「あいちトリエンナーレ2019」市原佐都子×ホンマエリ(キュンチョメ)×サエボーグ 座談会|世界をグラデーションで捉える

原動力は欲求、欲望

相馬千秋

相馬 皆さんはそれぞれ、自分が自分であるために、「これぞ自分の生き様であり表現である」というスタンスをすでにお持ちですが、改めて、その方法にはどうやって出会ってきたのでしょうか。

ホンマ 世の中には、私たちが知らない形の愛や信念がまだまだたくさんあるはずで、それを全部見たいと思っています。そういう意味で、我々は想像力を持って、キーワードをそこにぶつけていくし、自分の身体ごとぶつかっていく。今回の作品でも、子供の改名を受け入れられない親をひどい存在に描くこともできたかもしれないけれど、それは絶対にやってはダメなことで、情がないとか暴力的だと思えるところにこそアプローチしていきたいんです。

相馬 キュンチョメさんは、社会的な情みたいなものが渦巻くところに自分自身を置いて、そこで自分たちが受けたものから作品を立ち上げていく。ある意味、事象に対する一番の目撃者で体験者は、キュンチョメのお二人なのかもしれませんね。

ホンマ まさに! そこであまりにもすごいことが起きるから、「それならちょっとほかの人にも見せてあげようかな」って思ったものが作品というパッケージになるんですけど、そもそも作品って呼び方も私は好きではないし、私たちにとって一番大事なのは身体とエモーション。原動力は「我々がこれをやりたい!」って思いに尽きます。

市原 私は最初、俳優になりたいという思いから演劇を始めて、でもいろいろな作品に関わるうちに違和感を感じると言うか、「なんだかな」と思うようになったんです。そのとき、大学卒業を目前に単位が足りなくて単位欲しさに卒業制作として作品を作ることにして(笑)、友達5人くらいと見よう見まねで作品を作りました。まずは漠然と踊ってみたりしたんですけどあまりうまくいかなくて、何かやることや言うことが書いてあるものがあるほうがいいと思い、最初はガラケーで断片を殴り書きして……。でもそうやって書くことが自分にとってはすごくいい行為だったようで、アウトプットする手段を見つけたと言うか、そのあとようやくパソコンを買ってちゃんと書き始めて今に至ります。

一同 (笑)。

サエボーグサエボーグの過去作品より。©Satoshi Takase

サエボーグ 私はそもそもフェティッシュ業界にいるので、ラテックスという素材自体は身近にあったんです。二十歳くらいの頃に、中性的なジェンダーのドラァグクイーンに憧れて、ドラァグクイーンもどきの格好をよくしていたんですね。ただあの派手なメイクを毎回するのが、本当に大変だなあと思っていたときに、「ヴェガス・イン・スペース」っていう映画の中で、ドラァグクイーンのキャラクターがフィメールマスク(女性の顔を模したマスク)を部屋にズラーっと並べてるシーンを観て「これだ!」と(笑)。マスクがあればメイクも変幻自在なわけだしズボラもできます。それで最初は既製品ばっかり買っていたんですけど、池袋にオーダーメイドできるラテックス専門店ができてそこに通うようになり、そのオーナーから「自分で作ってみたら?」と勧められて自分で作り始めました。今でもそんなに技術的には上手ではないんですけど、当時は特に見た目の完成度よりも自分の欲望を優先するほうが先、という感じで次々作っていました。

相馬 この鼎談に、実はもう1人、あいトリ参加アーティストのモニラ・アルカディリさんにも参加してほしいと思っていたのですが、実現できなくて。今のサエさんの話を受けてそのモニラさんの話をしたいんですけど、彼女はクウェートで女性として生まれて、ものすごく男性に憧れていた人なんですね。クウェートやサウジアラビアは、マッチョなひげ面の男たちが圧倒的に権力を握っている社会なわけですが、彼女はそういう強いもの、男性的なものに支配されながらもそれに憧れていたそうなんです。と同時に、日本のアニメにハマって伊賀野カバ丸に憧れるんですね。それで16歳のときに日本に来て、カバ丸のように髪を青に染めて学ランを着て過ごしていたそうです。そのモニラさんの思いって、サエさんがドラァグクイーンになりたいと思った気持ちと近いと言うか。

サエボーグ すごくよくわかります!

相馬 モニラさんもサエさんも自分の身体を改造して理想に近付きたい、好きなものに同一化したいという切実さが似ていますよね。

リビング、ペット、家畜

相馬 サエボーグさんの「House of L」は8月31日から9月8日までの数日間にわたって、市原さんの「バッコスの信女─ホルスタインの雌」は10月11日から14日に上演されます。現在制作中だとは思いますが、作品の内容についてもう少し詳しく教えてください。

市原佐都子

市原 私は今回、ギリシャ悲劇をベースにした作品を作っています。相馬さんにお声がけいただく以前から、私はギリシャ悲劇を扱った作品を作りたい、と考えていて。それで何作か読んで最終的に、「バッコスの信女」に決めました。惹かれたのは、種や性別がはっきりしない、デュオニソスという神と人間から生まれた存在。そのデュオニソスを自分の作品に置き換えたとき、人間と牛のハーフで性別がはっきりしない存在というイメージが浮かび、そこから物語を書き始めました。また今回、私の作品には女の人しか出演しません。ギリシャ悲劇ってもともと男性が演じて、観客も男性だけだったと言われています。それで自分も極端な状況を作ってみようと思って。あえてそうすることによって複雑なものが描けるのではないかと考えました。ただ、原作はわかりやすい二項対立の物語ですが、私は例えば“動物と人間”“男性と女性”という対立を描きたいわけではなく、一見すると対立しているようでも、それぞれ似たところがあったり重なるところがあったりするものがたくさんあると思うので、複雑なものを複雑なまま提示したいと考えています。

サエボーグ 私の今作「House of L」では、今まで私が作ってきたキャラクターたちと新作がミックスで登場します。リビングルームが基本のセット空間です。家畜って英語で言うとlivestockなんですね。ライフがストックされているって、なんて暴力的なワードかと。日本では“家の畜”ですが、いずれにしても「生きている」ってことと家とがセットになっている。そのことと、前から作りたいと思っていた“ペット”を持ち込みたいなと。ペットには猫もいますが、猫のデザインはすごく難しいので先送りに(笑)、今回は出ません。代わりに家畜の中で一番古い歴史を持つ、犬が登場します。と言っても、ポンコツでアグリーな犬のペットです。

市原 実は私の作品も、リビングルームが舞台なんですよ(笑)。

サエボーグ え、マジで? みんな同じこと考えるなあ(笑)。

市原 (笑)。家畜を受精させる資格を持った主婦が、ネット通販で人間の男性の精子を取り寄せるんですけど、それを自分じゃなくて家畜の牛に受精させちゃって、牛と人間のハーフが生まれてくるという話で、その主婦が犬を飼っていて……。

サエボーグ わ、だいぶ似てますね。

左から相馬千秋、市原佐都子、ホンマエリ、サエボーグ。

市原 ですよね。犬についてはこれまでもたびたび書いてきたのですが、やっぱりペットの犬ってすごく変な存在だと思っていて。家畜だけど食べられないし、名前を付けられたり、服を着せられたり、血統書がつけられたり、人間から特別に愛玩されているのが気持ち悪いなと。なので今回、人間と、人間とホルスタインのハーフと、ペットの犬を同居させることで、それぞれの生き物としての存在の違いが出てくればいいなと思っています。

サエボーグ そうそう、私、あいトリで自分の出番が終わったら、牛の着ぐるみを着て市原さんのところに突撃しようかなって思ってて。

市原 あははは、ぜひ来てほしい(笑)。

クリケットから社会に迫る

相馬 今回、キュンチョメさんには国際現代美術展での展示以外にエクステンション企画として、展示から拡張した場所を作ってほしいとお願いしました。と言うのも、私は美術作品が作られて発表された瞬間にその場所に定着していく感じがつまらないと思ってるんですね。75日間という会期がありますから、芸術祭の中で定着されていない動きをするのが私の役割かなと。10月5日に行われるレクチャーパフォーマンス / 参加型イベント「円頓寺クリケットクラブ」はどのような内容になりそうですか?

ホンマエリ

ホンマ 展示作品では、名前を変えることとジェンダーがテーマだったんですけど、エクステンションでは“名古屋性”に特化していこうかなと。この地で名前を変えている人っていうと、名古屋は外国人が多いので、帰化で名前を変更している人たちが多い。彼らに実際に会って話を聞いてみると、漢字辞典を引きながら、自分に合った漢字を探したりしている。「ダ」っていう音のよい意味の漢字がないから苦労したとか(笑)、彼らしか知らない改名の苦労があったりする。それと彼らは自動車産業の仕事をしていることが多いんだけど、旧イギリス領の人たちが多くて、出身国も言語もそれぞれ違うけどイギリス発祥のスポーツであるクリケットを通して繋がっている。愛知だけでも何十とチームがあって休日はいろんな場所に集まってクリケットで遊んでるんです。

市原サエボーグ (ラクロスの真似をして)これ?

ホンマ 違う。(バッドを振る真似をして)こう。日本ではマジでみんな知りませんけど(笑)、世界中でプレーされていて競技人口は世界2位というスポーツなんです。

一同 えー!

キュンチョメ「円頓寺クリケットクラブ」に向けてクリケットをしている様子。

ホンマ それはつまりイギリスがどれだけ占領してきたのかっていう歴史の話でもあるんですけど、クリケットっていうイギリスが生んだスポーツが、日本で働く外国人たちによって各地で行われている。にも関わらず、日本人はまったくそのことが見えていないわけです。それを踏まえて、今回我々のエクステンションでは、改名とクリケットを入り口にして、日本の現在、愛知の現在を探っていきたいと思っています。タイトルは「円頓寺クリケットクラブ」。三度の飯よりクリケットを愛する外国人たちにクリケットを教えてもらって、みんなでわいわいクリケットをやるんです。ちなみにクリケットはソーシャルスポーツって言われてて、公式試合だと5日間もかかります。だから試合の合間にピクニックとお茶会をやるんですけど、今回はそのお茶の時間をレクチャータイムにしたいなと。

サエボーグ ギリシャってボクシングが盛んなんだけど、以前ギリシャに行ったときに、ボクシングの休憩中にチェスをやっていたのね。“体の体操をしたら次は頭”って感じで。それと同じ?

ホンマ うーん、もっとゆるいかもね。何しろティータイムですから。まあそこもイギリス文化ってことなんだと思いますけど。なのでエクステンションでは、全体をクリケットというポップなパッケージで包み込みつつ(笑)、隣人について考えたいと思います。一緒にクリケットをして、一緒にお茶を飲む。そうやって彼らの愛しているものを知ることが、彼らを知ることになると思うんです。だからこれ、クリケットの話なんだけど、愛の話でもあるんです! ところで私、実は今日すごいことに気付いて、この鼎談の最後に話そうと思ってたんですけど……。男性ジェンダーは青、女性ジェンダーは赤で示されることが多いじゃないですか。あいトリのテーマカラーは紫で、赤と青が混ざっているわけですよね。しかもロゴでは金の矢印が左右双方向に向いている。

一同 おおー!

ホンマ このロゴが象徴するように、あいトリはさまざまなな思想や立場が交じり合う表現の場であるべきだし、差別や偏見や圧力に負けない場所であるべきだと、改めて思っています。

左から市原佐都子、ホンマエリ、サエボーグ。