「素敵なダイナマイトスキャンダル」特集トップへ

「素敵なダイナマイトスキャンダル」冨永昌敬×川上未映子|何が映画の文体を作るのか?愛とエロ描く昭和青春グラフィティ

映画の文体が原作の文体に完璧に密着している(川上)

川上未映子

川上 私は冨永さんの書く文章がすごく好きなんですよ。

冨永 恐縮です。以前にも褒めていただきましたよね。

川上 例えばパンフレットに書かれている文章や、短いエッセイやコラム。大島渚監督の全作品解説(SWITCH2010年2月号「大島渚フィルモグラフィー」)なんか本当に素晴らしかった。鋭くてユニークな批評性があるし、何よりやっぱり文体が好き。それで今回の映画を観て思ったのは、冨永さんの紡ぐ映画の文体が、原作の文体に完璧に密着しているってこと。だからさっき、冨永さんがまず末井さんの文体に惹かれたっていうのは、すごく腑に落ちたんです。

冨永 そこを観ていただけて本当にうれしいです。

川上 映画において文体に相当するものはなんなんだろうなって、考えてたんですよね。おそらくそれは映画によって違っていて、今回ならば、末井さんを演じた主演の柄本佑さんのお芝居、佇まい、彼に対する演出やあるいは発語などが、文体に相当していく部分が大きいんじゃないかと思うんです。私はこの映画で、初めのうちは柄本さんの演技をどんなふうに捉えていいのかわからなかったんです。

冨永 (笑)

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

川上 この映画って役者がみんな明らかにすごいでしょう。峯田和伸さん(末井の若き時代の同志・近松役)だって出てきた瞬間、普通じゃないってわかるし、菊地成孔さん扮する荒木さんも。でも、柄本さんだけがわからなかった。彼のポテンシャルがなかなか見えないというか。ところがあとから逆算すると、それが演出だということがわかってくる。

冨永 それが「文体」ってことだと。

川上 はい。彼のつかみどころのなさは、彼が演じているキャラクターが世界に対してどういう距離感でいるのか、人生の在り方の表象でしょう。それが末井さんそのものというか。末井さんの文体、末井さんが取っている世界との距離感が、柄本さんの演技や言葉の発し方、仕草1つひとつに表されていました。

冨永 映画の主人公を演じる俳優がどこに演技のポイントを置くかっていうと、内面の屈託だと思うんですよね。でも、この映画の主人公は途中でその屈託がどうでもよくなっちゃうというか。

冨永昌敬

川上 お母さんがダイナマイトで不倫相手と自殺した……確かにショッキングなエピソードですよね。それを若き日の末井さんが口にしたら、知人から「それがキミの売り物なんだね」と言われて、その話を封印するようになったという。だけど、後にそれをある人……芸術家の篠原勝之さんだと原作では明記されていますけど、彼にポロッと言ったら、純粋に「すごいじゃん」と反応してくれた。以降、その話を他人に言えるようになった。

冨永 ターニングポイントですよね。おそらく末井さんはそれを契機に変身して、「素敵なダイナマイトスキャンダル」という奇書を書いた謎の文体の人が完成するんですよ(笑)。だから今回の映画でも、後半の主人公は「何を考えてるんだかわかんない人」に見えるように演出のうえでも気を付けましたね。主人公でありながら映画の文体を背負った著者でもあるという意味で、柄本佑くんには相当難しい芝居を要求したんですけど、もう本当に、若い頃の末井さんにしか見えないレベルにまで行ってくれたんじゃないかなって。

因果は巡るというのは重要な主題の1つ(冨永)

川上 1つの時代背景を丹念に描くことはよくあると思うんです。でも今回の映画は、60年代、70年代、80年代……さらにお母さんのエピソードは50年代ですよね。クロニクルを見事に成立させているスタッフワーク、美術や衣装、メイクやヘアスタイルのすべてが素晴らしい。

冨永 光栄です。

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

川上 愛人・笛子さん役の三浦透子さんもすごくよかったね。不機嫌で不安定で、強くて。クリスティーナ・リッチも思い出した。不倫関係にある彼女と主人公がこっそりデートしていて、「夢のカリフォルニア」(ママス&パパスによる1965年のヒット曲)が流れる湖のシーン……あそこは引きの画で撮っていて、カメラが動いたときに、主人公のお母さん(尾野真千子)が心中に至る直前の姿が登場する。一気に時空を超えるじゃないですか。その流れが本当に美しい。

──鮮やかなシーンですよね。違う時代に生きている母親と息子が、同じような宿命を、同じワンカット風のフレームの中でたどってしまう。

冨永 そうですね。因果は巡るというか、いくら抗っても逃れられない血や業が、この話の重要な主題の1つではないかと思ったので。

──冨永さんは、最近お子さんが産まれたんですよね?

冨永 息子が今1歳です。妻が爆発したら?(笑)

川上 爆発はなかなか無理ですよね。末井さんのお母さんは、難しい病気で長く生きられないという状況もきっと大きかったですよね。おいくつで亡くなられたんでしたっけ?

冨永 ちょうど30歳だったそうです。

川上 若いですね。

冨永 確かお父さんとはわりと歳が離れてたのかな。この原作本では、お父さんのことってあまり出てこないでしょう。でも、後に末井さんの著作でぞろぞろ出てくる、お父さんエピソードが本当にヤバいんですよ(笑)。

「素敵なダイナマイトスキャンダル」

川上 そうなんだ。

冨永 もう、すごいんです。末井さんは、最近お母さんのことは大事に書くんですけど、お父さんに関しては「性欲と食欲だけの下等動物のような男でした」って(笑)。これは笑っていいところなんだろうな、と思って読まざるをえない。

川上 そこは偽らざる実感として(笑)。

冨永 だから僕、もし妻が爆発したら、後に息子が僕のことをどう見るかが心配です(笑)。

「素敵なダイナマイトスキャンダル」
2018年3月17日(土)公開
「素敵なダイナマイトスキャンダル」
ストーリー

岡山の田舎町に生まれ育った末井昭は、7歳のときに母・富子が隣家の息子とダイナマイトで心中し、衝撃的な死に触れる。18歳で田舎を飛び出した末井は、工場勤務、キャバレーの看板描きやイラストレーターを経験し、エロ雑誌の世界へと足を踏み入れる。末井はさまざまな表現者や仲間たちに囲まれ編集者として日々奮闘し、妻や愛人の間を揺れ動きながら一時代を築いていく。

スタッフ / キャスト
  • 監督・脚本:冨永昌敬
  • 原作:末井昭「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫刊)
  • 出演:柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子ほか
  • 音楽:菊地成孔、小田朋美
  • 主題歌:尾野真千子と末井昭「山の音」

※R15+指定作品

冨永昌敬(トミナガマサノリ)
1975年10月31日生まれ、愛媛県出身。1999年、日本大学芸術学部映画学科卒業。「ドルメン」「ビクーニャ」「亀虫」などの短編作品を経て、2006年に「パビリオン山椒魚」で長編商業映画に進出。2009年には川上未映子が出演した太宰治原作「パンドラの匣(はこ)」を監督した。そのほか「コンナオトナノオンナノコ」「シャーリーの転落人生」「乱暴と待機」「庭にお願い」「アトムの足音が聞こえる」「ローリング」「マンガをはみだした男 赤塚不二夫」「ディアスポリス 異邦警察」など、劇映画だけでなくテレビドラマ、MV、ドキュメンタリーも多数手がけている。「南瓜とマヨネーズ」が現在全国で公開中。
川上未映子(カワカミミエコ)
1976年8月29日生まれ、大阪府出身。2007年、デビュー小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」と「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年に小説「乳と卵」で第138回芥川賞を獲得する。2009年、詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」で第14回中原中也賞、2010年「ヘヴン」で第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞を受賞。2009年の映画初出演作「パンドラの匣(はこ)」でキネマ旬報新人女優賞に輝く。2013年、詩集「水瓶」で第43回高見順賞、短編集「愛の夢とか」で第49回谷崎潤一郎賞を獲得するなど受賞作多数。そのほかの著書に「すべて真夜中の恋人たち」「きみは赤ちゃん」、村上春樹との共著「みみずくは黄昏に飛びたつ」など。

2018年3月20日更新