文学座特集 | 2019年本公演 演出家&キャスト座談会 / アトリエの会 今井朋彦インタビュー|ベテランから若手まで、7人が語る“文学座観”

「真に魅力ある現代人の演劇をつくりたい」「現代人の生活感情にもっとも密接な演劇の魅力を創造しよう」という理念のもと、1937年の創立以来、精力的な活動を続けている文学座。同劇団は、国内外の名作を財産演目として上演する本公演、意欲的で実験的な作品を発表するアトリエの会、若手の演劇人を育成する附属演劇研究所を3つの柱としている。

2019年の本公演とアトリエの会、それぞれに焦点を当てたこの特集では、本公演「寒花」「ガラスの動物園」「一銭陶貨 ~七億分の一の奇跡~」に携わる演出家&キャスト6人の座談会と、アトリエの会の“まとめ役”である今井朋彦のインタビューを実施。現在の文学座を担う彼らは、本公演とアトリエの会、それぞれの場の魅力をどのようにとらえているのか。ベテランから若手メンバーまで、7人の座員に話を聞いた。

[演出家&キャスト座談会]取材・文 / 川添史子 撮影 / 田中亜紀
[今井朋彦インタビュー]取材・文 / 熊井玲

「寒花」「ガラスの動物園」「一銭陶貨 ~七億分の一の奇跡~」西川信廣×瀬戸口郁×高橋正徳×永宝千晶×松本祐子×亀田佳明 座談会

「寒花」の稽古がスタートした2月上旬、2019年の本公演に携わるキャスト・スタッフ6人が文学座に集まった。鐘下辰男(演劇企画集団THE・ガジラ)作、西川信廣演出の「寒花」より、演出の西川と出演者の瀬戸口郁、テネシー・ウィリアムズの名作を高橋正徳が演出する「ガラスの動物園」から、演出の高橋とキャストの永宝千晶、佃典彦(劇団B級遊撃隊)の書き下ろしに松本祐子が挑む「一銭陶貨」より、演出の松本と出演者の亀田佳明が、各作品の見どころからそれぞれの“文学座観”まで、卓を囲みながらじっくりと語った。

いい戯曲は時代の課題をあぶり出す(西川)

──3月に上演される「寒花」は1997年夏にアトリエの会で初演され、さまざまな演劇賞を受賞するなど高い成果を上げた作品です。まずは今回、再演を決めた理由から伺えますか?

西川信廣

西川信廣 初演から22年も経っていると聞いて驚いたんですけど、再演希望の声が多く、いつか再演しようとは考えていたんです。近頃は鐘下作品のように真っ向から時代を考察するような現代戯曲も少ないですし、このタイミングで「改めて問うてみたい」というような気持ちもあります。

──伊藤博文を暗殺した朝鮮人・安重根(アンジュングン)を巡り、死刑執行の監督者として派遣された外務省政務局長、看守、監獄医、通訳といった日本人たちがぶつかり合う、というドラマです。

西川 22年前も、安重根という男そのものを描くというよりは、彼をいかに処刑するかに苦悶する日本人の姿を通して、現代日本の深層、時代を見つめる……ということが主眼でしたが、いい戯曲は、時代、時代の課題をあぶり出すことができるんですよね。ひさびさにこの作品に対面してみると、人物たちのぶつかり合いが昨今の国家主義とリベラルとの対立と重なり、不思議と現在の世界状況が照射される気がしています。監獄を現代の閉塞感に重ねることもできますしね。初演時、最初に鐘下くんと打ち合わせしたときは「冒頭はハルビンで安重根が伊藤博文を撃つシーンはどうかな?」なんて話をしていたのに、届いた戯曲を読んでみたら監獄のワンシチュエーションものになってたんですよね(笑)。

──その安重根を演じるのが瀬戸口さん。初演では、安重根と静かに対話を続ける通訳・楠木を演じられました。

瀬戸口郁

瀬戸口郁 僕の中では初演で安重根を演じられた関輝雄さんの、吸い込まれるような存在感が強烈な記憶として残っていますから、西川さんから「安重根を演じてほしい」と言われたときは、正直、二の足を踏みました。けれども演出家に口説かれてその気になりまして(笑)、じゃあ腹をくくってやってみようと。今回、通訳を演じるのは佐川和正くんですが、今、稽古場での僕らの課題は、“どれだけリアルな安重根と楠木のコミュニケーションを創造できるか”。もう一つは、安重根が死を前に獄中でどんな気持ちで過ごしていたのか……。どちらもまだまだ手探り状態で、簡単につかまえられるものではないなと、四苦八苦しています。でも今回、稽古初日に全員がセリフを覚えて来ていて驚いたんですよね。初演メンバーによる「寒花」の評価が高かったという、いい意味での緊張感が座組全体にある気がします。

西川 確かに、初日からギアが入ってる感じはあったよね。瀬戸口くんは肝が据わっていて、本質的な部分で気持ちが強い俳優。安重根が死を前に黙秘を続け、外から見ると根拠は見えないけれど、確信犯的に生きているような存在感が出せると思いました。この作品は、安重根は中心でじっとしていて、周囲の日本人たちがうごめいている話ですからね。

松本祐子 私は初演で裏方をやっていたんですけど、皆さんいい意味でとても若くて、たくさん話し合いながら真摯に取り組まれていた姿が印象に残っています。本番では、ずっと雪を降らせているスタッフがいたり、ちょっとずつ動く大きな柱時計の針を動かすだけの人がいたり……真冬の旅順の話だけど上演が真夏だったので、俳優の皆さんが厚いコートを着込んでいて大変そうでした(笑)。

瀬戸口 特に暑い夏だったんですよ。「寒い、寒い」と震えながら、今までで一番汗をかいた舞台でした(笑)。

西川 セミの声が聞こえたらぶち壊しだから、手が空いたスタッフは外でセミを追い払ってたし(笑)。

年を取って興味が変化してきた(高橋)

──6月公演は「ガラスの動物園」。文学座とテネシー・ウィリアムズの縁は深く、69年には文学座の招聘により作家が来日し、「欲望という名の電車」が上演されました。その公演では、文学座の名優である杉村春子さんと北村和夫さんが、それぞれブランチとスタンレーを演じています。「ガラスの動物園」だけでも69年、76年、90年と3度上演していますから、演出の高橋さんにとっては劇団の大事なレパートリーを再創造することになりますね。

高橋正徳

高橋正徳 近年、劇団でテネシー・ウィリアムズ作品があまり上演されていないので、ぜひ新しい世代で上演したいと思い企画しました。この作品に描かれる貧しいアパートで暮らす母子家庭(母アマンダ、姉ローラ、弟トム)は、3人が強烈に愛を欲しながら、ぶつかり合い、共依存しながら均衡を保っています。「欲望という名の電車」のスタンレーはマッチョな象徴として出てきますが、「ガラスの動物園」のアマンダには、母だけでなく、家を出て行ってしまった父の役割を担おうとすることで生じる歪みが描かれていて、これは現代社会でもわかる感覚でしょう。閉ざされた家や家族は外から守ってくれるシェルターにもなるし、一方では檻にもなるんですよね。今回は小田島恒志さんの新訳で、東京芸術劇場 シアターウエストという小空間に緊張感ある世界を立ち上げたいと思います。

──高橋さんが昨年アトリエで上演した「かのような私-或いは斎藤平の一生-」も家族の物語でしたね。

高橋 若い頃は家族劇なんて全然興味なかったし、「登場人物が死なないと演劇じゃない」とさえ思ってましたけど(笑)、年を取ってくると家族関係の変化、親の介護問題、果たして僕は結婚するんだろうか?とか(一同爆笑)、いろいろな家族の問題が切実で、興味を持つテーマや作品の読み方は変化してきましたね。

──足が不自由で家に引きこもり、ガラス細工の動物たちにだけ心を許すローラを演じるのは永宝さん。多くの女優さんが憧れる役を獲得されました。

永宝千晶

永宝千晶 「ガラスの動物園」を上演すると決まったとき、密かに「ローラをやれたらいいな」と思う気持ちもありましたし、役をいただいたときは本当にうれしくて。ただうれしい時間は本当に一瞬だけで、そこを過ぎると不安とプレッシャーのほうが大きくなってきました。でもせっかくいただいたチャンスですし、高橋さんは役者の持ち込んだアイデアを面白がってくれる演出家。ダメなものはきっぱり切られますが(笑)、今は稽古が始まるのが楽しみです。私たちの世代の「ガラスの動物園」を作れたらと思っています。

高橋 ローラって引きこもっているけれど、中には熱いものを抱えていて、芯の強さがある人間なんですよね。永宝さんには、内側に持つ闘争心みたいなものを出してほしいと思っています。あと、今回アマンダを演じる塩田朋子さんは、90年の坂口芳貞さん演出版でローラを演じたこともあるので、いろいろとお話を伺うのも楽しみです。

──同作はトムを語り手とした“追憶の劇”。トムを演じる亀田さんは、2011年のアトリエの会「MEMORIES テネシー・ウィリアムズ[1幕劇一挙上演]」にも出演されましたね。

左から松本祐子、亀田佳明。

亀田佳明 あのとき、「ロング・グッドバイ」で演じた青年ジョーも家族との思い出を語る男でしたし、いろいろな点で通じるところがありそうです。トムは江守徹さんも演じた役ですから……がんばります。

高橋 トムは人生に疲れ、やや疲れた中年という役どころ。「いつまでも亀ちゃん(亀田)は王子役ばかりじゃないぞ」というところを見ていただきたいと思います(笑)。

──先輩から見ると、若い世代がテネシー・ウィリアムズの作品に挑む姿というのはどう映りますか?

西川 手前味噌になりますが、「文学座は演劇界の定点観測船」とおっしゃってくださる評論家の方もいらっしゃいますし、若い世代が財産演目をやるというのは、普遍的な作品を新しい視点で捉えるということですから、劇団にとっても演劇界にとっても、とてもいいことだと思います。「どうしてくれるんだ(笑)……どうやるかな」という気持ちで、純粋に楽しみです。

高橋 今、思わずポロっと出た「どうしてくれるんだ」が先輩たちの本音でしょうね(笑)。