現場の“切実な声”を可視化、685名のアンケートから映画業界の実態を描き出す調査報告

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一般社団法人のJapanese Film Project(JFP)が「日本映画業界における労働実態調査 2022-2023」を本日3月13日に発表。Webアンケートの調査をもとに、業界で慢性化している労働時間の長さや賃金の低さ、性被害やハラスメントの実態が分析された。匿名で集まった数多くのコメントから具体的な被害や意見を“切実な声”として可視化し、弁護士など専門家の視点から対応が示されている。

性被害に関するコメント(アンケート自由記述欄より一部抜粋)

性被害に関するコメント(アンケート自由記述欄より一部抜粋)

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「日本映画業界における労働実態調査 2022-2023」表紙

「日本映画業界における労働実態調査 2022-2023」表紙[拡大]

2021年の設立から業界のジェンダーギャップや労働環境の調査および、改善に向けた提言を継続して行っているJFP。今回の調査では2022年3月から6月にかけて、俳優を含め過去に一度でも映画の制作現場で働いたことのある人を対象にアンケートを実施した。有効回答者数は685名。男女比はおよそ6:4で、就業年数の分布では女性は10年以内の人が多く、10年以上の人が極端に少なくなった。一方で男性は10年以内の人が少なく、10年以上の人は多いという正反対の結果になっている。

アンケートでは経済産業省が実写映画の制作現場における労働環境改善に向けて主導する「映像制作適正化の取り組み」を参照し、「契約・就業時間・安全管理&ハラスメント・賃金・性被害」などに関するおよそ35の設問を用意。自由記述の内容や回答数の偏りから、現場で働く人々が今どういった窮状におり、業界に何を求めているか浮き彫りにしている。現場の演出部・制作部・俳優部に従事する人からの相談が多く、回答者の7割近くを占めたことからも、同部署の危機意識の高さが明確に。また回答は男女で意見が異なるものも多く問題がジェンダーとも密接に関連することから、回答を性別、年代でグループ化。それぞれが抱えている問題意識の違いや傾向が示されている。資料は計48ページに及び、主に6つのセクションで構成。JFPの公式サイトとnoteからダウンロード可能だ。

告発や報道が相次いだ性暴力やハラスメントの実態については、今回の調査でも多くの女性から性的な関係の強要、不必要な身体的接触、性的な発言や暴言など具体的で詳細な回答が寄せられた。代表的な声は「飲み会に呼び出され年配のスタッフの隣に座らされ体をずっと触られる」「相当酔っ払ったプロデューサー本人に、体を触られ、関係を迫られた。拒否しても強引に迫られた」「性暴力やセクハラや枕の誘いを断ると冷遇される。冷遇されてきた」など。このほか俳優からは同意のない性的な撮影の強要に関する回答も。ハラスメント一般については「沢山ありすぎる」「多すぎて書けない」などの意見が複数あり「20代の頃から映画業界のパワハラや権力の暴力を受けてきました。特に制作部について、制作=奴隷として扱って良いという空気が現場には蔓延していました。(略)パワハラを耐えた人がまたパワハラをすると言う連鎖が続いてる気がします」という声も寄せられた。

調査から見えてきたこと

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性別や年代ごとに傾向をみると、女性は圧倒的に自分の被害や親しい友人、同僚の被害に関する自分ごととしての記述になるが、男性は見聞きした話が多くなった。40代以上の男性になると「今は行われていない」といった記述も見られ、他人事、あるいは昔のこととみなす感覚が垣間見られたという。調査では、こういった認識の違いについて「男性の多い業界であるために男性から問題が見えにくくなっていること、年齢が上がると地位が上がり、やはり問題が見えにくくなる」という可能性を指摘。また性被害や悪質なセクハラには、その違法性と法的な観点での対策を示しつつ「実際には、行為者が監督やプロデューサーなどの権力者であり、仕事を得るため・続けるために拒否したり告発したりできなかった、といったケースも多い。被害者が個人として声をあげることはとても難しい」と説明。東宝や東映など個別の会社で対応の動きは始まっているものの「ハラスメント防止について学ぶ機会を業界全体で設ける工夫や、被害者が安心して相談できる救済機関の設立が求められる」と続けている。

改善を望む声(アンケート自由記述欄より一部抜粋)

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業界団体の日本映画製作者連盟(映連)、日本映画製作者協会(日映協)、日本映像職能連合(映職連)は経産省と連携し「一般社団法人 日本映画制作適正化機構(映適)」を設立。映画製作者(製作委員会)、制作会社、現場スタッフの多くを占めるフリーランスが対等な関係を構築し、安全・安心な働きやすい環境を作り、持続可能な産業として発展することを目的としている。映適の運用は特定の作品での実証実験を経て、4月から正式に始まる予定だ。JFPによるアンケート調査からは映適自体の認知がまだまだ低いことも明らかになったが、業界内部から働く環境を改善する取り組みには賛同の声が多い。賛同する理由として若手が映像制作を志さない、現場から離れてしまうなど業界の行く末を憂慮するものが多く、「学生は皆、低賃金、長時間、パワハラが当たり前の昭和的体育会系体質を見て、映像業界を諦めてしまう。このままでは若い人は映像業界に残らない」「業界の労働環境を制度的に変えていかなければ、日本映画の制作現場・作品自体の質が様々な面で衰退していく」という声がある。

映適への意見として、もっとも数多く寄せられたのは賃金関係だ。やりがい搾取を避けるために「賃金において最低限の基準を設けるべき」との意見も多数見られた。これまでも予算不足を原因とした過密なスケジュール、それに伴う長時間労働の問題が幾度も指摘されてきた映画業界。映像制作にあたり人件費の上限が設定されているため、予定より撮影が長引いたとしても予算以上の報酬が支払われない問題に触れるコメントも多くなったという。現在の賃金水準は70%以上が「少ない」を選択。少ない報酬での過重労働についての回答には「環境に問題の根源があると思っています。その環境を作っている原因の一つに、製作者(製作委員会等)と制作会社の間で交わされる不平等契約があると考えています。そこから生じた歪みが広がっていき、現場に過度な負担をかけている」という意見もあった。

改善を望む声(アンケート自由記述欄より一部抜粋)

改善を望む声(アンケート自由記述欄より一部抜粋)[拡大]

経産省が2021年に発表した制作現場の適正化に向けた調査報告書では、製作者と制作会社間における契約内容の認定基準として「予算を超過した場合の規定が明確に定められ、制作会社の責めに帰さない場合は、製作委員会が追加予算を負担すること」と明記はされており、4月からの映適での運用が期待される。制作会社とフリーランス間の取り決めとして上がっている1日最大13時間という就業時間ルールの導入については、男女ともに若い世代では「長すぎる」が過半数。就業年数10年以上の女性も「長すぎる」が「良い」を上回ったが、10年以上の男性のみ「良い」が「長すぎる」を上回り、ルールは必要という点では一致したものの世代やジェンダー間でのギャップが示された。

JFPは過去の調査で業界団体のジェンダーギャップや高齢化を明らかにしており、映適で若い現場スタッフや女性の声が正しく反映されるかは懸念が残ることも指摘。アンケートでは適切な運用がなされるか疑問を抱く声も多数あり、今後の課題と認識しているスタッフもいた。労働組合や相談窓口に言及する回答も多く、中には「現在の各協会がちゃんと労働組合としての役割を担うか、アメリカのようなユニオンが必要であると強く感じます」という訴えも。

「Japanese Film Project」ロゴ

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スタッフの多くを占めるフリーランスは実質的に労働者にもかかわらず、現状の法律では条件の改善を求めるような団体交渉ができない実情がある。しかしUber Eatsの配達員やヤマハ音楽講師など、いずれも企業の傘下で立場の弱いフリーランスとして働く人々が任意団体として労働組合を作り、フリーランス同士が連帯するための組織「フリーランスユニオン」を2022年5月に発足。フリーランスが働きやすい法的な環境整備を求める動きが活発になっており、政府もフリーランス保護の新法を2月に閣議決定したばかりだ。そのためJFPの報告書でも「自らも当事者として活動するユニオン(労働組合)の意義が一層周知されることが望ましい」と映画業界の環境改善に向けての道筋を示した。

JFPでは、Netflix法案など自国の映画産業を守るために法整備が整っている欧州の事例も調査。別途資料にまとめられているため、詳しくは公式サイトで確認してほしい。明日3月14日20時からはシンポジウム「ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3」をYouTubeで無料配信。今回の調査で分析を担った性被害対策・社会学・弁護士など外部の専門的な視座から課題解決に向けた打開策を探る。

シンポジウム「ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3」

シンポジウム「ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3」告知画像

シンポジウム「ハラスメント実態、労働環境適正化、日本映画のこれからを考える3」告知画像[拡大]

YouTube 2023年3月14日(火)20:00~21:30
視聴URL:https://www.youtube.com/watch?v=bChr6OsFs-w
<登壇者(予定)>
齋藤梓(臨床心理士 / 目白大学心理学部 准教授)
仲修平(社会統計学 / 明治学院大学社会学部 准教授)
新村響子(弁護士 / 日本労働弁護団常任幹事)
歌川達人(Japanese Film Project / 映像作家)
小西美穂(司会 / 関西学院大学特別客員教授)

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小林聖太郎 @syoutarou33

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