文学座特集 | 2019年本公演 演出家&キャスト座談会 / アトリエの会 今井朋彦インタビュー|ベテランから若手まで、7人が語る“文学座観”

あえて不条理度“低め”を選んだ(松本)

──10月公演「一銭陶貨 ~七億分の一の奇跡~」は、これまで文学座に「ぬけがら」「タネも仕掛けも」を書き下ろした作家・佃典彦さんと、松本演出のゴールデンタッグでの最新作となります。

松本祐子

松本 佃さんとは劇団外でも児童向けの芝居を一緒に作ったり、俳優として私の演出作に出てもらったり、つながりの強い作家さんです。人間のおかしみや不思議なところを見つけるのが上手で、人をひっくり返して見るようなユニークな視点が実に魅力的なんです。

──舞台は太平洋戦争終盤、政府から陶器の貨幣“陶貨”を作る指令が下った職人一家の物語。まだ戯曲は完成していませんが、“不条理劇作家”のイメージが強い佃さんにしては、今回、不条理要素が薄めのようですね。

松本 今回、戯曲を書き始める前に佃さんが、不条理度“高め”“中くらい”“低め”の3つのシノプシス(あらすじ)を書いてくれたんですよね。今回はあえて低めのものを選んだので、新しい佃作品の魅力を感じていただきたいと思っています。佃さんは“名古屋のミラーマン(編集注:締切を守る劇作家の鑑の意)”と名乗るぐらいの方なので、春には届くかと(笑)。“陶貨”をモチーフにしようというのは佃さんの発案で、この陶貨というものは、戦中、金属不足を解消するために持ち上がった実在の国策だったそうです。愛知県の瀬戸だけが町を挙げてのプロジェクトとして真面目に作り上げたけど、敗戦後に全部捨てることになったとか。現代も“ものづくりジャパン”なんて言葉がありますけれど、中小企業が権力の思惑で翻弄されたり、ある種戦争中と変わらない体質はそこかしこに残っていますよね。時代に流されながらも、市井の人たちはどう心を尽くして生きるのか?を問いかけるような作品になればと思っています。

──陶芸職人である加藤家の長男を演じるのが亀田さん。初挑戦となる佃作品に、どんな印象をお持ちですか?

亀田佳明

亀田 初めて観た佃作品は「ぬけがら」でしたが、肌を脱ぐと20歳若返っていくという設定に驚きましたし、洗濯機の中から裸の佐川(和正)さんが出てきたりと(一同笑)、いろいろと印象深いです(笑)。発想豊かで、仕掛け満載で、笑いもあって……でも今回の作品は、いつもよりシリアスな雰囲気になりそうですよね?

松本 今回、亀ちゃんが演じる長男は、かつては期待されていた田舎のエリートだったのに、戦争から帰ると人格がガラリと変化して……という役なので、少し暗い面があるかもしれないですね。彼は暗さの中に色気が出せる俳優ですから、ちょっと挑戦してもらおうと思っています。

1つの価値観に縛られず、新しい才能を潰さない(西川)

──1年間を通して、「国 / 家族 / 集団」に対する「私 / 個人とは?」について深く思考する、幅広く魅力的なラインナップが並びました。最後に、改めて皆様の思う文学座の魅力を教えていただけますか?

左から西川信廣、瀬戸口郁。

西川 これは持論なんですが「多様な価値観を認め合う」という考え方が、創設時からあることでしょうね。多くの劇団は強力なリーダーによる絶対的価値観のもとに集いますが、文学座は久保田万太郎、岸田國士、岩田豊雄(獅子文六)といった3人で始まっているでしょう? 例えば久保田さん、岸田さんにダメと言われても、岩田さんが「いい」と言ってくれたら、俳優は場所が見付けられたんだと思います。1つの価値観に縛られず、新しい才能を潰さない比較的自由な気風は、伝統的に残っている気がしますね。

高橋 確かに、文学座の座員は全員が附属の研究所からスタートしますが、講師も複数いますし、1つのメソッドがあるわけじゃないんです。藤原新平さんに教わったことをやったら、小林勝也さんに怒られる、みたいな……。だから結果、自分で考えて選ばないといけなくなるけど、研究所時代から多様な価値観に触れられるし、その違いも面白がれる。僕自身、それが楽しいから文学座にいる気がします。

松本 今年もそうですが、1年間でいろんなタイプの芝居が上演されますしね。なんでもありのワクワク感はある気がします。オーソドックスな芝居もあれば、「それやる?」みたいなことにも果敢に挑戦する(笑)。「この間観たのと全然違うじゃん!」ってこともあるかもしれませんけど、現代演劇の可能性を常に模索するという意味では、挑戦をし続けている劇団だと思います。

亀田 俳優にとっても、こんな都合がいい場所はないんですよね。先輩は言うことが全員違うし、大事にするところがちょっとずつ違って、その多角的な視点の置き方をもらい放題(笑)。研究所の試験時から長年見てくださっている演出家もいて、新しい展開を自分で発見していかないといけない怖い場所でもありますし……。刺激的な場です。

左から永宝千晶、高橋正徳。

永宝 私にとっては、先輩俳優の皆さんとご一緒できることが大きな魅力ですね。同年代との外部作品だとそうない機会ですし、この年齢幅の広さが、どんな作品にも挑める劇団の可能性につながっている気がします。

瀬戸口 古典も新作も含め、「今、上演して面白い舞台」というのがファーストプライオリティの劇団ですしね。しかも「ウケればいい」だけではなく、俳優、スタッフ全員が「手応えのある表現とはなんだろうか」を考え続けている。全員がアイデアを提示するのでぶつかることもありますけど(笑)、これが現場を健康に活性化し、エネルギーある集団にしている気がします。

後列左から西川信廣、高橋正徳、松本祐子。前列左から瀬戸口郁、永宝千晶、亀田佳明。