「岸田國士フェスティバル」に寄せて
文学座アトリエでは、勉強会と技芸修練のため、前衛精神を掲げたさまざまな挑戦が行われている。アトリエ創設70周年を迎えた今年は、文学座創設者の1人、岸田國士をテーマにしたフェスティバルを展開。その総指揮を執る鵜山仁が、フェスティバルに込めた思いを語った。
文 / 鵜山仁
古稀を迎える文学座アトリエ
文学座ではこの3月、アトリエ公演として西本由香演出の「歳月」と所奏演出の「動員挿話」の2本立て。そして4月にはアトリエに隣接するモリヤビルの稽古場での自主発表会で、「恋愛恐怖病」「チロルの秋」「命を弄ぶ男ふたり」(演出はそれぞれ小原まどか、生田みゆき、五戸真理枝)と、岸田國士作品の連続上演を企画しました。ここに更にアフタートーク、リーディング公演などを加え、文学座アトリエ70周年記念イベントと銘打つことにしたわけです。実は7月にはもう1本、文学座研修生の発表会として、こちらは附属演劇研究所の60周年を記念し、文学座研修生の特別公演として(鵜山が演出を担当)、やはり岸田作品の上演を予定しています。
僕は、岸田作品の魅力は、“演ずる”という表現を通して、人間が一個人の限界を超え、別の人生、別の宇宙と交感する、そのダイナミズムにあると考えています。日常の生活でも人は例えば、家庭では良き夫であり、会社では万年平社員であり、アウトドアでは釣りの名人であったりと、すでにさまざまな役割を演じています。1人の人間が、それぞれに異なる社会的役割という乗り物に乗って、さまざまな世界を旅しているわけです。岸田國士にとってこのような、“ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)”としての人間は、自らの生の有限性を乗り越えようとする、滑稽であると同時に高貴な、言わばドン・キホーテ的な遍歴の騎士と見えたのでしょう。そしてその変容をよりダイナミックに、荒唐無稽に見せることが舞台の醍醐味です。実生活のうえでも陸軍少尉、劇作家、演出家、大政翼賛会の文化部長とさまざまな顔を持った“岸田國士”が、そのさまざまな視座から発信した戯曲の数々は、テーマのうえでも、スタイルのうえでも、実に妖しい多様性を見せてくれます。そこに共通なのは“演ずる人”の喘ぎであり輝きではないでしょうか。
今回の連続上演の演出を担当するのは、年齢的には二十代から四十代の文学座の“若手”。層が厚いというか、かなり上がつかえている感のある文学座演出部にあって、いずれも一騎当千の、それぞれ強靭な個性を持った演出者です。むしろ僕なんかの切り口とはかけ離れた、新鮮な岸田國士の世界を立ち上げてくれるだろうと、大いに期待しています。
創設70周年を迎える文学座のアトリエは、サミュエル・ベケット、アーノルド・ウェスカーといった同時代の翻訳作品、また別役実、つかこうへいを始めとする日本人劇作家の書き下ろし、ときに洋の東西の古典作品の読み直しと、実にさまざまな作品を取り上げてきました(この4月には初演以来47年ぶりに、つかこうへい作「熱海殺人事件」の上演が予定されています)(編集注:「熱海殺人事件」は1973年に文学座アトリエで初演)。あくまで私見ですが、それら多彩なレパートリーは、外部から取り寄せた鮮度の高い食材に、文学座なりの調理を施し、程良く見目麗しく提供するという、良くも悪くも二番煎じに徹した“前衛性”を特徴とするものでした。しかしその“前衛性”と、若手俳優、演出者の登竜門的な性格こそが、文学座のエネルギーを底支えしてきたのだと思います。
演劇人を創るのは劇場だと、しみじみ実感する今日この頃。今後とも、作家、俳優、演出者、現場スタッフと、さまざまなジャンルの若手を育て、新しい演劇文体と出会うことを第一の目的にして……というわけですから、70歳のアトリエにはせいぜい長生きしてもらわなければ……。
2020年 文学座公演ラインナップ
本公演
- 「昭和虞美人草」
- 2020年6月9日(火)~17日(水)
東京都 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA - 2020年6月23日(火)
新潟県 長岡リリックホール シアター - 2020年6月27日(土)・28日(日)
兵庫県 ピッコロシアター
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作:マキノノゾミ
演出:西川信廣
出演:早坂直家、植田真介、斉藤祐一、細貝光司、上川路啓志、富沢亜古、伊藤安那、鹿野真央、高柳絢子、内堀律子
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作品について
文学座×マキノノゾミ第3弾。今回は夏目漱石の「虞美人草」をマキノが翻案して舞台化。マキノは戯曲について「私は今回、“義理と人情の板挟み”といった単純なメロドラマを書きたいわけではありません。もっと体温の高い溌刺とした群像劇としてこの作品を舞台化したいですし、何よりも“普遍的な、何かとても大切なこと”を抽出したいがためにこの小説を戯曲化したいのです。文学座の名に相応しい作品となることをご期待ください」と語っている。 -
※2020年4月20日追記:本公演は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。
- 「五十四の瞳」
- 2020年11月7日(土)~15日(日)
東京都 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA - 2020年11月18日(水)予定
大阪府 八尾プリズムホール
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作:鄭義信
演出:松本祐子
出演:山本道子、頼経明子、松岡依都美 ほか
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作品について
鄭義信×松本祐子のタッグ第8弾。瀬戸内海東部の家島を舞台に、手作りで建てられた学校とその閉鎖にまつわる人々のドラマを紡ぐ。1947年、所は瀬戸内海に浮かぶ小島。採石業が唯一の産業である貧しいこの島に1つしかない学校は朝鮮人学校だった。先生は新しく赴任した女性教師、朴春子(パクチュンジャ)だけ。そこでは27人の生徒が日本人・朝鮮人関係なく学んでいた。しかし占領軍(GHQ)が朝鮮人学校の閉鎖と生徒の日本人学校への編入を決定し……。
アトリエの会・文学座アトリエ70周年記念公演
- アトリエの会・文学座アトリエ70周年記念公演・「岸田國士フェスティバル」「歳月 / 動員挿話」
- 2020年3月17日(火)~29日(日)
東京都 文学座アトリエ
- 「歳月」
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作:岸田國士
演出:西本由香
出演:中村彰男、神野崇、越塚学、名越志保、吉野実紗、前東美菜子、音道あいり、磯田美絵
- 「動員挿話」
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作:岸田國士
演出:所奏
出演:斉藤祐一、西岡野人、西村知泰、鈴木亜希子、伊藤安那、松本祐華
- アトリエの会・文学座アトリエ70周年記念公演「熱海殺人事件」
- 2020年4月28日(火)~5月10日(日)
東京都 文学座アトリエ
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作:つかこうへい
演出:稲葉賀恵
出演:石橋徹郎、上川路啓志、奥田一平、山本郁子
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※2020年4月7日追記:本公演は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。
- アトリエの会・文学座アトリエ70周年記念公演「ガールズ・イン・クライシス」
- 2020年12月4日(金)~16日(水)
東京都 文学座アトリエ
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作:アンネ・レッパー
訳:小畑和奏
演出:生田みゆき
出演:金沢映子、横田栄司、亀田佳明、吉野実紗、鹿野真央、木場允視
地方公演
- 「大空の虹を見ると私の心は躍る」
- 2020年7月~9月 四国・中部北陸・長野
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作:鄭義信
演出:松本祐子
出演:鵜澤秀行、清水明彦、木津誠之、柳橋朋典、山森大輔、山本道子、頼経明子
- 「女の一生」
- 2020年9月~10月 東北・神奈川
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作:森本薫
補訂・演出:戌井市郎による
演出補:鵜山仁
出演:赤司まり子、山本郁子、吉野実紗、前東美菜子、石川武、高橋ひろし、今村俊一、鈴木弘秋、上川路啓志 ほか
自主企画
2020年4月7日更新