「ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~(以下、「ふつつかな悪女」)」が、12月28日に原作小説1巻の発売とコミカライズ連載開始から5周年を迎える。同作は“殿下の胡蝶”と謳われ愛される雛女・黄玲琳が、悪女と呼ばれる嫌われ者の雛女・朱慧月に身体を入れ替えられてしまうところから展開される“とりかえ中華後宮ファンタジー”。2020年に小説が発表されるやいなや話題作となり、同じく2020年にスタートしたコミカライズによってその人気をさらに押し上げた。また2026年4月にはアニメ放送が決定している。
コミックナタリーでは、5周年を記念した特集を展開。原作を手がける小説家の中村颯希、キャラクター原案を担うイラストレーター・ゆき哉、コミカライズを担当する尾羊英の鼎談をセッティングした。インタビューでは今後の盛り上がりに期待が高まる「ふつつかな悪女」について、3人のチームワークが発揮される作品作りの裏側や、お互いへ抱くリスペクトについて語ってもらった。
取材・文 / 川俣綾加
「ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~」
物語の舞台は、次期妃を育成するため5つの名家から雛女を集めた宮“雛宮”。“殿下の胡蝶”と呼ばれ、美しく聡明で周囲から愛される黄玲琳は、ある日悪女と呼ばれる嫌われ者の雛女・朱慧月により、互いの身体を入れ替えられてしまう。処刑されることが決まった慧月と入れ替わった玲琳は、絶体絶命。しかし病弱で常に死と隣り合わせで生きてきた彼女は、むしろ健康な身体を手に入れたことを喜び、鋼の精神で苦境を乗り越えていく。玲琳を妬み憎んでいた慧月も、玲琳の人柄に触れるうちに心が揺れ始め……。
「断罪される悪役令嬢」に挑戦したかった
──お三方が揃ってお話いただく機会は珍しいので楽しみにしてきました。まずは中村さんに女同士の入れ替わりの物語がどう生まれたかをお聞きしたいです。
中村颯希 入れ替わりものというより、悪役令嬢ものに挑戦してみたいというのが始まりです。本人に非はないのに釈明の余地なしに断罪される窮地から、自分の力で周囲を見返していくシチュエーションが楽しそうだなと。悪役令嬢を私なりに表現しようとしたのが本作です。
──悪役令嬢ものといっても本当にいろいろな作品がありますよね。
中村 もはや大喜利というくらいにありますね。定番の「非が無いのに断罪される」シチュエーションを作るにあたって、無実の自分と、相手が入れ替わってしまえばその状況になると考えました。ただ最近、編集さんに「悪役令嬢ものとして書いてたんですか?」と驚かれて「そうですよ!」と返したところです。結果的に面白く仕上がったからOKです(笑)。
──雛宮の制度や五家の設定も、物語に奥行きを生み出しています。
中村 中華後宮といえば派閥や序列がつきものだから、宮ごとに勢力が分かれるようにしました。ただ宮が4つだとほかの作品でもそういった設定があるし、中国の五行にのっとって五家にした形です。宮中の暮らし、衣装、権力勾配は中華ドラマをたくさん観てどういったものか掴み、自分なりにアレンジを加え、名前も日本人がわかりやすいものにしています。
──中華ドラマはどのような作品をご覧になるんですか?
中村 「瓔珞~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~」のような、後宮で奴隷や下女の立場だった主人公が下剋上を繰り返しながら高い地位まで登りつめる“強い女”の物語が大好きです。イケメンの寵愛を受けて状況が変わるのではなく、倍返しに次ぐ倍返しで圧倒するのが気持ちよくて。同時に、スカッするけれど、いじめた側も何か事情があったのかもしれない。そこを解決してこそ真の解決だと考えているので、「ふつつかな悪女」を書くときは意識しています。
──病弱だけど中身は豪傑な玲琳は、まさに強い女ですね。
中村 無意識に書いてしまうほど、強い女が大好きです。そういうヒロインを書こうというより、気づいたらそうなってしまいますね。第一幕、第二幕の玲琳は常識的なタイプで、狂気に欠けた主人公だと自分では思っていました。でも年月を経て「何かを好きすぎてちょっと変」を出したくなり、今では玲琳の“よき狂い”が濃くなっています。
原作のテンポをコミカライズでも表現したい
──イラストの依頼を受けて、ゆき哉さんが最初に感じたことは何でしたか。
ゆき哉 面白くてどんどん読み進めて、そして読むほどに「なんで私に依頼が来たんだろう」と思いました(笑)。普段は女性向けジャンルの仕事で男性を描くことが多かったので、女性キャラクターがたくさん出てくる「ふつつかな悪女」の依頼が来たことが不思議で。編集さんに「なぜ私なんですか?」と何度も尋ねたくらい「自分で大丈夫なのか」と考えてしまいました。今でも一番プレッシャーを感じる作品です。
担当編集 ゆき哉さんのイラストは色合いがきれいなんです。いろんな色が混ざっているのに統一感がある絶妙なカラーリングがとても素敵ですよね。中華ファンタジーというジャンルに合わせてゆき哉さんに依頼したというよりは、この人であればみんなに愛されるイラストを描いてくださると思ってオファーしました。ゆき哉さんにこのお話をしても、「そうかなあ……」と言われてしまうんですが(笑)。
ゆき ふふふ(笑)。
──私も艶っぽいカラーリングが素敵だなと思います。経歴を拝見すると、担当した数も多く、ジャンルも幅広いですよね。できないことはないくらいの豊富な経験値。それほどのプレッシャーを感じたのは意外でした。
ゆき 過去にゲーム会社でグラフィックデザイナーをしていたことがあり、ゲーム画面のUIデザインから、宣伝用バナー、作画チームが困ったときの助っ人までしていました。要は何でも屋でしたね。
──色合いがとてもきれいで目を引く鮮やかさがあります。
ゆき 中村さんもおっしゃってましたが「ふつつかな悪女」は五家があり、それぞれ色が決まっているのでカラーリングもやりやすかったです。
──尾羊さんが作品を読まれた感想はいかがでしたか。
尾羊英 初めて読んだときに「なんて鮮烈な作品なんだろう」と感じたのを今でも覚えています。私は文章を読んでも映像が頭に浮かぶタイプで、五家の色や、玲琳と慧月のエネルギッシュさがオーラみたいに色で見えて、極彩色の物語が頭に浮かびました。しかも、私はファンタジーが大好きで、特に好きな要素が「投獄」「処刑」「踊り」なんですよね。
中村 全部揃ってる(笑)。
尾羊 序盤で全部出てきたからわくわくしました(笑)。ただその時点では、まだ私がコミカライズを担当できると決まっていたわけでなく、あくまで候補の1人でした。
──踊るシーンは描くのが大変そうなイメージでしたが、尾羊さんはわくわくするタイプなんですね。
尾羊 一番にぎやかで楽しいですね。体の動きを表現するのは大変ですが、キラキラした演出をするなら踊りのシーンほど素敵になるものはないです。
──ゆき哉さんが小説からキャラクターデザインを起こすにあたり、大切にしたことは何ですか。
ゆき 中村さんは世界やキャラクターの設定をとても細かく作るタイプの作家さん。あらゆる発注書を見てきた自分としては、資料と違う点が出たらダメなはず……と、それもまた緊張しました。ただ私が自由に盛りつけた要素も、中村さんがポジティブに受けとめてくださって、ネガティブなことを全然言わないんですよ。第六幕で辰宇と慧月と景彰が並んだ挿絵を描いたときに、身長差がわかる図も別途作って渡したんです。「景彰は辰宇より背が低いけど、背の高い慧月とキスしやすい高さでいいですね」と感想を送ったら、中村さんからすごい熱量の返事が届いたんです。びっくりしました(笑)。
中村 いつも暑苦しい感想を送りつけてしまいすみません(笑)。
ゆき これを踏まえて、第七巻では、慧月と景彰の萌えポイントを読者の皆さんに届けられたので、原作者の方と気軽に感想を言い合える関係が本当にありがたかったです。
中村 背の高さの話がもう心に刺さってやばかったです。ゆき哉さんが描いてくださったキャラクターデザインの話は、本来は3時間かけて語らないといけません。届いたメールの件名に「イラストラフ」とあると「お~来た!」と毎回テンションが上がります。私の乏しいビジュアル脳で想像したものを100倍くらい超えてきますから。こんなこと言ったら暑苦しいうえにゆき哉さんのプレッシャーになってしまいますね。でも抑えられないです!
──(笑)。キャラクターのビジュアルを見て特に印象に残ったのは誰ですか。
中村 どうしようかな、全員語りたいところですが。
ゆき 私もこれは初めて聞きます。
中村 創作意欲が湧いたのは藍林熙。キャラクターの造形はいつも頭の中でふわっとしたまま書いてしまってますが、ゆき哉さんの描いたビジュアルや表情を目にした瞬間、体が熱くなるくらい衝撃を受け、悪役として彼がどういう人物なのか想像を掻き立てられました。挿絵の構図も全部違っていて「その角度でいっちゃうか!」とうれしい驚きがどの巻にも必ずあるのが、ゆき哉さんのすごいところです。コミカライズ版は金淑妃もいいんですよね。
ゆき 若い頃の金淑妃も最高でしたね。
──尾羊さんはコンペでコミカライズを担当することが決まったそうですが、マンガの原稿はいつ頃から描き始めましたか?
尾羊 編集部側は、小説1巻発売のタイミングに月刊コミックZERO-SUMでコミカライズの連載をスタートさせる計画をしていました。ネームを切り初めたのは小説1巻の制作途中、ゆき哉さんのキャラクター原案もまだという段階でしたね。細かなビジュアルの設定が決まったのは、ネームが通ったあとだったので、それくらいスタートが早かったです。
──かなり早かったんですね。尾羊さんがマンガのキャラクターデザインを起こすにあたり、意識したのはどんなことでしょう。
尾羊 コミカライズでは、流し読みでもどのキャラクターかわかるような描き分けを意識しました。玲琳と慧月は、服装の違いはあっても髪の色や長さなど中華後宮という設定上似てくる要素があります。読者の皆さんは画面をじっくり見るより、やっぱりストーリーが面白いから早く読み進めたいんじゃないかと思うんです。1日の終わりの疲れているときにも混乱せず、ストレスなく読んでもらいたい。だからまずは目元だけで見分けられるよう、玲琳はやりすぎなくらい瞳の線を描き込み、慧月はシンプルに。あと表情や仕草でもわかるように工夫しています。ゆき哉さんが自由にしていいと言ってくださったおかげで助けられています。
ゆき マンガ連載を過去に一度経験して、心底大変だとわかってるので、細かい装飾などは調整して大丈夫だとやり取りのある各コミカライズ担当の方にはお伝えしています。少しでも楽に描いてほしいです。必要な部分は中村さんと尾羊さんの間で調整してくださるので、私は安心して豪華な衣装を存分に描いています。
──確かに、イラストとマンガだと、それぞれ力を入れる場所が違ってきます。もう1つ、コミカライズだとマンガ用にストーリーを再構成するので、そこで気をつけていることも知りたいです。
尾羊 原作の魅力の1つは、テンポのよさです。早く次が読みたくなるようにすることと、複雑な設定の情報や構成を整理することを意識しますね。原作だと物語の区切りが2冊ごとについています。コミカライズもそのよさを出せるよう、原作2冊分をコミカライズ4巻分のボリュームに再構成して読み味を保つようにしています。
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負の感情をストレートに出せるのが慧月の魅力
