カードゲームなどで知られるブシロードの子会社・ブシロードワークスから、2023年12月に新たなWeb雑誌・コミックグロウルが創刊された。「魔法使いの嫁」や「とつくにの少女」を立ち上げた元マッグガーデンの編集者・新福恭平氏が、ブシロードワークスの代表取締役に就任したこと、また「魔法使いの嫁」がコミックガーデンからコミックグロウルへと移籍したことでも話題を集めた。
コミックナタリーでは、新福氏と取締役兼コミックグロウル編集長・稲垣一真氏による対談をセッティング。ブシロード作品のコミカライズが中心だった出版部門ではなく、“出版社”を作ることになった経緯とその意図、王道のやり方でオリジナル作品を作っていく意味、「魔法使いの嫁」の移籍にまつわるエピソードなど、幅広く語ってもらった。コミックグロウルを基に目指す“出版社”の理想とは? また2人が求める編集者像にも迫る。
取材・文 / 増田桃子撮影 / ヨシダヤスシ
プロフィール
新福恭平(シンプクキョウヘイ)
1987年7月26日生まれ、鹿児島県出身。2011年に株式会社マッグガーデンに入社し、ヤマザキコレ「魔法使いの嫁」やながべ「とつくにの少女」などを立ち上げ・担当する。2017年に編集業務と兼任する形で株式会社リンガ・フランカを創業。2023年7月にブシロードワークス代表取締役に就任。引き続き「魔法使いの嫁」には担当編集として関わる。
稲垣一真(イナガキカズマ)
1985年12月12日生まれ、神奈川県出身。2009年に株式会社マッグガーデンに入社し、コミックブレイド副編集長を経て、2015年にKADOKAWA入社。ヤングエースで「賢者の孫」「であいもん」等を立ち上げ・担当し、2023年より編集長を務める。現在はコミックグロウルの編集長および、ブシロードワークスの取締役。
「オリジナル作品を創出するための組織をやってみないか」と木谷社長に誘われて
──新福さんはマッグガーデンでの経験を経て、2023年7月にブシロードワークスの代表取締役に就任。稲垣さんはコミックブレイド副編集長(マッグガーデン)、ヤングエース編集長(KADOKAWA)を経て、現在コミックグロウルの編集長を務めていらっしゃいます。まずはおふたりのこれまでの経歴を教えてください。
新福恭平 新卒のときは氷河期だったのと音楽活動に夢中だったのといろいろあり、どこにも受からず(笑)。卒業後1カ月ぐらいニート状態だったのですが、そのときに改めて人生の大半を賭けるなら、マンガ編集をやりたいなと。当時、住んでいた家のそばにあった医療系の出版社に入ったのがキャリアの始まりです。その後、25歳のときにマッグガーデンに移って。契約最終年3年目でようやく作品の立ち上げができるようになり「魔法使いの嫁」や「PSYCHO-PASS サイコパス 狡噛慎也」、「とつくにの少女」といった作品等を立ち上げ、担当して10年ほどマッグガーデンにお世話になっていました。
稲垣一真 僕の場合は大学4年時に死ぬほど単位が残っていたので留年予定でのんびりしていたんですが、意外に卒業できてしまい(笑)。もとからエンタメ企業を希望していたものの、出版社はほとんど受けられず。小売も興味があったので一度ヨドバシカメラに就職しました。半年ぐらい働いた頃に、マッグガーデンが未経験者でマンガ編集を募集しており、そこで採用してもらって。そこから6年半コミックブレイドで編集をしていました。副編集長にもしていただいたし、マッグガーデンはいい会社で働きやすかったんですが、以前から大手に行ったら何ができるんだろうと興味があって。それでKADOKAWAへ転職、ヤングエース編集部に所属し、副編をやったり編集長をやったりしながら9年半在籍していました。
──おふたりはマッグガーデン時代は先輩後輩という間柄だったんですね。その後、新福さんがブシロードの出版部門・ブシロードワークスの代表取締役に就任されますが、何がきっかけだったのでしょうか。
新福 マッグガーデンでのキャリア中盤から、僕は親会社であるIGポート出資でマンガ配信アプリを事業とする会社を経営していたんですが、こちらを経営する中で資金調達が必要になる段があり。その際にご出資いただいたのがブシロードで、御縁の始まりでした。その会社自体は調達後に通期で黒字化させることはできたものの、事業ドメインとして限界を感じていました。そこで利益が出ているうちに会社を閉じて資本を別の事に振り分けていただこうと思い、清算を申し出たんですがその際に木谷社長から「オリジナルで作品創出をできる組織をブシロードに作りたいと考えている。この会社をやってみないか」という話をされて。それがきっかけですね。
稲垣 僕は今年の2月にブシロードワークスに転職してきました。実は以前、新福くんがブシロードワークスを作るとなったときに、「イチから出版社を作ろうと思っているんですけど、一緒にやりませんか?」と誘いに来てくれて。楽しそうだと思ったんですが、当時のヤングエースは編集部の状況的にすぐに辞められる状況ではなかったので、そのときはお断りしました。その後もたまに会うんですがその話は特にせず、1年ちょっとくらい経ってからですね。こちらから改めて「あのときの話ってまだ生きてる?」と話を聞きに行って。そのうえで今年の春に入社した流れです。
──木谷社長から「会社をまたやってみないか」と言われたとき、新福さんはどう感じましたか?
新福 端的にうれしかったですね。会社を清算しているわけで、いわば敗軍の将だなと自認していたので。ただ、出版をベースに、となるとアートの側面が強い。かなりの赤字を数年出してようやく土台ができる、そういう勝負になると思いますという話は率直にさせていただきました。それでもやるべきなんだとおっしゃられていたので、その強いお気持ちを受けて、やってみようと。
──新福さんは社長、稲垣さんは大手出版社の編集長まで経験されていますし、イチから新しい場所で始めるのは勇気のいる選択だったのではないでしょうか。
新福 バカなのかもしれません(笑)。ただ、僕は出版の全部を知りたいと以前からずっと思っていて。特定職だけを順にやってもすべて知るのに何年も掛かるでしょう。それならば会社を作ってしまえば、否応なしに短期間ですべてを知らなければならなくなるはずと考えていました。知ることができなければ死ぬしかないとなれば、そのほうが早いし効率がいいなと。体力のある若いうちにより成長したかった。あと個人的に、“創業者”が好きで彼らのそばで学びたいという気持ちもありました。石川(光久)さん(Production I.G創業者)、保坂(嘉弘)さん(マッグガーデン創業者)にたくさん学ばせて貰いましたから、今度は木谷社長のそばでその仕事を見てみたい、学んでみたいと思った。なので、リスクより好奇心が勝ってしまった、という感じですね。
稲垣 僕の場合は常に面白いことをしたいという気持ちですかね。マッグガーデンのときにブレイドオンラインという新規のWeb雑誌の立ち上げを任せてもらえて、大変だったけどそれが楽しかったんです。ヤングエースに移った後も会社側がそろそろWebをやりたいってことでさまざまな部署のみんなで協力してヤングエースUPを作って。新しく雑誌を作るのは労力もかかるけど達成感もある、じゃあさらに大きな枠組みで出版社を作るのはどうなんだろう?って興味があって。ただ僕は新福くんほどベンチャー気質じゃないので(笑)、彼が経営をやってくれるなら乗っかってみようみたいな感覚ですね。あと単純に新福くんのことが人として好きなので、また一緒に働きたいなと常々思っていたので。
──本格的にブシロードワークスで出版をスタートさせることになったということですが、ブシロードには以前から出版部門がありましたよね。今までとの違いはなんでしょうか。
新福 そうですね、出版に関連する部門は10年ほど前から存在していました。ただこれまでの同部門は、自社IPの宣伝側面でのマンガと情報誌の側面が強い場所だったように僕には見えていた。それ自体はまったく悪いことではないんですが、新規で作品が創出されていく組織体になるということはこれまでとはまったく違う会社にならねばならない。作家さんと一緒に作品を世間に出していくっていう従来の出版社が当たり前にやっていることを、当たり前にできるようになる必要があった。事業内容自体からも大きく変わるようなものなので、何もかもが変わって違うという感覚です。
ヤマザキさんだったからこそまとまった
──「魔法使いの嫁」がマッグガーデンからコミックグロウルに移籍してきたことも注目を集めました。移籍の経緯について教えて下さい。
新福 両社のIRで掲出されている以上のことはないのですが、著者の希望を関連する皆が尊重し、そのうえで会社間ではきちんと代替的にでも補償を行った、ということは確かです。詳細は省きますが、一重にクリエイターを尊重したI.Gとマッグガーデンとブシロード、そして尊重をされるに相応しい人柄であったヤマザキさんだったからこそまとまった話だったとも思います。どんな作品であれお金で替えがきくとは思わないですが、なんらかの形では補償するべきだと考え、このような調整となりました。
──ほかのインタビューなどでも移籍に際して2億を支払ったと話されてましたが、こういった事情が公になっているのも珍しいことだなと。
新福 互いに上場企業でもあり、発表する必要があったので。ただ、個人的にはこうした事態が起こった際に、金銭的補償を行うという例を作ることができたのはよかったことかなと思います。
──稲垣さんは編集者として、作家さんの移籍についてはどう考えてますか?
稲垣 なんら補償もせず作品を引き抜いて出ていく編集者の方も少なからずいらっしゃるので、それはどうなんだろう?とずっと思ってましたね。本人たちがよくても、読者さんからするとまた単行本を集め直すとか、背表紙やデザインが変わるとか、なんなら判型も変わる可能性もある。本棚に並べたときも美しくないですし(笑)。でも作家さんの希望が先にあって、関係者の調整もして移籍金もお支払いする、というのは最低限の筋は通っていると思います。
マンガとしてちゃんと面白い「魔法少女イナバ」
──立ち上げて2年目ですが、すでに注目作も出始めていますね。中でも「魔法少女イナバ」は、魔法少女に憧れる27歳の普通の女性・城戸兎衣が、魔法少女として生きる意味を見出していくという物語で、かなり話題になっています。
新福 そうですね、読み切りのときからとてもいい反応をいただいていて作品のよさが伝わってうれしく思います。強い光に当てられた人間が、その光に自分もなりたいと思ったときにどうするのか、その強い輝きが魅力なのかなと思います。非常に歯切れのよいテンポ感も強みですね。とはいえ、こんな説明は後付けで「面白い」が最初の印象です(笑)。
稲垣 おかげさまでコミックス発売時にも大きな話題にしていただいてありがたい限りです。新福くんが言ったように、人には強い光に憧れ惹きつけられる性質があると思います。でも全員が全員、その光に手が届くわけではない。届かずに諦めてしまった人のほうが多いと思います。僕もそうです。でも、心の奥底で消し切れていない思いがあると思うんです。イナバはそういった多くの人が心の奥底に閉じ込めていた光への憧れといった感情を刺激し、奮い立たせてくれる、勇気を与えてくれる。そこに共感した方々が評価してくださっているのかなと思います。
──やっぱりSNSでのバズは意識されてるんでしょうか。
稲垣 前提として作品を世に送り出す際は、まずマンガとして面白いかどうかという基準で見てますし、編集部員たちにもそう指導しています。バズることでたくさんの人の目に触れることはあると思いますが、「たくさんの人の目に触れること」が目的ではなく、「面白い」を届ける要素があることが大事だと思っています。とはいえ、それをどう売っていくか、どう広めていくかを考える過程で、このシーンを使ってこんなものを作ったらバズるんじゃないか?と考えたりはもちろんしますよ。
新福 僕の立場だと、この企画はこんな売り方ができそうだなとかは思ったりする部分もあるんですけど、「バズるシーンを作ってください」みたいなのは違うかなと思っていて。結果的にそのシーンがバズるのはいいことだし、そういう芽があるなら咲かせてやらないと、という話はするんですが、芽がないところに花を咲かせにいくのって奇妙だなと。やはり稲垣さんの仰る通り「面白い」がすべてかなと思っていますので、バズに振り回されたくはないですね。
読者が欲しがってるものが詰まった「僕のいけずな婚約者」
──「僕のいけずな婚約者」もSNSをきっかけに人気に火がついた作品かと思います。ごく普通の男子高校生・狛井空汰と、京都のお嬢様・稲荷坂御幸の王道ラブコメですが、本作の人気の理由はなんだと思いますか?
稲垣 ラブコメとしての王道テンプレがありつつ、ここ数年人気のある方言女子という要素も押さえ、京都人の本音と建前の面白さも盛り込んで、いろんな要素がきれいに全部入っているからですかね。京都人の本音と建前みたいな内容はSNSでも定期的にバズるじゃないですか。そういう要素をマンガに取り込んだのが受けたのかなと思います。読者からすると、欲しかったものが作品の形として出てきたという印象なのかなと。
新福 軽やかな筆致で楽しい内容を読者に届けながら、メリハリとして描くべきことを描いているバランスのよさが魅力かなと。出てくるキャラたち、みんながかわいくて応援したくなるところも人気の理由ですね。さっきの「イナバ」が本人の好きなものへの熱い憧憬やそれを伝えたいという気持ち等を長い間、醸成した濃厚スープだとすれば、「いけず」はひとつひとつが小さく美しく並んだ松花堂弁当のような印象で、それぞれ違うベクトルだけどどちらもとても美味しい作品になっていると思います。
──ちなみに「いけず」の冬谷リク先生は初連載、「イナバ」の猫にゃん先生もまだ2作目と新人の作家さんですが、コミックグロウルでは新人作家さんを重要視しているんでしょうか?
新福 はい。やはり誰もまだ見たことがない才能を送り出していきたい。大きな木の影で隠れてしまっている才能、みんなに見えているのに凄いところが隠されている才能をどんどん臆せず送り出したいと思っています。地道に月例のマンガ賞も行ってきましたが、この2年でずいぶん認識されるようになり、面白いマンガを描く作家さんたちが作品を送って来てくれるようになってきました。持ち込みも増えてきたので、この作家さんたちと成長していきたいと考えています。
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作品は時間を超えられる、面白いものは残る

