進めていこうかと考えているときに、お父さんがユタで、すごい霊能力を持っているという沖縄の知人の話を聞いて、ユタの話って面白いなと思ったんです。と同時に、彼らは先祖の霊みたいなものにすごく固執して生きていて、そういう宿命を負って生きているのは切ないなと。そこで、「『フリムン〜』の主役3人は、何かしらの呪縛を持っていて、そこから逃れたいんだけど逃れられない人にしよう」「でも3人が出会うことが起爆剤になって、そこから一歩前に進む……というところまで描いた芝居にしよう」と思ったんです。
──確かに台本を読むと、状況はどんどん深刻になっていくのに、ポジティブな気運が高まっていく展開だなと感じました。
僕の芝居の中でも、割と上位クラスのハッピーエンドに近い話かなと思います。とは言え、「これから、ですよね」という話だとは思いますが。
──その点も、コロナによって価値観が変わりつつある現在の状況と、非常にマッチすると思いました。
苦しいなと思うのは、劇作家って“今”を描くのが仕事で、でも今をそのまま書くと、みんなマスクをしていないといけなくなる。そのジレンマはあると思います。だから今回はあえて“コロナは関係ない”ということに決め、「ハッピーエンドっぽい感じにしよう」「ここだけはお祭りがあるよ、という気分で書こう」と思ったんですけど、書いている最中にやっぱりどんどん世情が動いていくし、目の前でエンタメが衰退し荒廃していくのを見て、目をつぶるわけにはいかないなと思って。
──今、「コロナは関係ない」とおっしゃいましたが、コロナによって噴出した差別や格差の問題が「フリムンシスターズ」には色濃く刻み込まれています。
まあ半分はコロナ以前に考えていた話ではあるので、どこからどこまでが(コロナに伴う問題から)影響を受けたかということは言えませんが、アメリカで黒人が警官に殺された、という事件や、香港のデモが起きたときに執筆していたりするので、多少なりとも理不尽に対する怒り、といった影響はあると思います。さらにデモがやりたくてもコロナで集まれないという人々のジレンマもあって……どこもジレンマだらけですね。
──その、なんとなく抑制され束縛されている感じが、「フリムンシスターズ」の3人の状況と重なります。
もともと僕の中に溜まっている怒りみたいなものもあるとは思いますが、それが今回顕在化してしまったような感じがします。我ながらストレートだなと。
──さらに今回はミュージカルですから、セリフに込められたメッセージが、よりストレートに伝わってくるのかもしれません。
歌詞を書くのって本当に大変だから、最初は音楽劇くらいの規模で考えてたんです。日本ではなかなか、生演奏による完全なオリジナルミュージカルってありませんし、最初はミュージカルって言い切る自信がなかったんですね。でも“災い転じて福”じゃないですけど、自粛期間で時間ができたから、結局23曲もできてしまって。「それならまあミュージカルだよな」と。
──大人計画の30周年記念本の「キレイ」の項で、松尾さんは「もう1本ストレートなミュージカルが作りたい」とおっしゃっていました。その“もう1本”が「フリムンシスターズ」になるのでしょうか?
そうですね。「キレイ」ぐらいの規模の公演ってすごく大変なので、なかなかできないと思っていたのですが、期せずして叶ってしまいました(笑)。「キレイ」は40人出演しているんですけど、今回は偶然にもキャストが少なくて、密にならない人数で良かったなと(笑)。
──そのぶん、キャストそれぞれが負うところは大きくなるということですね。
ええ。今までアンサンブルで参加していた人にもそれなりの役がついているので。でもそういう世界を僕は望んでいたから、その点でも良かったと思います。
──確かに以前から松尾さんは、アンサンブルの人も前に、とおっしゃっていました。
実力のある人は前に出て行ったほうが絶対に良いと思います。
ちひろ、みつ子、ヒデヨシの3人は当て書き?
──「フリムン」という言葉は、沖縄の方言で、“気がふれる”“狂ったような”“バカ”という意味だそうですが、文字面といい音といい、どこか愛嬌を感じます。
もともと、島尾敏雄の「死の棘」という小説で知って、頭がおかしくなるということを“ふりむん”と呼んでいたことが頭に残っていたんです。それと、和のミュージカルというとどうしても昭和歌謡とか演歌のようなイメージを持たれがちなんですが、「これってなんだろう?」と思うようなタイトルにしたくて、ふりむんをカタカナにしました。
──物語の軸となる、ちひろ、みつ子、ヒデヨシのアンバランスな依存関係を、“フリムン”は象徴していますね。また台本では、3人の掛け合いがとても面白くて、スピード感のある展開に引き込まれました。
今回、3人は完全な当て書きですからね(笑)。
──音楽は、松尾さんの監督・脚本・主演映画「108〜海馬五郎の復讐と冒険〜」でも音楽を担当された渡邊崇さんが手がけられます。
渡邊さんは、以前バンドをやっていたときに和のテイスト曲を作ったことがあるとおっしゃっていたこともあり、(作曲家との)新しい出会いも必要だなと思って声をかけました。普段、渡邊さんはあまり歌を作ることがないそうなので、大変だと思いますが。
──すでにできあがっている楽曲もあるそうですね。お聴きになっていかがでしたか?
面白いと思いました。和というか沖縄の音楽が入ってきていて、今まで聴いたことがない旋律が聴けると思います。また今回コーラスに重きを置いているので、不思議だけれど美しい曲が多くなる予定です。
──それは楽しみです! ちなみに今回、松尾さんは出演されないのですね。
やればやるほど、演出の仕事ってやることが多いってことに気付いたってことですよね。出てる場合じゃないなって。それは「キレイ」をやって思いました。
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