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ローソンチケットpresents「ここだけの話」01. 岡田利規×松井周|できるだけシンプルに、でも凝縮したものを作りたい

クリエイターの創作はどこから始まっているのか? 実は、台本執筆や稽古場に入るずっと前、普段の“頭の中”ですでに始まっているのではないか? 目の前の作品のことだけじゃなく、作り手の普段の頭の中を覗いてみたい。そんな、クリエイターたちの頭の中を、クリエイターたちのトークによって垣間見せてもらおうというのが本連載だ。

1973年生まれのチェルフィッチュ・岡田利規と、72年生まれのサンプル・松井周。同世代の2人は以前から親交があり、実は朝まで飲み明かしたこともある仲だとか。が、意外にも、対談という形でメディアに登場するのは今回が初めて。気の置けない様子の2人からは音楽や料理、AIのことなどさまざまな話題がぽんぽんと飛び出し、時間を忘れてのトークとなった。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

プリンスとタイ料理は似てる

松井周 岡田さんとのつながりでよく覚えているのは、チェルフィッチュがこまばアゴラ劇場で公演をやってたときに、何を思ったか僕、岡田さんに、「これ読んでください」って台本を持って行ったんですよ。

岡田利規 そうでしたね! それ読んだら、冒頭に“肉の味がするガム”ってのが出てきて、気持ち悪いけどなんかリアルだぞ、と思ったのが強く印象に残ってるんですけど、今って現実に肉の味のガムってありますよね、確か? 現実がサンプルに追いついてるんですよ(笑)。サンプルの「地下室」を僕は初演(2006年)も再演(13年)も観てるんですけど、あれはオーガニック食品とかを志向する人たちのことをちょっと揶揄するような感じもある芝居ですよね。初演のときは登場人物のたちのこと、いかがわしい変な奴らだなって思って見てたんですけど、再演のときは、あんまりそう感じなかったんですよね。福島の事故以降、こういうのってもうそんなに変なことじゃないのでは、と思ったんですよ。ここでも現実がサンプルに追いついてる。

左から岡田利規、松井周。

松井 初演のときは、世の中の価値観とちょっと違った価値観のコミュニティはカルトって言われてたけど、震災を経た再演のときは、もはやカルトって言えないんじゃないかと岡田さんに言われて、なるほどと思いました。

岡田 自分がちょっとあっち寄りになっちゃったのかもしれないというのもあって(笑)。僕の個人的な経験も大きかったかもしれないです。震災後、熊本に引っ越したり、いろいろあったので。

松井 僕は以前からチェルフィッチュに同世代感を感じてて。当時からほかの何とも違っていたし、今はまた、これまでと全然違うアプローチで観客と向き合っていて、そういうところからも刺激を受けます。チェルフィッチュのエピゴーネンになりかねないような芝居を観ると、僕もこうならないようにしようと思いますし。

岡田 松井さんはならないよ。

松井 6月に東京でも上演された「部屋に流れる時間の旅」は、さらにこれまでと違うアプローチでしたよね。受け取るものが言葉と動きだけじゃなくて……Corneliusの最新アルバム「Mellow Waves」みたいだなと思って。

岡田 あ、まだ聴いてない。

松井周

松井 音の情報量がすごいんです。シンプルな音の羅列なんだけど、1つずつ独立した音が聴こえるようになっていて、でも聴いてる人の頭の中では、それを全部ミックスしていくような。そういうちょっと今まで体験したことがないような体感みたいなものを、「部屋に~」からも感じましたね。素材はすごくシンプルで、登場人物3人の関係性も時間も、ある意味限定されてるんだけど、そこにある情報量がすごい。言葉だけじゃなくて五感への情報量の密度が格段に上がっていました。だから岡田さんは今、どういうことを考えてるのかなって……。

岡田 いやー、まさにそういうことを考えてますね。僕、観客に何を感じさせるかというコントロールを、どんどんできるようになってきてるんですね。でもそれってちょっとヤバい。いくらでも悪用できるし。

松井 あははは(笑)。

岡田 だから、今よりももっとコントロールができるようになろう、という方向の進歩はあんまり目指してないんですよ。そうじゃなくて、完全に新しい何かをやりたい、と思ってる。シンプルないくつかの要素からなる、でもその全部がすごく際立っているようなやつ。さっきの松井さんのCorneliusのアルバムの描写聞いて、すごく面白かったんですけど、だから僕もそのアルバム絶対聴きますね、で何が面白かったかと言うと、最近僕プリンスしか聴いてないんですけど、プリンスのこと言ってるように聞こえてしまって。だってプリンスも1つひとつの要素はすごく単純で、それが組み合わされるとなんかすごいことになってる。でも1つひとつはちゃんと全部際だって聴こえる。今僕プリンスみたいな演劇がやりたいんですよね。

松井 全然わからない(笑)。

岡田 これ最近思ってることなんですけど、でもまだ誰にも言ったことのないことなんですけど、それを今初めて言いますと、僕タイに時々行くんですけど、だからタイ料理もよく食べるんですけど、タイ料理とプリンスの音楽って似てると思うんですよ。

松井 なんだ、それ!(笑)

岡田利規

岡田 タイ料理の世界っていうのは、辛い・酸っぱい・しょっぱい・甘い、の四大要素からできあがっていて、この要素がすべて1つの品に入っている、というのがタイ料理のコンセプトらしいんですよね。すごくないですか? そのシンプルさからあの複雑な味わいが生まれてるんですよ。だとしたら、僕がタイ料理が好きな理由と僕がプリンスが好きな理由って同じなんですよね。

松井 なるほどー。そういうことか。

岡田 そういうのを僕も演劇で作ってみたいなと思ってるんです。まだまだ抽象的で何もリアライズできてないですけど。

松井 今の話を聞いてて思ったんですけど、僕はパクチーの味が最初ダメだったんです。あの複雑さが好きじゃなくて。でも(平田)オリザさんとか、パクチーをボウルいっぱい食べる人がいて、なんでそんなにうまいのかが全然わからなくて。僕にとってはカメムシとか草とか土みたいな匂いと近い感じがするんですよ。でも食べるときに“これはうまい食材だ”と思うようにしていったら、今は大好きになって。

岡田 自分で開発していったんですね。

松井 そうなんです、それを言いたかった!(笑)

岡田 でもサンプルってパクチーっぽいですよね。サンプルの芝居が無理って人、わりといると思うんですけど(笑)、そういう人も回路を開発して受け入れられるように変わっていけばいいんですよね。まあ、なぜわざわざそんな回路を開発しなければいけないんだと思う人は多いだろうな、という問題がありますけど。

松井 あははは(笑)。

無い回路は稽古で開発できる

松井 僕は親子関係も稽古でできると思ってるんです。血がつながっていなくても稽古すれば回路ができて、親子関係ができると。だから“生理的”って考えをあまり信用してなくて。

岡田 なるほど、例えば “お腹を痛めた子供”っていう言い方があって、それは確かにものすごく生理的に強い言葉だけれど、突き放した言い方をすれば、それは一種の神話かもしれない。

松井 最近、人間の自由意志ってことにも疑いを持っていて。

岡田 どういうことですか?

松井 AIを認めるか否かの話に、自由意志の有無の話を混ぜると訳が分からなくなってしまうと言うか、人間もそもそも自分の意志で何かを選択し、行動しているかと言うと、それはたまたまある関係性の中で生まれてきた選択肢を、行動として選んだにすぎないのかもしれないと思うんです。

岡田利規

岡田 この間、Ponanza(コンピュータ将棋のソフトウェア)を開発した人が書いた本を読んだんですけど、そこに人間とAIの違いについて書いてあって、現在のAIは、中間目標の設定を自分で行うことはまだできないらしい。将棋で言えば人間は、“この対局に勝つ”という最終目標を達成するために“相手のこの駒を取る”とか“この陣形を崩す”みたいな中間目標を作っていくんだけど、Ponanzaには“勝つ”という最終目標だけしかない。でも、もしAIが中間目標を自分で設定できるようになると大変で、どうしてかというと、人類に将棋で負けないために核兵器のボタンを押して人類を滅亡させちゃうかもしれないから。だからAIをその段階に進めていくためには、倫理という問題をクリアにしなくちゃいけない。この話、面白くないですか?

松井 面白いですね。僕も最近、AI同士がずーっと会話していると、AI同士がオリジナル言語で話し始めるというニュースを読みました。

岡田 マジで?

松井 AI同士は了解し合ってるんだけど、人間は何を言ってるかわからないんですって。でも、それを突き詰めて考えていくと、人間は人間の言葉に縛り付けられているだけで、言葉で作り上げられた神話的なこととか偏見的なことから、人類が自由になる部分もあって。

岡田 松井さんの作品では、「我々が今生きている現実はこうじゃないか」ってことを提示する度合いが高い時期が初期はあったと思うんですけど、最近はそれよりも、ビジョンを見せにいくようなことになってきた気がしてて。現実がどうなっているかをすごく微細に描く作家が多い中で、ビジョンを見せにいく作家ってほとんどいないでしょ? そういうふうになったきっかけはあるんですか?

松井周

松井 うーん……。でもそれは現実の中で起きてることからだと思います。例えば僕はマッチョ的な感覚にずっと抵抗してきて、いわゆるホモソーシャル的な決断主義的なこととか、上から権威で物を言う的な関係の中にいると自分がメス化すると言うか、その中でちょっと潤滑油的に振る舞おうとするんですね。それって何かと言うと、例えば生物とか動物の世界に目を向けるとある話で。

岡田 いますよね、環境に合わせてメスになったりする生物。

松井 そうそう、ああいうのがすごくいいなって。どうしても人間中心に考えてしまいがちなんですが、もうちょっと違う見方ができる、みたいなことを、何がきっかけかはわからないけど思うようになってきて。

岡田 そういうのに共感できるってことですね。

松井 そうです。

岡田 松井さんって面白いですね(笑)。でも確かに人間中心であることって、人間にとってもすごく不自由な息苦しいことだと言えるかも。

松井 息苦しいっていうのはあったかなと思いますね。

岡田 質問なんですけど、そういう感覚って、俳優にはどうやって伝えるんですか?

松井 言ってることがわからないとよく言われますね。

岡田 でしょうね(笑)。

松井 ただ、例えば今テレビタレントでオネエ的な人が増えてきてるのは、中性的なもののほうが安定するし、男として生きていることが適用しづらいからじゃないか、という話をしたりしますね。

岡田 さっきのパクチーの話じゃないけど、俳優も開発をしていくわけですね。

岡田利規(オカダトシキ)
1973年神奈川県出身。演劇作家、小説家。1997年にチェルフィッチュを立ち上げ、2005年に「三月の5日間」で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年に「クーラー」で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005-次代を担う振付家の発掘-」最終選考会にも出場し注目を集める。海外での活動も展開し、高い評価を得る。また小説家としては、2007年にデビュー小説集「わたしたちに許された特別な時間の終わり」を発表し、翌年第2回大江健三郎賞を受賞する。2014年からは美術展覧会にも活躍の場を広げ、「映像演劇」の作品制作にも取り組んでいる。近年の活動では、2015年にKAATキッズプログラム「わかったさんのクッキー」で、初の子供向け作品の台本・演出を担当。同年、アジア最大規模の文化複合施設Asian Culture Center(光州 / 韓国)のオープニングプログラムとして初の日韓共同制作作品「God Bless Baseball」を発表する。2016年には瀬戸内国際芸術祭にて森山未來との共作パフォーマンスプロジェクト「in a silent way」を滞在制作・発表したほか、ドイツ公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品の演出を3シーズンにわたって務めている。チェルフィッチュ創立20周年にあたる2017年には、「三月の5日間」リクリエーションで全国7都市ツアーを実施。2018年にはウティット・ヘーマムーンの小説を原作にした新作を、タイで滞在制作・上演することが決定している。
松井周(マツイシュウ)
1972年東京都出身。劇作家、演出家、俳優。1996年に平田オリザ率いる青年団に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始し、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げする。2004年に発表した「通過」で第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞、2010年上演の「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞した。また、さいたま・ゴールドシアター「聖地」(演出:蜷川幸雄 / 2010年)、文学座アトリエの会「未来を忘れる」(演出:上村聡史 / 2013年)、新国立劇場「十九歳のジェイコブ」(演出:松本雄吉 / 2014年)、KAAT神奈川芸術劇場「ルーツ」(演出・美術:杉原邦生 / 2016年)など戯曲の提供も多数。小説やエッセイ、テレビドラマ脚本などの執筆活動、舞台、CM、映画、テレビドラマへの出演なども行うほか、桜美林大学、四国学院大学、東京藝術大学、尚美学園大学では非常勤講師を、映画美学校では講師を務める。なお、2017年9月8日から24日まで鳥取・鳥の劇場にて、鳥の演劇祭10「春のめざめ」の構成・演出を手がけるほか、11月22日から26日まで香川・ノトススタジオにて「SARP(四国学院大学アーティスト・イン・レジデンス・プログラム)vol.13」に参加する予定。