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「素敵なダイナマイトスキャンダル」冨永昌敬×川上未映子|何が映画の文体を作るのか?愛とエロ描く昭和青春グラフィティ

結果的に、すごく強度の高いフィクションになってる(川上)

川上 「素敵なダイナマイトスキャンダル」は、これは事実である、という私たちがあらかじめ共有している認識があるじゃないですか。もしこれがまったくの創作、本当のフィクションで、壮絶な過去を持った男の子の青春グラフィティだったら、こちらの反応も変わってくると思うんですよ。今回の映画の特異さは、原作者が自分の実体験をフィクション化したものを、さらにフィクション化していること。書かれたものはフィクション化からは免れません。事実を再現することはできない。もちろんときにはそれ以上の、あるいは別の効果を発揮することがあって、フィクションの多くはそれらを目指して存在している。しかし、何か事実に着想を得たものを書こうとするとき、その事実をまずどのように扱うのか、という問題は変わらずあります。通常は、何か事件が起きたり、実話ベースの作品に接したら、受け手はだいたい共感ベースで探りに行きたくなるんだけど、この映画に関しては事実や実話の現実性を考えるべきなのか、考える必要はないのか? そこのところも独特な感覚で不安にさせますね。

左から冨永昌敬、川上未映子。

──安易に共感の回路が発動しない、と?

川上 それもありますね。

冨永 末井さんの場合、人生相談とかも含めて書いてるのは実体験をベースにしたものがほとんどですよね。お母さんの話は、末井さんのほかの著作にも出てくるんです。ただ、書き方が変わってきているんですね。

川上 どんなふうに?

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

冨永 「素敵なダイナマイトスキャンダル」はあくまで飄々と重くならずに書いているから、お母さんの自殺が末井さんにとって大事なことなのかどうか、よくわからないわけですよ。でも「自殺」(2013年刊)なんかを読むと、お母さんのことをすごく大事に思ってたんだなってことがストレートにわかるんです。例えば、お母さんが家出をした時期が12月だったんですが、すごく寒いのに着物1枚で山の中に飛び出していったと。それを「自殺」では「可哀想だ」って書いてるんですよ。60歳を過ぎた末井さんは、極寒の中で死を決心したお母さんのことを「可哀想で仕方がありません」と述懐している。「素敵なダイナマイトスキャンダル」を書いたイケイケの頃なら、そういう書き方にはなってない。見出しから「お母さんは爆発だ」ですからね(笑)。事実より文体のほうが強い感じ。

川上 あくまで末井さんが若い頃に書かれたものに冨永さんが影響を受けて、映画を作ったのね。

冨永 そうですね。だから、例え今の末井さん本人がどう言おうとも、「いや、このとき末井さんは平然と受け止めたはずだ」という自分の確信、というか思い込みのほうを優先しています(笑)。

物を作る大概の人は「これは俺だ」と思う(冨永)

──末井青年が上京してから自己実現への道が少しずつ開けて行く展開は、王道の成長と冒険のワクワク感がありますよね。

冨永 やっぱり志みたいなものを持って少年から青年へと至る過程のパートに関しては、大概の人は「これは俺だ」と思うんじゃないですかね。特に物を作ったりしてる人は。

左から冨永昌敬、川上未映子。

川上 小さな看板会社に就職した末井青年が、唯一デザインの話ができる近松という同僚に出会って。あのへんのやり取りが、すごくみずみずしい。1つ伺いたかったのが、後半、雑誌の仕事で忙しくなった末井青年に、近松さんから手紙が届く場面。「親戚の仕事を手伝ってます」みたいな内容で、末井青年は手紙を読むとくしゃっとポケットに入れちゃう。そのときの柄本さんが、なんとも言えない表情をしていたの。あそこは冨永監督的にどういう感情を託したのかなと。

冨永 手紙を読んで「へへ」と笑ってポケットに無造作に入れて、振り返ったら超真顔!という。

川上 そうです。どんな演出意図があったのかなと。

冨永 あそこは近松さんに対しての特別な感情は、ほぼないと思うんです。主人公にとって今は仕事が一番面白いからスッとモードが切り替わる。

川上 たぶんね、主人公のキャラクターのエッセンス、あるいは映画のエッセンスや世界観があの一瞬の顔に凝縮されている気がする。斜に構えているわけでもニヒリスト的に振る舞っているわけでもなくて、ただ享楽的なわけでもない。実に捉えがたい。つくづく不思議だよね、末井さんって。

──南伸坊さんは原作本のまえがきで「ボーヨーとした人物である」と表現されていましたよね。

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

川上 茫洋、というより、カタカナでボーヨーって感じね。

冨永 よくわかんない人である、と(笑)。

川上 小説を書くときも、1つのキャラクターをどう生き生きと作り上げていくかというのは常に課題としてあるんです。会話とか語尾とか、細かい描写の1つひとつで地道に積み上げていくんだけど。でもこの映画だと、役者の身体っていうのが、まず圧倒的に大きいでしょう? その意味で今回、末井さんのつかみどころのなさ、彼の人生や世界との距離感が、すべての役者のコミュニケーションの中でできあがっていて、そこが本当に素晴らしいと思いました。

末井さんに負けないくらい冨永監督もヤバいよ!(川上)

──「パンドラの匣(はこ)」で現場を体験された川上さんにとって、冨永監督の印象はいかがでしたか?

川上 ロケでね、南三陸に行ったんですよ。そのときに冨永さんが「ここは本当にタコがおいしいんだ」「ふわっふわのタコだよ」と力説してたのね。しつこく何回も私に言うの(笑)。

冨永昌敬

冨永 そんなに言いました?(笑)

川上 異常だったよ。もう「ふわっふわ、ふわっふわ」ばっかり言うんです、うわ言みたいに。ロケバスの中でも言って、朝、おはようって挨拶したときも、また言って。「ふわっふわ」が10年経った今も頭から離れない(笑)。

──(笑)

川上 で、あるときね、港に近いところで冨永さんが1人だけバスから降りたの。ポケットに手を突っ込んで歩きながら、ちょっとニヤニヤ──とも言えない表情をした冨永さんから目が逸らせなかった。私の能力であの表情を的確に言葉で描写するには、技術的にあと10年はかかる(笑)。いろんなことを考えてそうなんだけど、他人のことなんか頭にない感じで。こんなに遠く離れたところから覗き見している人間を、こんな不安とも言えない感覚にさせるあの感じってなんなんだろうって。そのときに私、あっ、こういう人のことを「変人」って言うんだって直感した。

──(爆笑)

川上 「この人は本当に変わってるんだな」って、バスの中からしみじみ感じ入った。ただ監督が1人で歩いていただけなんだけど。そのニュアンスが今回の映画にも完全に通じているかもしれませんね。この映画の柄本さんは冨永さんにそっくりな瞬間が、いくつかあった。だから末井さんに負けないくらい、きっと冨永監督もヤバいんだよ!

冨永 そんなこと言われるとは思ってなかったですよ!(笑)

「素敵なダイナマイトスキャンダル」
2018年3月17日(土)公開
「素敵なダイナマイトスキャンダル」
ストーリー

岡山の田舎町に生まれ育った末井昭は、7歳のときに母・富子が隣家の息子とダイナマイトで心中し、衝撃的な死に触れる。18歳で田舎を飛び出した末井は、工場勤務、キャバレーの看板描きやイラストレーターを経験し、エロ雑誌の世界へと足を踏み入れる。末井はさまざまな表現者や仲間たちに囲まれ編集者として日々奮闘し、妻や愛人の間を揺れ動きながら一時代を築いていく。

スタッフ / キャスト
  • 監督・脚本:冨永昌敬
  • 原作:末井昭「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫刊)
  • 出演:柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子ほか
  • 音楽:菊地成孔、小田朋美
  • 主題歌:尾野真千子と末井昭「山の音」

※R15+指定作品

冨永昌敬(トミナガマサノリ)
1975年10月31日生まれ、愛媛県出身。1999年、日本大学芸術学部映画学科卒業。「ドルメン」「ビクーニャ」「亀虫」などの短編作品を経て、2006年に「パビリオン山椒魚」で長編商業映画に進出。2009年には川上未映子が出演した太宰治原作「パンドラの匣(はこ)」を監督した。そのほか「コンナオトナノオンナノコ」「シャーリーの転落人生」「乱暴と待機」「庭にお願い」「アトムの足音が聞こえる」「ローリング」「マンガをはみだした男 赤塚不二夫」「ディアスポリス 異邦警察」など、劇映画だけでなくテレビドラマ、MV、ドキュメンタリーも多数手がけている。「南瓜とマヨネーズ」が現在全国で公開中。
川上未映子(カワカミミエコ)
1976年8月29日生まれ、大阪府出身。2007年、デビュー小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」と「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年に小説「乳と卵」で第138回芥川賞を獲得する。2009年、詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」で第14回中原中也賞、2010年「ヘヴン」で第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞を受賞。2009年の映画初出演作「パンドラの匣(はこ)」でキネマ旬報新人女優賞に輝く。2013年、詩集「水瓶」で第43回高見順賞、短編集「愛の夢とか」で第49回谷崎潤一郎賞を獲得するなど受賞作多数。そのほかの著書に「すべて真夜中の恋人たち」「きみは赤ちゃん」、村上春樹との共著「みみずくは黄昏に飛びたつ」など。

2018年3月20日更新