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「素敵なダイナマイトスキャンダル」冨永昌敬×川上未映子|何が映画の文体を作るのか?愛とエロ描く昭和青春グラフィティ

「南瓜とマヨネーズ」の冨永昌敬が監督を務めた「素敵なダイナマイトスキャンダル」が3月17日に封切られる。“実母が隣家の息子と不倫の末にダイナマイト心中”という体験を持つ編集者・作家の末井昭による同名エッセイに、関連著作や談話を追加して映画化した本作。柄本佑演じる末井がキャバレーの看板描きなどを経てエロ雑誌の編集長になり、時代のカリスマと化していくさまが描かれる。

このたび、ナタリーでは映画、音楽、コミックとジャンルを横断して全4回にわたる特集を実施。第1弾となる映画ナタリーには、冨永と彼の監督作「パンドラの匣(はこ)」にヒロインの“竹さん”役で出演経験のある作家・川上未映子が登場。久々の再会となる2人に末井の著書の話や実話とフィクションの関係について、川上から見た冨永の印象などを語ってもらった。

取材・文 / 森直人 撮影 / 吉澤健太

素晴らしい仕事をしていて元気出た(川上)

川上未映子 すごくよかった! 大傑作じゃないですか。

冨永昌敬 ありがとうございます!

川上 自分の信頼しているクリエイターが、こんな素晴らしい仕事をしているのを拝見すると、やっぱり元気出ますよね。

──川上さんは、冨永組の女優さんでもありますもんね(2009年公開「パンドラの匣(はこ)」にヒロインの“竹さん”役で出演)。

川上未映子

川上 そうなんです、皆さんお忘れかもしれませんけど(笑)。それで2010年にキネ旬の授賞式(第83回キネマ旬報ベスト・テン)があったでしょう。

冨永 はい、未映子さんが新人女優賞を受賞したときですね。

川上 授賞式の帰りにタクシーの中で末井昭さんのお母さんが、昔ダイナマイトで心中したって冨永さんから聞いたの。

冨永 そうでしたか! 確かに当時、この映画の企画を思い付いた頃で、まだなんにも自分の中で温めてないうちから、親しい人とかにベラベラしゃべってたんですよ(笑)。

川上 うん、「撮りたいんです」ってことまでおっしゃっていた。だから、いよいよ本当にお撮りになったんだって、感慨深かったです。何に一番惹かれたんでしょう?

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

冨永 もちろん末井さんという人物の魅力も大きいんですけど、それ以上に映画の原作になった「素敵なダイナマイトスキャンダル」を読んだ衝撃ですね。末井さんの書く文体がヤバいなって。

川上 私も今日ね、文体の話をしようと思って来ました。

冨永 独特すぎますよね。なんなんだろう、この“軽さ”はって。特に子供時代の話とか、お母さんのダイナマイト心中のくだりなんかは、書いてあることの悲惨さと文体が合ってない(笑)。さらに読み進めていくと、「これは物作りに関する本だな」とも思うようになって。途中から「ただひたすら楽しい」だけの本にもなる。

川上 異様な「軽み」のある本ですよね。

冨永 本の真ん中あたりに、ヌードモデルのタイプ別紹介みたいなくだりがあるじゃないですか。末井さんがエロ雑誌のグラビア撮影で脱いでくれる女の子を6通りに分けて紹介している。「エセインテリタイプ」「世話女房タイプ」「あばずれタイプ」とか……。それがもうおかしくって、「これは映画にしなきゃいけない!」と思った(笑)。

川上 そこなんですか(笑)。

当時の末井さんの世界に俺も参加したい!(冨永)

川上 私たちの世代だと末井さんが白夜書房で編集長をされていた写真時代くらいまでは、リアルタイムでは知りませんよね。

──創刊が1981年ですからね。内容や人選も70年代のアングラ文化をだいぶ引きずっています。

川上 冨永さん、何年生まれ?

冨永昌敬

冨永 昭和50年(1975年)で川上さんの1個上です。写真時代は普通のエロ本とは違って実質ディープなカルチャー誌で、直撃されたのは僕らよりけっこう上の世代ですね。それこそ菊地成孔さん(※1963年生まれ。本作の音楽を担当し、写真家・荒木さん役で出演も)とかはドハマリしていたみたいですけど。

川上 ナルさん、読んでそう(笑)。

冨永 我々より10~20歳くらい上がど真中世代なんでしょうね。僕からするとパチンコ必勝ガイドのほうが末井さんのもともとのイメージとしては強い。

川上 ふふふ。

冨永 パチンコ雑誌の変なおじさん(笑)。夜遅くにテレビをつけると、末井さんが雑誌のCMに自ら出てたわけですよ。自称パチンコジャーナリストの“ゴンゾーロ末井”と名乗って、着物姿で女装して。そのイメージが前提だったから、写真時代以前の末井さんの活動を知って余計にびっくりしたんです。

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

川上 私が末井さんを初めて知ったのは末井さんのパートナーである写真家・神蔵美子さんの「たまゆら」(1998年刊)です。お二人の関係と、そこに至るまでの複雑な私生活のドラマがあって……そこから冨永さんとのタクシーでの会話につながりました。

冨永 「素敵なダイナマイトスキャンダル」は末井さんの初エッセイ集で、1982年刊行だから、当時33歳とか34歳。まだ若いし、仕事もノリノリでうまくいき始めている時期ですよね。僕が主に関心があるのは、この本を書いた頃の末井さんなんです。もちろん子供時代の人格形成の要因となった出来事も大事なんですけど、自分が映画を作った動機としては当時の末井さんの世界に俺も参加したい!っていう。ノーパン喫茶の取材も一緒に行きたかったし(笑)。その祭りのような日々に終止符が打たれて、末井さんが40歳でパチンコ雑誌に移行する辺りまで……写真時代の終わりと次の時代の入り口までを、今回の映画ではクロニクルとして描いたんです。

「素敵なダイナマイトスキャンダル」
2018年3月17日(土)公開
「素敵なダイナマイトスキャンダル」
ストーリー

岡山の田舎町に生まれ育った末井昭は、7歳のときに母・富子が隣家の息子とダイナマイトで心中し、衝撃的な死に触れる。18歳で田舎を飛び出した末井は、工場勤務、キャバレーの看板描きやイラストレーターを経験し、エロ雑誌の世界へと足を踏み入れる。末井はさまざまな表現者や仲間たちに囲まれ編集者として日々奮闘し、妻や愛人の間を揺れ動きながら一時代を築いていく。

スタッフ / キャスト
  • 監督・脚本:冨永昌敬
  • 原作:末井昭「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫刊)
  • 出演:柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子ほか
  • 音楽:菊地成孔、小田朋美
  • 主題歌:尾野真千子と末井昭「山の音」

※R15+指定作品

冨永昌敬(トミナガマサノリ)
1975年10月31日生まれ、愛媛県出身。1999年、日本大学芸術学部映画学科卒業。「ドルメン」「ビクーニャ」「亀虫」などの短編作品を経て、2006年に「パビリオン山椒魚」で長編商業映画に進出。2009年には川上未映子が出演した太宰治原作「パンドラの匣(はこ)」を監督した。そのほか「コンナオトナノオンナノコ」「シャーリーの転落人生」「乱暴と待機」「庭にお願い」「アトムの足音が聞こえる」「ローリング」「マンガをはみだした男 赤塚不二夫」「ディアスポリス 異邦警察」など、劇映画だけでなくテレビドラマ、MV、ドキュメンタリーも多数手がけている。「南瓜とマヨネーズ」が現在全国で公開中。
川上未映子(カワカミミエコ)
1976年8月29日生まれ、大阪府出身。2007年、デビュー小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」と「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年に小説「乳と卵」で第138回芥川賞を獲得する。2009年、詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」で第14回中原中也賞、2010年「ヘヴン」で第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞を受賞。2009年の映画初出演作「パンドラの匣(はこ)」でキネマ旬報新人女優賞に輝く。2013年、詩集「水瓶」で第43回高見順賞、短編集「愛の夢とか」で第49回谷崎潤一郎賞を獲得するなど受賞作多数。そのほかの著書に「すべて真夜中の恋人たち」「きみは赤ちゃん」、村上春樹との共著「みみずくは黄昏に飛びたつ」など。

2018年3月20日更新