文学座特集 | 2019年本公演 演出家&キャスト座談会 / アトリエの会 今井朋彦インタビュー|ベテランから若手まで、7人が語る“文学座観”

アトリエの会“まとめ役” 今井朋彦インタビュー

1950年に東京・信濃町に竣工された文学座アトリエは、来年2020年に70周年を迎える。そのアトリエにて、勉強会と技芸修練の目的、前衛精神を掲げて行われるのが“アトリエの会”公演だ。座員を代表するアトリエ委員会が中心となって、テーマ設定からラインナップ決定までを行い、本公演とは一味違った文学座の魅力を発信している。ここでは、現在、アトリエ委員会の“まとめ役”を担っている演技部・今井朋彦に、19年のラインナップについて話を聞いた。

“演劇立体化運動”をテーマに

今井朋彦

アトリエ委員会では、今年から来年にかけてのテーマを“演劇立体化運動”にしました。サブテーマは「これからの演劇と岸田國士」。“演劇立体化運動”という言葉は、岸田さんの“文学立体化運動”(編集注:岸田國士が提唱し、その思いから福田恆存、三島由紀夫らと1950年に雲の会を結成した)にちなんでいるんですけど、岸田さんはかつて、演劇が文学や音楽、美術からちょっと外れたエリアにあって、ほかのアートとの交流がないことを気にしていたそうなんですね。そこで「普段は演劇なんて観ない」と言う音楽や文学の方を呼んで来て、舞台を観てもらい、ジャンルの垣根を取り払ったざっくばらんな意見交換をしようとお考えになったそうなんです。アトリエの会はそれにそのまま倣うわけではないのですが、精神性を見習って“演劇立体化”をテーマに掲げ企画を募集したところ、けっこうな本数が座員から上がってきました。

バラエティに富んだ3本

その中から選ばれたのがこの3本です。1本目は戌井昭人さん作の「いずれおとらぬトトントトン」。戌井さんは今や文学エリアの方ではありますが、おじいさまが何と言っても戌井市郎さん(編集注:1916~2010年。演出家・俳優。文学座創立に参加し、2008年から文学座代表を務めた)ですし、ご自身も鉄割アルバトロスケットで演劇をされている。余談ですが、実は僕、彼が文学座附属研究所の研究生だったときにちょっと教えたことがあるんですよ(笑)。戌井さんは17年にアトリエの会で上演された「青べか物語」の脚色をされていて、その演出を担当した文学座の所奏と戌井さんの間で、第2弾として、「カッコーの巣の上で」を下敷きにしたお話を上演する企画が上がったそうなんです。そのように共同作業が継続するのはいいことだし、「『青べか物語』の成果を1回で終わらせるのはもったいない」と委員会のみんなとも意見が一致して、この作品を上演することに決まりました(編集注:所奏は、12年に東京・あうるすぽっとで上演された戌井脚本・演出の「季節のない街」で演出助手を担当した)。

2本目は松本祐子さんが演出するテーナ・シュティヴィチッチ作「スリー・ウインターズ」。クロアチアのある邸を舞台に、時代に翻弄される家族の姿を4代にわたって描いたこの作品では、私たちが今向き合うべき普遍的な問題が、女たちの生活に根ざした言葉で語られます。実は数年前にも松本さんがこの企画を出してくれてはいたのですが、そのときは実現せず、今回やっていただこうということになりました。なぜ岸田國士と「スリー・ウインターズ」がつながるかという疑問はあるかもしれませんが、松本さんも時間をかけて演出プランを練り直してくださり、今回のテーマに通じる部分があるという結論に至りました。

松原俊太郎(撮影:松本久木)

3本目は松原俊太郎さんの書き下ろしを僕が演出します。地点の「忘れる日本人」を拝見してまずびっくりしましたが、そのあと松原さんが書かれた元の台本を見せていただいて二重の衝撃でしたね。上演では、台本の原型がまったくなかったんです(笑)。それでさらに興味を持ったということはあるかもしれません。僕は普段、演出をするという前提で台本を読む機会はそんなにないのですが、俳優としてはよくあって、そのときはある程度どういう舞台になるのかを想像しながら読み進めます。実際の上演で、その予想が大きく裏切られることはあまりないのですが、松原さんの作品の場合は、これがどう舞台になるんだろう?というのが、読んでもまったく想像できなかった。その想像のつかなさに、面白くなる可能性を感じて、リスクを承知のうえで(笑)わからなさと格闘してみることが、自分のタイミング的にもいいかなと思ったんです。

今考えているのは、三浦(基)さんバージョンのように演出を効かせたものではなく、もうちょっと松原さんの台本に寄り添う形で立ち上げたいなと。僕は文学座にずっと在籍はしていますけれど、劇団外でいろんな方とクリエーションさせていただいていますし、ダンス系の方とも芝居作りをしてきたので、もしかしたらそういう経験が生かせるかもしれません。松原さんも、岸田戯曲など“通常の戯曲”をどどどっと読み漁って(戯曲スタイルを)インストールしたと言ってましたので(笑)、そこからどういうふうにアウトプットされるのか、僕も楽しみです。

アトリエという場が、座員の心の拠りどころに

アトリエ委員会には現在、11人の委員がいます。今年は2年連続同一テーマにしましたが、いつもは毎年テーマを決めて、それに則って企画を募ります。多いときでは20本くらい企画が上がり、そうやって集まった企画書や台本を読んだりしながら、どの企画をやるか審査していくんです。企画の申請は、座員であれば1年目の人でもできます。委員の中で特に役割分担はありませんが、最終的に何か決めなくてはいけないことが出てきた場合は、僕と演出部の中野志朗くんがまとめ役を務めます。でも、できるだけ皆さんの意見を出してもらって、みんなが納得して決められるようにしていますね。

文学座アトリエの外観。

アトリエの会がどういう場か……。“実験の場”とよく言われていますけど、その感覚は人それぞれでしょうね。若手とベテラン、演技部と演出部でも全然違うと思いますし。ただ、場所という意味では、研究生1年目の発表会をするのがあのアトリエなので、多くの座員にとっては人前で初めて演技をしたのがあの場所。育ってきた場所、慣れ親しんだ場所ではあります。また現在も本公演の稽古場として使うことがありますし、アトリエを拠点にみんなが何かしら関わり続けているので、文字通りホームグラウンドではあると思いますね。最近は、元々稽古場があった場所に居続けることが難しくなっている劇団もありますから、そういう意味で文学座アトリエは座員の心の拠りどころになっているところがあると思いますし、それぞれの演劇人生の中で、少なからず場を占めているのではないでしょうか。だからもし仮にアトリエがなくなるとしたら……僕を含め、きっとみんな、いろいろとダメージを受けるんじゃないかなと思います。