藏丸竜彦「数学ゴールデン」最新8巻が発売中だ。同作は数学オリンピックの日本代表になるため、青春のすべてを数学に捧げる小野田春一が主人公の物語。他人から無謀だと言われながらも、めげずに真摯に向き合い、数学を探求していく少年少女たちの姿が描かれる。ヤングアニマルZERO(白泉社)で連載中。
コミックナタリーでは“勉強マンガ”をテーマに、藏丸と「二月の勝者 ー絶対合格の教室ー」(以下、「二月の勝者」)の作者・高瀬志帆の対談をセッティングした。小野田の視点をメインに、数学が解ける楽しさを描き出す「数学ゴールデン」と、中学受験に臨む生徒、保護者、塾講師たち、そしてその周辺に広く焦点を当てた群像劇「二月の勝者」。性質は違えど勉強というテーマでつながっている両作を互いに読み、その感想を語り合ってもらった。
取材・文 / はるのおと撮影 / 武田真和
「数学ゴールデン」は“異能バトル”の少年マンガ
高瀬志帆 「数学ゴールデン」を読ませていただきましたが、マジ素晴らしかった……!! 後で話したいですが個人的に救われたこともありまして! これは数学がテーマの異能者バトル少年マンガですよね。私も勉強にまつわる題材でマンガを描くのにすごく苦労しましたが、「数学ゴールデン」はマンガに勉強を落とし込むのが大変だったろうなと思いました。勉強、特に数学はアレルギーを持たれがちでしょうけど、熱いバトルや友情といった少年マンガらしい要素を盛り込んで、マンガとしてとても楽しい。“読者を巻き込む力”がめちゃくちゃ強い! 数学の説明シーンでは「わかんねー!」って思うのに(笑)、わからなくても見開きなどでバーンと描かれると「すげーかっけー!」と痺れてしまう。これはすごいマンガ力です!
藏丸竜彦 いやあ……今のお話だけで今日の対談に来た元を取った感じがします(笑)。同じ勉強マンガを描かれているからこそわかる工夫みたいなものまで言及してくれて、大変ありがたいです。
高瀬 オタク特有の早口ですみません!
──「数学ゴールデン」から感じられる工夫について、どんな場面で感じますか?
高瀬 人が何かの問題を解くときに、脳内で起こっていることを具現化することってなかなかできないですよね。それを「数学ゴールデン」では何か閃いた際に翼が生えて飛んだり、苦しんでいる対象を鎖で表現したり、パルクールのようなアクションをしたりと、マンガ表現として表出していらして。これはマンガにしかできない「学習場面の表現」だと思います。
──問題を解いたのを壁を壊して表現するシーンなどですね。
高瀬 そうです。ブレイクスルーする感じが絵で、しかも表現豊かに描かれていて、これはマンガでないとできないことです。言葉でいくら数学の魅力を伝えようと思っても難しいけど、マンガという媒体だからこその表現で語っている。これは“マンガ力”としか言いようがないです。
藏丸 そこまで深く言ってくださるのは初めてです。今の話だけでも、後で音源もらえないですか?
造語「ベストナーバス症候群」に救われて
高瀬 (笑)。それと私はこの作品から「私もがんばろう」という気持ちをたくさんもらいました。特に「ベストナーバス症候群」の話が「まさに今の自分……!」と衝撃を受けまくったんです。「過去に自分が出した結果を超えられなくて、それに囚われて身動きできなくなる」という状況を指す言葉ですが、その後に主人公の小野田くんの「この逆風だって、ものにしちゃえば上昇気流」というセリフ。すごく響きました。そして小野田くんが、過去の「鎖につながれていた自分」をただ乗り越えるのではなく、「支えてくれてありがとう」と肯定して愛するシーン。あそこは本当に素晴らしくて。こうして話してても泣きそうです。
藏丸 そんなに褒めてくださるとは……僕も泣きそうです。でも「ベストナーバス症候群」は造語なんですよ。
高瀬 そうなんですか? そういう言葉がもともとあるんだと思っていました。
──素晴らしい言語化ですよね。ちなみに高瀬先生は現在大学に通われているそうですが、現役の学生という視点では「数学ゴールデン」をどう見られますか?
藏丸 え、大学に通われているんですか? すごい。
高瀬 通信制なので、仕事と両立できるよう授業のボリュームを調整しながらです。必修の統計学では数学の知識は必要なので、課題こそ提出していますが、根本的に理解できないままで、苦手意識はあって。だから「数学ゴールデン」に出てくる、数学が苦手なキャラのダイスケくんにはめちゃくちゃ共感してます。
──第2巻から登場する、数学が苦手なヤンキーで、小野田の先輩ですね。最初は乱暴だったけど、その後に小野田やヒロインのマミとチームを組んで数学甲子園に挑むという。
高瀬 全員が天才だと物語に入り込めない人もいるだろうけど、ああいったキャラクターがいるおかげで間口が広がっていて、さまざまな読者さんにも共感できる箇所がとても多いと思います。
藏丸 でも、ダイスケは今みたいなキャラクターにするつもりはありませんでした。「二月の勝者」にもアクションシーンがありますよね。あれと似ていて、数学を解く静かなシーンに入る前に動きがあるワンクッションを入れておこうかな、くらいの感じでダイスケを出したんです。「このへんで派手な動きを入れないと画面が持たないぞ」みたいに思えてきて(笑)。最初は(小野田の先輩・高垣)すみれの元カレとして出しただけで、先のことはまったく考えていませんでした。
高瀬 最初はヒールだったダイスケが、小野田たちのチームに完全に馴染んでいたところも、チームの友情物としてめちゃアツい!
「二月の勝者」のクライマックスは海外ドラマのよう
──逆に、藏丸先生は「二月の勝者」をどう読まれましたか?
藏丸 最初は黒木先生のキャラクターを立てながら、中学受験のエモい話をするのかなと思いつつ読んでいたんです。でも途中から単なる受験マンガではなく、いろいろな要素が詰まった作品だと気づきました。「ドラゴン桜」や、僕もアシスタントとして手伝っていた「コウノドリ」にも共通したエッセンスがあるというか。人生の岐路に立つ子供に焦点を当てつつ、講師と生徒の関係、塾講師同士の関係、親同士、夫婦……そんな群像劇に受験のノウハウも詰まっていて。
高瀬 描いていて楽しかったです(笑)。
藏丸 しかも21巻という長丁場で、縦横無尽にありとあらゆることをやりながら最後はギュッとまとめて、一世代の受験を描き切っていく構成がすごいです。例えば「ストレンジャー・シングス 未知の世界」のような、海外ドラマのクライマックスでみんなが集まって戦うような感覚がありました。ライブ感を持って描く自分とは違ってガチガチにできあがっていて、その練り上げられているのを見て圧倒されました。
高瀬 ありがとうございます。よく中学受験ものと言われますが、自分的には現代の教育問題、さらに社会問題を俯瞰し、そのすべてが根底でつながっているようなマンガを描いたつもりです。
藏丸 その主観と俯瞰の違いはありますね。僕は主観に入っちゃうけど、高瀬先生は俯瞰。いろんな人の人生の一部を一気に読んで、自分が知らない世界に満たされる感覚がありました。
高瀬 その両面を描くのに21巻を費やしてしまいました……。
藏丸 連載当初からここまで長くする予定だったんですか?
高瀬 私は10巻ぐらいでまとまれば大成功と思っていました。でも途中から一定の評価を頂けてきたので、とことん枝葉まで描ける!と。それでも(中学受験の本番にあたる)2月初旬の長さときたら……でも、あの3日間の濃密さは半端じゃないので。物語の流れるスピードは実際の体感に合わせて決めました。結果、「SLAM DUNK」の山王戦みたいな感じになりました(笑)。
藏丸 その後のエピローグにピークを持っていっていたのもよかったです。キャラクターを安易に描かないというか……主人公の黒木先生はクールだけど裏では優しいとか、そういうギャップを見せるのは簡単ですが、それを最後の最後まで引っ張っていますよね。あのクールな表情が崩れるのを最後まで取っておいたのは、相当タフでないとできない構成ですよ。
高瀬 「進撃の巨人」と「ゴールデンカムイ」が大好きで、最終回まで伏線を隠し持って走り抜けた構成力に憧れてました。「私もあんな終盤の作劇を目指したい!」と身の丈以上の欲を持ってしまい(笑)、編集部にご相談して、最終回は50ページ、ラストの3ページをカラー、という特殊な最終回の形態を整えていただけました。感謝しかないです。
藏丸 最終回のあの演出、充実感がすごかったです。あと黒木先生が塾の外で見ている無料塾・スターフィッシュの話も、最終的にテーマにピタッとハマっていました。あれも最初から考えていらっしゃったんですか?
高瀬 スターフィッシュ(劇中で出てくる無料塾の名前)の話で描かれる教育格差は連載準備当初からの構想です。中学受験と併せて描くことで、「二月の勝者」の作劇を両輪で成り立たせたい、むしろこちら側を描かないことはあり得ない、とまで考えました。子育てや教育の在り方は、社会構造と密接につながっています。都心ではクラスの2/3も中学受験を受けるようになっていますが、それは今の親御さんたちが置かれている状況が、社会情勢と密接につながっているからだと考えました。親自身が無意識に社会から不安に“させられて”、中学受験に参加“させられている”現象も見受けられます。今の親世代の頃は、中学受験ももっと楽しくやっていた、という話も聞くので、今は子供たち、そして親を取り巻く構造が変わってきているのかなと。
藏丸 SNSで「今年受験」とか書くと、めちゃくちゃフォローされるそうですし(笑)。
高瀬 何か得るものがないか、子供にやる気を出させる方法がないか、みんな必死に探しているんでしょうね。
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数学の楽しさを押し付けるのではなく……


